ダンス・イン・ザ・ファーム2

第17回

浜のまわりで

2023.06.08更新

 タコを獲る集落のおじさんがいる。浜の潮が引いたら、二つの棒をもって1、2時間くらいかけてじっくり歩いて、タコがいそうな石の下を一本の棒でまさぐる。そして、もう一本のモリ状の棒で絡めとるのだとか。80歳前後の方だ。
 子どもたちと一緒に歩いていてその現場に出くわしたのだけど、子どもにも僕にも初めてのことで、興味津々に見てしまった。どちらかといえば、僕の方が食い入るように見ていたけど。

 後日、またこのおじさんと防波堤で会ったときに、話しかけられた。

 「だいたいこの岩とこの岩にはいるだろうなと、だいたい見当はついとるのよ」

 タコの居場所のことだ。

 「あと2時間くらいしたら潮が引くんやけど、今日は雨が降りそうじゃけぇ・・・やめとこかなって。迷うとる」

 とのこと。

 「へえー。こないだは、獲れたんですか?」

 と僕から尋ねると、

 「おう。2はい獲れたよ。こまいけどの」

 と教えてくれた。小さいとはいえ、たった1時間半で2はいのタコ。すごいなあと感心しきりだ。

 「タコは最近獲れんようになってるみたいやな。数が減って」

 アジも最近は釣れんそうじゃないか、とも。

 「夏になったらの、潮が引いたときにあっこらで牡蠣を獲ればええよ。鑑札がいるけどの」

 そういって、少し沖にあるテトラポッドを指さして教えてくれた。いつか、やってみたいなと思った。いつかと思っていたらきっとできないから、近いうちにだなあ、と頭のなかでぐるぐるし始めた。いつだったらできるかな?
 そんなことを考えていたら、おもむろにこんな質問が。

 「ところであんた、今の本業は何か?」

 出たぁ。頻繁にいろんな人からこの質問が飛び出すので、こちらのミシマ社の雑誌『ちゃぶ台』の最新号(11号)でもそれをテーマに書いてしまったばかりだ。この日は即座に出てきたのがこの返答だった。

 「本業っていうのが、もうないんですよ。わからないんですよ」

 さらに、

 「いくつもありすぎて」

 と続けてしまった。自分でもよくわからなくなって、ほかに言えることが思いつかない。すると、

 「ないゆうてものぉ・・・なにか軸っちゅうもんがあろうが」

 と畳みかけてきた。「軸」か。なるほど・・・。
 少しの間考えてみると、本業といわれるよりも、軸といわれるとちょっと考え易いことに気がついた。すぐに、

 「軸っていうことでいうと・・・」

 と続けて、

 「最近は『祈ること』が自分は好きかなって思っていました」

 と答えが出た。すると、

 「おお、そうか。ほうじゃのお。あんたは坊さんやからな」

 と、不思議ながら、お互いなんとなく納得した。

 「本業は?」の質問の場合は、いつも「本業=仕事=お金を得ること」だと無意識的に考えていたので、僕の場合、本業はといえば現金を得られやすいバイトなのか? なんなのか? といつも迷ってしまっていた。でも「軸は?」と聞かれたら、お金を得る考えからいったん離れられるような気がした。
 そこで自由に考えられるとしたら。ちょうど最近、「座って静かに祈る」時間は本当に好きだなあと思っていたところだった。

 これは、バンドでの感覚と全く同じような気がする。
 お金を得ていても、いなくても。祈ることでも音楽をやることでも、軸かと尋ねられれば「そうです」とはっきりいえる。逆に、「それはお金を得る仕事ですか?」と聞かれると、ど、どうだっけな? だいたい口ごもってしまう。
 たぶんどちらも、お金と交換することを絶対の条件にして行うと、途端にジューシーなところが消えてしまう営みなのだろう。

 そんなことを考え、おじさんと話していたら、にわかに風が出始め、海を伝って僕たちに吹きつけてきた。さっきまで波も静かで、穏やかな空気だったのに一変したのでびっくりした。

 「おう、風が出てきよった。ほんまに雨降りそうじゃの。冷たかろうが」

 たしかに風が冷たい。つい数分前と全然違っていて不思議。みるみるうちに凪だった海に波が立ってきた。

 「雨降りそうじゃけ、タコはやめて、さあ帰ろうか」 

 じつはこのとき、山梨からわざわざ会いに来てくれた友人家族も近くで一緒にいた。10年以上ぶりに会ったのがうれしい日だったのだけど、その友人も、

 「中村ちゃん、さっきまでと全然違うね。さすが、海の天気は変わりやすいな」

 とその天気の変わりように、二人とも驚いた。僕が「ユウさん」と呼んでいるその友人は三浦友樹、20年近く前に一緒にバンドをやっていた仲だ。山梨から鹿児島へ行った帰りに、ついでで車にて立ち寄ってくれた猛者の家族たち。ついでで車? 初めて会うお互いの子どもたちはすぐに打ち解けて仲良くなっていた。
 僕の知っているバンドマンっていつもそうだ。距離感覚がおかしくなっている。

***

 先日は学校の保護者の飲み会だった。島で生まれ育った同世代の方から「チンさんの本職って何ですか?」と聞かれた。その方は職人さんなので、その聞き方なのかな? と想像をめぐらす。「本職」というと違う響きも感じられてくるのが興味深い。

 そして翌々日の夕方。畑から帰宅して軽トラを停めると、玄関前に近所の子どもの自転車が置いてあることに気づいた。島に来てから「自転車で通える場所に子どもがいなかった」という10年からすると、考えられない光景である。今年になって1人が小学生に上がったことで、近所で遊ぶ子どもたち5人組が出来た。
 さらに、この日は初めてのパターンだった。誰もいない家のなかで2人で遊んでいた。

 軽トラから降りると、家のなかから息子の友だちが先に出てきた。1つ上の学年の子だ。

 「チンさん、何してたの?」

 ときたので、

 「仕事だよ」

 と答えた。すると、

 「えっ!? チンさんって、仕事してたの? 」

 ドカーーーン。新しいお題が飛び出した。これは一体どういう意味だろう? 走馬灯のようなものが駆け巡った。本業、仕事、本職、軸、仕事してない。

 僕って、遊んでるかな?

 仕事していない、と子どもに思われているのはひょっとしたら誉め言葉かもしれない。でも「本業は何」の質問の答えだとしたら、ブブー、不正解?だけど僕はこれでしかなくて。これしかできないの。そうだ、遊んでいるようにみえているとしたら本望だ―――彼は「遊んでるね」とは全くいっていないのだけれど。

 この子は、同じく『ちゃぶ台』に書いている周防大島の養蜂家、内田健太郎くんの息子なのであった。

 「チンさん、レコードかけていい?」

 あ、ああ、ああ、と口ごもっていると、彼はわが家の中に入っていった。
 

 道具を整理して長ぐつを脱ぎ、僕も家に入ると、子どもたちは少し遊んだのち外へ出て行った。



 部屋を見ると、レコード盤が置いていないターンテーブルの上に、針だけが乗せてあった。

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。2021年3月、『ダンス・イン・ザ・ファーム』をミシマ社より上梓。

「ダンス・イン・ザ・ファーム」の過去の連載は、書籍『ダンス・イン・ザ・ファーム』にてお読みいただけます!

編集部からのお知らせ

6月14日に発売予定のちゃぶ台11 特集:自分の中にぼけを持てに中村明珍さんのエッセイ「人生が溶けだす」が収録されています。お楽しみに~!

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