雨宿りの木

第41回

ケアを学ぶ方法

2025.04.30更新

 こんにちは。ユマニチュードは「あなたのことを大切に思っている」ことを「相手が理解できる方法で届ける」ことによって相手と良い関係を結び、私たちが届けたいケアを相手にとってもらうためのケアの技法です。その目的は「互いが良い時間を共有する」ことにあります。ユマニチュードの考案者であるイヴ・ジネスト先生から、ケアとは「自分がやりたい仕事をする」ことではなく、「互いが良い時間を共有する」ための手段なのだ、と初めて聞いたときには、「禅問答のような感じだな」と思いました。しかし、実際のところ、「相手と良い関係を結ぶ」ことによって「相手と良い時間を過ごす」ことを目指しながらやってみると、本当にケアはうまくいきます。

 誰かに「あなたのことを大切に思っている」と伝えたご経験は、きっとどなたもお持ちだろうと思います。というのは、恋人だったり、友達だったり、家族だったり、など、自分の周りにいる自分にとって大切な相手には、私たちは本能的に「あなたのことを大切に思っている」ことを、言葉による、もしくは言葉によらない方法で伝えているからです。しかし、私たちは、日常の生活の中で自分が言葉によらない非言語のメッセージを発信していることをあまり自覚していません。でも、うれしいとき、楽しいとき、嫌だなと感じているときなど、私たちは自分の感情を意図せずして非言語にメッセージとして表出しています。たとえば、大好きな相手にその気持ちを伝えたいときには、私たちはまっすぐ相手の瞳を見て言葉を紡ぎます。後ろめたい気持ちがあるときは、相手と目を合わせることができなくなります。自分はそうなりたくない、と思うような状況にある人に遭遇したときには無意識のうちに自分の視界から外してしまいます。

 このように、私たちが本能的に行なっている行動の中から、相手を「自分にとって大切な存在だ」と感じているときの無意識下での行動を、ケアを行うときには意識的に行うのが「ユマニチュードの4つの柱」です。

 文章で読むと、「なるほど、そうなんだな」と思っていただける一方で、実際にそのような状況になったときに、果たしてうまくできているかどうかは、ご自身で評価することは難しいかもしれません。高校生の頃に古文の教科書で読んだ「何事にも先達はあらまほしきことなり」というのは、そういうことなんだろうな、と思います。

 これまで書いてきたことは、ケアを学ぶ方法としては、「①文章を読んで学ぶ」やり方といえますが、これだけだと臨場感がちょっと乏しいです。もう少し具体的な行動知りたいと思うときには、「②録画した映像で学ぶ」やり方があります。例えば、東京医療センターの高齢者ケア研究室で制作した家族の介護をしている方を対象とした映像教材や、ケア専門職を対象とした教育研修などをご覧になっていただくとより具体的にユマニチュードを学んでいただくことができると思います。この学習方法は、いつでも自分の都合の映像で学べるのは良いですが、録画されたものを視聴するだけなので、教育としては一方通行です。この次のステップとして、双方向性の教育手段を使った学習方法があります。

 その一つ目が「③遠隔地にいる指導者からリアルタイムで学ぶ」方法です。コロナウイルス感染症の蔓延の副産物として、オンラインの教育システムが飛躍的に整備されました。ユマニチュードの教育もその一つです。IGM-Japon社は、フランスで行われているケアの専門職を対象とした教育事業を日本で行なっている会社ですが、同社が実施しているオンライン基礎研修では、ユマニチュード認定インストラクターによるライブ講義を受けることができます。この研修では、ユマニチュードの基本の考え方であるケアの哲学と、基礎的なコミュニケーションの技術について学ぶことができます。インストラクターとの質疑応答や、具体的な動きについて細やかな解説とともに学べるため、大変好評です。

 その次のステップは「④ 研修会場に集まって、ワークショップ形式で学ぶ」方法です。これは日本のユマニチュード研修を始めた2013年ごろから行なっていたものですが、たとえば東京医療センターの大会議室に100名くらいの参加者にお集まりいただき、講義と実技のワークショップを行うものです。現在は③でご紹介したオンライン基礎研修を終了した方々などを対象に実施しています。具体的な動きについてインストラクターから直接指導を受けることができます。5月は11日に東京都目黒区の東京医療センターで実施予定です。

 そして、ユマニチュードを学ぶのに最も効果があるのが、インストラクターがケアの現場(介護施設や病院)を訪問し、そこで働いている方々と一緒に、今困っている問題を解決するための研修を行う、「⑤世界標準のユマニチュード訪問型研修」です。これは職場単位で、一回あたり6-9名程度の職員を対象に、4日間かけてユマニチュードの基本的な考え方、基礎的な技術を身につける研修です。この研修の特徴は4日間の研修期間のうち3日間は毎日自分の職場でケアを受けていらっしゃる方々へのケアをインストラクターと一緒に行うことです。

 おむつの交換の方法、食事の介助、歩行の介助など、毎日のケアで生じている困難な状況をインストラクターの指導を受けることで、「今うまくいかないのはなぜか」「どうすればよいか」ということを実践を通じて学ぶことができます。

 今回はケアを学ぶための5つの段階についてご紹介いたしました。ユマニチュードを学びたいと思ってくださっている方はどうぞご参考になってください。

本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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