ダンス・イン・ザ・ファーム2

第21回

心の目ん玉見開いて

2023.10.19更新

 近所の子どもたちと海岸を歩いていたときに、小3の女の子が教えてくれた。

「あれはね、カモメの学校なんよ」

 数十メートル沖にあるテトラポットの上でたくさんのカモメが羽を休めてるのはおなじみの光景だ。そうだったんだ。そんな風に見えているんだね。

「それでね、あの黒いのは先生なんよ」

 おお、そうなんだ。黒くて少しだけ大きめの鳥。よくカモメに紛れて佇んでいたり、ときには羽を広げて乾かしたりしている。きっとウミウだ。あれ、先生だったんだ。

 僕と子どもたちの4人で見ていると、今度は別の鳥がやってきた。

「あのグレーのは何?」

 と彼女に聞いてみた。さらにもうちょっと大きめの鳥がテトラポットの海面間際にすっくと立つ。アオサギの仲間だろう。

「あれは・・・知らん」

 意外とそっけなかった。

 その場で子どもたちが鳥の鳴きまねをはじめる。アオー、アオー。思いのほか上手で、もし僕が目隠ししてクイズ出されたら自信満々で「鳥!」と答えてしまいそうだ。

海にむかってみんなで大声で鳴いていたら、グレーの子はどこかへいってしまった。

***

 

 「行かないとつかれがとれない」という息子と釣りに全然行けていなかったのは、先日のライブ制作に集中していたから。なのでライブが終わった翌日に、さっそく夜釣りしに波止へ。お目当てはイカだ。

 小2の息子は、ライブに関わってくれてさっき島から愛媛に向けて帰ったばかりのプリント職人・ガッツムネマソさんの弟・一刀さんとスタッフであるエリさんとの、周防大島での釣りに喜んで同行していた。彼らと同じ場所に寝泊まりしていたぐらいだ。朝早くからの釣りに行くために。だから本当は、息子にとっては久しぶりでもなんでもないのである。

 イカを釣るための竿の先には「エギ」という疑似餌がついている。息子はだいぶ慣れてきた手つきで、暗い夜空のなかに投げる。ポチャン。シーン。その間、僕はもう一本の竿で別の仕掛けを作っている。

 恥ずかしいけど、僕たちは釣りがうまくない。親である僕が海近くでの生活がスタートしたのは10年前、34歳の時だ。それまでの年月は、海ってほんとうに数えられるくらいしか行っていない。むしろ全く海に行かなかった年の方が多いか。
 周防大島に来て数年して、お坊さんの先輩に連れていただいて、九州は玄界灘で船上の神事に参加したことがあった。船長に「今日は波が荒いですね」といったら「いつもこんなもんよ。少しましぐらい」とたしなめられた。
 僕は神様の船に一番近づいたクライマックスに、気持ち悪くて背を向けて吐いた。情けない坊主頭。

 慣れない海。そして僕たちは釣れない日が多い。

 今年の初夏、息子とちょっと遠くまで釣りに出掛けたときにも、大きな波止の上から投げてもなかなか釣れない。そのうちやっと小さな1匹のニシキハゼが釣れて、息子はうれしくてうれしくて、バケツのなかに手を入れて遊んでいたら、跳ねて逃げて海の中へ落下。そのあとの彼の「しくしく」具合ったらなかった。悲しい泣きじゃくりとやり場のない怒り。「もうずっとご飯たべない」。なんなんだそれは。

 気が変わるといいなと、帰宅途中のドブのような水路で「メダカをつかまえよう」と誘って、いっしょに網をがさがさやっていると、泥水のなかから大きなスッポンが出てきて興奮して、いつの間にか気分が元に戻った。

 そんな悲しい目を知っているので、少しでも手ごたえがあればと、一応もう一本の竿を準備しているのだった。イカを釣るのはそう簡単ではないのだ。

「あっ」

 そうこうしていたら、ぐるぐるぐるぐる息子がリールを巻き始めた。ぐるぐるぐるぐる。「つれたかも・・・」といいながら、暗い水面を、生き物が水を吐きつつ近づいてくる。

「イカ釣れた! 初めて釣れた!」

 やった。自分で投げて、自分でエギを動かし、アタリを感じて釣り上げたイカだ。暗かったけど、目が躍っていた。

「一刀さんに教えてもらったやり方でやったら釣れたよ!」

 滞在中にお兄さんに教えてもらっていたことを忠実に実行して、釣れたようだ。とにかくうれしそう。

「一刀さんとかエリさんとか、今日も松山で釣ってるかなあ」

 うーん、さすがにそれはないんじゃないかな。さっきフェリーに乗って帰ったばかりだから。

「まあ、そうだよね。じゃあ『イカつったよ』って写真おくっといて」

***

 そうしているうちに季節はどんどん変わり、お寺でのお勤めも、厚手のものに衣替え。10月頭までは日中が暑かったけど、突然涼しくなった。家の前の道路にはドングリが落ち始めている。

 今、そのドングリを拾って歩くのがちょっとした日課になっている。その歩きざまはとなりのトトロのメイちゃんだ。坊主頭のおじさん版の。

 今年の初物ドングリを2粒だけ見つけたときに、うれしくてすぐに拾った。うちのヤギ「こむぎ」の大好物だからすぐに渡したくなったのだ。どんな顔して食べるかな。大事に手に包んで小屋まで持って帰る。そして「ほら、ドングリだよ」と差し出してみる。

 約1年ぶりに見るからか、一瞬「これは何か」と確かめるような間があって、それから猛烈な勢いで舌と口先を使って口の中に含んだ。この勢い、なんともうれしそうだ。

 その刹那、こむぎは1粒目をあまりの勢いで落としてしまった。落とした先は土。あーあと思った。こむぎは土に落ちたものを基本的に食べないのだ。あーあ、といいながらこむぎの顔を見ると、かつてないほどの悲しい目をしていた。それを見て僕も一緒に悲しくなった。

***

 冒頭の子どもたちとそのまま一緒に遊んでいたら「釣りに行きたい」というので、すぐ近くの突堤に全員分の竿と仕掛けを持っていくことにした。
 この突堤は近年訪れる人が増えている隠れ観光スポットだ。海底から、直角ではなくてなだらかな石垣の上に築かれている構造物。なだらかで石垣だから、なるべく遠くに投げないと仕掛けがすぐに引っかかる場所である。

 子どもたちはまだ小さいので、頭で思い描くように投げられない。横にいったり後ろにいったり、針が帽子にかかったり、ズボンにかかったり。そうしてようやくうまく投げられたと思ったら・・・。

「ちんさーん、ひっかかったー」

 よしよし、しょうがない。強く立てると、ぐーっとしなる竿。ビッビッビッとしゃくってみても全く取れる気配がない。海藻に引っ掛かっていれば取れたりするのだけれど、これは石のすき間に入ったか、ひしめくカキの貝殻に針が刺さったのか、なかなか取れない。

「よし。じゃあ潜って取ってくるよ」

 意を決して、子どもたちに宣言した。子どもたちは「えーっ」といった。観光客も今はいない。仕掛けをさっそく切ってしまうのももったいない。そのまま入ってしまえ。
 子どもたちは「泳ぐ準備を何もしていないのに大丈夫なの?」と不安そう。パンツ一丁、草履だけ履いて。さあ入るぞ。今は10月だ。関係ねえ。

「あら、意外とあったかい」

 釣り糸を頼りに中に潜っていく。地上の子どもたちは相変わらず不安そうな視線を送ってくる。僕が海に慣れていないのがバレているのだろうか。

 み、見えない。

 糸の手触りである程度はわかるのだけれど、肝心の場所が全く見えない。そして体が浮いてきてしまうのでなかなか潜れない。プカプカ。

「ちんさん、ゴーグルもってくるよ!」

 そういって男の子が機転を利かせてくれて家まで取りに行ってくれた。よし今度こそは。大きい一つ丸の形のゴーグルを貸してもらい再チャレンジ。さあ、いくぞ。

 おお、よく見える。水面の下には、想像していなかった世界が広がっていた。
 ネバネバした糸のようなものがたくさん漂っている。これは何かの卵だろうか。潮の関係? 月の関係? 下に潜っていくにしたがって魚が泳いでいる。今日は上層にはいないのかな。アジはおらず、イシダイが少し、あとベラの仲間が石垣付近で泳ぎ回っていた。思っていたより魚が少ない。そしてやっぱり暖かい。

 毎日、海の中はこんな世界が広がっていたのかあ。知らなかったな。家からすぐ近くなのに。

 何度か息が続かなくなりそうになりながら、無事に仕掛けをみつけて、潜って取ることに成功した。自分の体が思ったより浮こうとするのも驚きだ。

 そのあと、子どもたちは何回も引っかけては僕が取りに行くという行動を繰り返し、僕も楽しくなってきてしまって、ついには「僕も泳ぎたい!」「私も!」とみんなでいい始めてしまった。

 なので、釣りはやめて今度は子どもたちが泳ぐことになった。この石垣のとこがいいかな? 楽しいよ? と聞くと、みんな「浜がいい」と。ちょっと怖いから、かな。

 10月である。僕は寒くなってしまって見守る係だ。

「今日が泳ぐのさいごかな~」

 と子どもたち。きゃあきゃあいってずい分楽しそうだ。だんだん日が陰ってきて、顎をガタガタさせながらも「たたた、たのしい」と。

「なみがきたら、みんなでジャンプしよう」

 子ども同士で遊びをはじめる。その波、太平洋を知っている僕にとっては波といえないほどの小さな海面の動き。ここは瀬戸内海。小さな小さな、けれども僕たちにとっては大きな波が来て喜んでいる。その波はきっと沖合で進む船が作った波かもしれない。
 太平洋とか日本海とかハワイとか、いつか連れていきたいなと思った。

「寒そうだから、そろそろ上がろうか」

***

 その晩も、あくる晩も夜釣りだ。30分でも、10分でも。その前の1ヶ月間を取り戻すかのような息子の執念。

「もう、釣れなくてもイライラせんくなったよ。行くのが楽しい」
「前はねえ、やっと釣れた魚が落ちたからイライラしたんよ」

 最近ではもつれた糸を積極的にほどくようにもなった。釣り場で風によって飛んだビニールゴミなんかも、地上で拾い、海に落ちたものも針で引っかけて取るように。

 誰か知らない人が落としていったゴミも拾うようになってしまって、ちょっとどうしようとも思ってしまう。心意気を見習いたい気持ちと、拾ってもキリがない悲しさ。

 夜釣りの水面で、釣り糸から雫が落ちるたびに、星のようなきらめきが起こる。ウミホタルだ。刺激が起こるときらきらっと光る。息子と一緒に観ながら、頭上にも星、下にも星があるのが不思議だと思った。

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。2021年3月、『ダンス・イン・ザ・ファーム』をミシマ社より上梓。

「ダンス・イン・ザ・ファーム」の過去の連載は、書籍『ダンス・イン・ザ・ファーム』にてお読みいただけます!

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