ミシマ社の話ミシマ社の話

第66回

イベントが減り、営業の時代がやってくる説

2018.07.29更新

 働く場所が定まらない。

 この状況が生む不安の渦中に現在います。(どうしてこうなったかは、前回をご覧いただけると幸いです)

 この不安は、生存の危機をおびやかすようなものではありません。が、なんとなく落ち着かないのです。

 目の前のしごとに集中しなければならない。いまここで集中しなければ、来月、再来月のミシマ社の刊行に響く。けど、この瞬間にも、いい物件が消えていく。ミシマ社のためにあったんじゃないの? と言いたくなるような物件との出会いが永遠に失われる・・・。そんな落ち着きのなさが、常に背中あたりにはりついている感じです。

 とはいえ、この数カ月は少なくとも、仕事場に困ることはない。

 このたびの西日本豪雨で被災された方々のことを思うと、いったい、何を贅沢な悩みだよ、と思わないではいられません。目の前のやるべきことは、土砂の掃き出しであったり、インフラの復旧作業であったり・・・。働く場所をもとに戻すために、本業に手をつけることすらできない。そのことの生む不安は、自分たちの比ではありません。まったく比較するのも失礼な話です。被災されている方々の日常が一刻も早く戻ることを心からお祈りしております。

 と思う一方で、どこか、落ち着かなさがあるのは確かです。どうなるのかわからない。それをも楽しむ。わからならいから面白いんだ! その姿勢は、あくまでも、日々の仕事のなかで果たされるべきであって、仕事場そのものに求めるものではありません。 

 上記を書いたのが7月中旬で、いま下旬にさしかかっています。

 この1週間足らずのあいだに、大きな進捗がありました。単刀直入に言うと、次の物件が決まりそうなのです。正式な決定ではありませんが、おそらくここだろう、と思えるだけで、あの落ち着かなさはなくなりました。きっと、今の流れのなかにい続けることができそうだ、という安心感もあるのでしょう。候補地は、「川端丸太町」という現在の場所から徒歩10分くらいのところ。誠光社さんと一緒につくった「ごきんじょMAP」というのがありますが、そのMAP内にいることができる。働く場所があるという安心感と、ごきんじょの流れにい続けることができるという2つの安心感をいま感じています。

 実際、昨年の秋あたりから、「流れ」があるのは間違いありません。

 4月下旬から5月いっぱいにかけては、「益田ミリ『今日の人生』かもがわおさんぽ展」がありました。この夏は、「いしいしんじの「夏のきんじよ」祭」があります。ミシマ社京都オフィスのある場所から半径1キロくらいのところにある書店さんたちと一緒に、このひと夏を、ごきんじょの作家さん・いしいしんじさんとともに盛り上げていこうと思っています。引っ越し後もこうした流れを断ち切ることなく、継続していけそうです。

 ところで、それにしてもイベントが多すぎませんか。流れを断ち切らないのはいいとしても。

 そんな指摘がぐさっとミシマ社ロゴの胸につきささってきそうです。ごもっとも。

 正直申し上げ、いま、イベントがとても多い。とても多いなんてレベルをはるかに越して、すさまじく多い。

 この夏、週一どころか、週に2、3回ペースで何かがあります。ちなみに、今週は「23日 スタンダードブックス心斎橋店で、江弘毅さん、黒川博行さん、西岡研介さん鼎談」「27日 ツタヤ梅田店で、釈徹宗先生&細川貂々さん対談」「28日 恵文社一乗寺店で、穂村弘さん&丹所千佳さん対談」28〜29日 ブックマーケット2018」。わずか一週間のうちにイベントが4日。まさに出版社による「手売り」祭り状態。「手売りブックス」というシリーズを立ち上げただけのことはある。きっと、手売り出版社、と名前変更しても、誰も文句は言わないでしょう。

 しかし。本音を申せば、けっして望んでこうなったわけではない。いえいえ、ほんとうです。必ずしもイベント好きな出版社なわけではないのです。

 ミシマ社が最初にイベントをおこなったのは、『病気にならないための時間医学』を出したときですから、2007年の秋。地元・自由が丘のシュークリーム屋さんにご協力いただいて、開いたのでした。以降、発刊イベントは年に一、二度あるかどうか。せいぜい、その程度でした。

 ところが最初のイベントから10以上年経った今では、前述の通り、「イベント大国」と言われてもおかしくない。たぶん、イベント数だけを見れば、大手出版社と遜色ないかもです。けど、くりかえしますが、そんなことは全く望んだことではありません!

 もっともミシマ社だけがイベント過多なわけではありません。「こんなふう」になったのは、本を本屋さんに置くだけではなかなか売れない、という事情が前景化してきたとき、本屋と出版社、双方のニーズが合い、拍車がかかっていった結果だと思われます。そうしていつしか「新刊が出たらイベントをやる」「本はイベントとセットで売る」、そんな空気が一般化した。僕たちは、たまたまそういう時期にたちあがった出版社で、新しいことへ積極的なほうであったため、気づけば「こう」なっていたのでしょう。

 あくまでも、僕たちがやろうとしているのは、「一冊入魂」の言葉に込めたように、熱量高くまっすぐ読者とつながること。その一環としてイベントがときどきある。これに尽きます。間違っても、イベント前提で本をつくり、売ろうとしているわけではありません。

 たとえば、「手売りブックス」で本屋さんと共有したかったのは、「手売り感」です。シールにコメントを書いたり、スタンプを押したり、ひと手間かける。それによって、その本屋さんだけの本になる。読者との距離がちかづく。そうした関係を築いていくための1つになればと思って考案したシリーズです。

 ちなみに、この方向性はよかったんじゃないか、と思える出来事がありました。先日、パリのShakespeare&Companyを初訪問したときです。それはそれは、素敵な本屋さんでした。まあ、その話はいずれまた。何冊かの本を買おうとレジに持っていくと、「スタンプ押そうか?」と訊かれました。「うんうん、ぜひ」と言うと、おにいちゃんがOKと表紙をめくり、1ページ目にハンコを押してくれた。買った本の一冊は、『LOST IN TRANSLATION』(邦題:翻訳できない言葉)だったのですが、このベストセラーもその瞬間、大量生産されたただの一冊ではなくなりました。ほかならぬShakespeare&Companyで買ったことが刻印された一冊となったのです。スタンプひとつ。それだけでこんなに嬉しくなれる! ミシマ社の本屋さんでもこれはやりたいな、と思っています(早くスタンプ作らねば)。

 話を戻すと、手売り感は大切ですが、すべての本に対して手売りすることは不可能です。さまざまな意味において。その「さまざま」のなかには、経済的に、という意味も含まれます。

 実際、過日おこなった「手売り祭り」をその1日だけのイベントとしてとりだして顕微鏡か何かで見れば、「ほぼ赤字」の検査結果が出てしまう。日曜日にミシマ社京都オフィスのメンバー全員がくりだし、約70冊の本を「手売り」。一冊あたり約300円の利益があると仮定すれば、21000円ほどの利益が出たことに。そして、手伝ってくださった書店員さんまじえ、ひとり2000円の居酒屋で打ち上げ。10人参加で約2万円の出費。メンバーの交通費を入れると、その日の利益は完全にパー。日当などとうてい出ない。これが現実です。

 が、それでもイベントは必要だと僕は考えます。というのも、その日だけを「点」で見れば、たしかに赤字かもしれません。ただし、イベントで湧出した熱は、その日だけにとどまらないからです。以前、ある書店員さんが言っていたのですが、「著者の◯◯さんが来てくれたあと、その人の本がすごく売れ出したんです」と。全然、科学的根拠のない話です。ですけど、僕は「それ!」と思うわけです。不思議と、「熱」とか「空気」とかって残るもの。地鎮祭のようなものも、これまでの悪い気を祓い、いい気を流す、という狙いがあるんじゃないでしょうか。

 要は、イベントをやるかどうか、ではなく、イベントで湧出する「熱」や「気」をどう醸成するか。そもそもイベントは、経済的にもエネルギー的にも時間的にもけっして効率的ではない。イベントを開かずとも、それに比肩する「熱」「気」が出せれば、それにこしたことはない。「そっち」をめざしていかないと、著者の方々も編集者も書店員さんも、みな、疲弊していく一方でしょう。イベントをもっともっと減らし、著者の方々には執筆そのものに、編集者は企画・編集することに、書店員は本の研究をすることに、時間とエネルギーを充てる。その状態をつくっていくことが、長期的な活動を実現していくうえで、とても、とても大事だと昨今とみに感じています。

 では、どうすればイベントを減らしつつ、イベント的「熱」や「気」を本屋という空間に充満させることができるのか。

 これは、これから向き合っていけなければいけない大きな課題です。

 現時点で言えることは多くはありませんが、鍵は、出版社の営業なんだろうと感じています。営業がどんな働きをするか。おそらく、これまでの動きプラスアルファが求められている。

 これまでの動きというのは、自分たちでいえば、本屋さんから注文をとることがひとつあります。が、本当はそれは仕事のほんの一部に過ぎない。本を本屋さんとともに、読者のもとへ届ける。それを実現するために、まず注文をもらわないことには、本屋に本が置かれることはない。その意味で、受注がないことには始まらない。けれど、受注だけではまったく不十分で、置かれた本がちゃんと読者の手にわたる。そこまでいって、本来、営業という仕事を「やったぜ」と言えるわけです。

 そのためのプラスアルファをどうつくるか?

 うーん、どうすればいいんでしょう。理想は、その営業の人が担当店に訪れるだけで、売れることでしょう。「著者の◯◯さんが来」たあと、必ず売れるように。

 おっ。ということはマジシャンになればいいのか。・・・いや、それは種があっての幻術なわけで、リアルに動かなければこの場合プラスアルファの動きにはならない。

 うーん、と再び唸ってはっと気づいた。

 そうだ。営業メンバー自身が「イベント」になればいいんじゃないか! そうすれば、著者イベントは減りつつ、イベントによる熱は減らすことなくむしろ増やすことできるのでは!?  おお。

 ハハハハハ。

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。「原点回帰」を標榜した出版活動をおこなっている。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)がある。

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