ダンス・イン・ザ・ファーム2

第2回

歩く速さで(後編)

2022.04.13更新

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手続きと友人

 発症中に、僕にはやらなければならないことがあった。ここでこれからも書いていきたいことなのだけれど、それは以前にも書いた、集落で取り壊しが一応決まっている旧・芝居小屋。旧・公民館の建物のことだ。その建物の取り壊しがあまりに僕にはもったいなくて、引き継ぎたいと思っていること。そして、それを正式に書面で伝える第一歩を、この時期にやらなければならなかった。自治会の来年度の計画があり、締め切りがこのときだったから。
 壊すことはもう決定事項であるため、慎重を期す必要があった。勢いでは進められないことがわかっていた。
 それと、周囲になるべく言いたくない「コロナ感染」の時期が重なってしまった。

 書面の提出はまさにこの日。本来なら僕が持ち主である自治会の現会長に直接手渡すつもりだったけれど、家からも出られない。どうしよう。

 かねてからこのことを相談していた友人の1人に、プリントアウトして持って行ってもらうことにした。快諾してくれた友人。お言葉に甘えて「自治会長のおうちのポストに持って行ってもらえたら」とお願いした。

 届けてもらった次の日に会長から連絡があった。ドキドキしながら電話を受けると、このあとの段取りについての連絡だった。そして、付け加えてこうもいわれた。

「持ってきてくれた人、あれ誰じゃったかいの。あんたのグループの人かね。ええ人だねえ」

 ポストに持っていくだけでなく、話をしてくれたそう。このとき、安心の声が聞こえてくるかのようだった。僕一人だけだと「本当に大丈夫だろうか」となってしまうのは感じてきたし、そう思うのは当然だと思う。
 このときの一言で感じたのは、「一緒に関わっている人がいて、それがいい人」と伝わることは重要だということ。それは手続きを地道に進めていくのと同じかそれ以上に、大事なのかもしれない。こうして物事が進むのか、と自分にとって初めての考えが起こった。

「いい人かどうか」は生き方からでしかはじき出されない。それは、手続きの堅実さではなく、日々の積み重ねだけで表現できることでもある。

車と戦争と地震

 3月1日。「ホーホケキョってきこえたよ! きこえた?」と息子が起きてすぐに伝えてきた。
 ウグイスの初鳴きだ。
 3月3日。ついに家族の1人10日の療養期間がすべて終わった。感染後に家族で初めて車で外出した。「うわあ海がみえるよ~」と久しぶりの外の景色に興奮しながらわくわくうきうきドライブ。キラキラしている空と海。ご飯なに食べようか?  買い出しだ。
 40分走ったあと、島の外に出る「大島大橋」にさしかかるところで変な音がして車がガタガタいい始めた。「近くのバイクの音かな」「道路が工事中なのかな」。橋の上でついにガタンガタンし始めた。これ、自分の車だわ。

 パンクだ。バーストだ。
 なぜ、よりによってこの日に。なぜ、橋の上で。久しぶりの外出なのに。神よ。
 1kmの大きな橋をグラグラしながら走り切って、その先の駐車場に止めた。目的地までは残り30分、行くも帰るもできない。先日の事故でお世話になった島の車屋さんにまた連絡した。ここから40分以上かかる場所だけど、今から代車を持ってきてくれるという。神よ。

「お遍路せよ。歩きで」
 もはやこれは確信に変わった。いつになったら気づくのか、と天に試されているのだ。たぶん。
 このころ、ちょっと前に寄せた2つの記事で、意識しないでたまたま自分で書いていた「飛行機で行く旅と、歩きの旅」の例えのことが頭をよぎり始めた。

 少しさかのぼる療養期間中に、ロシアとウクライナとの戦争が始まってしまった。
 その頃、家の中でヒマを持て余していた息子が、僕のいるところにある文庫本を持って歩いてきた。その本のタイトルをみると「理趣経」松長有慶著と書いてある。理趣経は、真言宗の根本経典とされる密教経典で、その解説書だった。表紙には曼荼羅が描かれている。なんでまたそんな難しい本を持っているの・・・。パラパラめくりながら、挿絵を見て息子が言った。
「ねえ、これ、おうちにあるよね」
 それは、五鈷杵の写真だった。これを伝えたかったのか。古代の武器から転じたという、心の魔を打ち破る仏具だ。
「それは、武器なんよ。だけどね、心の中の・・・」
と説明を試みた。へーそうなんだ、といいながらどこかに行ってしまった。

 音楽のレコーディング技術は戦争と深い関わりがある。農業でのトラクターもそう。仏教ですらそういうシンボルがあったことを思い出した。五鈷杵は戦争から転じて心に向けていく方向に思う。逆ではない。逆にはしないのだ。

 3月16日の夜に、東北で大きな地震があった。
 先日来の戦争で、原発への攻撃や、核の使用云々の話が今までにない現実感で恐ろしさを覚えていたところだ。
「地震がこうしてひんぱんに起こる場所で、これからも原発なんてありえない」
 このような意見がたくさん表現されていたのをSNSで見た。2011年の東北大震災で起きたことはどうなったのか。広島、長崎、福島を経験したうえで、僕もこのことはとても疑問に思う。

「お遍路せよ。歩きで」

 この「歩き」が頭にあった状態で、翌日起きぬけにふと次のような考えが浮かんできた。
 僕は島に来てから、全然歩いていない。東京にいたときの方がむしろ歩いていたのだ。ギターと重たいギターを持って、家から駅まで、駅からスタジオまで。今この島では、ドアトゥードアでどこにでも行けてしまう。
「車がないと生活できない」「車社会だから」
と地方生活でお題目のようにいわれる。実際にそうだとも思う。そこと関連して「道」への要請があり、地域経済の基盤になってきた背景もある(道についての考察は別の機会に記したい)。
 その社会の中で、僕はこのひと月で車にまつわる不具合と悲しみを経験した。また、車には燃料も関わってくる。値上がりして、移動にも直接影響するし、農業の経費も上がる一方だ。

 歩きって、どうなのか。
 歩いていれば、立ち止まれる。逆向きにも、どこにでも方向を変えられる。それから、一歩一歩の感触を確かめられる。
 僕が最近考えてしまう飛行機では、そうはいかないとすぐイメージできる。移動しているのは僕ではなく飛行機で、僕は立ち止まることもできないし、移動中に確かめられる旅の感触も違う。歩きとは全然違う。

「歩く」ときのような感覚が失われすぎている。戦争も原発もそう。なぜ止まれないのか。人は、かつてに比べて立ち止まれる感覚を忘れてしまっているのではないか。確かめられる楽しみを忘れてしまっているのではないか。
 藤原辰史さんは2020年に発表された気候変動に対する論考で「高速回転と高速ピストン」という表現をされていた。
そうみてもたしかに、僕たちは立ち止まれない機構にいる。それが現実だといって、そうではないことを想像せずに受け入れ続ければ、その中に居続けることしかできない。

 レコーディングも、昔はテープで実際に切り貼りしていたという。僕もそのころの録音を演奏で経験したし、周防大島のラジオマンの友人、三浦さんも以前ラジオ局で使っていたハサミを田んぼで見せてくれた。今でも持ってるんだ、と思った。

 農業でも「機械がないとダメよ」と言われることがある。現実的にはそうだとも思う。でも、それは「現代で」「経済活動的な意味で」などカッコつきの条件では。昔は機械がないけど営んでいた。今もクワでできる。実際にやっている。

 メールやメッセンジャーと、手紙。SNSと、地域のウワサ。コピペと、自分の実感。

 機械がないと農業ができない。農薬撒かないと作物できない。車がないと地方で生活できない。電気なしでは暮らせない。働かないと生きていけない。現実にはそうだったとしても、本当にそうなのか。現実に合わせていったら、現実がますます狭くなっていく気がする。結果、苦しくなってくる。
 「〇〇がないと、〇〇できない」ということと、「〇〇があると、後戻りできないほど便利」なことは、同じ現象を言っていても全く違いそうだ。

 目的地に行くためだけの旅。飛行機でいくイメージを音楽で言い換えたら、「売れること」がそうなってしまうのかもしれない。でも「演奏している間が楽しい」という実感は、旅でいえば歩いているときの感覚に近い。それがきっともともとの目的。副産物で「売れたな」となったらそれはそれでOK、な感じだと思う。
 現実で生まれる苦しみについて、このように考えられるのではないかと思った。そのとき、誰にも譲れない自分の実感と、想像力が助けてくれる。

 僕自身、歩く速さで世界を楽しみたいと思うようになった。そこで見られる景色はいろんなことを教えてくれると思う。

 療養生活と車。免許の点数0点。そんな春のお彼岸にて。

中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。2021年3月、『ダンス・イン・ザ・ファーム』をミシマ社より上梓。

「ダンス・イン・ザ・ファーム」の過去の連載は、書籍『ダンス・イン・ザ・ファーム』にてお読みいただけます!

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