ダンス・イン・ザ・ファーム2

第7回

さまよえる魂、着地

2022.09.06更新

ドキッ

 昨年の7月29日。「デルタ株」と名付けられた新型コロナウイルスの感染や発症、そしてシミュレーションが僕たちの生活に大変な影響を与えるなか「東京2020オリンピック」と題された催しが2021年に開かれていた。
 僕はその日、東京に大変久しぶりに戻り、渋谷でトークライブを行わせてもらった。立川談笑師匠を始め、忙しいなか、そして大変な状況のなかで出演してくれた方々、聴きに来てくださった方々がいた。僕のこのコラムの元である著書『ダンス・イン・ザ・ファーム』の発売記念イベントであり、僕からみた「周防大島」の生の姿を届ける日。副題は「チンと周防大島探訪」とした。東京都外からのお客様もいて、居合わせてくれた皆さまに本当に感謝の会だった。

 この次の日。上京にあわせて旧知の友人たちとかねて約束してあった会食。その楽しい席の脇に置いていた携帯にメールが入ったのが見えた。

 「買うってどういうことですか」

 妻から、一言だけのメールだった。全身の毛がすさまじい勢いで波打ち、会話が続くテーブルで僕ひとりだけ意識が離脱した。すぐさま外に出て電話をかけた。そして何度折り返しても出ない。しまった。絶対にキレている。そのあとの楽しい食事の会の記憶が、無い。

 実はその前日のライブの際に、気持ちを込めてこんなことをステージ上で言ってしまっていたのだ。

 「公民館を、買います!」

 本にも、このコラム続編にもたびたび書いてきた建物のことだ。住民が作った旧芝居小屋で、地域の公民館として活用されてきた2階席まであるこの大きな建物は、2018年くらいから重ねてきた集落の話し合いで取り壊すことが決まっていた。
 ただ、僕はその前まで1年に1度は大きな落語会やイベントを開催し、談笑師匠や志らく師匠など数々の方が出演されたその体験が忘れられないでいた。会を重ねるごとにとても重要な意味を持っているとも感じていた。だから、壊す会議の前後から僕は「もったいない」「使えたら使いたい」とほのかにささやいていた。とにかく集落のなかで波風が立ち過ぎないようにしながら。
 すると、ずっと全く動かなかった状況のなかで、潮目が変わった瞬間がきた。そしてそこからゆっくり、時間をかけて、少しずつ変わってきていた。年単位のゆっくりさでもって。

 そのさなかでの東京・渋谷。「買います」のワンフレーズを会場の皆さまに対し高らかに宣言した。トークを盛り上げるためのリップサービスではなく、本気の一言だった。
 しかし、僕の妻には誤解に包まれた「買います」が瞬時に伝わった。会場には僕と妻の共通の友人が来ていて、その友人が何気なく妻にメールしていたのだった。

 「公民館、買うんだね」

 インターネットめ! 早いじゃないか!
 ちちちち違う違う違うんだ、妻よ。買うのニュアンスが。買うなんだけど買うじゃないんだ。もう手遅れだ・・・。グスン。食事の席のほろ苦いメール、「買うってどういうことですか」。なぜ電話に出てくれない。うええん。

 実際のところ、その建物は「値段がついていない」という状況なのだった。つまり、買うと言ってもお金では今は買えない。「値打ちがない」「お荷物」「ゴミ」「負の遺産」とさんざんの言われようの公民館、これが集落のリアルな認識だった。

 「買う」といったのは、「責任をもって維持管理していく」という僕の覚悟を、端的に一言で言い表す意味の言葉であった。(もちろん、取得したあとに修繕の費用が確実にかかるけど)。

 そして実は2022年8月現在、その意味の続きはもはや政治的な問題に発展して、継続中なのだ。結論がいまだ出ていない。具体的には、公共の建物という性質のうち「建物と土地の持ち主が違う」ことのややこしさに由来していた。

 毎日のように状況が変わり、議員さんの助けを借りて一進一退、三歩進んで何歩も下がったり。戦々恐々とはこのことかと思う。
 集落の人もついには僕以上に心配してくれるようになって、声をかけてくれる。「あれどうなった?」「スピードが大事じゃけえ」「役場はどうなっとる」。
 このプロセスは本当に心が擦り切れる思いを伴って、続いている。

僕は浮遊霊

 この7月29日のライブのあと、それとは違う事情で僕は8月中旬まで家に帰ることを許されなかった。「デルタ株」感染のリスクを島に持ち込まないための、わが家で決めた方針からだった。それは仕方がないと受け入れつつ、ある思いが浮かんだ。

 「浮遊霊ってもしかしたらこんな気持ちなのかもしれない」

 お盆近辺だったこともある。東京オリンピックの近くまで見物しにいった際に、ものものしいゲートに囲まれて、人が普段通りに入れないという謎過ぎる光景を見た影響もある。

 周防大島から軽トラで東京へ行って、帰れない。さまよう僕の魂は、どこに着地していいのか、分からなくなった。もし僕が浮遊霊だったらーーー。

 もしそうだとしたら、慰めが必要なのかもしれない。居場所が必要なのかもしれない。ひょっとするとこれはイメージ上の霊だけではなくて、現実の人でも同じでは、と思った。

 どこかしらに、帰りたい。居ていいといわれているような場所で安らぎたい。もっといえば、わくわくしたい。

 肉体的に、精神的に疲れきった大人はどうか。この世の地獄を味わっている人はどうか。
 やり場のない気持ちを、充分に表現できる言葉を持っていない子どもはどうか。

 お盆といえば、亡くなった人たちに帰ってきてもらって、一緒にご飯を食べたりして、またあちらの世界に帰ってもらう期間となっている。盆踊りも五山の送り火もその一環だ。さらに僧侶となって学んだことのひとつは、「施餓鬼」といって自分の縁ある人だけでなくさまよう亡者たちに飲み物や食べ物をお供えして、作法を通して食べてもらうということを実際にやっている、そういうことだった。

 「亡者も生者も同じかー」と思った。生身の人間でも、きっとその場所や機会が必要なのだ。

 魂の居場所。慰められる機会。食べ物の施し。そして魂が輝くように願うことは、僕が音楽で大事にしていたことではなかったか。

 そういえば公民館はあるときから盆踊りの会場になっていた。広いし屋根もあるから、雨が降っても大丈夫。だから、便利なのだ。
 それらを叶える場所を。魂の居場所―――。

***

 さっき書いたように、この続きはまだどうなるか全然みえていない。けれども、それでもちょっとずつ変化が起こっている。それをこれからもリアルタイムで語っていきたい。このコラムで。そしてライブで。
 そうそう、続きのトークライブを行うことになったのだ。立川談笑さんも、また横で聴いてくれる。島での現状と展望を、そして芸で供養してもらって昇華して。昨年の副題はメインのタイトルに昇格した。周防大島の生活の僕から目線をこれからも。
 今度は妻に怒られないといいな。

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。2021年3月、『ダンス・イン・ザ・ファーム』をミシマ社より上梓。

「ダンス・イン・ザ・ファーム」の過去の連載は、書籍『ダンス・イン・ザ・ファーム』にてお読みいただけます!

編集部からのお知らせ

チンと周防大島探訪2〜落語と音楽といろいろ~
に中村明珍さん出演!

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昨年2021729日、東京オリンピック開催のさなかに渋谷で行われたライブの続編が決定しました! 周防大島らくごに出演の立川談笑師匠による落語など、盛りだくさんでお届けします! ぜひご参加くださいませ。

「チンと周防大島探訪2」詳細

『ちゃぶ台9』に中村明珍さんの寄稿
「何様ランドーー共有地」掲載!

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5/31に発刊となった『ちゃぶ台9 特集:書店、再び共有地』に中村明珍さんによるエッセーが「何様ランドーー共有地」が掲載されています! ぜひお近くの書店でお手に取ってみてください。

『ちゃぶ台9』詳細

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