ダンス・イン・ザ・ファーム2

第18回

2023.07.20更新

 2023年3月11日。僕が周防大島に来てからいつも気にかけてくれてお世話になった福嶋住職が急逝されてから、四十九日の法要の日だった。その席に参列して、出会ってからのことを何度も思った。毎日、思い出している。
 この日は東日本大震災があった日で、12年目だ。僕は平生町の般若寺で手を合わせた。

 翌々日の3月13日は、新型コロナウイルスの感染対策でマスクの着用が「個人判断」となった日。僕はその朝、愛媛県にいて電車に乗ってマスクを外して移動してみたところ、周囲では外している人がいないことに気づいた。それにしてもたくさん人がいるなあ。普段の光景との違いにあらためて驚く。

 島に帰ってからもマスクについて、なんとなく気にして見てみた。農作業や漁業や工事関係の人々など、外で作業している人はこれまで通りあまり着用していないけれども、散歩している方や、その他多くの仕事の人たちはマスクを継続しているように見えた。

 ゴールデンウィークが明けた、2023年5月8日。新型コロナウイルスに関する、感染症法での位置づけが2類から5類に変わった。2020年からだから、丸3年が経ったことになる。

 何が変わったのかと、要点が厚生労働省のホームページに記されていた。

変更ポイント
・政府として一律に日常における基本的感染対策を求めることはない。
・感染症法に基づく、新型コロナ陽性者及び濃厚接触者の外出自粛は求められなくなる。
・限られた医療機関でのみ受診可能であったのが、幅広い医療機関において受診可能になる。
・医療費等について、健康保険が適用され1割から3割は自己負担いただくことが基本となるが、一定期間は公費支援を継続する。

 もう以前のことを忘れかけてきている今。たしかに「一律に基本的感染対策を求め」られてきたんだなあと思い出す。感染前の予防の対策。感染したあと。熱が出て、検査をしたら陽性だったそのときには、保健所に届け出をした。周防大島の管轄は、橋を渡った対岸の柳井市だ。ドライブスルー検査もそこまで行った。

 自宅療養期間に、自分の指先を入れる、血中酸素濃度を測る機械も送られてきた。グレーで、初めて目にした小さな機器。毎日柳井保健所から電話がかかってきて、体温とともに報告したな。僕は家族のなかで一人だけ、「もうちょっとひどくなったら入院かも」といわれた。

 濃厚接触者にあたると、そのとき会っていた人から電話がかかってくるし、こちらからもそのころ会った人に連絡していた。高齢者が多い上に、若い人の職業が医療や福祉関係が多い島だと、やっぱり緊張感があった。

「3つの密を避けましょう!」(首相官邸ホームページより)

 3密。三密。密接、密集、密閉を避ける。これも、もう政府からは求めないそうだ。

 僕は僧侶になってから、「三密」という言葉が好きになっていた。それは弘法大師空海が伝えた、

 「三密加持すれば速疾に顕わる」

 の方の意味だ。これは、身密、口密、意密の三つの密。身口意。身体と、言葉と、意識。することと、言うことと、思うこと。その三つを一致させていく。そういう観法であり修行。これを教わって、とてもグッときていた。

 なので、避けるやつじゃないよ!と思っていた。
 でも、とにかく「さんみつ」という響きはこの3年で広く浸透。このたび避ける方の「さんみつ」を政府から言われることがなくなったということだ。

 人の移動はだいぶ変化して、ゴールデンウィークは島に人がたくさん来ていたように見えた。その前後で東京や広島のライブハウスに行ったときには、客席から歌を歌ったり、ステージダイブやモッシュもあって、以前とはだいぶ変わってきていた。

 その数日後、5月の2週目の土曜日。中学3年生になった娘の高校の進路にまつわる見学で、広島の山間部の高校に家族で出かけて行った。

 じつはこの高校には、1年前にも見学に行ったのだけど、そのとき一緒にいた小1の息子に対して教頭先生が、

 「きみ、いいね。こっちに来たら?」

 と勧誘していた。

 「高校生もそうだけど、小学生も貴重だからね」

 と先生はいった。それはこちらの島だって同じよ!  島から来ていることをわかっているはずなのに、冗談半分、本気半分のようなほほえみ。過疎の地域どうしで、子どもを取り合っている。

 「島でも貴重なんで、取らないでくださいよ」

 と、僕はいった。

 話を今年に戻すと、同じ教頭先生が娘と妻に、

 「あれ? 息子くんは?」

 と尋ねたそうだ。そうだ、といったのは、娘が学校に行っている間に、僕と息子は釣り堀へ向かっていたから。山間部ならではの川魚を釣りに。以前、

 「つりに行かないとつかれがとれない」

 といっていた息子は最近、

 「釣り中毒なんだ」

 と白状した。今も変わらずの釣り好きなのだ。事前の予報通りに大雨が降っているなか、かっぱを用意して向かう。海の魚ではなく、川魚は息子にとって初めてだ。僕は海が遠い地域の釣り人だったので、逆の体験だ。

 と、車を走らせたどり着いた先で、なぜか釣り堀が見当たらない。妻が入れてくれていたカーナビの目的地が間違っていて、気づくと温泉宿などがある行き止まりの場所にいた。

 「間違ったねえ」 

 と息子と話しつつ、温泉宿に不釣り合いな、ものものしい車たちが停まっているのが目に飛び込んできた。僕たちは面食らった。パトカーと、バス型で、白とエメラルドグリーンのような色があしらわれ、窓に柵が施されている機動隊の車が数台。

 「なんでこんな山間部に・・・」

 何か事件があったんだろうか。温泉宿の駐車場にしっかり停めてあったので、「春だし新人研修か何かかな?」とも思った。

 ナンバーを見ると、「豊橋」「三河」「名古屋」とあり、愛知県警なんだなと思った。愛知?広島の山奥へ?? 

 気を取り直して釣り堀を目指すと、何度も機動隊の車たちとすれ違った。息子とナンバー当てごっこをしながら見ると、「愛媛」「愛媛」「愛媛」と続いた。

 「あいちって書いてあるよ」

 「いや、あれは愛の字の次に、違う字が書いてあるね」

 「あい・・・.なに県って読むの?」

 「あれは・・・えひめって読むんよ」

 そういえば、あの字面がなんで「えひめ」って読めるんだろう。日本語ってむずかしいね。愛媛県警の車は陸路、しまなみ海道を渡ってきたのか、それとも周防大島を経由するフェリーに乗ってきたのだろうか? フェリーに何台乗れるんだろう。船のお客さんびっくりしたのかな?

 ここでようやく気づいた。この遠方からの警察は、5月19日から始まる「G7・広島サミット」の警備の関連なんだと。なんだあ、そうか。

 しかし、この山奥まで警備が来るなんて。

***

 高校の見学を終えた娘たちと合流して、釣りの報告しながら、「警察がたくさんおったよ」

 という話になった。G7、アメリカの大統領は来るのか、とかロシアから攻撃があるの?とか。ウクライナへのロシアの侵攻が1年経って終わっていない現在。

 じつは、このあと始まるそのG7の本番と娘の修学旅行が1日重なっていたのだった。周防大島から関西へのバス旅行で、帰りは広島の手前で高速道路を降ろされて、下道になる。学校の先生いわく「G7の予定が出るのが一足遅かった」そうで、修学旅行の日程の変更ができなかったとのこと。なんだかすごい話だ。

 娘は、京都や奈良の寺社や大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行くのがとても楽しみだといっていた。ちなみに他校の友達は、東京が修学旅行の目的地だったそう。浅草や東京タワーやディズニーランドなどへ行ったとかで、それもうらやましそうだった。

 そこから「東京や大阪の人たちとかは、修学旅行はどこへ行くんだろう?」という話になった。

 「あっ!」

 周防大島には「民泊」という制度がある。これまで東京や大阪などから、修学旅行で来た生徒たちに、協力する島の家庭に泊まってもらう取り組みがあり、盛んだった。ただ、このたびの感染症対策が始まって以降、ぱたりと取り組みがなくなった。

 「ディズニーランドとかの代わりに、島かあ」

 家族で笑った。

 わが家でもこの民泊制度で中学生の受け入れをしたことがあったけれど、たった1泊だけでも、修学旅行生の子たちが別れ際に泣いたりして、僕たちも泣いた。

 そういう意味では、僕たちの普通の家が、テーマパークと一緒くらいの存在なのかもしれない。不思議な気持ち。

***

 雨のなか広島の山間部に向かう間、田んぼに目が行った。5月になり、水が張られているところが多く、田植えが済んでいる場所もけっこうあった。中には雨のなか「代掻き」の作業をしている光景も。

 田植えが済んでいるということは、「コシヒカリ」かな? 早い品種でいわゆる早稲の類だ。よく知られる品種で島では値段もつきやすい。友人の作るお米の宅配をするようになって初めてわかるようになった。

 僕が植えるのは、西日本の代表的な品種ともいえる「ヒノヒカリ」だ。まだ今年田んぼの作業が思うようにはかどっていないこともあり、あせる気持ちとともに見入ってしまう。気になる。気になる。気になる!

 大部分がみかん畑へと転換した周防大島と異なり、ここでは田んぼがひしめきあっていて、耕作されていない場所がほとんど見当たらないのがまた驚きだ。

 そしてここからまたあることを連想した。(つづく)

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。2021年3月、『ダンス・イン・ザ・ファーム』をミシマ社より上梓。

「ダンス・イン・ザ・ファーム」の過去の連載は、書籍『ダンス・イン・ザ・ファーム』にてお読みいただけます!

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