朴先生の日本語レッスン――新しい「普通」をめざして

第32回

「お」の森の迷子たちへ

2026.03.14更新

プロローグ――教授の眉間に走った、一瞬のさざ波

 その夜のできごとを、私はおそらく一生忘れないでしょう。つくば市に到着するやいなや、大学院の指導教官の先生が私のために開いてくださったささやかな歓迎会の席でのことでした。その居酒屋の名前もいまもはっきり覚えています。それは筑波大学の近くにあるとうけんというお店です。 和やかな雰囲気の中、緊張も少しずつ解け、私は拙い日本語で懸命に会話に参加していました。その時です。昼からの無理がたたったのか、胃のあたりに鈍い痛みを感じ始めたのです。

 心配そうに私の顔を覗き込む先生に、私は精一杯の丁寧な表現を心がけて、こう言いました。「先生、申し訳ありません。少し、が痛いようです」

 その瞬間、指導教官の先生の顔に浮かんだ表情を、私は見逃しませんでした。それは非難や怒りではありません。ほんの一瞬、ほんのわずかに先生の眉間に走ったさざなみ。それは、穏やかな湖面に小石が投げ込まれた時に広がる、微細な波紋のようでした。すぐにいつもの温和な笑顔に戻られた教授は、「それは大変だ。無理しないでくださいね」と気遣ってくださいましたが、私の心の中では、サイレンが鳴り響いていました。「今、私は何か、決定的な間違いを犯したのではないか?」

 後で同じ研究室の仲間から、「そういう時は、『腹が痛い』って言うんですよ。『腹』だけだと、ちょっと乱暴に聞こえることがありますからね」と教えられ、私は頭を抱えました。腹と、お腹。たった一文字、「お」があるかないか。それだけで、言葉の響きが、相手に与える印象が、まるで変わってしまう。その日から、私の街場の心理学者として、そして一人の日本語学習者としての、長く、そしてどこか滑稽な「お」をめぐる冒険が始まったのです。それは、出口の見えない、魅惑的な森への入り口でした。

1.「お」の蒐集家、あるいは奇妙な植物

 私のフィールドノートは、それからしばらくの間、奇妙な植物図鑑のようになりました。街角で見かけ、耳にした「お」のつく言葉を、片っ端から採集し始めたのです。

 最初に理解したのは、文法書に載っている基本的な分類でした。まるで植物を分類するように、私は「お」を三つのカテゴリーに分けました。

 一つ目は、相手への敬意を示す「尊敬の『お』」。これは、まるで王族に捧げる美しい花束のようです。「先生からの手紙、拝読いたしました」。この「お」は、手紙そのものではなく、手紙の送り主である相手を高めるために添えられます。

 二つ目は、自分を低めることで相手への敬意を示す「謙譲の『お』」。これは、主役を引き立てるために控えめに咲く、楚々とした野の花に似ています。「後ほど、こちらから知らせいたします」。知らせるという自分の行為に「お」をつけることで、その行為が向かう先の相手を立てる。実に奥ゆかしい仕組みです。

 そして三つ目が、私の冒険の主役となる、物事を丁寧に、美しく表現するための「美化語の『お』」です。これが最も厄介で、そして最も興味深い植物群でした。「花」「茶」「風呂」。これらは誰かを高めたり、自分を低めたりするわけではありません。ただ、言葉そのものを柔らかく、上品に響かせるための、いわば魔法の粉のようなものです。

 私の「お」コレクションは日に日に増えていきました。「金」「酒」「料理」「砂糖」「醤油」。まるでリスが木の実を集めるように、私は夢中で「お」のつく言葉をノートに書き留めていきました。この段階の私は、まだ楽観的でした。「なるほど、丁寧さが求められる場面では、とりあえず『お』をつけておけばいいのだな」と。しかし、この単純な仮説が、次の章で見るように、私を新たな混乱の渦へと突き落とすことになるのです。

2.親切すぎる料理人と、「お」の過剰摂

 ある日、私は研究室のセミナーで発表を終えた後、例の指導教官の先生にこう尋ねました。 「先生、先日の発表はいかがでしたでしょうか。先生の意見を聞かせいただけますと幸いです」

 完璧だ、と私は心の中でガッツポーズをしました。尊敬と謙譲、そして丁寧さをすべて盛り込んだ、これ以上ないほど丁寧な日本語のはずでした。しかし、またしても先生の眉間には、あのさざ波が走ったのです。そして、こうおっしゃいました。「発表、とても良かったですよ。ただ、少しだけ......そうですね、丁寧すぎるかもしれませんね」

 私は再び混乱の淵に突き落とされました。なぜ? 丁寧すぎてはいけないのか? 友人の解説はこうでした。「『ご意見』や『お聞かせ』はいいんだ。でも、『お発表』は言わないな。まるで幼稚園の先生みたいに聞こえるよ」。

教室に行きましょう」「歌を歌いましょう」「ズボンを履きましょう」。確かに、これらは小さな子どもに対して使われる言葉です。大人が使うと、過剰に丁寧で、どこか相手を子ども扱いしているような、くどい印象を与えてしまう。それはまるで、あらゆる料理に「お客様のために」と高級なトリュフオイルをかけすぎて、素材本来の味を台無しにしてしまう、親切すぎる料理人のようです。

ビール」と「コーヒー」の謎も、私を長く悩ませました。居酒屋で友人が「とりあえずビールで!」と言うのを聞いて、「なるほど、飲み物には『お』をつけるのだな」と学習した私は、後日、カフェで自信満々に「コーヒーをください」と注文し、店員さんに少し不思議そうな顔をされました。「ビール」は和語的な響きを持つ外来語だから「お」が馴染むが、「コーヒー」は外来語としての響きが強いから「お」はあまりつけない、というのが大まかなルールのようですが、絶対ではありません。「タバコ」「ソース」と言う人もいれば、言わない人もいる。

 結局のところ、「お」をつけるかつけないかの境界線は、論理や規則で引かれているのではなく、その言語共同体が長い時間をかけて培ってきた「慣習」という、ぼんやりとした霧の中に存在しているのです。外国人学習者は、その霧の中を、手探りで、時には転びながら進んでいくしかありません。

3.仮面のマジシャン、「お」が意味をえる時

 私の「お」をめぐる冒険は、さらに深い森へと分け入っていきます。それは、「お」が単なる飾りや丁寧さの印ではなく、言葉そのものの意味を根本から変えてしまう、まるで仮面のマジシャンのような振る舞いを見せる領域でした。

「義理」と「義理」はその典型です。「義理で参加する」と言えば、人としての務めや道理を重んじて、真摯な気持ちで参加するというニュアンスです。しかし、「義理で参加する」と言った途端、そこには「本当は気乗りしないけれど、仕方なく、つきあいで」という、どこか冷めた、消極的な響きが生まれます。たった一文字の「お」が、真心を社交辞令へと変えてしまうのです。

「決まり」と「決まり」も同様です。「これがこの店の決まりです」はルールそのものを指しますが、「彼のスピーチは、いつも決まりのパターンだね」と言えば、それは「マンネリで新味がない」という批判的な意味合いを帯びます。

 私が特に衝撃を受けたのは、「愛想」と「愛想」の違いでした。ある日、居酒屋で友人が店員さんに「愛想、お願いします」と言ったのです。私は「愛想」という言葉を知っていましたから、「彼は店員さんにもっと愛想よくしろと要求しているのか? なんて失礼な!」と一人で憤慨していました。もちろん、ご存知の通り、「お愛想」は会計を意味する言葉です。もてなしの締めくくりとしての言葉が、いつしか勘定そのものを指すようになったのでしょう。この発見は、街場の心理学者としての私の心を激しく揺さぶりました。言葉とは、意味を運ぶ単なる道具ではなく、その社会の文化や歴史、人間関係の機微が凝縮された、生きた化石なのだと。

 この発見を境に、私は『お』という存在の前で、いっそう背筋が伸びる思いがしました。それはもはや、私が自在に操れる単なる文法項目などではありません。知れば知るほど底知れず、人知を超えた深海に潜む巨大な霊性、あるいはその全貌を窺い知ることすら叶わない未知の超生命体のように、私の前に立ちはだかったのです。

4.言葉の潮の流れ

 この複雑怪奇な「お」の森で迷子になっているのは、私のような外国人だけではない、という事実に気づいた時、私は少しだけ安堵しました。

 コンビニやレストランで耳にする、いわゆる「バイト敬語」がその一例です。「こちら、千円からお預かりします」や「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」。文法的には正しくないとされながらも、現場では広く使われています。これは、マニュアル化された丁寧さが生んだ、新しい言葉の生態系なのかもしれません。

 また、日本人同士の会話でも、「この件、僕の方で対応します」のように、「お」ではないですが、過剰に回りくどい丁寧表現が使われることがあります。断定を避け、物事を柔らかく進めたいという日本社会のコミュニケーション文化が、言葉の形に現れているのでしょう。

 結局のところ、ネイティブスピーカーは、「お」をつけるべきかどうかを、いちいち文法規則に照らし合わせて判断しているわけではありません。彼らは、子どもの頃から膨大な量の言葉のシャワーを浴びる中で、無意識のうちに、その言語の「潮の流れ」や「風向き」とでも言うべきものを体得しているのです。どの言葉に「お」をつけると心地よく響き、どの言葉につけると座りが悪いか。それは理屈ではなく、身体に染みついた感覚なのです。

 ......と、ここまで書いて私は、自らの筆を止めざるを得なくなりました。今しがた用いた『無意識』という言葉に対して、ある種の反省が芽生えたからです。

 最近、エスノメソドロジーの研究に没頭する中で、私が得たひとつの確信があります。それは、私たちが『無意識』と呼んできたものは、決して意識の届かない暗闇に潜んでいるのではなく、むしろ日常の至るところに露出し、あまりに自明であるゆえに『見えていながら気づかれない(seen but unnoticed)』秩序そのものである、ということです。

 したがって、先ほどの表現をこのように改めたいと思います。

 それは個人の内面にある心理的なプロセスではなく、共同体の中で洗練されてきた『当たり前の作法』であり、身体に染みついた社会的技法である、と。私たちは『お』という一文字を通じて、その精緻な社会の編み目に、静かに、しかし確かな手つきで触れているのです。

 外国人学習者である私は、その海で生まれ育った魚ではありません。私は、陸から来た潜水士のようなものです。分厚い文法書という潜水服を着込み、ぎこちない足取りで、その海の深さを測ろうと試みる。魚たちが当たり前のように感じている水温の変化や潮の流れを、私は一つ一つ、計器で確認しなければならないのです。あの日の私が口にした「腹」という言葉は、海の住人たちにとっては、穏やかな入り江に突然響き渡った、不協和音のようなものだったのでしょう。

5.鏡としての外語――「お」がえてくれた故の言葉

 この長く苦しい「お」との格闘は、しかし、私に予期せぬ贈り物をもたらしてくれました。それは、それまで当たり前の空気のように思っていた、私自身の母語である韓国語を、全く新しい視点から見つめ直すきっかけを与えてくれたことです。

「お」の存在に悩み抜いたことで、私は初めて、韓国語にも独自の、そして非常に複雑な敬語システムが、まるで毛細血管のように張り巡らされている事実に意識的に気づくことができました。例えば、目上の方の「食事」を、私たちは「밥(パプ)」ではなく「진지(チンジ)」と言います。「家」は「집(チプ)」ではなく「댁(テク、日本語では「お宅」の意味)」、「年齢」は「나이(ナイ)」ではなく「연세(ヨンセ)」です。これらは尊敬の意を含む特別な単語であり、日本語の「お」の働きと似ている部分があります。

 しかし、日本語の「お」のような、単語の頭につける便利な接頭語は韓国語にはありません。その代わりに、動詞や形容詞の語幹に「-시-(-si-)」という尊敬の接辞を挟み込みます。「가다(カダ、行く)」は「가다(カシダ、行かれる)」に、「예쁘다(イェップダ、きれいだ)」は「예쁘다(イェップシダ、おきれいです)」になります。

「私は、この『―시―(シ)』という存在を、日本語の『お』と格闘するまで、あえて注視することはありませんでした。それは、私が呼吸する空気のように、あまりにも自明なものとしてそこにあり、敢えて問う必要のない『見えていながら気づかれない(seen but unnoticed)』秩序の一部だったからです。

 誰に教わるともなく、私たちは社会という場において、この精緻な言語的作法をあたかも当然の権利であるかのように行使してきました。それは決して、心理学的な意味での無意識の仕業などではなく、共同体の中で洗練されてきた『当たり前の技術』を、身体を通じて実践していた証左にほかなりません。

 しかし、「お」という異質な鏡に自分たちの言葉を映し出した時、初めてその空気の存在と、その空気がいかに精緻な文法構造によって成り立っているかが見えてきたのです。

 日本語の「お腹」と「腹」の違いに戸惑った経験は、私に「なぜ韓国語では、目上の人の『腹』を指す特別な単語がないのだろう?」という新しい問いを立てさせました。私たちは「배(ペ、腹)」という単語はそのままに、「배가 아프요(ペガ アップショヨ、お腹が痛んでいらっしゃいます)」のように、動詞の方を変化させて敬意を表します。

 外国語を学ぶとは、単に新しい単語や文法を覚えることだけではありません。それは、自分が立っている場所を、一度外から眺めてみることです。自分が当たり前だと思っていた母語の世界が、決して唯一の世界ではなく、数ある可能性の中の一つに過ぎないのだと知ること。そして、その比較の視点を通して、母語の世界の輪郭を、その豊かさと特殊性を、より鮮明に描き出す作業なのです。「お」という名の森での迷子は、結果的に、私を故郷の言葉の森の、新たな探検家へと変えてくれたのでした。

エピローグ――旅はまだ終わらない

 今でも、私は「お」を使う時に、一瞬ためらうことがあります。この言葉には「お」をつけるべきか、つけないべきか。それは、あの歓迎会の夜からずっと続く、私のささやかな儀式のようなものです。

 しかし、かつてそのためらいが「無知」への恐怖から来ていたのに対し、今のそれは、言葉への「畏怖」の念から生まれているように感じます。たった一文字の「お」の背後に広がる、日本語という広大な海の深さと豊かさ。その前で、私は永遠の学習者であり、探検家なのです。

 街場の心理学者として、私は異文化を理解しようとする時、その文化の内部にどっぷりと浸かりながらも、常に外部の視点を失わないように努めます。内側と外側を往復するその視線こそが、文化の深層を照らし出す光となると信じているからです。

 皆さんが母国語の内側でぬくぬくと浸っている安らぎの感覚と、私が境界線をまたぎ越しながら、時に足を取られ、時に溺れかけて掴み取った日本語への感覚。この二つが交差する地点には、きっと面白い何かが潜んでいるはずです。

 それは例えるなら、冷たい親潮と温かい黒潮がぶつかり合い、見たこともないような奇妙で豊かな魚たちが跳ね回る『潮目』のような場所かもしれません。あるいは、地元の人が当たり前だと思っている質素な食材に、異国のスパイスをひと振りしたら、思わぬ絶品料理が生まれてしまったような、愉快な驚きが待っているかもしれません。

 私たちの視線が火花を散らすその場所で、予定調와(よていちょうわ)を軽やかに裏切るような、心地よい対話が始まる。そんな予感に、今から少し胸が躍っています。

 このように、外部からの視線が内部の自明性と衝突する瞬間にこそ、言葉の本質は姿を現します。私にとっての日本語との格闘も、まさにこの『潮目』に身を置くことの連続でした。

 日本語の『お』との付き合いも、それと全く同じなのかもしれません。この言語の共同体で育った人々が、あえて言葉にするまでもない『自明な秩序』としてそれを使いこなす境地には、私は永遠に辿り着けないでしょう。 しかし、だからこそ、私は一つ一つの『お』の響きに耳を澄ませ、その背後にある文化的な文脈を考え、悩み続けることができます。このぎこちなさ、すなわち『当たり前』を当たり前として看過できない外部者ゆえの戸惑いこそが、私をこの言葉の、そしてこの文化の、より良き理解者にしてくれるのではないかと信じています。

 あの夜、指導教官の先生の眉間に走った一瞬のさざ波。それは、私の日本語学習の旅における、決して忘れることのできない灯台の光です。その光に導かれながら、私の「お」をめぐる航海は、これからも続いていくのです。完璧な答えにたどり着くことはないかもしれません。しかし、その迷い続ける旅路そのものにこそ、言葉を学ぶことの、そして文化を理解することの、尽きせぬ喜びが隠されているのだと、私は今、確信しているのです。

朴東燮

朴東燮
(ばく・どんそっぷ)

1968年釜山生まれ。釜山大学教育学科卒業 (文学士)。釜山大学教育心理学科卒業 (教育学修士)。 筑波大学総合科学研究科卒業(哲学博士)。現在独立研究者。学問間の境界と、地域間の境界、そして年齢間の境界を、たまには休みながら移動する「移動研究所」 所長。

主な著書(韓国語)に『レプ・ヴィゴツキー(歴史・接触・復元)』『ハロルド・ガ ーフィンケル(自明性・複雑性・一理性の解剖学)』『成熟、レヴィナスとの時間』『動詞として生きる』『会話分析: 人々の方法の分析』。
内田樹著『街場の教育論』、森田真生著『数学の贈り物』、三島邦弘著『ここだけのごあいさつ』(以上、ミシマ社)などの韓国語版翻訳者でもある。

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