雨宿りの木

第43回

ユマニチュードを実践している方々の集い

2025.10.27更新

 こんにちは。

 日本にユマニチュードをご紹介したのは2011年秋のことですが、その後ユマニチュードに興味を寄せてくださる方々が徐々に増えていくにつれて、仲間が集える場を作って行けたら良いな、と考えました。最初は同好会的な集まりから始めたのですが、2019年の夏に日本ユマニチュード学会、という団体の活動を始めました。家族の介護をしていらっしゃる方やケアの仕事をしている方が年に1回集まって、ご自分の経験や、ケアに関する研究を発表する機会を設けることにしました。7回目を迎える今年は、東京で開催されました。

 ユマニチュードを仕事で活用してくださっている方が増えてきていることを大変うれしく思っています。職場でユマニチュードを実践するにあたって、最も大切なことは、「ユマニチュードを実践する仲間とシステムの存在」です。というのは、仕事は一人だけで行うものではなく、自分の勤務時間が終われば、次の勤務帯の人に仕事を託して帰ります。また、勤務時間内も、同僚と一緒に働きます。個人的な業務だけではなく、職場がどのような働く仕組みを作っているか、ケアのスケジュールがどのように作られているか、病院や施設の運営者がユマニチュードの本質を理解しているか、など「組織で取り組む」ことがユマニチュードの実践では不可欠です。

 もちろん、ケアを行うおひとりおひとりが、ユマニチュードの基本を学び、確実な技術を駆使してケアを行うことが最も重要なことは間違いありません。しかし、「ひとりだけで行うユマニチュード」では、そしてその人がユマニチュードの実践がうまければうまいほど「あの人に任せておけばよい」という考えが職場で広がり、その人は疲弊し、同僚も職場も変わることはありません。

 ケアはサッカーチームのようなもので、一人だけがドリブルが上手であっても、試合には勝てません。選手と監督がそれぞれの役割を果たすことで強いチームが生まれ、試合に勝てるようになります。ユマニチュードの実践には、チーム作りがとても大切なのです。

 第7回目となる日本ユマニチュード学会総会では、テーマを「多職種で取り組む組織のユマニチュード:施設・病院・地域それぞれの課題と展望」として、全国から多くの方々にお集まりいただき、それぞれの経験の共有と、シンポジウムでの討論を行いました。長野県にある社会福祉法人・平成会では、ユマニチュードの正規研修を長年にわたって実施なさっていて、ユマニチュードの施設認証も6つの事業所で取得しています。https://www.heisei-kai.jp/humanitude/ 

 今回、それぞれの事業所がどのようにユマニチュードに取り組み、組織運営や経営、職員採用などに変化が生まれたか、ということをご発表になりました。ユマニチュードを実践するにあたって誰もが直面する、施設で取り組む際に起こる困ったことやその解決策、またその後の変化などについての経験の共有は、会場に入りきれないほど集まった参加者にとって、とても参考になるものでした。

 また、私たちがよくいただく質問に、「ユマニチュードをどのように学べば良いでしょうか」ということがあります。ユマニチュードは、基本的な考え方(ケアの哲学)とその考え方を実現するための技術のふたつから成り立っています。学ぶ方法には、書籍や公開されている映像などを見て自分で学ぶ方法(自己学習)と、体系立てたプログラムに沿って指導者から学ぶ正規研修の2通りがあります。どちらを選んでも構いません。その一方で、水泳に関する本を読むだけでオリンピックに出場する水泳選手になることはできません。プールに行って、水に飛び込んで泳いでみることで、泳げるようになっていきます。より上手になるためには、コーチに指導を受けることも重要です。ユマニチュードも同じです。ユマニチュードを学ぶには「実際に練習し、指導者から指導を受け、経験を重ねる」ことが上達への早道です。また、ユマニチュードが目指す「良いケアの場」の実現のためのガイドとして、ユマニチュード施設認証制度は役に立ちます。

 2日目に行われたシンポジウムでは、自分の施設でユマニチュードに取り組むことを決め、ユマニチュードの正規研修を受け、施設認証の準備をすることで組織が変わっていった経験をもつ施設と、ユマニチュードの正規研修を指導している認定インストラクターとが「ユマニチュードを学ぶ、とはどういうことか」についての討論を行いました。2時間にわたるこのシンポジウムでは、多くの方々が知りたい、とお感じになっていた、研修の意義や内容、効果などについて、明確で具体的な例を駆使した発表や、施設内での取り組み(ここでも、それぞれの施設が経験した、困難な事態や、それをどのように解決していったかという取り組みがたくさん紹介されました)

 事例発表とシンポジウムの二つのプログラムは、本当に素晴らしい内容で、ユマニチュードに興味を寄せてくださっている方々の集まりができたら、と考えていたことがこのように実現したことに、嬉しい気持ちでいっぱいになりました。もうひとつ、みなさまにお伝えしたいプログラムに医学部での教育についてのシンポジウムがありました。次回は医学生や医師が学ぶユマニチュードについてご紹介いたします。

本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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