復活!ミシマガジン

第21回

ナガオカケンメイ×井川直子「つづいているもの」が持つ、"なんか正しい感じ"の正体(1)

2023.05.13更新

 5月12日、井川直子さんの『ピッツァ職人』が発売となりました!

0513-1.jpg『ピッツァ職人』井川直子(ミシマ社)

 「井川直子さんの新しい本が出るんです」とお伝えすると、「井川さんの文章、好きなんです」と仰る書店員さんや編集者さんがたくさんいらっしゃり、嬉しい気持ちになることがしばしばあります。

 数多くの飲食店を取材されている井川さんが追いかける、料理人、職人、お店には、共通する何かがあるような気がします。流行っているとか、華やかとか、そういうことではない、静かで熱いもの。それに呼応するように、井川さんの文章にも、派手ではないけれど切実な何かが宿っていく。それが読み手に伝わる。

 6年前、ミシマ社から井川さんの著書『昭和の店に惹かれる理由』が発刊となった際、ナガオカケンメイさんとご対談いただきました。そのときに語られたのは、まさに、なぜそのお店に惹かれるのか、どんな人や物に惹かれるのか、というお話でした。おそらくそれは、今回井川さんが『ピッツァ職人』を書かれた理由にもつながっている気がします。

0513-2.jpg『昭和の店に惹かれる理由』井川直子(ミシマ社)

 そこで今回は2日にわたって、その対談の一部をまとめた記事を、再掲します。『ピッツァ職人』そして『昭和の店に惹かれる理由』。ぜひどちらもお手に取っていただけたらと思います。


ナガオカケンメイ×井川直子「つづいているもの」が持つ、"なんか正しい感じ"の正体(1)

0517-11.jpg

※本記事は、「旧みんなのミシマガジン」にて、2017年5月17日に掲載されたものです。

「なんか正しい感じ」に憧れた者同士

ナガオカ なんでその、昭和のお店だったんですかね。

井川 なんででしょうね...。たとえば、江戸・明治になってしまうと、ちょっと遠すぎるんですよね。別世界の歴史小説みたいな、自分とは関係ない話になっちゃうんですけど、昭和の時代って、まだもしかしたら、おじいさまやおばあさまがご存命の方もいらっしゃるかもしれないし、わりと自分の記憶のなかにもあって。
 まずそれがひとつと、あと、なんというんですかね、日本はどこで、いろんなものを取りこぼしてきちゃったのかなというのを、少し追ってみたかったというか。けっして間違っているとは言いたくないんですが、取りこぼしてきたものはあるな、と思ったんですね。今回、各章のタイトルは、そういう取りこぼしてきたものを載せているんですが、あえて、いい意味では捉えられない言葉が多いと思います。「型」であるとか「狭」とか。

ナガオカ 「不器用」とか「逆行」とか。

井川 「非合理」とか。いまでは否定されるけれども、でもそこになにか真実のようなものがあったんじゃないかな、という思いで。章タイトルではありませんが、ナガオカさんは「つづける」というキーワードにすごく反応してくださって。

ナガオカ そうですね。僕は建築家にすごく憧れていて。で、僕がやっているグラフィックデザインと建築は、なんでこんなに社会的な注目や責任が違うんだろう、って考えた時期があった。それで、良いデザインと悪いデザインをなんとなくデザイン側の言語以外の言葉で語れないといけないなって。それで正しいデザインというものにすごく興味が湧いて。
 正しいデザインというのは、デザイナーくんたちは自分たちの言語でいくらでも語れるんですよ。プレゼン上手だから。そうじゃなくて、おばあちゃんとか子どもたちにもわかるように言うには、まずは世の中に出て何十年も経ったもの、「ロングライフデザイン」ですね。それがおそらく一つの正解なんじゃないかな、と。そのデザインがつづいているというのは、格好いいだけではなくて、販売の方法とか、メーカーのファンづくりの努力とか、なんかそういうことがある。

井川 ああ、なるほど。この昭和の本を書くときにすごく心のなかにあったのが、そのナガオカさんの「ロングライフデザイン」という言葉だったんですよね。こういう本を出すと、「つづいていくお店というのはどういうお店だと思いますか」とよく訊かれて、答えはわからないんですが、ただなんとなく、つづいているお店には何らかの正しさがあるような気がしていたんです。
 で、そのときに、その「ロングライフデザイン」というのと、もしかして同じなんじゃないかなって。「なんか正しい感じ」に憧れた者同士、と言ってしまうと、大変すみません、という感じなんですが・・・、勝手にそんな気持ちです。

ナガオカ 僕はデザイン版の「つづく」をやっているし、やっているというか、興味があるし、井川さんは井川さんでやっぱり、飲食の「つづく」に興味がある、という意味で、なんかたぶん、蓋を開けてみたら同じようなものが入っていると思うんですよね。

井川 そうですね。

からしに気づくような行為

ナガオカ いろんなデザイナーが、いいデザインの十箇条みたいなものを書いているんですけど、やっぱりデザイナー寄りなんですよ。僕も同じようにデザインの十箇条というのを書いていて、一番最後が「デザインが美しいこと」。残りの9個は全部デザインに関係のないことで、そのデザインに関係のないことが結果的に「つづく」につながっている。それって絶対ありますよね。

井川 ありますね。料理店においても、最後の一個は料理が美味しいことかもしれないですけれども、たぶんそれ以外は料理そのものではないかもしれないですね。店づくりですとか、人のメンタリティですとか、どういうふうに伝えていくか、っていう。意外と、昭和の店というのは、私みたいにやりたいことをがむしゃらにやるっていうよりかは、どうしたら人に伝わるかなとか、ものすごく伝える相手のことを考えてらっしゃるお店が多かったですね。広告をするとかじゃなくて、目の前の人にどうしたら伝わるかな、っていう。それを一個ずつやって、一日、一年、十年、何十年、となっているお店が多いな、というふうに、いま言われてみて気づきました。

ナガオカ 一澤信三郎帆布という、京都の老舗の、帆布のバッグを作っている方にうかがった、なぜつづいているかという話のなかで印象的だったのは、「うちはあつらえていた」と。「あの人のために」鞄を作っていた。架空の、年収これくらいで、25歳から45歳で、とかいう設定をしていない。設定していないから、みんな必死に「あの人」のために作る。だから直しに来たら、その人のために直す。それが京都のものづくりの基本だ、と。

井川 常に一対一、ということですね。確かに、カスタマイズというか、誰のために何をやるっていうのが結構はっきりしているお店も多かったです、この昭和のお店に関しては。

ナガオカ だからきっと、段々、「お客さん」というだけじゃなくて、名前がわかったり職業がわかったりしだして、その関係性が積み重なっていくということですよね。

井川 そうですね、だけど「とんき」さんなんかは、かなり通ってもそんなに話しかけてこないというか、いつ行っても一定の規律があるんですけれども、ただ、私は辛いのが苦手で、いつもからしを残していると、ある日、からし抜きましょうか? って一言聞いてくれた。ちゃんとわかっていて、「この人はからし抜きなんだな」という。

ナガオカ そういうことをちゃんとやっている。

井川 見ているんです。感服しますね。

ナガオカ それって、僕も含めて、仕事は全く違っても、健全な感じでつづけていくということに関しては、すごく参考になりますよね。そのからしに気づくような行為は、日常のなかでもたくさんあると思うんですけど、そういうことですよね。

ロングライフの十箇条

ナガオカ 今、話を聞いていて、僕のロングライフデザインの十箇条、たとえば修理して使いつづけるとか、作り手に愛があるとか、安全環境ももちろんそうですけど、そういうキーワードと、『昭和の店に惹かれる理由』の目次の章タイトルに出てくる、さっき言ったちょっとマイナスな言葉、なんか一緒のような気がしてきました。「非合理」とか「異端」とか「主張」、「逆行」とか「不器用」、みたいなものが、食のロングライフな十箇条みたいなことだったりするんじゃないかな。

井川 なるほど。

ナガオカ 要するに何が言いたいかというと、百年つづく飲食店をやりたいと思ったときに、その店に行って修業して来いというのもいいですけど、そこで何を見るかというのがこの目次に表れているような気が。

井川 嬉しいです、すごく。

ナガオカ 具体的になにかありますか。例えば「不器用」とか、「逆行」とか、そこから言葉にできない、ながくつづいている理由について。

井川 「不器用」でいうと、天ぷら はやしさんなんですけれども、不器用さがご主人にとって自分の拠りどころになっていたんですね。コンプレックスでもあったんですけど、だから一個を一生懸命やろうとか、できることだけ手を広げずにやっていこうって。お父様である先代がすごく器用な方で、天ぷらも名人だし気の利いたつまみも出されていた方なんですけど、今の二代目のご主人は、「僕は不器用だから料理はできません」って言って料理はやめてしまったり。お父さんと同じことをしようとして頑張って、結局料理の質を落としたら、天ぷら はやしの質が落ちるという考え方で。

ナガオカ ああ。

井川 「逆行」というのはスヰートポーヅさん。本当にこう、500円とかそういう餃子なんですけど、広げようと思えばできますし、たぶん催事でも引っ張りだこになるような人だと思うんですけど、でも広げるとスヰートポーヅの仕事ではなくなってしまうと。今の三代目の和田さんという方は49歳ぐらいなんですけど、地球規模でいろいろ考えてらっしゃって。食の安全性から、人としての生命の危機みたいなものからいろんなことを考えた上で、手を広げすぎず皮から手作りして、あんも自分が納得いく安全性のあるものを材料に使って、そこを守る。本当に「逆行上等」という感じでやってらっしゃる。

(つづく)

編集部からのお知らせ

【MSLive!】5/24(水)井川直子×中村拓巳×河野智之 「ピッツァ職人という生き方」~『ピッツァ職人』刊行記念~

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あのナポリへ、高校に行かずに飛び込んだ、日本人青年がいた――

5月19日に発刊となる『ピッツァ職人』は、そんな青年、現在、吉祥寺にあるピッツェリアGGでピッツァを焼く中村拓巳さんの存在を、著者の井川さんが知り、衝撃を受けたことがきっかけで生まれました。

衝撃の出会いから12年。中村さんがピッツァ職人として歩んだ道のり、その過程で意気投合したピッツェリアGGのオーナーである河野智之さんをはじめ、日本のピッツァ文化を生み出してきたたくさんの職人の方々の生き様が、迫力の筆致で綴られた一冊が完成しました。

本の完成を記念して、今この時代にピッツァ職人として生きるということ、その喜びと困難、感じている可能性などについて、中村さんと河野さんに直接お話いただくイベントを企画しました。聞き手はもちろん、井川さんです。

当日は、ピッツェリアGGのお店から生配信。中村さんと河野さんが、実際にピッツァ作りの実演もしてくださいます!

ピッツァが好きな方はもちろん、職人の生き方に興味がある方、飲食に限らず何らかのお店をやっている方、何をやりたいのかわからず立ち止まっている方…みなさま、ぜひ奮ってご参加ください!3人への質問も大募集です!

<出演>
井川直子(『ピッツァ職人』著者・文筆業)
中村拓巳(ピッツァ職人・〈ピッツェリアGG〉)
河野智之(ピッツァ職人・〈ピッツェリアGG〉オーナー)

<開催日時> 5月24日(水)19時~
※イベント翌週に、申込者全員にアーカイブ動画をお送りします。
※アーカイブ動画は2023年7月30日まで、何度でもご視聴いただけます。

<参加費>1,650円(税込)

お申込み

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