ダンス・イン・ザ・ファーム2

第22回

打ちひしガレット

2023.11.24更新

 カラスに笑われている。きっと笑っているんだ。さっきからアアー、アアーと電線から聞こえている。

 失敗にこそ価値がある――ということはわかっていて、それを素直に表現できたらいいのだ。だけど恥ずかしい。

「田んぼってこんな色だったっけ?」

 稲刈り前の田が、なかなか見たことのない状態になってしまった。どういう状態かというと、ずいぶん高くグレーのファサファサがたくさん実っている。その群れのなかにかすかに黄金色が見えている。その黄金色が米だ。ファサファサは、総称で「ノビエ」と呼ばれる、ヒエのなかまたちだ。僕は米じゃなくてファサファサを育ててきたのかなあ。

 稲の株は数本あればいいほうで、1本しか育っていないくらいの場所もある。田植えのときに1か所に2、3本は植えているはずだし、分けつもするはずなのに。なぜだ。

 その田のなかで、稲の株元を左手で握り、右手にノコギリ鎌を持ち、ガッと刈っていく。

 機械で稲刈りすれば半日で終わるはずの工程が何日もかかっている。ファサファサがありすぎて機械はやめておこうと判断したからだ。機械は燃料代が必要、手刈りは無料だ。いやはや、腕と腰が痛くて泣けてくる。

 普通なら手で握れるかどうかの豊かな稲わらの束が入っているのだけど、いろいろな草が生い茂っていて、それらをかき分けて稲を1本、2本、3本と選んで手にする。顔や首筋に草が当たってかゆい。そうしてやっと束に。

 おー、なんだこの軽さは。軽い。稲がこんなに軽いはずはない。乾かしてある田の地面に目をやると、膨大な草のタネと一緒に、稲のもみ殻も落ちまくっている。

 チュチュチュチュチュ、チュンチュンバサバサバサッ。

 やったな。スズメたち、通りかかったとたんに飛んでいった。かわいいね。やってられないよ。上から来るんだもんなあ。

 イノシシが田んぼに入ってくることは別の地域の経験でわかっていたので、電気柵を張り巡らしてある。イノシシが入ると稲は根こそぎ倒されて、その米は臭いがついて食べられなくなってしまのだとか。「ヌタ場」として泥遊びをしてダニを落としていったりする行動があることに加えて、最近では米を食べてもいくらしい。うちのヤギの大好物でもあるくらいだから、彼らだって食べるか。

 じつは僕が電気柵をする時期が遅くなってしまい、この田でイノシシに入られたことがあった。小さな足跡で小さな個体だろうと思われたのだけど、倒されることも食べられることも奇跡的になかった。

 この田は、周防大島の半分から先の地域でわずかに残っているうちの貴重な数枚。このあたりで生まれたイノシシは、まだ米を食べることを覚えていないのかもしれない、と思った。

 ほとんどが田だった島の多くの場所は昭和時代にみかん畑に変わり、その後現在に至るまで畑、あるいは耕作放棄地に変わっていった。今もその最中だ。

 スズメに話を戻すと、草が生えておらず、稲の株がしっかりしているあたりは食べられていないことがわかった。よくみてみると、稲よりもしっかりしている茎をもつノビエを足場にして、スズメたちが上手についばんでいるらしかった。なんてことだ。

 農作業で「除草」は重要なことはわかっていた。なのに、全く十分に行えなかったことはこの田を見れば一目瞭然。そこでタイヌビエ、ヒメイヌビエなどをまとめて呼ぶ「ノビエ」について調べてみた。

生育量が大きいため多発するとイネに対して雑草害を及ぼす。雑草害の程度は条件によって異なり、㎡当たり20本のタイヌビエによるイネの減収率は、移植と同時に発生した場合に19%、移植4日後の発生では11%、8日後では3%とされる。(「稲の病虫害と雑草」根本文宏・平井一男・森田弘彦著)

水田内にノビエやホタルイがあると斑点米カメムシ類が誘引されるため、これらの雑草が残った場合には、抜き取るなど水田内の除草対策もしっかり行いましょう。

(「稲作情報・次年度対策号」福島県喜多方農業普及所ほかhttps://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/508728.pdf

アカスジは、水田内でノビエやイヌホタルイなどのカヤツリグサ科雑草が出穂すると、それらに誘引されて産卵し水田内で増殖します。また、ホソハリカメムシもノビエの穂を好みます。水田内でこれらの雑草が繁茂すると斑点米が多発生しやすいため、本田の雑草対策を適切に行います。(「にいがた農業ナビ」https://www.pref.niigata.lg.jp/site/nogyo-navi/pests-spotted-rice.html注・アカスジ......斑点米を招くのはアカスジカスミカメで、アカスジカメはセリ科につく別種)

 除草をする理由があちこちに。ノビエが生えた場合は収穫量が減少。しかもカメムシの誘引も。たしかにカメムシが米を食べたあとは黒い点ができるし、スズメも立ち寄る。米は減って減って、しまいには何のために作っているのかわからなくなってしまう。がっくり。

ノビエは縄文時代に日本に伝来し、稲作の発展とともに形態・生態などが進化してきたと考えられている。古くから稲作にとって強害草で、防除の中心であった。(「最近問題となる一年生雑草の防除について」濱村謙史朗・農薬春秋 No.91(2014))https://www.hokkochem.co.jp/wp-content/uploads/d14724d571a75ebd4f0c6a90366ec3ce.pdf

 そんなに長い歴史があるんですね。今年田植えのあと草取りに入ったら、あまりに稲とノビエの姿が似ていて「擬態している?」と思ったけれど、長い歴史のなかで稲と人間などと共生しながら、実際にそう進化してきたのかもしれない。

 稲とノビエのわずかな違いは、稲に「葉舌」という場所があること。水田の上で腰をかがめて、じっと見分けながら草取りするのは本当に大変で、何度も意気消沈。

 手で抜いたり、「田車」という道具を使ったり、チェーン除草というやり方があったり、除草は様々な方法で行われる。いずれも肉体にこたえる仕事だ。除草剤があるならそれは使いたいと思うこと、使う必要があるとされるのも道理だ。

しかもイネとヒエは「うり二つ」で、素人にはまったく区別がつきません。

直播した場合にはほぼ同時に発芽しますから、ヒエだけ抜いて稲を残すのは至難のワザです。この難問を解決したのが移植栽培でした。(「無農薬有機のイネつくり」稲葉光國著)

 なんと。「田植え」という行為が起こった理由もここにあったのか。

***

 これらを調べたり考えたりしながら、ふと思った。米作りは、他の作物に比べてなぜか敷居が高いのかもしれない。

 「かんたん!野菜づくり」「初めてのトマトの作り方」のような本は書店でも見つけやすくても、稲作関係の本は野菜に比べるとアクセスしにくい感じがした。ネットで調べても、稲作の情報はある程度前提を知っていないとわかりにくいというか、上級編のような感じを受ける。代表的な「しろかき」「あぜぬり」「もみすり」なども、体験するまでまるで想像もつかない作業だった。

 「家庭菜園」はあっても「家庭田園」を聞かないぐらいで、試しにやってみることが難しいのかもしれない。僕たちの生活でかならずといっていいほど食卓に上がる食材で、昔は今の税金だったくらいの存在だったけれど、今作るとしたらプロの世界が待っている。

 山形で100町歩あまりを担う米農家の友人、佐藤優人さんに「教科書」のお勧めを知りたくて聞いてみたら、こんなことを教えてくれた。若い担い手とのやりとりで、

「僕からおすすめの教科書も教えますけど、みんなだいたいYoutube見てるみたいですね」

とのこと。たしかに僕もyoutubeを見ている。

 教科書が存在しにくい理由の一つは、米作りの過程が地域によって全然違うから。それに関連して、これまでの継承はマニュアルでというよりは「口伝」のような要素があるとも教えてくれた。

 昔はそこかしこに米の作り手がいて、あまりにも一般的な営みだったことが逆に作用しているのかもしれない。さらに、こんなことも。

「今、新規就農のハードルが高い作物って、米なんですよ」

 むむ、どういうことだろう。

「稲作って、初期投資がかなりかかるんです。たとえばトラクターとかコンバインとか。それと......」

 それと。

 「田を借りるときに地域の農業委員会が『この人はほんとにできるのか』っていうことをみるんです。事業計画とともに、たとえば『機械持っているのか』とか。もしまったく何も持っていなかったら、一から揃えないといけないからお金がかかる」

 最初に大きな資金が必要になってしまう。そして機械もなにも持っていなければ、田が借りられない。つまり始められないことに。

「『下限の面積』という言葉もあって」

 新規就農するときを含め、田畑を借りたり売買して権利を取得するときに、最低でもこの広さから始めないといけないという要件が定められてきたそうだ。歴史の変遷とともに都府県では50アール、北海道では2ヘクタールとなり、さらに今年2023年に法律が改定されて、農地法の定める「下限面積要件」というものはなくなったという。とはいえ、地域ごとの事情が今なお異なる。

 ちなみに僕が借りている田は30アールほどだから、そのラインにすら達していないことになる。

 そもそも公式の「新規就農者」というくくりについて、農林水産省のホームページでは、


認定新規就農者制度は、新たに農業を始める方が作成する青年等就農計画を市町村が認定し、その計画に沿って農業を営む認定新規就農者に対して重点的に支援措置を講じようとするものです。

 とある。認定されて新規就農者となれば、事業が軌道にのるまでの2~3年の助成金をはじめとした各種の支援を受けられることになっている。その認定の条件がここまでの話。たしかにスタートするにはありがたい制度だ。

 最初のステップである「田」を借りるときに、前提として機械や資金があるかと、最低限の面積を担う計画が必要になる。このルートには、家庭菜園的な、素人的な、「試しにやってみる」という心構えはありえなさそうだ。

 田と畑などで、登記上の違いもあるそうだ。そういえば、先日借りている畑に、雨の中バイクで見回りに来た農業委員がいた。「耕作放棄されているかどうか」を確認してまわっているという。

「耕作放棄されていたら、登記を『畑』じゃなくて『山林』に変更せんといけんけえね」

 そうなんだ。

「でもどんな草木が生えてるか、ちゃんと見てみんとわからん。『ここは刈ればすぐ畑になる』『ここはもう畑には戻せんじゃろう』とか、具合を草木で判断できるけえ。役場で書類見てもほんとのとこはわからんよ」

 と最後にぼやいていた。この"検地"を通して固定資産税なども変わっていく。ちなみにこの方自身も農業者で、合間にこういう仕事をやっているとのこと。ご苦労様です。

 すべては地域によって事情が異なってくるのだ。山形と周防大島では地形のなりたちや気候などなど、全く違う。

 佐藤さんによれば「地域によって『耕作放棄地』が問題なのか、『空き家』が問題かでも事情が変わってくる」とのこと。

 米作りにまつわるこれらの課題をクリアすべく、佐藤さんは日々の取り組みや働きかけを行っている。

 そしてついにはアプリを共同開発してしまったそうだ。その名もRiceLog. (https://www.ricelog.com)「地域によって違う」「口伝的」な米作りの継承を考えて生み出された。現在の作り手が日々の作業をアプリに記録していき、作り手自身が毎年の作業で参照するとともに、のちに続く担い手もそれを見れば作業内容がわかる仕組みだ。極・ローカルの事情がそのまま伝わっていく。

 佐藤さんはこの他にも試みを行っていて、これからも目が離せないと思った。

***

 米の市場価格の下落傾向が続いているという。そして「米価」の歴史は深そうだ。食卓にのぼる米を思う。

 一方、島で米作りを教えてくれる小林さんと雑談していて、こんなことをいっていた。

 「田んぼに水入れる時期がなんていうか緊張するというか、ドキドキする。水入れる前と後で、その場所の生態系をガラッと入れ替えてしまうわけじゃけえね」

 米作りの意外なポイント、僕も今年同じことを感じていた。川の小さな堰から水路に通じる場所を開けて、田のなかに水を導きわざと洪水を起こしてしまう。これがうまくいって水が溜まると米がうまく育つ。その反対にうまく水が溜まらければ、経験的にノビエは育つのだった。

 僕の今年の失敗はこの初夏の動きを皮切りに、はじまっていた。

***

 落ち込みながら稲刈りを終えて帰ろうとすると、田の貸主であるお寺の奥さまからお下がりの果物をいただいて、それがやけにうれしかった。

 次の日は、お寺の奥さまが恥ずかしい状態の稲を一緒に稲刈りしてくれた。お寺の話なんかをしながらで、近所のおじさんも手伝ってくれた。

 電線の上ではカラスが鳴いている。スズメも電線の上で待機している。来年はもっとがんばろう。

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。2021年3月、『ダンス・イン・ザ・ファーム』をミシマ社より上梓。

「ダンス・イン・ザ・ファーム」の過去の連載は、書籍『ダンス・イン・ザ・ファーム』にてお読みいただけます!

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