第75回
編集者「捕手」論
2019.04.27更新
あえて言えば、捕手と編集者は似ている。
投手のいいところを引き出し試合をつくる。捕手の役割がこうであれば、著者のいいところを引き出しおもしろい本をつくる。これが編集者の役割である。
もうすぐ編集者になって20年が経つ。今さらながらに、「わが仕事、捕手から学ぶこと多し」と思うに至った。そう思うに至るきっかけは、先日観ていた阪神戦のワンシーンにある。
その前にひとこと断わりを入れておきたい。実は私、かれこれ40年近く阪神ファンをやっている。編集者人生の倍である。
昨年は往年の定位置(最下位)へ17年ぶりに復帰。4月中旬には、絶不調の覇者広島にさえ抜かれ一番下に落ちた(ちなみに、これを書いているのは4月26日であり、前夜あと一死で敗戦という場面でルーキー近本が起死回生の逆転スリーラン。三連勝を飾り、最下位を脱出した。要は、たいへん気持ちよく書いている)。まあ、そんなことはどうでもいい。捕手の話をしたかったのだ。
4月︎13日、対ヤクルト戦。先発ピッチャーは左腕の岩貞。受けるのは攻守ともにいつしかセリーグを代表せんばかりになった梅野。昨年はセリーグの捕手として最多の132試合に出場、盗塁阻止率は.320︎でリーグ2︎位だった。
しかし、岩貞との相性がよくない。岩貞は三年前に10勝をあげたが、その年彼をリードした捕手は主に原口だった。梅野が正捕手を務めだしてからこの2年、5勝、7勝と低迷している。今季の初先発こそよかったが、前回は4回4失点KO。それだけにこの日の好投は「絶対」であった。
2−1で一点ビハインドの4回、「あかん!」と思わず声をあげた。岩貞の投げた球がキャッチャーミットと違うところにきた。そのとき、梅野が「ここに投げろ」と投げてほしかった場所へとミットを構え直し、ミットを揺すったのだ。
あかんあかん、岩貞はコントロールピーッチャーやない。腕の振りが生命線。少々コントロールが悪くても、思い切り投げろ。要求するのはそれだけや。......と思っている間に満塁ホームランを打たれた。5回6失点での降板。惨憺たる結果となった。
うーん。
こっちに投げろよ。梅野の要求はコントロールピッチャーには有効だろう。だが、岩貞のようなタイプの投手にはペースやリズムを乱すことにしかならない。捕手なら、投手の性質をちゃんとわかってリードしないと。
ということを、わが仕事に置き換えながら思っていた。
*
「ミシマ社は総合出版社を謳ってますよね? ノージャンルでいろんな本を出していますが、共通点はありますか?」
ときどき、こういう質問を受ける。そのたびバカの一つ覚えみたいに答えている。
「どの本もおもしろいんです」
もちろん、本気で思ってのことだ。
なんといっても、著者の方に望む唯一といっていい編集方針が「とにかくおもしろい本を書いてください」である。力のある書き手に、思いっきりおもしろい本を書いてください、とお願いして書いてもらったものがおもしろくないわけがない。実に、ロジカル(笑)だ。
「おもしろい」と思わない原稿が届いたらどうするのか?
そのときは、うーん。もっと踏み込みましょうよ、とか、大胆に書いてくださっていいと思いますよ、などと伝えることになるだろう。捕手が、「もっと腕をふって」と投手に要求する際、自ら腕を振るジェスチャーをする。まさに、あれだ。
それでも、「おもしろい」が来ないときは?
うん、はっきりいってお手上げというほかない。編集者が代わりに「投げる」ことはできないのだ。そのときは、待つ。野球とちがって本づくりの場合、それができる。ただ機が熟すのを待つしかない。
ところが、焦ると、待つことがむずかしくなる。
「おもしろい球」を投げる力がまだ備わっていない書き手に対し、へんな要求をしかねない。「ここに面白さがあるから、これをしっかり書いてください」。
著者から「引き出す」のではなく、著者に「押し付ける」。投手が「投げる」球を受けるのを捕手が「受ける」。そうではなく、正解はすべて捕手のほうにあって、その正解をひたすら投げさせる。編集者がつくりたい作品をかたちにするために著者が書く。そんな歪な関係性に陥りかねない。
ピッチングロボットになり果ててしまったピッチャー。ライティングマシーンと化してしまった書き手・・・。
短期的結果はそのほうが出るかもしれない。だが、長く活躍するには、投手であれ書き手であれ、いや、あらゆる仕事において、その人自身の創造性が必要だろう。その人にしか投げられない球、その人にしか書けない文体と内容、その人にしか発することのできない言葉づかい、その人にしか・・・。
といいつつ、自分が「捕手」としてできているわけではない。そのことは承知している。とりわけ、若かりし頃はなんであれ勘違いしやすいもので、自分のほうに答えがあるように思ったことがあった。恥ずかしい話だ。
ともあれ。
「おもしろさってこれです。これが正解なんです」。梅野捕手のジェスチャーに、そういうものを感じてしまったのだ。
*
翌日の先発は、オリックスから移籍したばかりの西投手だった。前回の完封勝利につづき、7回2失点で勝利投手となった。ピッチングはもとより、マウンドでの姿が見事だった。ピンチになっても慌てない。笑顔で「大丈夫」という安心感をナインに与えていた。
翌日のデイリースポーツで、捕手経験のある元阪神狩野恵輔氏が西の投球を「チェンジオブペース」と評していた。それを読み、なるほどと思った。ヒットを打たれるまではテンポよく投げる。逆に、「勝負どころになると、球数を使って、時間をかけて」投球する。チェンジオブペースがうまい。先ほど、野球は「待つ」がないと書いたが、試合中、時間を伸び縮みさせる動きを、一流選手はちゃんととっているのだ。
おそらくこれは、一流の投手に共通する術なのだろう。捕手が誰であれ、野手のレベルがどうであれ、しっかり守ってもらわないと、投げる自分が困る。最高のパフォーマンスを発揮するためには、力みがあってはいけない。西投手はそれを十分に知りぬいた上で、「笑顔」を見せていた。「西さんが笑ってるんだから、ピンチじゃないんだ。抑えられるってことなんだ」。そう自信をもって守備につくのと、「絶対にエラーできない。絶対にミスだけはできない」と不必要なプレッシャーを己に与え、ガチガチに守るのと、どちらがいい動きを生むか。言うまでもないだろう。
勝てない投手にかぎって、一刻も早くピンチを脱したいと焦る。早く勝負を終えてベンチに戻りたい。その浮き足立った様をバッターに見透かされ、痛打。前日の岩貞がまさにそうだった。ピンチで笑顔さえ見せる西と実に対照的といえる。
狩野氏は、西の投球術を「若手投手にはぜひ、見習ってほしい」と書いていた。その通りである。ただ、編集者である僕は、梅野にこそ学んでもらいたい、と思ってしまう。
実績がないためとかくかたくなりがちな若手が、力みなく、のびのびとした投球をする。そのためには、捕手がいいペースメーカーになれるかどうかで、大きく違ってくるだろう。捕手のしごとは、投手をピッチングロボットに仕立てることではなく、投手が気持ち良く最大のパフォーマンスを発揮するために、いいペースをつくる。これに尽きよう。
おぼえがある。
いい仕事ができた。つまりは、いい本ができた。かつ、売れるという結果もともなった。そういうとき、振り返ってみると、仕事を進めるペースもいい感じであることが多い。で、それが自分の力かというと、やはりそうではないことに思い至る。
内田樹先生や益田ミリさん、最相葉月さんら、一流の書き手の方々との本づくりでは、如実に感じる。一冊をつくる、という長い作業のなかで、しっかり「入魂」できるペースを知らず知らずのうちに、著者の方々がつくってくれている。編集者を始めて10年、いや15年くらいは、ずっとそのペースにただ乗っていただけだと思う。
そうしてご一緒するなかで、いろんなペースの作り方が身体に宿っていった(はずだ)。
いま、そうしたペースづくりを含めた編集者としての身体(感覚)を、編集者になって10年未満のメンバーたちと、少しずつ共有していっている。
*
翌週。結果は2対0で敗戦投手となったものの、岩貞は好投した。その裏には梅野捕手の成長がある。わずか一週間で、捕手は変わる。投手も変わる。
なんと、可能性に満ち満ちているではないか。
そんな大きな励みを梅野捕手や若手投手から受け取りつつ、
*明日4月28日、岩貞投手が先発するはずです! 楽しみです。
編集部からのお知らせ
2019年4月28日(日)周防大島にて寄り道バザール vol.11(寄藤文平×三島邦弘「おお!すおうおおしま」会議)が開催されます!
4月28日(日)@周防大島・久賀(八幡生涯学習のむら)
周防大島のこと、創ること、育てること、
そんな1日を島で楽しみたい方、ぜひお越しください!
第1部 「偶然の宴」
森田真生(独立研究者)
13:30 開演 / 15:00終演
事前予約 大人3000円(1ドリンク付)
事前予約 大学生2000円
(当日券は500円増し)
高校生・中学生・小学生 無料(中学生から幼児は必ず保護者同伴してください)
第2部 「おお!すおうおおしま」
寄藤文平、三島邦弘(ミシマ社)
15:30 開演 / 17:30 終演予定
周防大島町内:無料
周防大島町外: 1000円(第1部ご参加の方は500円)
(当日は500円増し)
高校生・中学生・小学生 無料