雨宿りの木

第24回

ケアの実践・入浴

2023.06.28更新

 こんにちは。前回は毎日の生活の中で、私たちが外から受け取っている情報として、目から入る情報はとても大切であることをお伝えしました。そのため、視力をメガネで矯正している方に対してケアを行う場合は、「ケアがやりにくくなるし、割れると危ないので、メガネをまず外す」のではなく「ケアを受けるからこそ、ご本人が自分の周囲の状況についての視覚情報をきちんと受け取ることができるように、メガネをかける」ことが重要であることをご紹介しました。

 今回は、お風呂に入る時にお手伝いが必要となった場合について考えてみたいと思います。まず、ご家庭で介護をしている方からよくお伺いするのは、「お風呂に入りましょう、と誘ってもなかなか入ってくれない」というご相談です。ご家庭に限らず、介護施設でも「お風呂の日なのに、入ってもらえない」と、同様のご相談を受けます。

 お風呂に入ってもらいたい側としては、何とかお風呂を実現しようとさまざまな手を尽くし、説得したくなりますが、なかなか難しいのも現実です。ここでも、まずは「相手との良い関係を結ぶ」ことから始めます。前回と同様に、「良い関係を結ぶための5つのステップ」を思い出していただけたらと思います。

出会いの準備:ノックをして自分の来訪を伝え、相手から来てもいいですよ、と許可を受ける。障子や襖でもノックをする。テーブルについている場合は、テーブルのノックも役に立つ。相手の顔が向いている方向から近づく。

ケアの準備:いきなりお風呂の話から切り出すのではなく(これがとても重要!)、「会いに来た、会えてうれしい」と告げる。最終的にケアの同意を得ることが目的。

 「お風呂」という言葉が嫌いな方に対しては、「お風呂」と言わないで「さっぱりしますよ」「気持ちいいですよ」など、感情に届ける表現を探します。「なぜお風呂が必要か」について理詰めで説明しても、なかなかうまくいきません。② のケアの準備は、あまり長く時間をかけても良くなくて、3分くらいが限度です。これ以上は互いに説得と拒絶の応酬となってしまうので、相手に良い感情を持ってもらうことが難しくなります。相手を尊重して「一旦あきらめる」こともケアの技術です。ここであきらめることで「この人は自分に無理強いしない、良い人だ」という記憶を相手に持ってもらえます。これが次に「良い関係を結ぶ」ための布石になります。

 ともあれ、「相手との良い関係」を作ってお風呂場に来てもらえたら、次はお風呂での援助です。前回、ご本人が「目から受け取る情報」についての話をしましたが、同じように「皮膚から受け取る情報」もたくさんあります。別の言い方をすると、「皮膚」は体のなかで最大面積をもつ感覚器で、そこからたくさんの情報を得ています。皮膚で受け取る感覚は圧力と温度と痛みです。お風呂では、お湯を体にかけることで、この感覚を受け取っています。

 お風呂の援助をするときにぜひ試していただけたらと思うのは、シャワーの使い方です。お湯の温度はご本人にとって熱くなく、冷たくなく、の適温を探すところから始めます。人間の皮膚は触れているものの温度が熱すぎても、冷たすぎても、それを「痛み」として感じるようにできています。ご本人が緊張していたり、興奮していると、この「適温の幅」がとても狭くなります。私たちが「ちょうどいい」と思う温度でもご本人が「熱い!」「冷たい!」とおっしゃるときには、ご本人の「適温の幅」が狭くなっているのかもしれない、と考えてみてください。このときに、見る・話す・触れるのコミュニケーションの柱を組み合わせることで、狭くなっている「適温の幅」が広がることもよく経験します。

 また、シャワーを勢いよくかけることも、実はあまりよくありません。勢いのよいシャワーはとても小さな水の粒が皮膚にぶつかります。圧力を感じる感覚器としての皮膚は、同じ水圧であっても小さな面積でぶつかると、圧力が高いものが皮膚にぶつかっていると感じ取り、「シャワーが痛い」と感じてしまいます。そこで、4つの柱の「触れる」でお伝えしたように、触れるときの原則「広く触れる」ことを水でも応用します。具体的には、シャワーヘッドをタオルでくるみます。こうすることで、シャワーヘッドから出る小さな水しぶきをまとめることができ、体に当たる水の圧力を減らすことができます。小さなタオルでシャワーヘッドを包んで輪ゴムで止めるのが一番簡単ですが、タオルで作ったバスミトンをかぶせるやりかたもあります。

 また、体のどの部分からお湯をかけるかも大切です。「皮膚」は体のなかで最大面積をもつ感覚器ですが、感覚を受け取る神経の分布は均一ではありません。体の「敏感な部分」にはより多くの神経が張り巡らされています。カナダの脳神経外科医ペンフィールドは、体のどの部分からの情報が脳のどこに届いているか、についての研究を行いました。このとても有名な研究の結果は「ペンフィールドのホムンクルス」として知られています。ホムンクルスとは「こびと」の意味です。

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<ペンフィールドのホムンクルス>

 すごく不格好な人間の姿ですが、この「こびと」の大きく描かれている部位は、脳にたくさんの情報が届いている、いわば「とても敏感な場所」です。頭と手、足、性器が大きいことにご注目ください。いきなりこの部分にお湯をかけると、ご本人はとてもびっくりしてしまいます。これらの部分を避けてシャワーを始めるようにすると、穏やかなお風呂を始めることができます。お試しいただけたらと思います。

本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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