雨宿りの木

第10回

相手と良い関係を結ぶための触れ方

2022.02.28更新

 自分が大切な人に対して無意識に行なっている「見方」「話し方」「触れ方」を『意識的に』職業技術として実践することをユマニチュードでは提案しています。「見ること」「話すこと」「触れること」はいずれも相手とのコミュニケーションを行なうための手段ですが、そこにはその手段を通じて伝わる「感情」と、その感情を伝えるための「技術」の2つの要素が含まれます。今回は「触れる」ことについてご紹介します。

 これまでご紹介してきた「見ること」「話すこと」と比べても、「触れること」は本当に難しいです。誰かにケアを行なうとき、私たちは相手に触れずに何かをすることはありません。しかも、「あなたのことを大切に思っています」ということを「触れることによって伝える」方法を学ぶ機会は医療や介護の専門職養成教育の中でもあまりありません。ご家族の介護をしていらっしゃる方にとってはなおさらのこと、「優しさを伝える触れる技術」について学んだことのある方は多くはないと思います。

 触れ方の基本はシンプルです。私たちが生活の中で誰かに触れられる時に心地よいと感じる触れ方、もしくは大切だと思っている相手に自分が触れる時の触れ方を「意識的に行ない」、自分が嫌だなと感じる触れられ方、もしくは嫌いな相手に自分が触れる時の触れ方を「意識的に避ける」、この2つです。しかしながら、これが結構難しいのです。

 自分が大切だと思っている相手に触れる触れ方を思い浮かべる時には、赤ちゃんや恋人を想像するとイメージが湧きやすいと思います。大切なのは「相手を赤ちゃん扱いするのではなく、大切な存在の象徴としての赤ちゃん」ととらえることです。

 私たちが赤ちゃんに触れるとき、両腕を使って接触する面積は「広く」、動きは「ゆっくり」と、「なでるように」手を動かし、「包み込み」ます。それとは逆に、嫌いな相手と喧嘩をする時には、私たちは拳を作って「狭い」面積で、「素早く」、「高い圧力で」相手を殴りつけます。ここに優しさを伝える要素はありません。

 私たちは触れることで相手に情報を与えています。人が外界からの情報を受け取る器官を感覚器と呼びますが、皮膚も身体中を覆っている感覚器のひとつです。受け取っている情報は、圧力や温度、痛みなどさまざまです。

 人間の感覚器が受け取った情報は脳に届けられます。すべての情報はまず視床に届きます。視床に届いた情報の行き先は2か所です。一つは扁桃体に、もう一つは大脳皮質に伝えられます。扁桃体の仕事はとても単純で、届いた情報が自分にとって「快」か「不快」かを即座に判断し、体はそれに反応します。視床から大脳皮質へと送られた同じ情報は扁桃体から少し遅れて大脳皮質に届き、より詳しく分析され、私たちはその分析の結果を行動に移します。

 扁桃体で行なわれる「快」「不快」の判断は、そのひとの行動を方向づけます。「不快だ」と判断したら、そこから逃げようとしますし、「快」だと判断したらその場を楽しみます。

 このように「触れる」ことで「快」と「不快」をそれぞれ伝えることができますが、医療やケアの現場では、それに加えてもうひとつ、3つ目の触れ方があります。「心地よくないけれど、必要なので仕方ない」と受け入れる触れ方です。たとえば、病院で点滴を受ける時などがその例です。

 往々にして医療行為というのはあまり快適ではありませんが、「自分にとって必要だ」という合意のうえで行なわれることから、「必要性のある」触れ方であると言えます。けれども、「それが自分にとって必要な触れ方なのだ」と理解するためには、視床に届いた情報のもうひとつの行き先である大脳皮質での分析が必要です。「不快だけれど、検査だから我慢しなくては」そう思えるのは、大脳皮質が情報を分析し、状況を認識しているからです。

 これを踏まえて、誰かの着替えを手伝う時のことを想像してみてください。相手の手首をつかんで腕を伸ばし、上着の袖に腕を通すお手伝いをすることに、まさか「不快」なメッセージが潜んでいるとは、普通考えもしません。しかし、誰かに自分の手首をつかまれる状況は、商店街で起きたら一大事です。手を振り払ったり、大きな声を出すことだってあると思います。不快なメッセージを受けとったことで、扁桃体が命じた防御反応です。つかまれたら怖いというのは、とても自然な感情です。

 その一方で、手首をつかまれて「不快だ」と感じても、「あ、今私は着替えを手伝ってもらっているから仕方ない。我慢しよう」と大脳皮質が命じれば、私たちはおとなしく着替えをすませることができます。

 実際のところ、ケアをおこなう側にとって相手の手首や足をつかんでしまうことが日常的になっていて、つかむことが伝える情報に対して無自覚なのです。医療やケアを行なう人が、「触れ方によって相手に伝わるメッセージが違う」のだと認識していれば、触れ方はおのずと変わってきます。

 ケアのプロフェッショナルとして、もしくは家族の介護をする人として相手に触れる際には、自分の行動が常に「快」のメッセージを届けていることに気を配る必要があります。それがたとえどうしてもやらなければいけない、快適ではない状況となる「必要な触れ方」であったとしても、「優しさを伝える」触れる技術を用いることで、心地よい情報を届けることは可能です。

 具体的には、「つかまない」「下から支える」「広く触れる」「ゆっくり触れる」「しっかり触れる」などが基本的な「優しさを伝える」触れる技術です。機会があったらぜひお試しください。「意識的に」良い触れ方をすること、「意識的に」悪い触れ方を避けることは、簡単ではありませんが、やっているうちにだんだんうまくなっていくと思います。

本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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