ダンス・イン・ザ・ファーム2

第28回

新生活 ー物流と人流 ー

2024.05.23更新

 最近、車で移動ばっかりしている。大丈夫かな、とふと思った。移動するために生きているのだろうか。

 周防大島の奥の方に暮らしている僕たち家族なのだった。島の外に出るには、車で30km以上走らなければいけない。30kmといえば、東京ではだいたい新宿から実家のある所沢までの道のり。かつて終電を逃したので歩いて帰り、到着したころには朝の通勤通学が始まっていた。そのくらいの距離だ。

 この春、うちの娘はありがたいことに高校に進学できて、平日は毎日「島外へ通学」する生活へと突入した。それに加えて、僕も島の外で仕事をすることが多くて、それで移動に次ぐ移動に面食らっていた。

「島には高校があるの?」

 と以前からよく友人に聞かれていた。島には、高校が一つと、全国で5つしかない「商船高等専門学校」という5年制の学校があるので、そこに進学すれば島内で完結する。けれども、ほかに行きたい場合は島の外に出るしかなくて、島に住む学生は島内の高校に通う人もいれば、島外に通う人も、どちらもいる。

 数年前、周防大島の民間のバス路線が見直された。利用客の少なさから、島の奥のほうは廃止になり、その地域で利用したい人は町営の小学校のスクールバスに相乗りできる形になった。小学生の登下校時間に合わせてあるので、便数がさらに減少。たしかに、日中の路線バスは今までも乗客がとても少ないのだった。

 そのため、わが家の高校生の場合は登校の時間から逆算して、「電車に間に合う時間」に間に合う、朝イチのバスの停留所まで送り届けることになった。家から車で15分くらい。帰りも、部活などでちょうどいいバスがなくなるので、もう少し遠くまで迎えにいく必要がある。おまけに僕自身の仕事も加わるので、冒頭の「移動ばっかり」という感想が漏れてしまった。

 高校生の朝の送りが始まってみて、驚いている。島の真ん中ほどに位置する目的のバス停に、かわるがわる自家用車がやってきては、子どもたちを落としていく光景がそこにあった。バスが停まる道路の路肩に数台、停まっては、家に引き返していく。僕たち親子もその一組だ。島の奥の地域のあちこちから、大人の運転する車がやってきては帰っていく。

 誰のせいとかではなく、「この運動、なんとかならないかな」と思った。皆さんそれぞれの行き帰りの時間も燃料も、もったいない気がする。ガソリン代もほんとうにバカにならない金額だ。

 しかもこのバスの便は、次の地域の停留所からの乗客は、もう座れないのだとか。パンパンに詰まった学生たちを乗せて島の外のJR駅へ。このバスの定期代もバカにならない金額だ。

「いっそのこと、僕がついでに子どもたちを乗せていこうか」

 というアイデアも一瞬よぎった。バス停まで、通りすがりに拾っていくのだ。いやいや、ちょっとそれは荷が重いし現実的じゃない。頭の中で頭を振った。

「朝イチのバス停のところまででも、子どもたちを一台に乗せていく仕組みがあればいいのでは?」

 いやいや、それが廃止になったバスじゃないの。送ったあとに堂々巡りしながら帰っている。子どもたちは、バス、電車、徒歩とそれなりに通学時間を楽しくは過ごしているらしい。それにしても、バス停に集まっては散っていく自家用車群がなんだか切なく感じられてきた。

 そういえば以前、これと似た発想をしていたことを思い出した。

「これって僕がトラックとかで運べばいいのでは?」

 そういう仕事を立ち上げる?  島のマルシェの立ち上げを経て、自分や友人たちの作物をオンラインショップで取り扱うようになって、島の産物を発送していくなかで一瞬頭をよぎったことだった。その後、送料もどんどん上がっていく現状もあった。でも、このときもちょっと想像して、現実的ではないことをすぐ悟った。

 それでも、物の流通には以前から何となく興味はあった。そこで先日『日本の物流問題 流通の危機と進化を読みとく』(2024年)という本を手にしてみた。そこには、

日本中を走るトラックは、約60%「空気」を運んでいるのである。

 とあった。国内の宅配便の取り扱い個数は、40年近くの間で10倍以上になっているのにトラックの中身の量、貨物輸送量は3割近く減少しているとのことだった。トラックが満載だったら100%のはずの「積載率」は、2022年時点で36.5%になっている。4割にも満たない荷物だということ。

「物流の傾向と、この地域のバスって、似ているのでは?」とふと思った。普段の路線バスも、たしかに空気を運んでいると捉えても仕方がない面があるほどの乗車率。それでも、必要なインフラということで、行政が支援して走ってもらっている側面もある。

 そもそも「物流」という言葉は1960年代に生まれたという説が有力だそうだ。1964年に東京オリンピックが開催、その前後で各地の高速道路が整備されていき、物流におけるトラック事業が爆発的に伸びていった。そして、当時の大規模・大量に輸送する形から、現在では僕たちがよく利用する、個別の宅配へと変化していく。島の生活でも、この物流の仕組みが都会と遜色ないと思うくらいの恩恵もたらしてくれている。ここでは、橋が架かっているということも大きな要素だ。

 トラック事業では現在、この推移からもたらされた非効率さ、低賃金、長時間労働、高齢化などの問題を抱えているという。

 一方で、周防大島町の人口に目を向けてみる。統計によれば、1960年時点での住民は49793人、2024年4月現在では13762人となっている。うち、65歳以上の比率を示す「高齢化率」は12.3%だったのが、2020年では55.0%に上昇。逆に、14歳以下の年少人口は、30.5%だったのが、6.3%になった(「周防大島町過疎地域持続的発展計画 」より)。

 そして島の産業といえば挙がるのは「みかん」。物流と人口をつなぐ象徴に感じる存在。周防大島町によると、一番出荷が多かった時期が1965年ごろで、その量は4万トンほどだったそうだ(山口県全体では10万トン)。そして2022年の段階では、3千トン後半~4千トンほどになったそうで、9割ほど減少しているのだった。

 内容は違うけれども、物流も、人の生活も、似たような経緯をたどっているように思えてきた。

 現在、物流については、「非効率」などの問題を解決するために、AIが次々に用いられているという。「最適なルート」や「最適な荷物量」などをAIによって導き出し、コストや時間のカットや、二酸化炭素排出量の面でも貢献できるとのことだ。

実際、AIは、企業が保有する経営成果データ、時期(季節や天候)の変動、マーケットトレンドなどを変数に組み込み、包括的に将来の需要や供給の予測を行うことができる。(同著)

 こうして、実際に効果を上げているという。

 もしかしたら、これらの技術を応用したら、冒頭の「親がそれぞればらばらに送り迎えをする」という問題も解消するかもしれない。その日その日で、1台が的確なルートをたどって、子どもたちを拾っていくのだ。

 ちなみに、AI導入に加えて、「トラックの自動運転」も世界的に試みが続いているという。物流の非効率さ、労働環境、高齢化などの課題へのアプローチだ。自動運転の段階にはレベル0からレベル5まであって、レベル3までは「車には運転手が乗っている」状態、4と5は無人だ。ただ、現状では、レベル4の運行は限定されたエリア内のみで、完全な自動運転のレベル5については「夢のまた夢」(同著)とのこと。

 驚いたことに、じつは2015年前後、周防大島町は政府へ「自動運転実験特区」の要請をしていた。レベル4だった。僕もどこかの新聞記事で目に留まっていたのを思い出した。町の広報にはこう記されていた。

この周防大島町で規制を緩和し走行実験が行われ、実用化に取り組み、自動車の自動運転が可能になれば、タクシーによる高齢者の輸送サービスや生活物資の配送事業の実用化が期待されています(周防大島町広報「すおう」2016年第44号)

 国からも直接、特区へのヒアリングを受けたりしつつ、このときは別の自治体が、ドローンについての特区についての採択をうけたとかで、周防大島町の願いは惜しくも成就しなかった。

 これは物流というよりも、人の流れについての懸念だった。当時推進していた方の話によれば、将来的な懸念として、主にタクシーを中心に、バスについても議論があったそうだ。この懸念、当たっていたのかもしれない。

「高齢化している地域だからこそ」「狭い道でできている地域だからこそ」、ここで実証実験してほしいと推進者は願っていたそうだ。ただ、現在の物流ですら「夢のまた夢」とされるほど自動運転なので、当時は今よりもまだ技術が進んでいない。ある意味で早すぎたのかも。

 自動運転にしろ、AIにしろ、物流で試みられている方法は、もしかしたら僕が住んでいる地域の人の流れにも応用できるかもしれない。そう思った。

 だけど、そこまで考えて、

「人と物は、やっぱり違うんじゃないのかな」

 と思った。効率よく人を運ぶ必要が、本当にあるのだろうか。人は乗り物によって本当に、どこかへ運ばれなければいけないのか。

 じつは、小学校の通学バス停へ息子を送るときにバスを覗くと、たまに悲しい気持ちになる。小さな小学生たちが頭をもたげて、時には口を開けて寝ている姿がみえるときがあるのだった。これは、かつて通勤電車や最終電車に乗っていた時の自分では。それに重なってしまって見えるのが、悲しい。なにも今からそんな練習をしなくても。

 高速道路ができて、トラックで物がたくさん運べるようになった。反対向きでいえば、人が抱えきれないほどの重さの物を、スムーズに運ぶ必要があって、道路が整備されていった。みかんもたくさん出荷できるようになった。重機も入れられるようになった。道がよくなって、人も出入りができるようになった。

「あんたんとこの地域は、昔は道が悪かったんよ」

 と同じ島内の方からも言われることがある。それくらい、道路の整備が悲願だった面がある。工事や、物の流れ・人の流れ絵地元に経済的な潤いもやってきた。

 でも、そうしてスムーズに物・人を運ぶために道路を作ったことで、生き物の道や、水脈が寸断された、という面もある。道路で轢かれた獣や鳥たち、窓ガラスにへばりつく虫の遺骸、道路わきから流れ出す水や土砂が簡単に教えてくれる。

 こういった構造物の代償で、山が荒れ、あるいは土砂崩れが起こりえるということも言われるようになってきた。その影響の有無の細かい点は吟味する必要があるけれども、山の生態系にも、水が流れつくはずの海、そこでの魚や貝や海藻などの生態系にも、なんらかの影響がありそうだ。これは昔はわからなかったことで、今はその影響の可能性はいくらでも話し合ってもよさそうだ。

 物を、人を、そんなにたくさん、速く、いつでも、運ばないといけないのだろうか。

 結論や正解はわからない。高校生の娘が島外に通うのを見ながら、もっと効率的に移動できる方法があったらいいのにと思う。それと同じくらい、そんなに運ばれなくてもいいじゃない、という気持ちがある。両方同居させて、考えたい。

中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。2021年3月、『ダンス・イン・ザ・ファーム』をミシマ社より上梓。

「ダンス・イン・ザ・ファーム」の過去の連載は、書籍『ダンス・イン・ザ・ファーム』にてお読みいただけます!

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