ダンス・イン・ザ・ファーム2

第20回

川が分かれて、また合流して

2023.09.22更新

 「その農地、私が買います」

 ならぬ、

 「その建物、私が買います」

 こう宣言してしまったのが渋谷の伝承ホール。この連載をもとにした僕にとって初めての本、『ダンス・イン・ザ・ファーム』の発売記念ライブの壇上での出来事。2年前、2021年7月のこと、東京ではオリンピックの最中だった。
 その翌日、妻から「買うってどういうこと?」とメールがきた。会場のお客さんを通してこの宣言を知った妻の怒り。このことは以前詳しく書いた。忘れられない事件である。

 2年後の今年、2023年1月。『ダンス・イン・ザ・ファーム』の本の表紙画を描いてくれた、尊敬するパンクのギタリストでありアーティストで、スケーターのTim Kerrさんから突然メッセージがきた。

 「Up Around The Sunのライブを日本で計画してくれている友人がいます」

 Up Around The Sunとは、Timとバンジョー奏者 Jerry Haginsさんによるアコースティックユニットだ。その日本ツアーが計画されているのだという。
 続けてその大阪在住の友人の方からは、こんなメッセージが。

 「明珍さんの地元(山口県)でもライブをすることは可能でしょうか?」

 マサキ・ポーザーという洒落の効いたステージネーム(ポーザー:スポーツなどで道具やファッションばかりが一人前で実質の伴わない人のこと/デジタル大辞泉より)を持つその方からの、丁寧な文面によるオファーだった。

 なんでも、ポーザーさんは自身がボーカルを務めるスケートパンクバンドのレコードのジャケットを、やはりTimさんに手掛けてもらったことが縁で「Timさんの日本ツアーをセッティングする」という話の流れになったそう。

 そのライブ、「やりましょう!」の一択だった。本来、東京などのライブ会場まで会いにいく気持ちなのだ。それがこんな近くにまで来てくれるなんて。

 冒頭の「買います」宣言の建物、地元の旧公民館でやれたらいいな。そう心に描いた。ただ、建物はもともと壊す予定だったもので、表面上は変化がなくても年月も経っていてできるかどうかは完全に未知数だった。

***

 

 今年の4月に集落の全員参加の総会があり、この件についての議論が紛糾してひやひやしたことも以前の連載で記した。このとき恐る恐る発言するなかでこのライブのことも話し、建物を借りられるところまで議論が進んだ。「壊す」予定の建物だったのが、「使っていい」という話に変わっていったのは、奇跡だ。

 「買う」といったり「借りる」といったり。「壊す」「使う」という言葉が同時に出てきたり。それは「古くなった建物なので壊す」「片づける」という、空き家が増えている昨今ではよくある発想に加えて、建物は自治会、土地は周防大島町、と持ち主が分かれていることが原因にある。誰がどのようにして次のステップにいくのかがわかりにくく、場合によってはルールを新たに作る必要がある。つまり、どなたかにとって面倒な手続きが待っているのだ。
 現在、建物の方、自治会の方針は出ているのだけれども、土地の所有者である町の方針が出ていない状況が続いている。そこで「現状のまま借りる」という方法にたどり着いた。ここには地域の方や議員の方の尽力があったことが大きい。

 また、今まで行ってきたイベントで、飲食物を提供したいとしたときに必要となる保健所の許可、これが取れずに毎回やきもきしてきた。たとえばライブ時に、僕の畑で採れた梅で作ったジュースを提供しようとしても「コップに注ぐのがNG」。衛生上のルールということで、どこでも手に入る缶ジュースを泣く泣く販売していた。これを、もっといい形にできたらいいのにな。どうしたらいいだろう。

***

 コロナ禍を挟んで「久しぶり過ぎる」ライブ企画だったことと、「どこまで自由に使っていいのかな」という建物の事情もあって、話は決まっていたのに何から手をつけていいのか、なかなか動き出せなかった。そこは反省点。だけど、ここからの流れが驚くほどとてもスムーズになっていく。

 前売券、当日券。オープン時間、スタート時間。集落で音出しOKの限界は何時だろう?盆踊りと同じ時間にしようか。ツアーの周防大島の前日は大阪、ここまで車で片道7時間以上だからTimさんたちは何時に着くかな? リハーサルの時間はいつにしよう。どうやらライブの値段はこの数年で大幅に上がったらしい。ん!?大阪の前売が2500円!海外から来るライブでそんなことが。どうやらTimさんたちは自腹で来るらしい。ツアーサポートのポーザーさんとニューヨーク・マンハッタン出身のネイサンさんによるVanishing Menも自腹だそうだ。そういう気持ちはパンクアティテュード由来だということを知っている。お金のためにやるのではない。やりたいからやるのだ。

 詳細を詰めて、妻の協力のもとでチラシを作る。何枚刷ったら無駄にならないかな。せっかく大好きなアーティストが近くまで来てくれるのだから、たとえ参加できなくても「こんなのがあったんだ」と知ってもらいたい。もしタイミングよく会場に来れたら、誰もが「来てよかった」と思ってもらえたらいいな。このあたりが心の向けどころだ。
 ちなみに前日の大阪会場の主催は、妻の古くからの友人「カワシマン」だということがあとでわかる。2人は連絡をとっていたわけではなく、たまたまだった。テキサスのTimとJerryの音楽を経由して、古い友人同士で2日間のライブが作られることに僕は驚いた。

 共演は、ツアーに同行するVanishing Men。そして宮﨑から酒井大明さん。Timのいた伝説的バンドBig Boys の存在を教えてくれた一人であり、僕も酒井さんと一緒に演奏することになった。酒井さんはもともとは東京出身で、冒頭の「ダンス・イン・ザ・ファーム」発売記念ライブでのトークに登壇してくれた人。まさかこんな流れになるとは誰も知らず。

 松山から、ガッツムネマソさんのチーム3人組。森田真生さんの「数学の演奏会in周防大島」で生まれた、Tシャツなどのシルクスクリーンをその場で行う「ライブプリント」をひっさげての共演。ガッツさんは、バンドマンでプリント職人で、ラジオのDJである。

 夜のライブになるから、きっとお腹もペコペコだ。こんなときは旅する料理人、座間達也さんだ。お店には彼に会いに来るお客さん、いわばファンがたくさん。僕たち夫婦もその1組だ。その日の感覚で料理が生まれる。それが大きな魅力の一つであり、僕に「滝行」を教えてくれた謎の人物でもある。心強い共演者だ。

 会場は、丸1年は完全に使われなかった木造の二階建て、元芝居小屋。ボロボロの座布団や使わない大きなスピーカーや、ホコリが床に扇風機に、あちこちに溜まっている。大掃除が必要だった。

 告知、チケット受付、大掃除、飲食店許可、音響機材、舞台装飾、駐車場の手配。
 事前の大掃除と舞台づくりに駆けつけてくれたのが、島のなかでもだいぶ離れた場所にあるCoffeeコナの店主。そして近所に住む大学生の二人の女性。てきぱきテキパキ、みるみるうちに仕上がっていく。

 その作業をしているあいだ、いろいろな人が立ち寄り、覗いて、手を貸してくれるようになった。近所のイノシシ猟師で新聞配達員である移住者の栗原さんが、「駐車場の草刈りやっとくよ」と申し出てくれてしまった。なんということだ。僕が刈らなければいけないのに、見るに見かねて、この暑い中で。

 そう、暑いのだ。
 このあたりは海岸すぐ近くで、9月中旬の夜はさすがに涼しいだろうと予想していた。たくさん設置されている扇風機でしのげると思っていた。ところが観測史上最高の暑さが続いているという2023年の夏が、終わらない。これが地球温暖化か。
 夜になっても暑く、冷房装置の必要が浮上してきた。建物には大きなエアコンがあるが、使用するには新たに契約をしなければならず、費用がかさみすぎる。イベント用の冷房を遠くからレンタルするか?

 そんなときに、島のお肉屋さんであり音響技術をもつ、山田さんが通りかかった。

 「〇〇仕様の発電機を借りてきてはどうか」

 会場付近の配線を一通りチェックして、山田さんがそうアドバイスをくれた。僕には全くわからない領域だ。ちなみに草刈りの栗原さんと山田さんは取引相手。

 そこで、電気関係について今度は近所の"吉田しょうちゃん"に教えてもらいにいく。作詞家の星野哲郎さんのもとで一緒に仕事をされてきた音響屋さんで、地域の神社の総代さんでもある。駐車場と、神社の椅子を借りる相談をしながら、エアコンについて助言を求めると、

 「桑原さんに聞いてみんさい」

 という。桑原さんは近所に住む電気工事のプロ。そうして桑原さんに相談すると、「エアコン周りを見てみますよ」と快諾。動くかどうかもわからないエアコンだ。見に来てくれたそのとき、今度はたまたま大工の黒木さんが通りかかる。電気屋さんと大工さんで、公民館の配線とエアコンのチェックが始まった。

 「プロの仕事じゃの~」

 先人の配線が見事に建物に施されていて、現在のプロが口々にそういっていた。本当の意味でDIYで作られた建物の秘密が、控えめな様子であらわになっていく。
 のちに僕が2tトラックで島外から発電機を借りてくると、桑原さんが手際よくつないでくれて、稼働しはじめた。ホッ。大工の黒木さんはこのあともたびたび訪れて、なにもいわずに外壁を直してくれていった。

 懸案の飲食店許可も、シェフの座間さんと大工さんと、保健所の担当者の支えで、開催数日前に間に合った。以前の困難を知っている身としては、心から安堵した。
 また知人のガス屋さんに数年ぶりに連絡すると、「明珍くんがいうことなら~」と惜しみない協力を申し出てくれた。近所の酒屋さんの"石崎むっちゃん"はチケットの窓口になってくれたり、遠方の酒屋の若大将も、クラフトビール工房も、力を貸してくれた。

 厨房の準備を終えた夜に建物のカギを閉めたとき、僕はなんともいえない初めての感情に包まれてしまった。

***

 2年前に、歌手の二階堂和美さんと一緒に『ダンス・イン・ザ・ファーム』の発売記念イベントを行った蔦屋書店さんでは、音楽ライブの案内にも関わらず、店頭でチラシを紹介してくれた。

 本の世界と音楽の世界の境目で、こうして風が通るような場面に出会えたことがうれしくてたまらなかった。このことを書籍を通して実現してくれたミシマ社が起点となっている。言葉にできないぐらい、ありがたい。

 地方紙の中国新聞も、周防大島のたくさんのお店の方々も、観光協会も商工会も、地域の方々も手を差し伸べてくれた。

 僕は照明、エアコン、厨房、イス、音響をチェック。そうして迎えた当日、お客さんはたくさん。想像を超えた光景が広がっていた。

 

***

 ポーザーさんが運転する車でTimさん一行が周防大島の和佐へ。長年の伴侶で文献で読んだことのあるBeth Kerrさんも一緒だ。最初はみなさんと話すのに緊張したけれど、さっそくつたない英語で話をすると、なんだか懐かしい感情が湧いてきた。
 Kerr夫妻は1978年に結婚して、それからずっと一緒なのだそう。僕はその年に生まれたのだ。

 サウンドチェックを開始すると、TimさんとJerryさんはさっそく、

「建物の響きがいい」

 といってくれた。僕も、数日前から準備しながら「建物が一つの楽器になっているのでは」と思った瞬間があって、あたかも大きなアコースティックギターの中にいるように思った。そして実際に、素晴らしい演奏が響き始めていた。

 久しぶりの地域での音楽コンサート。ふたをあければ下は幼児から上は90代まで、幅広い人たちに囲まれて、本番へ。

 この公民館は芝居小屋として作られたので、舞台と桟敷席がある。そして今回は、舞台も客席として開放して、自由に座ってもらうことにした。演奏者のステージは、舞台下の平らなフロアの上で、お客さんと同じ目線の場所だ。

 会場に来てくれていた僕の義母から、あとでこんな感想をもらった。

 「あの舞台の人たちも、演出だったの?」

 義母は、舞台の上の客席を見て、自由に出たり入ったりする子どもたちや、飲食をしながら楽しむお客さんも、どうやら「出演者」だと思っていたようなのだ。本当だったらなんという前衛的な、手の込んだ演出。この副産物の感想に思わず笑ってしまった。

 VHSMAGさんによる2020年のTim Kerrインタビュー。「パンクとの出会いは?」の質問には、こんな印象的な言葉があった。

 一番クールだと思ったのは境界線がなかったこと。バンドと観客が一緒になっていた。今のように境界線が存在しなかったんだ。観客のみんながバンドをやっていたり、Zineを作っていたり、写真を撮っていたり・・・みんな何かをやっていた。本当に素晴らしいコミュニティだった。それが最高だったんだ。

 これは僕もパンクのライブのとても素敵なところだと思う。このことが念頭にあって、高さのあるステージは、今回作らないことにしたのだった。

 始まったTimとJerryのふたりの演奏は、僕も演奏する1人として影響を受けずにはおれないものだった。音に没頭しながら、2人がときに目を合わせる。脳裏に焼き付いた2人の笑顔。タイトで優しく力強い演奏。音と感情が一体となって、どういう気持ちで演奏しているのか、どういうスピリットなのかが伝わってくる。アコースティックなのに、音圧のある塊。
 アンコールもかかり、最高の曲で締め括り。様々な人とこの響きを共有できたことが、宝物になった。

 そのあとの打ち上げでの一コマ。バンジョーのJerryさんから、僕の人生の変化について質問があった。
 「音楽をストップしてお坊さんや農業をするようになったのはどんな経緯?」

 と質問してくれた。僕がつたない英語で、考えながら言葉にしようとするとTimさんがすかさず、

 「ストップというのはないんだ」

 と話しはじめた。

 「全部続いていて、僕たちはやりたいことをやっているだけだよ」

 というニュアンスだった。英語は全部たしかにはわからなかったけれど、僕の代わりに説明してくれて、Jerryさんもそれに耳を傾けながら納得している様子だ。
 僕は続けて、Timさんに、

 「あなたの生き方と表現に教えてもらって、今の人生を歩めているんです」

 と本音を口にすると、

 「We are family」

 といってくれた。住んでいるところが離れた場所でも、こんな人のつながりがあるのか。

 「仏教にも興味があるんだけど」

 とさらにJerryさんの質問。今度はTimさん、

 「仏教はBe Here Now だと思う」

 今、ここにいる。たしかにそうだ。音楽はそのことを思い出させてくれるものの一つだった。

 そして翌朝。僕は「ダンス・イン・ザ・ファーム」の表紙に、念願のサインをもらうことに成功した。中国新聞の記者さんによる当日行われたインタビューも、こんな風に新聞に掲載された。

 「カーさんは『観客にも会場にもハートがあって素晴らしかった。島にまた訪れたい』と話していた」

 ガッツさんはプリントしたたくさんのTシャツを、「ツアーの足しに」とバンド一行にポーンとプレゼントして、とても喜ばれていた。簡単にできることではない。

 TimさんのSNSには、他の会場とともに周防大島での写真がたくさん投稿されている。それらは、自分が全く知らなかった、新しい近所の姿に見えた。投稿にはこんな一言が記されている。

"Another amazing show in an old Kabuki Theatre on an island. 7 + hours to get there but soo worth it."(島にある古い歌舞伎座でのもう一つの素晴らしいショー。7時間以上かかるが、それだけの価値はある)

 場所や距離を問わなくて、表面にはそんなに出てこない、地下水脈がずっとつながっているように感じる。大事なことが、この流れの中にある気がしている。

DSCF6377.jpgPhoto by Nozomi Terashita

中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。2021年3月、『ダンス・イン・ザ・ファーム』をミシマ社より上梓。

「ダンス・イン・ザ・ファーム」の過去の連載は、書籍『ダンス・イン・ザ・ファーム』にてお読みいただけます!

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