復活!ミシマガジン

第5回

『上方落語史観』(140B)発売記念トーク 髙島幸次×笑福亭たま(1)

2018.12.18更新

1218-1.jpg「京都・和の文化体験の日」情報冊子『落語入門の入門』

 伝統芸能の魅力を若い人たちに知ってもらうために、京都市さんが企画している「京都・和の文化体験の日」。その小冊子の編集を、今年もミシマ社が担当しています。

 テーマは毎年変わり、これまで「邦楽」、「能楽」、「歌舞伎」を特集してきました。そして、4年目となる今年のテーマは「落語」。監修は、ミシマガジンの連載が元になった『上方落語史観』(140B)の著者である高島幸次先生にお願いし、製作いたしました。こちらの「落語入門の入門」冊子は、12月20日(木)以降に、京都市内の市役所、区役所、文化施設、大学、書店、カフェなどで配布の予定ですので、ぜひお手にとってくださいませ。

 そして、この冊子をもっと楽しんでいただくために、今日から2日間、「旧みんなのミシマガジン」にて2018年1月22日〜23日に掲載した落語の特集を再掲載します。
 冊子監修をご担当いただいた高島先生と、今回の冊子にもインタビューで出演していただいている、笑福亭たまさんの対談です。
「落語入門の入門」を読む前に、ぜひご一読くださいませ!


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※本記事は、「旧みんなのミシマガジン」にて、2018年1月22日〜23日に掲載されたものです。

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『上方落語史観』高島幸次(140B)

 ミシマガジンで連載していた髙島幸次先生の「みんなの落語案内」が、昨年末、『上方落語史観』として、140Bより刊行されました。
 それを記念して、今月は著者の髙島先生がご登場。
 落語家の笑福亭たまさん、小説家の久坂部羊さんとともに、上方落語の楽しみ方や奥深さについて語り合ってもらいました。
 笑福亭たまさんは、毎月新しい創作落語を披露する「月刊笑福亭たま」や、エッセンスを凝縮した「ショート落語」など、新しい試みに次々とチャレンジ。
 人気と実力を兼ね備えた、上方落語界のトップランナーのお一人です。
 前半の(1)では、髙島先生とたまさんに、落語トークを繰り広げてもらいました。
 後半の(2)では、そのたまさんのネタにハマるうちに、すっかり落語ファンになったという、医療小説の名手である久坂部羊さんにもご登場いただきます。

(撮影/浜田智則、撮影協力/天満宮会館)

落語のネタはお客さんに合わせて変わる

髙島 本を読んでくださって、正直なところ、いかがでしたか?

たま 面白かったです。それと同時に、のちの時代の人たちにとっての資料になるんちゃうかと思いましたね。

高島 なるほど。落語というのは、古典と呼ばれるネタであっても、時代ごとにお客さんに合わせて常に変わっていきますからね。

たま 例えば、本の中で〈野崎詣り〉(※1)に出てくる「深草少将」のギャグ(※2)について書かれていますよね。このギャグは先代の桂春團治師匠(※3)がご存命だった頃は、全員が言うてたんですが、だんだん伝わりづらくなってきて、今ちょうど改変するかどうかの時期に差しかかっているんです。

髙島 ただ、わからないことがあっても幾層にも笑いが仕込まれていて楽しめるのが、上方落語の懐の深さだと書きました。

たま そうだと思います。それで、実は僕はそのギャグは抜いてるんですよ。ところが、そうやって削除した台本すら、また伝わらない時代が来る。そしてまた改変する。そんな風に何層にも積み重なっているうちの、2017年時点の状況が書かれていて、ちょうどいいタイミングの本だなと思いました。

髙島 確かに後世にとってはいい資料かもしれません。でも、これは落語の宿命で、明治維新の直後もきっと同じことが言われているはずですよね。鉄道が走るようになって、「駕籠かき」という職業がなくなったら、〈住吉駕籠〉(※4)はどうするねん、とか。古典落語だけでなく、長い歴史のある芸能は絶えずそういう波に晒されていることになりますね。

たま 僕がやっていた柔道で言えば、白帯の時には三段と四段の違いがわからないんです。ただ、初段になると二段と三段の違いがわかる。二段になると、四段と五段の違いはわかるけど、六段と七段はわからないかもしれない。自分のレベルが上がると、その道の奥深さがわかるようになる芸能もありますが、落語は違うんです。それはお客さんが判断するから。

髙島 そうか、落語は聞き手の好みによるところが大きいですもんね。いくら噺家が「どや、すごいやろ」と言っても、お客さんが「アカン」と言えばそこまで。

たま そうなんです。落語は対峙する相手がお客さんという個人になる。そうすると、わからない部分はどんどん刷新されなければいけない。華道や茶道、能もそうかもしれませんが、レベルが上がると意味がわかる芸能は、むしろ刷新されない。だからこそ、奥深さがある。

髙島 そうすると、奥深い落語のわかる年配のお客さんだけを頼っていてはダメですね。その点、たまさんのファンはわりと若い人が多いでしょう?

たま いやいや。落語家は自分と同世代以上のお客さんが付くものです。僕のファンの方も以前は30代以上でしたけど、今は40代以上ですから。

髙島 そうなんですか。新しいファンが来なければ高齢者ばかりになってしまうわけですね。

たま そこを意識しておかないと、ものまねの大ベテランの方が、もう死んだ人の真似しかできなくなった...みたいな事態に陥るんです。難しいのは、二十歳そこそこで入門して、自分より年上に合わせる笑いをずっと研究していると、芸歴を重ねるほど若い人の気持ちがわからなくなっていく。だから、弟子をとるのはいいことなんです。桂米朝師匠(※5)が若い人にも人気があったのは、たくさん弟子をとったから、というのが僕の持論です。だって、自分を見る若い弟子を意識しながら落語をやれるわけですから。

髙島 でも、古典ネタをやる落語家さんに、「江戸時代の噺しかできないのか」とは誰も言いませんよね。

たま 人間って勝手やから、中途半端に古いと「ダサい」とか言うんですけど、もっと古くなると「伝統だ。すごい!」になる。よくあるでしょ、「江戸時代から続く味」と聞くと、ほんまは絶対変わっているはずなのに、それだけで美味しいと思ってしまう。ただ、これもいろいろで、「卑弥呼の時代から伝わった料理」と言われたら、「固いだけちゃうんか!」になるわけで。

髙島 適度な古さが必要なんですね(笑)。

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『上方落語史観』(140B)著者、髙島幸次先生

初めての人は、まずは繁昌亭の昼席へ。

髙島 ところで、落語を聴くのにはテレビで見たり、CDで聞いたり、いろんな方法がありますね。私はやっぱり「落語はライブでないと」と思うんですが。

たま それはやっぱりライブがいいでしょうね。小さい会場で30人を前に喋る時と、大きなホールで1,000人の時ではやり口が変わるので。

髙島 落語をまだライブで見たことがないというお客さんに対して、アドバイスはありますか?

たま これはね、天満天神繁昌亭の昼席(※6)に行ってください。すると、落語がほぼわかります。ただ、覚えておいてほしいのは、10人出るうち、運が良ければ8人面白いです。運が悪くても2人は面白い。どっちに転ぶかわかりませんが、少なくとも2人は自分の好みに合う人に出会えるはずなんです。

髙島 そうですね。出てくる順番によってキャリアが違いますし、役割(※7)も異なりますからね。

たま それはつまり、映画と一緒で、面白いのもあれば、そうでないのもあるということなんです。これがわかると、次に来た時には、面白い映画監督(落語家)でも面白くない映画(ネタ)があるんだなということがわかる。そのためにはまずは昼席に行ってほしい。

髙島 たまさんの独演会ではなく、まずは昼席なんですね。

たま これは僕がよく言うてるんですけど、そうやって落語を好きになってもらえれば、いずれ僕にたどり着く、と(笑)。

髙島 映画の例えが出ましたけど、名作のリメイクが必ず面白いとも限りませんね。落語は同じネタが何度も高座にかけられるわけですが、中には「あ、これ聞いたことあるわ」と残念がる人もいます。

たま 最初のうちはそう思うものです。それが通過点になる人と卒業点になる人がいて、それでいいんです。例えば、繁昌亭にはたまに笑福亭鶴瓶師匠が飛び入りで出ることがあるんです。初めての人は「いや~、鶴瓶さんやぁ!」となるんですが、何回目かになって自分のお目当がいたりすると、「いやいや、あの人の時間が少なくなったやん」と怒ったりする(笑)。でも、慣れてくると、それも織り込み済みになって、短い時間の中でどうするかを楽しんだり。

髙島 鶴瓶さんは忙しいから、前もって番組の中に組み込めないんですよね。その日の出演者がちょっとずつ時間を短くして、鶴瓶さんの出番のための時間をつくる。

たま 似たような話で、落語好きの人になると、「この噺家はこの時期にはこのネタをやるだろう」というのを読み切って、その上で「だからやめとこう」とか「あえて行こう」が発生する。どれだけ織り込んでいけるかで、楽しみ方も変わってきますね。なんか、初めての人に向けてと言いながら、えらい深い話を...。

髙島 繁昌亭の昼席は当日券でも3,000円ですから、一人あたり300円。それで運が良かったら8人も当たりがある。

たま それも、実はおもろい2人で3,000円の元が取れる芸なんです。おもろい噺家が3,000円の価値がある。あとはゼロ円です。

髙島 私は講演会の入場料が300円だとちょっとショックですが(笑)。こんな安上がりのライブはないと思いますから、初めての方でもぜひ気軽に足を運んでほしいですね。

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落語家・笑福亭たまさん

(つづく)


註釈
※1|野崎詣り 野崎観音(慈眼寺)に参拝する喜六と清八による珍道中。船で向かう二人は、「野崎詣り」の名物である口喧嘩に加わろうとする。川沿いの堤を歩く人との言い争いが楽しい。三味線のお囃子も入り、上方らしいにぎやかなネタ。三
※2|「深草少将」のギャグ 野崎詣りに出てくるくすぐりの一つ。口喧嘩の最中のセリフで、「江戸は浅草」と言いたいところを、「ドサクサ」や「深草」と言い間違える。そして、「深草やったらショウショウの違いや」と言ってさらに笑いを誘うが、現代では意味が通じにくくなっている。
※3|桂春團治 1930年~2016年。「羽織を脱ぐ仕草を見るだけで価値がある」とさえ言われるほど、華やかで品のある高座で知られた。〈野崎詣り〉は得意としたネタの一つ。
※4|住吉駕籠 住吉街道で商売をしている「駕籠屋」、すなわち江戸時代のタクシーが登場する古典ネタ。駕籠かき(担ぎ手)の二人の男が、酔っ払いに絡まれたり、堂島の米相場師に二人乗りされたりとエラい目に遭う。
※5|桂米朝 1925年~2015年。多彩な芸と博識でも知られた大看板。資料収集や取材によって演じられなくなったネタを復活させるなど、戦後、廃れゆく一方だった上方落語の再興に尽力した。数多くの弟子を育てたことでも有名。
※6|天満天神繁昌亭の昼席 上方落語の定席(毎日落語をやっている寄席)である繁昌亭には朝席・昼席・夜席があり、このうち昼席のみが上方落語協会の主催であり、伝統的な寄席のスタイルで行われる。落語5席と色物(落語以外の芸)、仲入りの休憩を挟んで再び色物と落語が3席。合計10組が出演する大ボリュームの舞台。
※7|役割 寄席スタイルの場合、トップの前座に始まり、最後の「トリ」まで、登場順によって求められる役割や芸の質が変わる。仲入り前の「中トリ」にはトリに次ぐ実力者が配され、仲入りの後に出る場合は会場の雰囲気を落ち着かせるなど、綿密に構成されている。

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