雨宿りの木

第7回

「あなたのことを大切に思っています」と伝えるための手段

2021.11.29更新

 過去でなく、今、ここにいるあなたを私は「人」だと認識し、それをあなたに伝える。人は他者に「人として扱われる」ことによって「人」となるのだ、という話を聞いたときのことを、前回ご紹介いたしました。

 でも、相手を「人」だと認識しても、心の中で思っているだけでは足りません。それを相手に伝える手段が必要です。「患者さんの尊厳を大切にする」という言葉は、病院や施設の理念としてよく掲げられています。介護や医療の専門職教育においてもその重要性は強調されています。しかし、それを実現するために、「患者さんの尊厳を守ります」とポスターを壁に貼っただけでは多分うまくいきません。「あなたは『人』であり、私はあなたのことを大切に思っています」と具体的に伝える方法を私は学校で学ぶことはありませんでした。医療の仕事を始めると、患者さんの現時点の健康に関する問題、つまり「病気」を解決することが自分の最重要課題となってしまい、人の尊厳について日々考える、ということもありませんでした。

 その一方で、「あなたは『人』であり、私はあなたのことを大切に思っています」という考えが、人間の尊厳を尊重するものであるとは理解できます。そして、「あなたのことを大切に思っています」と伝えるための手段は、実は私たちはすでに身につけて実践しています。別の言い方をすると、私たちは普段、自分の大切な人に対しては無意識にそれを行なっています。自分の恋人、配偶者、子供、親しい友達に対して自然に行なっている振る舞いです。

 自分が大好きな誰かと楽しい時間を過ごしている時、私たちはどんな行動をとっているかを考えてみます。私はその人の近くにいて、相手と視線を交差させながら、話をします。話が弾むうちに、笑顔も出てきます。相手が子供の場合は、手を繋いだり、膝に乗せたりして触れる機会も生まれるかもしれませんし、恋人や配偶者の場合にはハグをすることもあるかもしれません。このような行動を私たちは自然と行なっていますし、相手がその行動に対して不快に感じたり、激怒したりすることも、普通はありません。ここには双方が相手の存在を認め、良い時間を分かち合っている関係が成立しています。つまり、「あなたのことを大切に思っています」と相手に伝え、それを相手に受け取ってもらうことに成功しているわけです。

 私たちは自分にとって大切な人に対しては、特別な「見方」「話し方」「触れ方」をしていて、それがみんな言葉による、もしくは言葉によらないメッセージとして相手に伝わっています。学校で教わることはなくとも、私たちが自然と行なっているこの行動は、「人間の動物行動学的な振る舞い」である、ということもできます。

 この「人間の動物行動学的な振る舞い」を意識的なメッセージの発信と捉えて実践することが、人の尊厳を尊重する具体的な方法のひとつとなる、とケア技法・ユマニチュードの考案者、イヴ・ジネスト先生は考えました。そして、ケアを行なうにあたって、「相手と良い関係を結び、共に良い時間を過ごす」ことを目的としたコミュニケーションの柱を提案しました。逆説的に聞こえるかもしれませんが、ユマニチュードでは、いわゆるケア(たとえば、服を着替える、点滴をするなどの何らかの援助や医療・看護行為などのことです)は、「相手と良い関係を結び、共に良い時間を過ごす」ための手段に過ぎないと考えます。

 しかし、そうは言っても、自分の個人的に大切な家族や恋人、友達と同じように、仕事の相手に接することはできない、とお考えになる方も多いと思います。もちろん、その通りです。私もそう思います。「ケアをする相手を家族のように思う」ことはケアを職業とする方々にとっては負担が大きく大変です。でも、「自分が大切な人に対して『無意識』に行なっているコミュニケーションの技術を『意識的に』職業技術として実践する」ことは、トレーニングを積めば、それほど難しいことではありません。

 先ほども述べましたように、私たちは自分が大切な人に対しては、特別な「見方」「話し方」「触れ方」をしていて、それがみんな言葉による、もしくは言葉によらないメッセージとして相手に伝わっています。自分が発するメッセージに矛盾がなく、調和が取れていることが、「あなたのことを大切に思っています」と伝えるには重要で、ユマニチュードではコミュニケーションの柱として「見る」「話す」「触れる」の基本的でしかも根源的な技術と、さらにこの3つの技術を同時に組み合わせて行なう「マルチモーダル・コミュニケーション」をトレーニングの基本として教えています。

 次回は、ユマニチュードの基本の柱について、もう少し詳しくお伝えします。

本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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