ミシマ社の話ミシマ社の話

第81回

いま、出版社としてできること

2020.04.29更新

 新型コロナウイルス拡大感染にともない、私たちも働き方と会社運営のあり方を大きく変更せざるをえなくなりました。緊急事態宣言が東京、大阪などに出される頃から、社の決定として、「感染しない・させない」ことを目標に掲げ、電車通勤をゼロにし、午後5時以降の勤務もなしとしました(疲れすぎないように)。自転車通勤できる人のみ出社し、難しい場合は自宅勤務。オフィスでは一人一部屋を使い、social distanceを確保しながら仕事をしています。
 こうした変化は当然のことながら社内にとどまりません。
 書店の休業。
 多くの飲食業をはじめとする小売業同様、書店も継続がとても不安な状況に置かれています。同時に、書店で本が置かれてこそ商売がなりたつ出版社にとってもきびしい局面を迎えています。出版社の立場から見たとき、この事態は、ようやく完成した本を卸すことができない、本を読者の元へ届ける入り口が閉ざされた、そうしたことを意味するからです。 
 とはいえ、ひたすら暗く、困難な事態だけが進行しているわけではありません。
 私たちでいえば、これまで一度もおこなったことのなかった「オンラインイベント」を4月17日に初めて開催しました。以降、4月19日に甲野善紀・森田真生「この日の学校in瑞泉寺」、4月25日に藤原辰史「パンデミックを生きる指針」(メリーゴーランドと共催)をオンラインライブでおこないました。
 ひとことでいえば、それはそれは、豊かな時間となりました。
 参加者の方々からは、「開催してくれてありがとう」と、喜びに満ちた感想を数多くいただきました。私自身も実際に多大な学びを得ることができた。このような経験を経て、心の底からこう思わずにはいられません。
 「不安ばかりが先行しがちなこの時期。情報も虚実入り混じるなか、深い教養に根ざした、確かな知識と、柔らかな知性が必要とされている」
 それを必要としている人のもとに届ける。こうしたこともまた出版社のたいせつな役割だな、と実感しました。    
 「この日の学校」、「パンデミックを生きる指針」。このふたつのオンラインイベントは、後世語り継がれるほど素晴らしいものであったと確信しています。
 両イベントにかぎらず自分が出演した17日のイベントでも、「ここで感じたことをそれぞれの持ち場で共有、実践いただけると嬉しいです」と申しました。

 参加者の方にお願いする以上、自らの実践は欠かせない。そう思い、今回は自社におけるふたつの事例を記します。
 ひとつは、教育について。いずれのイベントでも、休校せざるをえない現状、自ずと教育の話題へと転じました。
 そして、もうひとつは、出版社がいまできることについて。業界内の話になってしまい恐縮ですが、「出版社の皆さまへ」とはっきりと宛先を明示するかたちで書くことにします。
 まずは、「これからの学校」について今思うことから始めます。

休校中にできること(子どもたちへ)

 休校がつづくいま、出版社としてこういうことができないかと考えています。「ミシマガ・スクール」もしくは「ミシマガ・ジュニア」のような場をたちあげたい(昨年から構想はしていたのですが、進められずにいました・・・)。
 いろいろ整ったものを大人である私たちがあらかじめつくって、「どうぞ」と提供するのではなく、子どもたちによる主体的な学びの場をつくれないかと思っています

 その思いの背景は次のようなものがあります。
 現在私たちが直面している日々を、「答えのない事態」と断定することについて異論を唱える人は少ないのではないでしょうか。
 政治家はむろん感染症の専門家でさえ、解答をもっているわけでない。ましてや、学校の先生もわからない!

 ただしこれは、「コロナ」のことにかぎらず、ずっと前からそうだったはずです。
 森田真生さんが「数学ブックトーク」のなかでこの数年、くりかえし述べていたことでもあります。政治、経済などさまざまな分野で制度崩壊が起きている。人類が初めて直面する気候危機が待ったなしで進行する。・・・こうした現実を前に、これからの教育に必要なのは、答えのない時代に、適切な問いを自ら見つけ、設定し、解いていく、その力なのではないか。しかし、実際の教育現場はまだまだ次のようなスタイルをとっていることが多いように思われます。
 学校の先生が答えを知っている前提で、生徒が答えを当てにいく。
 あらかじめ定まった答えを速く多く解く(ドリルがその典型)。
 これからの時代を生き抜く知恵や知識や思考を身につけるのが、教育のひとつの役割であるならば、この「ドリル方式」ではまったく対応できないのではないでしょうか。
 もちろん、教育の役割は未知なる事態に飛び込み解く力をつけることだけではありません。昔でいう「読み・書き・そろばん」を身につけ、自分の人生の選択肢を広げる。とりわけ、経済的に恵まれない子どもたちが学びの基礎力を無償で獲得する機会を提供することも、公共教育の重要な役割であるのはいうまでもありません。
 その上で、教育がめざすもうひとつの役割として、先に述べたように、「答えのない問題を解く力を養う」こともあると思います。
 この視点に立つと、今回の事態を迎え、教師や大人が子たちにできることといえば、正確な情報を明示すること。何が起きているか、起きる可能性があるか。それを子どもたち自身が知る。そうして自らの学びのあり方を考える。

 たとえば、「パンデミックを生きる指針」で藤原辰史さんは、「積極的悲観主義」の必要性を指摘しました。つまり、新型コロナウイルスの被害を軽く見積もるのではなく、最悪を見越して、これからの社会活動を設計するほうが最終的な被害は少なく済むだろう、と。
 そして、積極的悲観主義を採用したとき、「日本でこれから起こりうること」として、次の5つを指摘されました。

 1 18〜20人に1人が感染する可能性がある
 2 このまま何も対策しなければ5年におよぶ不況に見舞われる
 3 複合災害の危険(台風、地震など)
 4 食糧危機
 5 もうコロナ以前には戻れない(全分野で世代交代の準備が必要)

 こうした状況下で、自分たちの勉強、学びをどうしていくといいか?
子どもたち、とりわけ小学生の高学年の皆さんには、ぜひ自身で考えてみてほしいです。もちろん、大人や先生たちと一緒にでも、かまいません。いまは学校に行くことはできませんが、現状でできること、そしてコロナ収束後、どういう学びをしていきたいか?
 この期間に、考え、実行したことは、「これから」に必ず生きてきます。
 裏を返せば、ここでできなかったら、元のような状態に戻るだけです。 結果、コロナとは別の不測の事態が再び起きたときに、力を発揮するような勉強はできない。そう、なりかねません。

 イベント時に私は、「確かな情報を子どもに与え、自ら考えてもらったら、たとえば、学校の校庭を畑にして、social distance をとりながら農作業をしたい。そんな意見が出るかもしれません」と言いました。
 これは大人である私のひとつの意見にすぎません。
 学び、勉強は皆さん自身のことです。
 ぜひ、こんな学びをこういうふうにしてみたい。といったアイデアを私までお寄せください。
 ミシマガのなかで、発表し、共有していきたく思います。

出版社の皆さまへ

 このたびの事態は、私たち出版業界にも大きな痛手となること必至ですが、支え合いながら共に乗り切ることができればと切に願っております。
 とりわけ、書店の損害は甚大とならざるをえないだろう、と心を痛める日々です。
 それを見るにつれ、出版社として、できることは何かと考えざるをえません。
 目の前の支援はもとより、長引くことが予想されるこの事態のなかで、どう共存を図れるか。
 その視点に立つとき、この春に開始予定だった「一冊!取引所」を一刻も早くスタートさせねばと気持ちを強くする次第です。
 まず、私たち出版社にできることとして、書店の注文の「手間」を少なくする。
 たとえば、100社のホームページに訪れないと商品の中身がわからなかった状態をなくし、情報をひとつのサイトにまとめ、一括に注文できるようする。それも、ワンクリック、あるいは指でスマホを操作するだけで注文できる。そうした簡便さが、必要ではないでしょうか。
 (お役所への申請の手続きの煩雑さほどでないにせよ、これを機にFAX依存も抜け出るほうがいいと思っています・・・。)

 本サービスは、出版社から見れば、「出版営業サイト」となり、書店から見れば「注文サイト」となります。
 コロナを想定したわけでは全くありませんが、「対面営業のスタイルがずっとこのままではない」という思いのもと、「一冊!取引所」内で、つまり、ネット上で営業ができることをめざしてきました。
 動画やゲラなどがここで見られ、書店員とはチャット形式でコミュニケーションができる・・・etc.。
 対面より、双方とも時間的制約から解放され、負荷が減る一方で、商品理解はぐっと進む。そのようなフレキシブルなシステムになる予定です。
 そして、強調したいのは、大資本のシステム会社やネット会社が提供する「完成されたシステム」ではないことです。書店と出版社の現場が自分たち仕様で使えるシステムをめざしています。
 当初は、「完成版」に比べると、不十分な要素が多いかもしれませんが、どんどんと現場の意見を吸い上げて、現場の血の通ったシステムを練り上げていきたいです。 
 奇しくも、「コロナ」によって明らかになったことのひとつは、人間が自己都合、自分たちの利益の最大化をめざしてつくったものは、一瞬にして機能停止に陥る。そういうことだろうと思います。
 自分たちもまたひとつの生命体である。そして仕事もシステムも同じような発想で運営していくほうがいい。こう考えたとき、「一冊!取引所」は、ガチガチに固められたサービスであるより、身体性の高い、可塑性、柔軟性のあるシステムであることをめざします。
 そのようなサービス、システムを実現するため、ぜひ、ご参加賜れば幸いです。むろん、直取引、取次経由など、流通形態は問いません。また、ある程度の規模の出版社であれば、シリーズやレーベルごとの参加も可能です。
 力を合わせて、という言い方はまったく好むところではありません。協働、連携できるところはやわらかにしていければ、嬉しいかぎりです。
 何卒よろしくお願い申し上げます。

*立ち上げへの思いなどは、「自分の足元から少しずつ」「一冊!取引所、はじめます」をご覧いただければ幸いです。

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)、『パルプ・ノンフィクション~出版社つぶれるかもしれない日記』(河出書房新社)、新著に『ここだけのごあいさつ』(ちいさいミシマ社)がある。自分の足元である出版業界のシステムの遅れをなんとしようと、「一冊!取引所」を立ち上げ、奮闘中。みんなのミシマガジンで「はじめての住民運動 ~ケース:京都・北山エリア整備計画」を連載。 イラスト︰寄藤文平さん

編集部からのお知らせ

「これからの『ものづくり』と『小売』を考えるナイト1〜『発酵する経済』を探る」
小倉ヒラク × 山下優 × 三島邦弘  
オンラインイベントが開催されます!

日時:4月30日(木)19:00〜
主催:青山ブックセンター
開催方法:WEB会議ツール「ZOOM」を使用したオンライン配信

発酵文化人類学』の著書である小倉ヒラクさんと、青山ブックセンター本店店長の山下優さんと、ミシマ社代表三島の3人によるトークイベントがオンラインで開催されます!

詳細・お申し込みはこちら

「これからの『ものづくり』と『小売』を考えるナイト2〜ALL YOURS のやり方を学ぶ!」
木村昌史 × 山下優 × 三島邦弘  
オンラインイベントが開催されます!

日時:5月9日(土)16:00〜
主催:青山ブックセンター
開催方法:WEB会議ツール「ZOOM」を使用したオンライン配信

アパレルブランドALL YOURS代表の木村昌史さんと、青山ブックセンター本店店長の山下優さん、そしてミシマ社代表三島の3人によるトークイベントがオンラインで開催されます!

詳細・お申し込みはこちら

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