ダンス・イン・ザ・ファーム2

第13回

ああ釣果

2023.03.09更新

 立春を過ぎて、久しぶりに息子と釣りに行った。これまでは時に夜釣り、時に学校へ行く前の朝釣り、となかなかのハイペースで海に赴き、釣れたら飛び上がって喜び、釣れないとイライラする日々。イライラの次の日にはまた「行く」といい、その切り替えの早さに驚いたりもしてきた。

 「ひさしぶりだねえ」
 「寒かったからねえ」

 と、今日はうれしそうだ。よくしゃべる。「釣れなくてもイライラするのはナシよ」というと「うん!」とはっきりした返事。寒くて天気のいい日曜日に、軽トラで飛び出した。スマホで潮汐表を確認して、話し合ってなんとなく気分で決めた目的地に向かう。じつは僕自身、この寒さのなか釣れるかどうか、自信がないのだった。

 釣りのポイントに向かう道すがら、わが家のヤギ「こむぎ」のいとこにあたるヤギたちにも出会う。ここの飼い主の木村さんに、ヤギのことを相談したのがこむぎと出会った最初のきっかけだ。見学に来たその日、今よりもう少し小さかった息子は、ヤギに頭突きされて小川に落っこちそうになっていた。そこのヤギは最近、メンバーがさらに増えて4頭になっていた。

 車で移動しながら、釣れたらどうするか、とか何が釣れるかな、とかおしゃべりして盛り上がっていく。これはいつものことだ。この「盛り上げ」がありすぎると、釣れなかったとき落差でイライラが発生する。これを克服できたら、成長したということなのかもしれない。

 東京、埼玉と海が近くに無い場所で育った僕は、この海釣りがうまくない。というか、ヘタだ。釣れない日がけっこうある。ただ、僕は少年時代に父に清流釣りに釣れていってもらったことから、釣り堀でのコイ釣りを経て、淀んだ大きな川での「吸い込み釣り」というものにもハマって、一人でも遠く自転車を漕いで通うようになった。

 この釣りは、一日で一匹釣れたら万々歳で、まったく釣れなくても構わないというような気長な営み。竿先につけた「鈴」が鳴るかどうかでアタリを待つという、なんとも風流な感じが太公望みたい。下校時に走って帰っていた中学校生活における、週末のどこかさみしげで気に入っていた一コマだ。秋にはキーンと冷たい風が吹き始め、春には花と草の匂いが漂う、ある河川敷。鈴が鳴らない一日。

 だから、「仕掛けを入れればすぐ釣れる」という島での釣りは衝撃だった。食べられるアジやメバルといった魚がわんさか、しかもある時はエサがなくても釣れる。かつては「魚が湧いていた」という話もいろいろな島の人から聞くけど、実際に、島に来た頃はそういう印象の日もあった。
 最近では「釣れなくなった」という話もあちこちからよく聞くけど、それが気候変動や環境の変化によるものか、それとも僕がただヘタだからか、わからない。両方なのかもしれない。

 環境の変化でいうと、ある魚の場合は海水温が十分に下がりきらず、そのおかげで海藻が育たず、本来その海藻に生息や産卵をするはずの魚ができず、魚が減っている、という現象の話も聞いた。アサリも採れなくなったといわれているけれども、生態系の様子は、温度のほかにも無数の要素が絡み合って今の状況があるといえそうだ。

***

 人間の社会のことでも、気になることがある。
 少子高齢化社会といわれて久しく、「少子化対策」としてお金の配分云々、出産の有無がどうのこうのといろいろ話が出てきているけど、正直下品なことだなと思っている。
 また、最近日本では「子どもの自殺が過去最高の数」であるという報道もあった。それにもショックを受けた。

 周防大島にいて、イノシシ達の生き方を見て日増しに感じていることがある。人間からみると「増える一方で困る」「被害があって困る」という事情で、罠を仕掛けたり、猟銃が使われたり、対策が講じられている。困っているのは確かにある一面なのだけど、彼ら彼女らから教訓としてもっと学ぶべきこともあるのではないか。

 今のところ「対策」が効いて、イノシシたちが増えたり減ったりしているのではなさそうだ。これは猟をしている知人からも聞いたことだ。
 先日も島で「前年に98頭も獲った人がいる」という話を聞いたけれど、その上でなお、畑に入られたり、庭をほじくり返されたり、石垣が崩れたり落石があったり。
 「獲っても獲っても減らない」という実感が僕にも、多くの住民にもあると思う。
 対策があるかどうかではなくて、イノシシたちにとって住む場所が「気持ちがよいかどうか」で決まるのではないか。それを無視して、どうにかコントロールしようとする発想が生命に反するようで、僕には下品に感じられてしまう。そこには、

 「じゃあ、現実的にはどうするのか」

 という声も聞こえてきそうだ。でも、まずはこう言いたい。

 「気持ちがいいかどうか」「心地いいかどうか」は、何もイノシシだけではなくて、さっきの魚だって、害虫と呼ばれてしまう虫たちだって、病原菌の立場からみたって、そうなのでは。この発想は、人間にも適用されているのでは。

 だとしたら、「どうしてここが気持ちいいのか」ということが探れればいいのかもしれないけれど、それがまた難しい。でも難しいからといって、「駆除する」「放流する」「お金を配る」というようなことは改善しないどころか、無礼なんじゃないかと思ってしまう。

 かつてみかん畑だった周防大島のたくさんの場所、いわゆる耕作放棄地に繁茂して問題だといわれる「竹」も、かつては植えることが奨励されていたとわかってびっくりした。その子どもである「タケノコ」は現在、イノシシの春の食べ物のひとつだ。僕が彼らだったら、

 「やった! 食べ物ある!」

 と喜ぶだろう。島、居心地いい~っと、うなっていそうだ。

 直近では、「高額納税者が複数転入、町民税収が6・7倍に」というニュースがあって、僕もなぜか遠方の知人たちから「すごいね」と何通もメールをもらった。
 これもさまざまな背景を考える必要がある現象だけど、記事を読んでなお素直に感じたのは、住む人が「居心地がいい」と思っていそうだ、ということだった。少なくとも僕はそう思っている。

 そのことを通して再度島のことを考えてみると、「少子高齢化でますますこれから地域の維持が困難になる」という問題提起のことが思い浮かぶ。
 例えば、断水のときに味わった「水道事業」の先行きについて。これから何も対策を講じなければ、少ない人口に維持管理費が大きな額の水道代としてのしかかる、という想定を見聞きした。農道や小川の維持管理だって、人の手が必要なところで、どんどん減っていく。昔6~7万人いたとされる島が、今では1万4千、今後さらに半分になるだろうといわれている。学校も公共交通も、それに対応した減少の仕方だ。

 だからといって、「少子化対策」を考えるというような言い方で、子どもを金銭的な方策でなんとかしようとすることは、根本的なことに、かすってもいないと考えてもいいのではないだろうか。だって、いろいろな事情の人がいての人間社会なのだから。
 もっと、そうではない考え方のできることがあるのではないか。
 例えば、「気持ちがいい」ということについて、もっと心を配ることができるのではないだろうか。

***

 冒頭の息子。今回の釣行では、なかなか釣れなかった。

 「釣れないねえ」

 とイライラもせずにじっくり待てているようでちょっとびっくり。成長を感じた。

 「もうすぐ夕まずめだね」

 とお互い了解する。夕方5時をすぎるころになると、魚の活性があがって食いつきがよくなり、釣れる時間帯となる。そこまでじっと待つ。

 すると息子が突然叫んだ。「釣れてる!」

 ぐぐーっとウキが沈んで竿を立て、ぐるぐるリールを巻いていくと、アジだった。いつもは小さいサイズでも「食べたい」といって持ち帰ろうとする息子だけれども、今日はなかなかうれしいサイズ。この日はこの1匹だけ。でも、よく釣れるクサフグや小さなスズメダイなどと違って食べられる魚なので、息子は「釣れたねえ~よかったね~」と大喜びだった。寒いのに、元気いっぱいの一匹のアジ。

 家に帰ったあとは、2人で釣れた魚を捌くことになっている。アジは他のメバルなどの魚と違って、いつも車で帰っている間に弱って死んでしまう。回遊魚だからなのかな?

 ところがこの日は、なぜかいつまでたっても元気なこのアジ。寒い冬はこうなのだろうか。

 「捌こうか」

 といって2人でバケツから出そうとすると、ビチビチしてなかなか掴めない。このアジを見ながら、息子がどうもいつもと全く違う様子になっていた。

 「どうしよう・・・」

 といっている。どうしたんだろう。やっとのことでまな板に載せて、いざ包丁を持って〆ようとしたらまたバシャバシャと跳ね回った。アジはまな板から飛び出していった。このときに、息子が、

 「・・・逃がそっか」

 といった。これは初めてのことだった。どれだけ小さい魚でも、あれだけ食べたいといっていたのに。なんでなんだろう。

 どうしたの? と聞いても、「だってさ・・・」のあとが言葉が続かない。

 けれども、なんとなくわかった気がして、そのまま近くの海に逃がしにいった。これは何ともいえない、不思議な瞬間だった。

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。2021年3月、『ダンス・イン・ザ・ファーム』をミシマ社より上梓。

「ダンス・イン・ザ・ファーム」の過去の連載は、書籍『ダンス・イン・ザ・ファーム』にてお読みいただけます!

編集部からのお知らせ

『ちゃぶ台10』に中村明珍さんの寄稿
「ボゴ・ダンス ーー日本語の話者としての」掲載!

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12/10(土)発刊『ちゃぶ台10 特集:母語ボゴボゴ、土っ!』に中村明珍さんによるエッセー「ボゴ・ダンス――日本語の話者としての」が掲載されています! ぜひお近くの書店でお手に取ってみてください。

『ちゃぶ台10』詳細

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