ミシマ社の話ミシマ社の話

第94回

捨てない構想

2023.10.05更新

 遡ること一年前。「ハレトケ市」なる手売り市に本屋として出店することになった。お声がけくださったのは、サーカスコーヒーさんだった。
 私の1日は、サーカスさんのブレンドの豆を挽き、コーヒーを淹れることから始まる。ああ、これだわ。日々、心のなかでつぶやくわけだが、おいしさの質は見事なばかりに日替わりだ。それは私がその道のプロでないことの何よりの証左である。プロであれば、自分の体調や外気の変化に左右されず、望まれれば、いつでも一定の味を提供できる。逆に言えば、毎回バラバラでかまわないのが素人だ。
 素人バリスタである私は、バラバラで許されるのを逆手に、安定とはほど遠い味の変化を日々楽しむ。その楽しみのひとつに、自分の疲れ具合をそこで知るというのがある。「うーん、今日はあんまり味がしない」。同じ豆で同じように淹れたのに、昨日めちゃおいしいと思っていた一杯がそこまでじゃない。その理由は、豆のせいでは当然なく、自分の技術不足、あるいは、体調がそもそもよくないから。日々おなじ行為をくりかえすことで、自分のその日の状態をはじめて知ることができる。その意味で、まさに「1日の始まりを告げる一杯」である。
 その一杯の大元である焙煎所のお二人からの誘い。しかも、第一回目の開催にお声がけいただいた。断る理由などむろんなかった。
「ぜひ参加します」
 こう答えてから、いちの数日前まで会の趣旨を深く理解せずに過ごしてしまった。まったく迂闊なことである。
 ハレトケ市は、「プラごみゼロ」「地域の循環」を掲げ、持ち寄り、手作りで開催される。たとえば、プラごみを出さない。包装紙にビニール袋を使わない。私たちも、以前つくったプラ袋がけっこう残っているものの、この日は使わないことにした。ただ、迂闊と書いたのは、何冊かの本は、最初からOPPで包まれた状態で保管していた。その状態でお客さんに渡す。具体的にはtupera tupera『パパパネル』などは、そのプラ袋に8枚のパネルが入って初めて「商品」となる。出版社的に言えば、「一冊」となる。プラスチックの袋での収納が、通常本の製本にあたるわけだ。
 当日になってそのことに気づいた。が、もう、今日だけは目を瞑ってもらうことにした。1回目にはある程度の失敗はつきものですから、というエクスキューズとともに。
 一方、この市の趣旨に沿う形で、自分たちなりに考えたことがあった。
「復活本」と名づけた試みである。

 断裁対象だった「傷み本」を販売する。これを実践することにした。
 日本の出版業界の仕組みに通じている人以外からすれば、断裁? どういうこと?? だろう。もっともな疑問であり、私自身、自分で出版社をたちあげるまで、実際のところよく知らずにいたくらいだ。
 そもそも、なぜ傷み本が生まれるのか? 
 粗雑に扱われることがあるからである。店頭で、配達の過程で、さまざまな場面で、ゾンザイな扱いを受ける。もちろん、圧倒的に多くの本は書店員さんたちによって大切に管理・陳列される。だが、お客さんのなかには、棚からとり出した本を雑に押し込み、角を平気でぶつける人がいないわけではない。配送業者の方が、何かの手違いでダンボールを落としたり、ぶつけたり、なんらかのミスを起こす。そうしたさまざまな要因を経て、凹みや傷が生じる。
 そして、その傷んだ本たちが出版社に戻ってくるわけだ。
 そう、つまり返品されてくる。書店-取次-出版社の三者間には、返品制度というものがあり、傷み本にかぎらず、売れ残りの本も返品の対象となる。業界の返品率は長らく40%と言われている。
 私たちは、取次を介さない、いわゆる直取引をおこなう出版社であるが、それでも返品率は10〜20%は出てしまう。
 返品された本の大部分は、汚れをとったり、カバーを巻き直したり、といった「改装」作業を経て、再出荷される。話はずれるが、大半の書籍にカバーが巻かれているのは、返品を前提としているからだ。書店買い切りが基本の欧米では、カバーがなく表紙に直接、日本におけるカバーのデザインが施されている。この背景には、返品制度の有無が大きい。
 国内に話を戻すと、当然、すべてが改装できるわけではない。再出荷不能とみなされる本もすくなくない。
 こうした本たちが、断裁の対象となる。なぜなら、倉庫に保管するだけで在庫となり、保管料がのしかかり、物理的にもスペースを奪うからだ。断裁の道を選ばなければ、半永久的にただ倉庫に眠りつづけることになる。読者に届く道を閉ざされたまま。ただ出版社の経費を圧迫し、倉庫会社のスペースを稼働しないまま占有する。
 半永久デッドストック。
 この事態を出版社が回避したいと考えるのは、言うまでもないだろう。
 それで仕方なく断裁という選択肢を採る。私たちもまた例外ではない。過去、何度となくその判断を下した。
 しかし、ああ、これでスッキリ。なんてことは一度もなかった。
 正反対だ。
 文字通り、身が引き裂かれるような感覚に襲われる。
 一冊入魂はなにもキャッチフレーズで掲げているわけではない。創業時、文字通りのことを実現していくことを決めて、気づけば、この言葉を使っていた。
 全身全霊で本づくりをおこない、その一冊を待っている人のもとへ届ける。
 この思いは今もまったく変わらない。この思いのもと、実践しつづけている。
 その一冊が断裁されるのだ。
 わが身の一部が切られるのと、なんら変わらないではないか。

 話は飛ぶが、子どものころ(昭和50年代)、私はプロレスが大好きだった。梶原一騎原作の『プロレススーパースター列伝』と少年少女向け「大百科」「大全科」シリーズの『プロレス大百科』『大全科』などはどれほど読み込んだかわからない。もはや見ることの叶わない、BI砲(ジャイアント馬場、アントニオ猪木のタッグ)などもこうした書物から学んだ。全日本プロレス、新日本プロレスの両エースがかつて同じリングに立っていた時代があったなんて。少年は、想像力をフルに働かせて、その黄金時代を追体験しては、夢の世界に浸った。
 馬場や猪木といった国内のスーパースターだけではない。当時の日本のリングにはもうこなくなっていた、外国人レスラーたちのことも本で知った。ルー・テーズは言うまでもなく、グレート・アントニオはバスを引っ張った、フリッツ・フォン・エリックはリンゴを片手で握りつぶした、とか、リング外の逸話も飽きることがなかった。
 こうした逸話と、肩書き代わりの「あだ名」がレスラーの強さを助長する。スタン・ハンセン「ブレーキの壊れたダンプカー」、ミル・マスカラス「千の顔を持つ男」、アンドレ・ザ・ジャイアント「人間山脈」・・・言葉のもつ強烈さは、そのままレスラーの強さ、個性を表現していた。少なくとも少年はそう感じていた。
 そのひとりに忘れられないあだ名を持つレスラーがいた。「生傷男」ディック・ザ・ブルーザー。その頃すでに引退していたのか、日本のリングに上がる姿を見たことはない。ただし、そのニックネームのインパクトは絶大だった。少年の想像力は爆発した。全身に切り刻まれた傷の数々。「生傷」の嵐が上半身を包んでいる。想像するだけで少年の血は踊り、鼻血はとめどなくでた。
 今回、はじめてネットで検索してみた。驚いた。「生傷男」の体にはそれほど多くの傷がないではないか。というか、ほぼない・・・。
 だが、言葉の威力は凄まじく、以来、今に至るまで、生傷と聞くたび、ディック・ザ・ブルーザーを思い浮かべてしまう。
 そして、わが脳内で記憶された「生傷男」の映像は、書籍を断裁するたびに傷が増えていくわが肉体に重なるのだった。絶えない傷跡を抱え、日々、出版活動する。出版界の生傷男。きっと、わたしだけではない。生傷を抱えながら生きている人たちは、さまざまな業界、さまざまな日常の中で少なくないだろう。生傷人間は、そこかしこにいる。とまで、おっさんの脳内では瞬時に展開してしまう。かろうじて鼻血は出ないが。

 ハレトケ市では、「復活本」を定価販売した。キズがあろうが、中身は同じ。いわゆる古本ではない。一度、新刊市場を経由して戻ってきたものの、まだ購入されたことのない本たち。永久に倉庫に眠りつづけるか、断裁されるか、いずれにせよ、読者のもとに届く可能性のなかった本たち。印刷所から刷り上がってそのまま書店に置かれる出来立ての新品より、なんとも言えない愛おしさが増している。と感じることさえある。
 こうした本たちが、その日、目の前で買われていった。完売した。
 気のせいか、自分の体の生傷がひとつ癒えたように思えた。

 昨年の晩秋、このハレトケ市の実感があるアイデアを導くことになる。
「捨てないミシマ社」。
 ハレトケ市で「復活本」と名づけた本たちばかりを集めてレーベルにしよう。
「生傷男」による起死回生のバックドロップ。
 そんな映像がわが脳内をよぎった。生傷絶えない人たちの分までまとめてバックドロップだ!
 こう勢いづくほどに、我ながら「きたー」と感じていた。もっとも、ディック・ザ・ブルーザーがバックドロップをしたか、どうか、一度も動くディック・ザ・ブルーザーを見たことがないのでわからない。

(つづく)

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)、『パルプ・ノンフィクション~出版社つぶれるかもしれない日記』(河出書房新社)、新著に『ここだけのごあいさつ』(ちいさいミシマ社)がある。自分の足元である出版業界のシステムの遅れをなんとしようと、「一冊!取引所」を立ち上げ、奮闘中。みんなのミシマガジンで「はじめての住民運動 ~ケース:京都・北山エリア整備計画」を連載。 イラスト︰寄藤文平さん

編集部からのお知らせ

『ちゃぶ台12』で「捨てない」を特集します!

 本記事でご紹介した、ミシマ社の「捨てない」構想。
「捨てない」商売・生活は、できる? この問いを出発点として、次号の雑誌『ちゃぶ台12』(2023年12月刊)は、特集に「捨てない、できるだけ」を掲げます!
 ごみ処理最前線の町への訪問記や、本づくりの今を探るインタビュー・レポートなど、大充実の内容となる予定です。どうぞお楽しみに!

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これまでのちゃぶ台

『ちゃぶ台12』 特集:捨てない、できるだけ
<内容紹介>※一部
●藤原辰史さんインタビュー「9 回裏の“捨てる” 考 (仮)」
●土井善晴さんと「ごみゼロ」の町・徳島県上勝町を訪問!
●ミシマ社の新レーベル「捨てないミシマ社」の挑戦
●益田ミリさん、津村記久子さん、伊藤亜紗さん、斉藤倫さん、齋藤陽道さん、寄藤文平さん、平澤一平さん、バッキー井上さん、中村明珍さん、内田健太郎さん・・・など、大好評連載もお楽しみに。

『スピン/spin 第5号』に三島が寄稿しています

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 2023年9月発売の雑誌『スピン/spin 第5号』(河出書房新社)に、三島がエッセイ「出版界の光と闇」を寄稿しています。ミシマ社を創業して満17年、今になって三島が気づいた、「大前提」が覆るような真実とは・・・? 本連載とあわせて、お楽しみいただけましたらうれしいです。

Seesaw Booksさんでイベント開催!

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 10/31(火)、三島がSeesaw Booksの神輝哉さんと対談します!
 Seesaw Booksは、『ちゃぶ台9 特集:書店、再び共有地』にご登場いただいた、札幌市の本屋さんです。書店でありながら2階は住まいを失った人のためのシェルターになっています。
 町から本屋が減り続けるなか、Seesaw Booksさんが支援活動の資金を稼ぐために書店を選んだ理由。利益のでない支援活動を運営し続けていく方法。小さな組織を続けるための「自転車操業」の真意。書店と出版社のこれからの関係・・・などなど、「シーソー」と「自転車」を漕ぎ続ける二人のお話から、書店や共有地を考えるヒントがたくさん見つかりそうです。

開催日時:10/31(火)19:30〜21:00
出演者:神輝哉(Seesaw Books店主)、三島邦弘(ミシマ社代表)
会場:Seesaw Books
住所:札幌市北区北18条西4丁目1-8 UNTAPPEDHOSTEL裏
参加方法:会場参加orオンライン配信
会場定員:25名
価格:会場・オンラインともに、1500円(+税)

会場参加チケット

オンラインチケット

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