ミシマ社の話ミシマ社の話

第70回

意味はわからない。けれど、やる。

2018.11.29更新

 なぜそれをするのか。意味はわからない。けれど、やる。意味はあとからついてくる。かもしれないし、来ないかもしれない。けれど、やる。

 何かが始まるときは、たいていこういうもの。

 そのことを最近しみじみ実感することがありました。

 それは、5年半前にミシマ社サポーター制度の「意味」がようやくわかってきたことです。きっかけは、10月22日、ドイツ船籍のタンカーが大島大橋に衝突したことによる周防大島での断水でした。

 詳しくは私のブログをご覧いただけるとありがたいのですが、11月3日に周防大島を訪ねました。断水がなければ、その日、「島のむらマルシェ」が開催される予定でした。私たちも出来立てほやほやの『ちゃぶ台Vol.4』をはじめとするミシマ社本を持参してうかがう予定をしていました。そこに全島断水の事態が起こり、その復旧に時間がかかることが判明。マルシェメンバーたちも、なくなく中止の決定をしたのでした。ところが、10月末になってリーダー的存在である内田健太郎さんは、違うアイデアを打ち出します。それが、「こんな時だから みんなであったかいご飯を食べよう。」会の開催でした。私たちは、その場にとにかく行くことに決め、そこで水を配ることにしたのです。

 その日の詳細レポートは別の機会に譲りますが、現地の方々と話をしているなかで「寄付」の必要性を感じました。それで、「寄付をさせてもらえませんか」と相談しました。そのとき、「嬉しいです。ただ、不特定多数の方からの寄付は・・・ちょっと不安です」という声を聞きました。それを受け、顔の見える関係のなかでするほうがいい、と判断。最終的に、「サポーターの方にかぎり寄付を募ります」というかたちをとりました。

 そうしてサポーターの方々へブログ、ツイッターで寄付のお願いをしたところ、二日間で30万円が集まりました。その後も、毎週、数十万の寄付をいただいております。

 毎号、『ちゃぶ台』に登場くださっている中村明珍さん(チンさん)や内田健太郎さんたちからは、「本当にありがとうございます」とこちらが恐縮するほど感謝いただきました。もちろん、私たちが感謝してもらうことは何もありません。たいへんな思いをされているのは彼らのほうであって、そのうえ、地元の窮状をすこしでも救おうと努力されているのは彼ら自身ですから。ただ頭が下がる思いしかありません。

 年に一度刊行の雑誌『ちゃぶ台』創刊のエネルギーを授かり、以来ずっとヒントを与えつづけてくれているのが、周防大島です。そんな恩人ならぬ恩島が困難に陥っているのを、黙って見て見ぬふりはできない。ご縁のある方々を通じて、すこしでも島のお役に立ちたい。その想いだけでした。と書くと、正義感からの行動のように思われるかもしれませんが、どこか「うしろめたさ」があったのも事実です。まったく自分たちに過失のないことで不便と困難を強いられることになった状況を、「私」ではなく、島の方々が背負ってくれていることに対して。

 いずれにせよ、こうして行動してみたことで、松村圭一郎さんが『うしろめたさの人類学』で言うように、「うしろめたさ」が「スキマ」をつくり、そのスキマが硬直化した世界をほんのすこしずらす、ということを実感しました。今回の場合、島の人たちへのうしろめたさが、サポーターへの寄付呼びかけというスキマ的行動を生みだし、その動きが「自律的エコシステム」という世界への揺さぶりを生みつつある。そんなふうに、思えてきたのです。

 ところで、「自律的エコシステム」って何? と思われたことでしょう。ごもっともで、私自身まだはっきりわかっているわけではありません。ただ直感的に、次の時代を導くアイデアでないかという予感があります。

 ちなみに、エコシステムという言葉は、『ちゃぶ台』Vol.3に登場くださった瀬戸昌宣さんから聞いたもの。それを聞いたとき、ピンと来るものがあり、次のように解釈したのでした。

 大胆にいえば、「アナーキズム」。無政府状態。自己流解釈では、政府や行政を介することなく、共同体運営がおこなわれること。

 自律的エコシステムーーその可能性が生まれたような気がしてならないのです。

 チンさんは、これから住む家の予定地を給水所にした。私たちが送る水を誰でももっていける場所にしてくれたのだ。洗濯機まで設置し、もともとあった井戸水を使って洗濯できるようにもした。ノーコインランドリーだ。

 内田さんは、マルシェメンバーたちとともに、毎週一回、「こんな時だから みんなであったかいご飯を食べよう。」の会を継続することに。それによって、島の内外の人たちが集まる場ができた。情報交換したり、たわいもない会話を交わすような場。顔を見合わすだけで、ほっと一安心できるような場。そういう場は、ありそうで案外ないものだということを、あらためて知った。

 島といっても実は周防大島はかなり大きく、車で南北行くのに一時間ほどかかる。つまり、場所によって被災状況がかなり違う。海に近くて井戸水がぜんぜん使えないところもあれば、海に近くても高台にあるために井戸水が使えるところもある。学校の給食がパンと牛乳のところもあれば、それでは少なすぎると弁当持参を促す学校と、水の出ない家は弁当づくりが大変だろうからとそれを禁止する学校もある。給水所に水をとりに行くのが大変な地域、誰かに手伝ってもらうことを喜ぶ人々と、どんなに高齢であっても人の助けを受けたくないご老人。同じ島であっても、地域、人によって、状況はまったくちがう。

 そこにひとつの「場」ができる。

 それはまさに、「これまでの世界」に生じた「スキマ」にほかならない。そして、そのスキマが自律的エコシステムの扉をさらに開けることになったーー。

 冒頭、今になって5年半前にサポーター制度を始めた意味がわかってきた、と言いました。

 サポーター制度を始める際、「メディアの独立性」とそれを可能にする「出版社の新しい経済」をめざしました(文末参照)。が、今回、そういう「出版」という枠組みにとどまらない、未来の流れをつくろうと思って始めたのかもしれない、というふうに思えてきたのでした。

 今回、寄付募集をサポーターを通じておこなったわけですが、当初、こんなふうにサポーター制度が機能するような事態は夢にも思わぬことでした。実際に寄付金が集まるかどうかもわからず、島のご縁ある方々がはたして本当に喜んでくれるのか。その確信がまったくない、不安なまま募集をしたわけです。結果的に、そこから島では自律的エコシステムへの一歩のような動きがうまれた。それを見て、ああ、サポーター制度もまた、そうした未来への動きのひとつなのかもしれない、と初めて思えたのでした。そう、すでに目の前まで来ていると思わざるをえない、政府が機能しなくなる時代の動きを。

 そういえば、『ちゃぶ台』創刊号の帯文には、こう書かれていたのでした。

「政治家にもお金にも操られることなく

 自分たちの手で、自分たちの生活、自分たちの時代をつくる」

 これは、行政や企業に頼らずマルシェを運営する周防大島の人たちの行動を見て、つくった文章です。今から思えば、今回のような非常事態に対しても動ける人たちである、という直感があったのではとさえ思えてきます(我ながら、ちょっと「おお」と言いたくなります)。

 ともあれ、島の人たちとこの4年間継続的にかかわるなかで、サポーター制度がもつ意味についても徐々に気づかされてきた。今は、そう思わずにはいられません。

 ひきつづき1日も早い復旧を祈ります。そして、この事態が二度と起きぬように、次の動きを見据えて動かなければいけません。このような非常事態の報道があまりに少ない、その裏で、断水のリスクがもっともっと高まるにちがいない、効率性重視の水道民営化が法案化されようとしています。そのことを、「うしろめたさ」を感じる全ての人たちは忘れてはいけません。Noと言いつづけなければいけない。

 意味はあとからついてくる。それは、たとえばある法案が「最悪」のものだった、という意味がわかるときも同様です。意味がわかったときは、手遅れですから。

 一方で、ほんとうに必要な次の動きはまったく未知数です。意味などとてもじゃないけど、わからない。それでも、やる。それだけが、背負う必要のない困難を一身に背負ってくれた島の方々に対して、自分たちができるせめてもの行動ではないか。蛇口を捻れば、水が出る。その当たり前が行政からも原因たる企業からも補償されなかった島の人たちに対し、同じ時期、ずっとその当たり前を享受しつづけることができた私たちにできるせめてもの。


 *ご参考までに、「サポーター制度募集の文面」を再掲しておきます。

いきなりですが、経済ってなんでしょう?
お金儲け?お金を循環させること?

あまりに大きな問いなので、もうすこし狭めて考えてみます。

自分たちにとって経済ってなんでしょう?
たとえば、私たちであれば「出版社にとっての経済」とは。

新聞やら東京の一等地といわれるところの動きを見ますと、株式の売買という形で経済を成り立たすのが主流のようです。
が、出版社にとっての適切な経済は、そういう形ではないように思えてなりません。

私たち出版メディアの果たすべき役割のひとつは、「小さな声に耳を澄ませ、その声を欲する人たちのところへ、もっとも届く形でお届けする」ことだと思います。
そうしたミッションと運営をいかに両立させるか、が出版社にとって、(文字通りに)死活的問題であります。
では、どうすればいいのでしょう。 
株式公開? ・・・まさかぁ(笑)。
(「株価を上げるため」という発想ほど、出版メディアの本来的なミッションと合わないものはないかと・・・)

何年も何年も、この問いを考えつづけました。
そして、2013年初頭、ようやくひとつの道を見つけるに至りました。

***

このたび、4月より「ミシマガジン」をリニューアル創刊するにあたり、
運営方法も「みんな」である皆さまにお願いすることにいたしました。

既存の経済システムでは、お金を払って買ったものは個人のものになります。
これが所有という概念の今のところの一般的解釈のようです。
が、ネットの読み物は、私の感覚では、「モノ」ではありません。
電子端末はモノであっても、そこに映し出されるテキストはモノではない。
触れて、匂いで、頬ずりして、というものではありません。
そうではなく、世界中どこにいても、誰でも、瞬時にしてアクセスのできる、とっても便利な読み物。
これが、ネットの読み物の本質だと思います。
と考えると、当今増えつつあるネットコンテンツの課金制は、本質から離れていっている。
といえるかもしれません。
(ビジネスとしては「あり」だと思いますが、ユーザーとしては「ちょっと不便だなぁ」というのが正直な気持ちです)

そこで、考えました。
一人でも多くの方々に無料で読んでいただく、というネットの利点を生かしたまま、
雑誌としても成立する。そういうやり方はないだろうか、と。

もちろん、すぐに思いつくのは広告です。
たしかに、いろんな媒体のサイトを見てみると、ペタペタとバナー広告がついています。
が、それはちょっと・・・。
「ミシマガジン」は、出版社が編集・制作する雑誌です。
株式公開が、出版の原点から遠ざかるのと同様に、広告による運営は、広告主の意向によって「言いたいことを規制される」といった事態を引き起こしかねませんから。
少なくとも出版メディアの原点が、独立自歩であることが必要条件であるなら、やっぱり広告は・・・。

では、課金でもない、広告でもない、運営方法はないか?
と考えぬいた結果、こういう形で皆さまへお願いすることを決意しました。

そうだ、一緒にウェブ雑誌を運営していただこう!
皆さまのサポーター費によって、世界中の「みんな」に無料で楽しんでいただこう。
そして、私たちミシマ社からは、サポーターになってくださった皆さまに、心からの贈り物を毎月お送りさせていただこう。

みんなの、みんなによる、みんなのための雑誌。それが、「みんなのミシマガジン」です。(これが、ミシマ社の考える「小さな出版社の経済」のひとつのあり方です)

読者の皆さまである「みんな」には、新企画の掲載可否にサポーターとして投票していただいたり、毎日更新されていくなかで完成に近づいていく過程も、同時に楽しんでいただきたいと思っております。

何卒よろしくお願い申し上げます。

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。「原点回帰」を標榜した出版活動をおこなっている。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)がある。

編集部からのお知らせ

「こんな時だから みんなであったかいご飯を食べよう。」次回開催日

■日時:12月2日(日)
■場所:周防大島 八幡生涯学習のむら
■駐車場:旧久賀幹部交番跡地

あったかいごはんの提供予定
・monte e mareさん

「『生きるように働く』刊行記念イベント〜教えてナカムラさん! 採用のこと、仕事のこと〜」

ナカムラさんが運営する「日本仕事百貨」で、スタッフを募集することにしたミシマ社。
インタビューのため京都へお越しいただくナカムラケンタさんに、ミシマ社メンバーから逆インタビュー(!?)するイベントを開催します!

■日時:2018年12月5日(水)19:00~(開場:18:30〜)
■会場:京都 かもがわカフェ


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