ダンス・イン・ザ・ファーム2

第5回

また車か

2022.07.09更新

1日目の昼

 新岩国駅に着いたタイミングで、目的の新幹線の乗車時刻に間に合わないことがわかった。
 周防大島から最寄りの新幹線駅である新岩国に止まる便は1時間に1本なので、次を待っていると関西での用事に間に合わない。一方隣の広島駅は便数が格段に多いので、軽トラックで1時間かけて広島に向かう決断をした。さらに広島の便を逃したらアウトだ。情けない。気をつけて向かう。

 無事に広島へ到着し、駅前の駐車場を発見して乗車口に向かった。「荷物のゴロゴロを手にダッシュする」という行動は、島で暮らすようになってから経験がないことにこのとき気づいた。ハァハァ、こんなに大変だったっけ。階段の足どりが最高に重い。マスクか?  外だから外そう。暑さか? 佐久間宣行さんのラジオではこのころ「6月の5日連続の猛暑日は観測史上初」と言っていた。全国的に猛暑が続いた2022年6月末。

 広島に向かう途中、気をつけたことがもう一つあった。

 1年前に新岩国駅を利用した際に、駅前のコインパーキングに軽トラを停めた。新幹線の旅から帰ってキーを回すとエンジンがかからない。見ると電気がつけっ放しでバッテリーがあがっていた。

 トンネルでライトを点灯したら、手動で消さないとつけっ放しになってしまうのだ。

 このとき、すぐ近くにレンタカーの営業所があることに気づき、利用するでもないのにもじもじと入って「あのその、助けていただけませんか」と話をした。すると「ああ~」と笑いながら快く手を差し伸べてくれて、車をだして赤と黒のコードをバッテリーにつなげて無事駐車場から脱出できた。あれはありがたかった。そのことをふと思い出し、これを広島駅でもやってしまわないように、と道中で心に留めた。

2日目の昼

 京都では、環境音楽のブライアン・イーノ展"BRIAN ENO AMBIENT KYOTO"を観に行った。観覧中に邪魔になりそうなスーツケースとバッグを受付に預け、平日にも関わらず多くの人が来館している展示を堪能した。理解をすぐには許さない、よくわからないものに浸れた心地よさ。そのあとまた荷物とともに真夏の6月の路上に出ようとしたら、受付の人がスーツケースを見ながら話かけてくれた。

「どこから来られたんですか?」

「山口県です」

と答えた。それだけだとぶっきらぼう過ぎて不親切かな、と思ったので、

「瀬戸内海にある、すおうおおしまというところから来たんです」

と付け足した。すると、

「あ、周なんとか、って書くところですか?」

とさらに問われたのですぐに、

「そうですそうです、周に防と書いて大島のやつです」

と喜びながらお返事した。すると、

「ああ、周防大島というところなんですね。今度ぜひ行ってみたいです!」

と言われた。猛暑かつ、コロナ対策下。前後の来館者とそういう会話を見なかったので、僕だけなんでだろうと不思議に思った。明るい声とともに京都の路上に送り出してくれて、なんだかありがたい気持ちになった。

2日目の昼・パート2

 そこから1時間後。移動した大阪では、親戚の見舞いに行った。僕の家のすぐ近所で、移住してからとてもお世話になってきたおっちゃんとおばあちゃん。この春から島を離れて、大阪の施設で暮らすようになったからだ。「タクシーで行くといいよ」と言われていたので、新大阪駅からタクシーに乗った。

 施設に向かう途中の交差点で曲がるときに、不意に後ろから、

 パパパパパァーーーッ

 とクラクションの連打。さらにクラクションの車が前進してタクシーの左側に詰めてきた。その詰めてきた車の運転席からは、すごい剣幕で何を言っているかよく聞こえないが怒号が放たれている。

「・・・窓開けろコラァ!!」

 ジェスチャーつきで要求が伝わってきた。そしてタクシーの運転手がしぶしぶ助手席の窓を開けた。双方、走行中だ。

「おい! 交通法規わかってへんのかァ! 曲がるときに止まれェ!」

「・・・止まったじゃないですかァ」

 知らない運転手同士が走行しながら会話をしている。今度は怒号の車の人がタクシーの屋根の上にあるシンボルを指さして、

「看板背負って走ってるんとちゃうかァ!!」

 と言いながらタクシーにとても接近していた。タクシーの運転手は静かに助手席の窓を閉めた。そして後部座席の僕に向かって、すみませんね、と静かに謝った。

「・・・私、止まりましたよねえ」

 とも言われた。僕は見舞いのことを考えていたので全然見ておらず、

「大阪って、コワイですね」

とだけ一言。すると、無事施設について降りるときに、

「すみませんでしたね」

とまた言われた。

2日目の夕

 広島駅に帰還した。この日は妻の誕生日で、ケーキを買いに行って島に帰ろうと思って広島の店にあたりをつけていた。駅到着は18時過ぎ、閉店は19時。間に合うだろう。

 高い建物に囲まれた都市部らしいコインパーキングに着き、2日分の料金を支払った。すると向かいの昭和っぽい建物の2階の窓が開き、ランニング姿のおじさんが顔を出して、真下にいる僕に話しかけてきた。

「ま・ど・を・見・て」

 と身振り手振りで訴えてくる。言われる通り軽トラのフロントガラスを見ると、ダンボールに筆で書いたメモが張ってあり読んでみた。

バッテリーあがりでしたら
充電用ケーブルあります

 そう読むや否や、2階のおじさんが上からまた話かけてきた。とても優しい口調で。

「昨日の夜10時にライトが点いていたのに気づきまして、夜12時になったら消えておりましたので、もしかしてバッテリーが上がっているんじゃないかなと思いまして。業者かなにかをお呼びですか?」

 僕は前回の連載でカギを無くした際、妻に「もう無くさないように」とエアタグと周防大島キーホルダーをあてがわれていた。ポケットに入らない大きさのそれはもはやぬいぐるみ。
 その先についたキーを回すと、たしかにエンジンがかからない。

 うわ、またやってまった。あんなに気に留めていたのに。JAFに頼んだ場合を瞬時に計算し、その費用のかさみ方と、妻の誕生日ケーキへの間に合わなさに愕然とした。
 すると、ランニングのおじさまが畳みかけてこういった。

「もしよければバッテリーにつなぐケーブルをもっておりますので。あ、ただ私はやったことがないので、車とケーブルをお貸しすることしかできませんが・・・」

 なあああっっっつ。
 突然の申し出にたじろいだ。こんなことってあるのだろうか。

「ありがとうございます! ほんとですか。ぜひ貸してください!」

 即答だ。僕は島に来てからバッテリーあがりの対処法を身につけたので、車とケーブルさえあればなんとかなる。

「私はやり方がわからないので、車だけそちらに持っていきますね」

 とあくまで丁寧な申し出とともに2階の窓が閉まった。なんとありがたいことがあるのか。

 しばらく待っていると、セダン型の車がパーキングにやってきた。車体にはもみじマークがあしらわれ、運転席からはワイシャツとスラックスに着替えた紳士が颯爽と出てきた。おじさんではなくむしろおじいちゃんだった。

「私はできませんので、この車をいいように動かしてください」

 天使。見知らぬ僕に運転席を開け放ってくれて、どうぞと。僕も手を煩わせてしまわないように、それからケーキのことがあるので一刻も早くと思い、すぐさまそのセダンに乗り込み軽トラに最接近。ボンネットを開け、小走りで赤と黒のケーブルを双方に接続。ぬいぐるみのキーを回す。

 ブシャシャシャシャシャ。

 かかった! 天使のおじいちゃんと目を合わせてニコッとした。ほぼウインクしていたかのような。ありがたや。

「ありがとうございます!」

 と何度も言って、手元に持っていた周防大島の食べ物を差し出した。天使に恐縮されてしまったけれど、渡してよかった。2階に戻ると窓を開けてランニング姿で何度もお礼を言われた。こちらのほうこそありがとうです。

2日目の夕・パート2

 その間、気になっていたことがあった。コインパーキングの代金を払ってから事態に対応していたので、またこの軽トラは課金されているのではないかと。そして案の定、板が上がっていた。でもJAFを呼ぶことを思えば大したことではない。

 支払い機に車室番号を入力すると「100円」と表示が出た。100円玉を何回か投入するとなぜかすり抜けて下に出てきてしまう。どの100円玉を入れてもそうなるのでおかしいなと思いつつ、ケーキが頭をよぎり1000円札を投入したら、

「ありがとうございました」

といつものあの機械の声で送り出された。ウイーンと板が下がり、何事もなかったような静けさに包まれた。

「釣り銭は・・・」

 実は最初に払ったときも100円の釣りが出てこなかったので、うすうすおかしいなとは思っていた。まあいいや、ではあったけどケーキが気にかかっていた。現金をほぼ持っておらず、1000円がないのは痛い。板が下がったまま今度は駐車場の業者に電話した。急げ、板がまた上がってしまう。店が閉まってしまう。

 「今から向かいます」

 と管理会社の応答があり、時間がかかりそうだったので僕は店に先に移動して、そのあと受け取りをすることにした。そのとき既に18時50分。

 結局、ケーキ屋には間に合わず。管理会社の方から電話がかかってきて「どこにいますか?」と問われたので、あてもなく彷徨っていた路上で止めて「まわりに〇〇が見えます」と伝えた。10分ほどしてそこに若い方が現れた。僕への対応が、その日の最後の仕事になったのだろう。私服姿のその方が路上で1000円を手渡してくれた 

***

 このあと、仕事と食事を兼ねて広島のファミレスに入り、この2日間の謎の流れをメモしていた。忘れてもいいけど、忘れたくないなと思って。

 すると、机に置いていた僕のiPhoneが動いた。画面に目をやると「受け入れる」「辞退する」の二択が表示。AirDropで、見知らぬ人から僕のスマホに何かのファイルが送られようとしていたのだ。そして、その二択の上には、

 「ふざけるのも大概にしろよ!」

 と書いてあった。スマホをポイっと投げそうになり、ビビッて即刻接続を切った。

 ファイル名だと気づくのに時間がかかってしまった。それにしてもなんというタイトル、なんのファイルなんだ。見知らぬ人からの謎コンタクトに心臓がドクドクいって、手が若干震えている。

 この数日前に、僕のメールやいくつかのサービスが使えなくなっていた矢先だった。その後レコード店から大量の顧客情報が流出したニュースが報じられ、僕はその一人であることが判明していた。なんなんだ一体。

 先述の佐久間さんのラジオでは、「今、現場ではコロナ対策と熱中症対策に加えて、節電対策までやらないといけない」と言っていた。そんな2022年6月末。

 僕は島に帰ってきて考えている。人は、いつ、どこで、情けや慈悲を育むのだろうかと。そして「惑星大集合」のかけらを見ながら、人の星ってなんなのだろうか、とも。

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。2021年3月、『ダンス・イン・ザ・ファーム』をミシマ社より上梓。

「ダンス・イン・ザ・ファーム」の過去の連載は、書籍『ダンス・イン・ザ・ファーム』にてお読みいただけます!

編集部からのお知らせ

『ちゃぶ台9』に中村明珍さんの寄稿
「何様ランドーー共有地」掲載!

書影ブルー背景.jpg

5/31に発刊となった『ちゃぶ台9 特集:書店、再び共有地』に中村明珍さんによるエッセーが「何様ランドーー共有地」が掲載されています! ぜひお近くの書店でお手に取ってみてください。

『ちゃぶ台9』詳細

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