雨宿りの木

第20回

ケアの実践・食事

2023.02.27更新

 こんにちは。
 ご自宅で介護をしてらっしゃる方にとって、毎日の献立を考えたり、食べる時のお手伝いをするなど、食事に関わる時間は少なくないことと思います。以前は大好きだったものなのにあまり箸が進まなくなったり、びっくりするほどお醤油をかけたり、また、食卓に並んだお食事を前になかなか食べ始めてくれなかったりと、気になることが増えてきます。さらに食事に介助が必要になった時にスプーンで食べものを口もとに運んでも、頑として口をあけてくれないことも多くの方がお困りになっていることのひとつかもしれません。

 でも、もしかすると、これは単に好き嫌いがあるとか、ご機嫌が悪い、ということではなく、歳を重ねることで生じた変化が理由かもしれません。ここでまず考えておくと良いことは、ご本人に向けた情報が、相手にうまく届いているかどうか、その情報の量や内容は適切か、ということです。

 たとえば、生理的な体の変化を考える時、味を感じる力も徐々に低下していきます。舌には味を感じる細胞・味蕾がありますが、高齢者の味蕾の数は新生児と比べると3分の1程度に減っている可能性があります。特に塩味については感じにくくなるので、これまでと同じ味付けにしているのに、「食事に味がない」と感じてお醤油や塩をかけてしまいます。そんなときに、塩分の代わりに使えるのが旨味や香辛料です。また、香ばしい香りも食に関する記憶を呼び起こして、食欲につながる可能性が高まります。山椒やみょうが、紫蘇など日本食にはたくさんの香辛料がありますので、お試しいただけたらと思います。

 食べやすい形状にすることも大切ですが、すべてのご飯がすりつぶしたペースト状になってしまうと、お肉か、野菜か、デザートか、見ただけは判別がつかなくなり、これでは食欲にもつながらないので、型抜きなどをつかってみたり、温めて香りを引き立たせるのも良いかもしれません。

 見た目も大切です。その一方であまり飾り立ててしまうと、戸惑ってしまうこともあります。たとえば、模様がたくさん描かれているお皿でお食事を出した際に、スプーンでお皿をこするような動きを続けて、ちっとも食べてくださらないことがありました。その時、もしかしたら・・・、とお皿を白い無地のものに変えてみたところ、すぐにお召し上がりになりました。

 お皿の模様は素敵だったのですが、それが模様と判別できずに変なごみが食事にふりかけられているとお感じになったようなのです。そして、それをよけようとするように、スプーンでお皿の表面をこすって、いつまでも食べることができなかったのではないかと私たちは考えています。

 また、たくさんのお料理が目の前に広がると、私たちはどれから箸をつけようか、と迷ってしまいます。介護をする時も、同様の状態が起こり得ます。認知の機能が落ちてくると、何かを選択することがとても大変になります。豪華なお膳を前に、食べようとなさらない場合には、目の前にある情報が多すぎるのではないか、と考えることも解決の手がかりです。もしかして、お皿が多すぎるのでは、と思われる時には、一つずつお皿を出すことで召し上がっていただけることはよくあります。お膳でなくとも、ちいさな幕内弁当も選ばなければいけない食べ物がたくさんあるので、お箸が進まなくなります。豪華なお膳や幕の内弁当は必ずしも良い食事とは限らないことは、私がこの仕事をして新たに学んだことのひとつです。

 食事をとるのにお手伝いが必要な状況になった時はなおさら、私たちが届けたい情報をうまく届けているかどうかを考えることがとても大切になってきます。

 食事介助をする時に横に座って食べ物を口に運ぼうとすることはよくあります。しかし、これまでご紹介してきたように、認知機能が低下してくると、自分の正面にあるもの以外認識することが難しくなります。隣に誰かいることがよくわからず、ましてその人がスプーンに食べ物をのせていることもわからない状態で、いきなり口の中に金属(スプーン)がつっこまれて驚かない人はいません。口を開けてくれないときは、今食事がここにありますよ、という情報をご本人に理解してもらうところから始める必要があります。

やり方としては、
①隣ではなく、ご本人の正面に位置する。
②食べ物をのせたスプーンをご本人の目の高さまであげて見てもらう
③見てもらったスプーンをご本人の口に運ぶ
ことが基本です。

 口を開けてもらえない時は、介助する自分も同じように大きく口を開いてみると、相手もつられて口を開けてくださることもあります。このときも、動きは大げさにすることで、相手に届く情報量を増やすことができます。

 食事の介護でお困りになった時に、思い出していただけるとうれしいです。

本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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