一晩でなんとかなりすぎる

第25回

飲み会に行きたくなさすぎる

2026.05.27更新

 飲み会に行きたくない。本当に行きたくない。いつだって行きたくない。どのコミュニティで、何時から、どんな料理を囲む場合でもほぼ関係ない。行きたくない。
 ここでいう「飲み会」とは、いわゆる団体規模のものに限定する。たとえば普段から本当に仲がいい相手と数人で、という酒席ならもちろん喜んで出かけていくが、大人数で行う宴会がとにかく苦手なのである。
 28年の人生を通じて、飲み会の帰り道に「今日は行ってよかったな」と思ったことなど一度もない。かなり力強く断言できる。一方で「行くんじゃなかった」と後悔した経験ならいくらでも挙げられる。
 あれは数年前、同性の友人グループで、チーズフォンデュを食べに行ったときのこと。
 そもそもの始めから、あまり話が盛り上がらなかった。当然である。たいして仲良くもない間柄で、チーズフォンデュなどというややこしいものを囲んだせいだ。あれは火加減だの、チーズのとろけ具合だの、大皿に盛られたパンやらソーセージやらブロッコリーやらの分配だの、注意する項目が多すぎる。食事に忙しいあまり、なかなか会話が弾まなかった。
 そんな中、誰かが唐突に、隣の子を指して「てか、〇〇ちゃんって、木村文乃に似てるよね」と言い出した。気づまりな空気を打破するための話題提起をしてくれたわけである。
 言われてはじめて気づいたが、たしかにその子はなんとなく木村文乃っぽい。本人も慣れていたらしく、あっさり「あー、たまに言われる」とまんざらでもなさげだった。
 困ったのは、その子が、褒められた返礼とでもいうように「それを言うなら〇〇ちゃんは、前田敦子に似てるよね」と言い出したことである。
 ここから厄介な流れになった。今度は前田敦子が、さらに隣に座った子に対し「〇〇ちゃんは浜辺美波っぽいよね! 私ずっと思ってた」などと襷をつなぐ。すると浜辺美波も、その横の人を「〇〇ちゃんは、歌手のYUKIに似ている」となどと、列席していた一人ひとりを順番に称える謎のリレーが始まってしまった。
 内心ものすごく焦った。なにしろ席順の都合上、私がこの不毛なパス回しの終着点だったのである。
 案の定、最後に私のほうへすべての視線が集まった。そして「ゆきのちゃんは......」ととりあえず定型文を口にしたきり、あまりにも重い沈黙。まったくふざけた話である。
 そのときの面々の気まずそうな表情たるや、いまでもありありと思い出すことができる。誰一人として、私に似ている芸能人を思いつけなかったのだ。
 かといって、ここまで全員をもれなく褒めたたえてきてしまった以上、こいつだけスルーするわけにもいかず、みな気まずさに押しつぶされそうになりながら、必死で私に似ている芸能人をひねり出そうと苦心していた。
 地獄の空気。最悪である。似てねえよ。どれだけ無理やり知恵を絞ってもらったところで、芸能人の誰かになんて似ているわけがない。強いて言うなら、過去のアルバイト先の酔客に、なんとかという力士の幼少期に酷似していると絡まれたことがあるくらいのもの(しかもそれが誰だったかも不明。白目を剥いて聞き流さずに、ちゃんと覚えておけばよかった)。
 しかし、いったい誰がこの話を終わらせることができようか。無論、当事者のこちらで引き受けるしかないのだ。
 やむなし「〇〇公園でネズミ講の勧誘をしている、あの有名なおばさんに似てるかも」と苦し紛れに自己申告したところ、「ほんとだ! そっくり!」と満場一致であった。似てるのかよ。つくづくふざけた会だった。
 別の飲み会の話だが、これまた女性同士のグループで行われた飲み会で、予期せぬプレゼント交換会が始まってしまったこともある。
 自分がお手洗いに立って席を外したタイミングで、仲間の一人が「そういえばクリスマスが近いから、みんなにプレゼント買ってきたんだ」と言い出した。席がトイレの真横だったので、個室内にいても会話は筒抜けに聞こえた。
 用を足しながら『わざわざプレゼント......?』と困惑していたら、なんということか、彼女に続いて次々『私も』『もちろん私も』と、みな手土産を持参していたことが判明。
 またしても最悪の展開である。息を殺してトイレに潜み、慎重に会話を聞いていたが、恐ろしいことに、自分以外の全員がお土産を持ってきていたらしい。終わったと思った。『これはゆきのの分。席に置いておこうか』という声に戦慄する。
 この心温まるプレゼント交換会のさ中、一人だけ手ぶらで馳せ参じたマヌケとして「は~、すっきりした」などと真隣のトイレから再登場する勇気はなかった。不慮の嵐が過ぎ去るまで身を低くして待ち続けたが、場は盛り上がっていく一方で、いつまでも終わる気配なし。また、長く席を空けることにより、永久に便器に座っている奴だと思われるのも恥ずかしい。やむなく戻った。「なにも持ってこなくてごめん、今度お返しするね!」などと聞くに堪えない言い訳をしながら、自分の気の利かなさを呪った。
 あろうことか、この春もとある飲み会で粗相をした。
 端的にいえば、あまりにも会話に馴染めなくていたたまれなくなり、途中で脱走してしまったのである。「ちょっとトイレに行ってくる」と言い残し、幹事にこっそりお金を渡して、気づけばそのまま帰っていた。冷静に振り返るとありえない。28歳の人間のすることではない。
 これはかなり反省した。自分のあまりの社会性のなさを久々に突き付けられて愕然とし、たいへん恥ずかしく思った。
 思えば20代も終盤にさしかかり、ほどほど大人になってしまったがために、私的な人間関係において難を感じることがほとんどなくなった。無力だった子どものころと違って、自分の周囲にどんな人々を配置するかを、ある程度選べてしまうのだ。苦手な人とは距離を置けばいいだけの話。
 そうしているうちに、普段の生活においてコミュニケーションをとる相手は、家族、長年の友人、同居の交際相手くらいに限られてくる。いずれも気心が知れており、ほぼなんのストレスも感じない。完全に自分用に最適化された安楽の繭に包まれて、快適な暮らしが叶ってしまっている。
 しかし、やはりこれではいけない。
 よく「こんなつまらないパーティ、抜け出さない?」というミームを目にするが、結論、抜け出してはならないと考える。パーティ側を見下し、相対的に自分の価値を買いかぶる態度は傲慢そのもの。「こんなしょうもない飲み会に馴染めないくらい、私自身は奥深く、ナイーブで、高級で、かつ面白く、ハイセンスな存在なのだ。浅い社交を超越した品格の持ち主なのだ」という自意識は哀れな勘違い、単なる言い訳に過ぎない。飲み会の空気に溶け込めない陰気な自分を、謎の選民思想で必死に正当化したいだけ。それはただ単に己の声が小さくて通りにくく、会話のテンポを読むのも下手で、当意即妙な返答能力もなく、だから飲み会を楽しめない、それだけの話。世界が欠けているのではなく、自分が欠けているのだ。
 そういうことを、せめて自覚し続けられる人間でありたい。だから、やはりときどきは飲み会に参加する必要があるだろう。それは魂の修行なのである。

佐藤ゆき乃

佐藤ゆき乃
(さとう・ゆきの)

1998年岩手県生まれ。立命館大学文学部卒業。第3回京都文学賞一般部門最優秀賞を受賞し、2023年にデビュー作となる小説『ビボう六』(ちいさいミシマ社)を上梓。小説「ながれる」で岩手・宮城・福島MIRAI文学賞2022を受賞。

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