雨宿りの木

第9回

相手と良い関係を結ぶための話し方

2022.01.30更新

 自分が大切な人に対して無意識に行なっている「見方」「話し方」「触れ方」を『意識的に』職業技術として実践することをユマニチュードでは提案しています。「見ること」「話すこと」「触れること」はいずれも相手とのコミュニケーションを行なうための手段ですが、そこにはその手段を通じて伝わる「感情」と、その感情を伝えるための「技術」の2つの要素が含まれます。今回は「話す」ことについてご紹介します。

 私たちが誰かに話をするときには、声と言葉を使います。そして、それは音声の情報と言葉の情報が組み合わさって、相手にメッセージとして届けられます。声の大きさや音の調子、速度も重要なメッセージです。たとえば、誰かが知らない言語で何か自分に向かって話しかけたときに、言葉の意味は全く分からなくても、相手が怒っているのか、喜んでいるのか、真剣なのか、悲しんでいるのかなどの相手の感情を私たちは感じることができるのは、声が伝えるメッセージを感じ取っているからです。音圧の高い大声であれば怒っていると感じ、声のトーンが高すぎたり、早口でつぎつぎに情報を繰り出されると、内容にかかわらず落ち着きがなく感じます。そのような音を聴いて安堵することはちょっと難しいです。

 大切な人に良いメッセージを届けるときに私たちが無意識に行なっている音声の出し方を考えるとき、一番わかりやすいのは、言葉が全く分からない新生児に対して、または大好きな恋人に対して話しかけているときのことを想像してみるとよいのではと思います。そんなときに、私たちは声のトーンは低めで、歌の調べに乗せるような抑揚で、ゆっくり話しています。これが「あなたのことを大切に思っています」と相手に伝えるための声の技術です。

 それと同時に、言葉に関する技術もあります。言葉を相手に向けるときには、単にその意味だけでなく、その語彙を選択した理由も言外のメッセージとして届きます。医療の現場でよく使われるフレーズとして「じっとしていてください」「すぐ終わります」「ごめんなさい」という言葉があります。この言葉を発している側としては、自分が痛みを伴う医療行為を行なっていて、それについて申し訳ないと思いながら仕事を遂行していることを謝罪しています。私もずっとこの言葉を口にしながら仕事をしてきました。しかし、この言葉が言外に伝えるメッセージは「私が行なっていることを、我慢して受け入れてください」という一方的な宣言であることに、私は気がついていませんでした。

 採血をするときに「ごめんね、ごめんねっ。じっとしていてください。痛いですね。すみません。すぐ終わります! はいっ。お疲れ様でした」と伝える場合と、「いいですねー。協力してくださるので、とても助かります。しっかりした血管ですね。良い血がとれました。結果が楽しみですね」と話す場合、自分が採血をされる側になったときに、どちらの方が心地よい時間をすごすことができるか、ということを私は考えてみたことがなかったのです。

 ケアの目的が相手と良い関係を結び、良い時間を過ごすことであるとしたら、ここでの言葉の選択も自ずと決まります。

 さらに、「見る」ときにお伝えした「良くない見方」と同様に、「最悪な話し方」が存在します。それは、「相手に言葉をかけない」ことです。相手に話しかけないことは、「あなたはここに存在していない」という強いメッセージを伝えてしまっています。

 相手が病気やその他の理由で言葉を発さず、返事がもらえないときに、私たちが言葉をかけ続けることはとても難しいです。なぜなら、返事がない相手に対して私たちが黙ってしまうことは、ごく普通の本能的な行為だからです。「おはようございます。担当の本田です。体をふきますね」と声をかけたときに、相手から返事がなければ、その後は黙々と体をふき続け、そこに生まれるのは二人の人間が作り出す沈黙です。自分が言葉を紡ぎ出すためには、相手の返事がそのエネルギーとして必要なのです。しかし、相手の返事がないとき、言葉を紡ぐエネルギーが枯渇して、私たちは言葉を失います。

 相手と良い関係を作り出すために必要な、言葉を紡ぐエネルギーを生み出すための工夫をユマニチュードでは考えました。それはケアの場に言葉をあふれさせる技術です。ケアを行なうとき、そこには必ず何らかの体の動きがあります。相手から言葉を紡ぐエネルギーを受け取れない代わりに、自分の動きを言葉にして語ることで、人は話を続けることができます。これをユマニチュードでは「オートフィードバック」と名付けました。

 具体的には、こんな順番で進めます。

相手に話しかけてみる→返事がない→別の言い方をしてみる→返事がない→自分の動きや相手の反応を言葉にする(オートフィードバック)

 たとえば、

「手をふきますね。右手を上げてください」→反応を待つ→反応がない→「右の手で天井を指してみてください」→反応を待つ→反応がない→オートフィードバックを始める「右の手のひらを暖かいタオルで拭きますね。暖かいですね。指先まで拭いています。今度は手の甲です。腕も拭きますね。気持ちいいでしょう? 肘まで来ました・・・」という感じです。

 側から見ていると、おかしいです。でも、このように自分の動きをできるだけ良い語彙を用いて表現していくことで、ケアの場に言葉をあふれさせることができます。そのときに、冒頭でご紹介した、「声のトーンは低めで、歌の調べに乗せるような抑揚で、ゆっくり話す」技術を組み合わせることで、「あなたのことを大切に思っています」というメッセージを相手に確実に届けることができます。話すこともとても大切なケアの技術です。もちろん、相手が言葉でやりとりできる方でしたら、必要ありません。「変な人」と思われてしまいます。どうぞ普通の会話を楽しんでください。

本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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