中島岳志×タルマーリー(渡邉格・麻里子)対談 「思いがけず発酵」(1)中島岳志×タルマーリー(渡邉格・麻里子)対談 「思いがけず発酵」(1)

第20回

中島岳志×タルマーリー(渡邉格・麻里子)対談 「思いがけず発酵」(1)

2023.05.09更新

明日5月10日(水)夜、とても楽しみなイベント、「利他の雑誌編集室 第2弾 対談:人間ではない「隣人」たちの、声が聴こえる!? 中島岳志×ドミニク・チェン」を開催します。

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「利他」をテーマした研究チームで、3年にわたり様々な研究を重ねてきた中島岳志さんが、人間ではない「隣人」たちに、利他のヒントがあるのではないかと注目し、ぬか床とコミュニケーションをとれるロボット『NukaBot』の開発などを手掛けるドミニク・チェンさんと対談されます。じつは、2021年10月に中島さんの著書『思いがけず利他』が発刊されたとき、その刊行記念として、タルマーリーのお二人(渡邉格さん・麻里子さん)との対談を「思いがけず発酵」として開催しました。

今思えばこのときにも、菌=人間ではない「隣人」と利他の関係が、語られていました。本日はそのときの一部をまとめた記事を再掲いたします。こちらを読んでピンとこられた方、明日のイベントもぜひ!!

利他の構造と発酵の作用は似ている?

中島 私が『思いがけず利他』を書いたモチベーションとなったのが、「『利他』を『道徳』から解放したい」という思いでした。「良いことをしたい」という思いのなかには、「褒められたい」、「社会的名声を得たい」のような思いも含まれる場合があるわけですよね。そうすると、「利他」と思われたものが「利己」だったということになる。利他と利己はメビウスの輪のようで、どこからが利己でどこからが利他なのかわからなくなる。そんな利他が生み出す世界観や構造は一体どうなっているのかを書いてみたいと思っていました。この本を書き終えたぐらいの時期に、『菌の声を聴け』を読み、僕が考えていることを、タルマーリーさんは菌を通して話しているのではないかと私は思ったんですね。
 なかでも、菌は「統御できない」ことが重要だと思うんですね。コントロールしようとするとうまくいかない、菌の持っている力をどういうふうに引き出せばいいのか。その引き出す動きと利他は、同じことを別の角度から言っているなと思ったんです。実際、菌の力を引き出すために、どういうことをされていますか。

 今世間一般で主流の発酵方法は、イーストと呼ばれる「純粋培養菌」、つまり優秀な一種類の菌だけを培養した菌を使用することです。この方法は発酵を失敗しづらいですし、時間も短縮できる。だから現在では99.9%の発酵業者が純粋培養菌を使って発酵食品をつくっています。しかし問題なのが、この菌を使えばどんなものでも発酵するので、例えば地球の裏側から運ばれた安い素材でも発酵させてしまうんですね。
 タルマーリーは純粋培養菌を使うのではなく、空気中から野生の菌を採集し、それを自家培養してビールやパンをつくっています。このやり方は前近代、江戸から明治の日本人はあたりまえにやっていたことだったのですが、空気中から取り出した菌は、非常に弱くて発酵しづらい。そこで、発酵しない原因を探り始めると、いろいろな要素が曼荼羅的につながって見えてきます。
 もちろん菌そのものの影響も大きいのですが、ほかにも素材が安いものだとすぐに腐敗してしまいます。安い素材とはどういうものかと調べていくと、肥料が大量に入りすぎたものだとわかりました。だから素材はなるべく無肥料のものにしようとか、そうやって徐々に発酵条件を整えていきます。さらにわかったことは、この工房内の環境をきれいにすることは当然ですが、里山など、この工房外の環境が汚れていると、発酵はうまくいかない。あと、スタッフの状況が悪くて「やめたい」「こんな仕事つまらない」と考える人がいると、変な発酵になってしまいます。だから工房内外のクリーンな環境をつくりながら、労働条件もつくっていかないといけない。それを丁寧に一つ一つやることで、最終的には偶然うまく発酵するんですよね。最後の最後は運ですが、丁寧にやっていると大体うまく発酵してくれるので、そのような環境を整えながら日々発酵食品をつくっています。

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偶然は偶然には起きない

中島 利他について考えるとき、重要なポイントに「偶然」の問題があるんですね。生まれてくる前もその後も、無数の縁がつながりあって奇跡的に今の私という存在が構成されている。しかし自己責任社会といわれる社会のなかでは、この偶然を忘れてしまい、「自分の能力によってここまでやってきたんだ」と思いがちです。今大変な状況にある方や障害をもって生まれた方などいろいろな方がいるわけですけど、偶然の問題に目を開くと、自分が自分であることの偶然とともに、「自分もそうであったかもしれない」可能性に目を向けられる。そのことによって他者との関係もうまく生まれてくるのではないかということが、私が偶然を考える時に念頭にあることです。
 先ほど、格さんがおっしゃったこと、「偶然は偶然に起きない」という話が非常に重要だと思いました。全部偶然ならば天に任せてしまえばいいじゃないかということではない。陶芸で窯変というのがあります。窯変とはたまたまうまくいって、すごい模様や光沢が出てくることなのですが、陶芸を全くやったことのない僕は絶対に窯変を起こせないんですね。何十年も熟練した人たちのもとにふっとやってくるのが窯変という偶然なんです。偶然は、下積みや失敗の経験値が重なってきたところにやってくるもので、タルマーリーさんもいろいろなプロセス重ねてこられたのだなと思います。

 まさにおっしゃる通りです。私は発酵の力を高めるために、「場」づくりが必要だと思っています。場をつくるために工房内をきれいにしたり、スタッフの労働環境、あるいは自然環境を整えていく。それらがうまく合わさったとき、何もしなくてもきれいに発酵する。面白いことに、ちょっと汚れた水や米を使っても労働者が一生懸命かき混ぜてあげると腐敗しない。失敗した時は必ず自分のエゴが入っていて、あまりかき混ぜていなかったり、少し安い米を使っていたりとか、いろいろな原因があったなと今、後悔しています。そして現在は手を抜かないように場をきちっと整えることができるようになり、比較的失敗はないですね。

中島 今おっしゃられたことを、哲学者の西田幾多郎は「場所の論理」と言っています。西田は「述語的」という言葉をよく使うのですが、近代はどうしても主語的で「私が」何かをコントロールするんだって思いがちです。しかし、人間のあり方はもっと述語的なのではないかと西田は言っています。陶芸をされている方は、「仕事が仕事をし始める」と言うんですね。「ろくろが回っている」という述語がまずあって、それに私が手を差し出しているに過ぎないと。西田はそれが成立する場所がまず重要だと考える。そしてその場にこそ、人間の力以外の力が働いてくる。
 近代は「私が」とか「人間の能力」で何かをつくり出すと考えてきたけれど、そうではなく場をしっかり整えることで、美がそこにおのずから現れるようなあり方が本当なのではないか。そんな場所的論理を考えたのがまさに西田という人で、タルマーリーで行われているその現場が西田的現場だなと思いました。やはり西田も同じようにエゴはだめだって言うんですよね。柳宗悦も同じです。美しいものをつくってやろうとすればするほどそこに自分の自力が働き、大切なものが逃げていく。というのが日本の近代の哲学者たちが語ってきたことですけども、菌の世界も何か同じような作用がありそうですね。

矯正せずにポテンシャルを引き出す

 私たちは酵母菌・乳酸菌・麹菌を発酵の種として使うのですが、麹菌は本当にきれいなところに行かないと採れないんですね。2か月間蒸したお米を竹筒に入れたものを置いて、麹菌が降りてくるのを待つのですが、ほぼほぼ麹菌はやってこないです。これは偶然のたまものかなと思っています。

中島 僕も『菌の声を聴け』を読んで、菌って不意に奇跡的にやってくる精霊のような存在だと思ったんですね。私たちは精霊の存在なんてほとんど感じないと思うのですが、人類は長い歴史のなかでそういうものと生きてきたんだと思います。私は、むしろ古代の人たちのほうがそういうことをよくわかっていたと感じています。人間が何でもコントロールするのではなくて、呪術的なものも含めて何か精霊のような存在があり、それを大切にしながら生きていかなければならない。つまりは、精霊がちゃんとやってくる環境を整えていなければならないと考えて、暮らしていたのではないかと思います。そういう感覚を僕たちが失っているなと、本を読んで感じました。

麻里子 場を整えるというマインドになるまで時間がかかりました。はじめは麹菌が採れないと、「採りにいかなきゃ」と考えるばかりで。田んぼの稲につく麹を採ってみようとか、竹やぶにあると聞けば探しに行ったり・・・。「場を整えればおのずとやってくる」という頭に切り替えるのに結構な時間がかかったんですよね。

中島 何か自然を統御しようというのではなくて、むしろ私たちが自然のあり方に沿うことで、菌の力がどんどん出てくる、そんな自然のポテンシャルをどう引き出すか。これは「利他」にとってものすごく重要なことだと思っているんです。『思いがけず利他』にNHKの「のど自慢」について書きました。私はのど自慢の番組を成立させているのは、バックミュージシャンなのではないかと思っています。たまに音程無視で、イントロの途中からはいっちゃうおじいちゃんが登場することがあります。バックミュージシャンの人はそれを矯正せずにリズムなどを合わせて曲をつくっていくんですね。そうするとそのおじいちゃんの個性が徐々にあらわれてきて、会場がほほえましい雰囲気になったり、「このおじいさんはこんなに一生懸命歌っている」と、人生の深みを感じて涙が出てきたりする。そうすると、このおじいさんのポテンシャルを引き出しているのはまさにバックミュージシャンの音楽だなと思うんです。そして「利他」とはそういうものかなと思っているんですね。何かその対象に「沿う」ことによって、その人や自然のポテンシャルが引き出される。僕はそういう作用全体のことを利他っていうのかなと思っています。

(明日につづく)

編集部からのお知らせ

【5/10(水)】利他の雑誌編集室 第2弾 対談:人間ではない「隣人」たちの、声が聴こえる⁉ 中島岳志×ドミニク・チェン

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◎開催日時 5月10日(水)19時~
※イベント翌週に、申込者全員にアーカイブ動画をお送りします。
※アーカイブ動画は2023年7月30日まで、何度でもご視聴いただけます。

◎出演  中島岳志・ドミニク・チェン
◎参加費 1,650円(税込)
詳細はこちら

【アーカイブ】利他の雑誌編集室 対談:「漏れ」てはダメですか? 伊藤亜紗×稲谷龍彦 ゲストコメンテーター:藤原辰史

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こちらは4月24日(月)開催〈利他の雑誌編集室 対談:「漏れ」てはダメですか? 伊藤亜紗×稲谷龍彦 ゲストコメンテーター:藤原辰史〉アーカイブ視聴チケットです。 あわせてこちらもぜひ。

詳細はこちら

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