ミシマ社の話ミシマ社の話

第71回

2期目の1年目を迎えて

2018.12.25更新

 昨年10月、「1年遅れの創業10周年記念パーティー」を開催した。

 私たちはすっかり10進法というものに慣れきっているため、10をひと区切りとしがちだ。ボクシングのノックダウンはテンカウントだし、お店の看板に10th anniversary、20th・・・と謳われることがあっても、13thとか見た記憶がない。十年一日という言葉もある。

 それで「11周年記念」とせずに「1年遅れの」としたわけだが、数学を研究する独立研究者の森田真生さんからは当日スピーチで、「なんで1年遅れの10周年なんですかね。11に失礼でしょ」と見事なツッコミを受けた。それを聞き、「たしかに〜」と皆で笑いあった。

 残念ながら、1年経った今も、11に失礼と思える感性がまだ私にはない。ただ、森田さんが言うとおり、「11周年記念」でよかったと今では思っている。というのは、10が基準ではなかったな、という実感がこの1年で高まったからだ。

 10ではなく、12。

 そう、会社は12年ひとサイクルだったのだ。ちょうど干支と同じように。

 だから去年のパーティーは、「1期目の最後の1年を迎えるにあたり、これまでお世話になった方々に感謝する会」であり、メンバーにとっては、「2期目に向けてラスト1年弾みをつけるための会」となった。会社のひと区切りである12年目をいい形で終え、次のサイクルにつなげていくための時間。今ではそう位置づけている。

 

 思い返せば12年目となったこの1年、大きな出来事がつづいた。

 特にパーティーが終わり年が明け、一息ついた春頃から、どどどっと動き出した。

 4月1日、今ご覧いただいている「みんなのミシマガジン」が完全リニューアルをして、再スタートした。変更点をあげ出せばきりがないが、スマホ対応になったことは一番大きかっただろうか。

 同じ日、4年ぶりに新卒のメンバーが加わった。

 4月、5月には、益田ミリ「今日の人生」かもがわ おさんぽ展を開催。京都オフィスのご近所の三店(Uniteさん、モリカゲシャツさん、誠光社さん)と京都オフィス一階の「ミシマ社の本屋さん」の4カ所をめぐる展覧会が実現した。出版社でありながら、同じ街のお店さんたちと共同開催したというのは、街とのつながりのなかで自分たちの仕事が成り立っている、そのことを再認識できるすばらしい機会となった。

 5月、シリーズ「手売りブックス」が始動! 「(本が)届かぬというのなら、届くようにしていきましょ」という心意気をそこに込めた。本屋も出版社も手間暇かけるところからやり直すしかないのでは、という思いを反映したシリーズだ。

 6月下旬から7月の初旬、個人的なことではあるが、パリに行った。向こうの出版社の方にあったり本屋を巡ったり森田さんの講演会を聴講したりした。また、内田樹先生とともに、多田宏先生の合気道の講習会にみっちり参加。まだうまく言葉にできないものの、この一週間はとても大きかったという実感がある。

 7月、自由が丘オフィスに森くんが営業の新メンバーとして加わる。

 8月、地蔵盆を「ミシマ社の本屋さん」で初めて開催。蓋を開けるまで誰が来るかわからないイベントだったが、子どもたちがたくさん集ってくれた。スイカ割り、ゲーム、いしいしんじさんによる「怪談」・・・思い出すだけで温かな気持ちになれる。tupera tuperaさんがお客でいてくれるというひそかに豪華な会でもあった。

 9月末、「ミシマ社の本屋さん」一時閉店。最終の週末は多くのお客さんが訪ねてくださった。「再開、楽しみにしています」、と来店者の大半の方々に声をかけてもらい、胸が熱くなった。

 10月12日、京都オフィス引越し。鴨川の東側から西側へ、京都御所のすぐ東にある一軒家へ移った。

 11月、新卒第1号ミッキーが第一子を出産(おめでとう!)。吉報が東西のオフィスを駆け巡った。

 周防大島断水の報を受け、サポーターに寄付を募る。約3週間で70万円ほど集まった。

 12月、京都、自由が丘、それぞれの場所で食事をしながら、メンバーと「これから」をじっくり話しあう。

 ちなみに、この1期目にあたる12年を「ひとりアナーキズムの時代」と最近、命名した(笑・その理由はいずれまた)。

 上記以外に、両オフィスに今秋アルバイトさんが入ったり、トリイが退社したり、銭湯でミシマ社フェアが行われたり、挙げだせばまだまだ尽きない。その、尽きない出来事のなかで、ちょうど13年目のタイミングで起こった京都オフィス移転が、もっとも象徴的な変化と言える。

 引っ越して2カ月ーー。これで、どしっと腰を据えて出版活動ができる。腹の底からそう感じることができている。

 思い返せば、2011年4月の城陽オフィス開設以来、関西の拠点はどこか「その場しのぎ」の感があった。2013年春に京都市中京区烏丸三条のワンルームマンションへ移設、翌年の6月に前オフィスである神宮丸太町付近の一軒家に移った。そして今回。7年間で4カ所目となる。自由が丘オフィスが、12年間で一度しか引越ししていないのと実に対照的だ。

 ものすごい路地の奥にあった前オフィスは、レトロと呼ぶには無理がある。内田先生が初めて訪れてくださったとき、「ミシマくん、ここはへんだよ。かなりあやしい」とおっしゃられたのは、何かを直感されたからにちがいない。そのとき「今からここでがんばろうと思ってるのに、そんなこと言わないでくださいよ〜」と心のどこかで思った。けれど、たぶん私も何かを感じていたのだ。それでいて、全力で否定しようとしていたのだ。認めてしまったら最後、場からしみ出る「悪い気」に飲み込まれてしまいかねない・・・そんな恐れが私を「何も感じない」よう仕向けた。・・・のかどうかは定かではないが、4年経った段階で定期借家契約が切れて出ないといけなくなったとき、できるだけ離れたくない、という歪んだ意地を見せてしまった。

 台風が過ぎ去って初めて、実はすさまじく身を縮めて過ごしていたことに気づくことがある。渦中は、いたって普段通り、と思いがちなものだ。

 今のオフィスに来てみると、あのとき一体なにをこだわっていたのだろう、と我ながら呆れてしまう。「悪い気」がほんとうにあったかどうかはともかく、どこか感覚を遮断して働くのを常態化していたきらいはある。それがゆえに、いい方向に動きだす兆しすら手放すところだった。引っ越してみれば、断然、居心地がいい。以前よりずっと会社に通うのが楽しみになっている。もしかすると、前の場所ではメンバー全員が無意識のうちに気を上げることで、悪い気を払拭しようとしていたのではないか。結果、悪い気は失せ、本屋さんも活動も盛り上がった。が、それには「ふつう」より、ずっとずっと、過剰なエネルギーを要したことだろう。そんなふうにさえ、思えてくる。

 先日、いしいしんじさんがこう言葉をかけてくださった。

 「引っ越してほんまよかったやん。物件ももちろんいいけど、引っ越して、本が喜んでるやん。ぱっと見て、すごいわかるよ」

 いい場所は、人間が無理して気を上げなくても、ふつうにしているだけで、いい流れがどんどん生まれる。あとは勝手に流れてくれる。力みを取り去り、感度を上げていく。これからは、無理をなく、そこに集中していけばいい。

 というわけで早速、両オフィスのメンバーといっしょに夕食を食べながら、「これから」を話し合った。

 私ひとりではけっして思いつかない、おもしろいアイデアと意見がいっぱい出てきた。

 そこには「どうやったら売上があがるか」「利益を高めるにはこうしよう」といったものはほとんどなかった。その代わり出てきたものは、「社会と接点をもちにくい高齢者の方とかかわりをもてたのがとてもよかった。もっとかかわっていきたい」「子どもたちが集った地蔵盆がすごく楽しかったので、ああいう時間を増やしたい」「庭で畑をしたい」「やっぱり本屋さんを再開したい」「地域にもっと溶け込んでいきたい」「周防大島の断水のとき寄付を募る動きをすぐにとれたのが、自分のなかで大きな経験になった」「全国をキャラバンでまわりたい」などなど。

 もしかすると、こういう意見やアイデアは、「これまでの会社」であれば一蹴されてしまうかもしれない。とりわけ、高齢者といっしょに仕事をする、子どもたちがオフィスにやってくる、といったことは。若手がこういうこと言うと、「仕事できるようになってから」「自分で稼げるようになってから言いなさい」と言われるかもしれない。

 けれど、「これからは、そうじゃない」。もっと言えば、そういう「順序」を絶対視していては、かえってこれからの会社はもたないのではないか。

 これから、これから、と言っているが、「これまで」は、会社と、高齢者、子ども、地域といった非生産部門をきりわけ、これらをサービスや制度や法律で対応してきた。介護、子育て、地域貢献、こうしたことを会社は外部化することで、生産だけに特化しておこなったのだ。それが、今や完全に行き詰まっている。今後、どんなに制度を整備したところで解決するとは思えない。

 むしろ、地域の高齢者や子どもたちと会社の仕事のなかでかかわっていくうちに、「これからの仕事」に必要なこともいっしょに身につくにちがいない。おそらく、これからの仕事というのは、企業による教育研修とか、営業スキル、編集スキルといったものだけを求めることでは永久に身につかない。稼ぐ力と同時に、子育てや高齢者、海外移住者たちと共存する力、というものを地域と溶け込みながら、仕事をしながら高めていく必要がある。

 その意味で、私より、若手たちのほうがそちらへの感覚は優れている可能性が高い。学びが必要なのは、私のほうなのだ。彼ら・彼女たちから学ぶのは私自身にほかならない。

 13年目。私もまた1年目の人間として、これからの12年を一歩一歩、歩んでいこうと思う。恐れることはない。幸い、すばらしいメンバーと最高の読者という同行者がいるのだから。2期目の1年目という新年はもう明けている。

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。「原点回帰」を標榜した出版活動をおこなっている。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)がある。

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