ミシマ社の話ミシマ社の話

第13回

編集者「捕手」論

2019.04.27更新

 あえて言えば、捕手と編集者は似ている。

 投手のいいところを引き出し試合をつくる。捕手の役割がこうであれば、著者のいいところを引き出しおもしろい本をつくる。これが編集者の役割である。

 もうすぐ編集者になって20年が経つ。今さらながらに、「わが仕事、捕手から学ぶこと多し」と思うに至った。そう思うに至るきっかけは、先日観ていた阪神戦のワンシーンにある。

 その前にひとこと断わりを入れておきたい。実は私、かれこれ40年近く阪神ファンをやっている。編集者人生の倍である。

 昨年は往年の定位置(最下位)へ17年ぶりに復帰。4月中旬には、絶不調の覇者広島にさえ抜かれ一番下に落ちた(ちなみに、これを書いているのは4月26日であり、前夜あと一死で敗戦という場面でルーキー近本が起死回生の逆転スリーラン。三連勝を飾り、最下位を脱出した。要は、たいへん気持ちよく書いている)。まあ、そんなことはどうでもいい。捕手の話をしたかったのだ。

 4月︎13日、対ヤクルト戦。先発ピッチャーは左腕の岩貞。受けるのは攻守ともにいつしかセリーグを代表せんばかりになった梅野。昨年はセリーグの捕手として最多の132試合に出場、盗塁阻止率は.320︎でリーグ2︎位だった。

 しかし、岩貞との相性がよくない。岩貞は三年前に10勝をあげたが、その年彼をリードした捕手は主に原口だった。梅野が正捕手を務めだしてからこの2年、5勝、7勝と低迷している。今季の初先発こそよかったが、前回は4回4失点KO。それだけにこの日の好投は「絶対」であった。

 2−1で一点ビハインドの4回、「あかん!」と思わず声をあげた。岩貞の投げた球がキャッチャーミットと違うところにきた。そのとき、梅野が「ここに投げろ」と投げてほしかった場所へとミットを構え直し、ミットを揺すったのだ。

 あかんあかん、岩貞はコントロールピーッチャーやない。腕の振りが生命線。少々コントロールが悪くても、思い切り投げろ。要求するのはそれだけや。......と思っている間に満塁ホームランを打たれた。5回6失点での降板。惨憺たる結果となった。

 うーん。

 こっちに投げろよ。梅野の要求はコントロールピッチャーには有効だろう。だが、岩貞のようなタイプの投手にはペースやリズムを乱すことにしかならない。捕手なら、投手の性質をちゃんとわかってリードしないと。

 ということを、わが仕事に置き換えながら思っていた。

「ミシマ社は総合出版社を謳ってますよね? ノージャンルでいろんな本を出していますが、共通点はありますか?」

 ときどき、こういう質問を受ける。そのたびバカの一つ覚えみたいに答えている。

「どの本もおもしろいんです」

 もちろん、本気で思ってのことだ。

 なんといっても、著者の方に望む唯一といっていい編集方針が「とにかくおもしろい本を書いてください」である。力のある書き手に、思いっきりおもしろい本を書いてください、とお願いして書いてもらったものがおもしろくないわけがない。実に、ロジカル(笑)だ。

 「おもしろい」と思わない原稿が届いたらどうするのか?

 そのときは、うーん。もっと踏み込みましょうよ、とか、大胆に書いてくださっていいと思いますよ、などと伝えることになるだろう。捕手が、「もっと腕をふって」と投手に要求する際、自ら腕を振るジェスチャーをする。まさに、あれだ。

 それでも、「おもしろい」が来ないときは?

 うん、はっきりいってお手上げというほかない。編集者が代わりに「投げる」ことはできないのだ。そのときは、待つ。野球とちがって本づくりの場合、それができる。ただ機が熟すのを待つしかない。

 ところが、焦ると、待つことがむずかしくなる。

 「おもしろい球」を投げる力がまだ備わっていない書き手に対し、へんな要求をしかねない。「ここに面白さがあるから、これをしっかり書いてください」。

 著者から「引き出す」のではなく、著者に「押し付ける」。投手が「投げる」球を受けるのを捕手が「受ける」。そうではなく、正解はすべて捕手のほうにあって、その正解をひたすら投げさせる。編集者がつくりたい作品をかたちにするために著者が書く。そんな歪な関係性に陥りかねない。

 ピッチングロボットになり果ててしまったピッチャー。ライティングマシーンと化してしまった書き手・・・。

 短期的結果はそのほうが出るかもしれない。だが、長く活躍するには、投手であれ書き手であれ、いや、あらゆる仕事において、その人自身の創造性が必要だろう。その人にしか投げられない球、その人にしか書けない文体と内容、その人にしか発することのできない言葉づかい、その人にしか・・・。

 といいつつ、自分が「捕手」としてできているわけではない。そのことは承知している。とりわけ、若かりし頃はなんであれ勘違いしやすいもので、自分のほうに答えがあるように思ったことがあった。恥ずかしい話だ。

 ともあれ。

 「おもしろさってこれです。これが正解なんです」。梅野捕手のジェスチャーに、そういうものを感じてしまったのだ。

 翌日の先発は、オリックスから移籍したばかりの西投手だった。前回の完封勝利につづき、7回2失点で勝利投手となった。ピッチングはもとより、マウンドでの姿が見事だった。ピンチになっても慌てない。笑顔で「大丈夫」という安心感をナインに与えていた。

 翌日のデイリースポーツで、捕手経験のある元阪神狩野恵輔氏が西の投球を「チェンジオブペース」と評していた。それを読み、なるほどと思った。ヒットを打たれるまではテンポよく投げる。逆に、「勝負どころになると、球数を使って、時間をかけて」投球する。チェンジオブペースがうまい。先ほど、野球は「待つ」がないと書いたが、試合中、時間を伸び縮みさせる動きを、一流選手はちゃんととっているのだ。

 おそらくこれは、一流の投手に共通する術なのだろう。捕手が誰であれ、野手のレベルがどうであれ、しっかり守ってもらわないと、投げる自分が困る。最高のパフォーマンスを発揮するためには、力みがあってはいけない。西投手はそれを十分に知りぬいた上で、「笑顔」を見せていた。「西さんが笑ってるんだから、ピンチじゃないんだ。抑えられるってことなんだ」。そう自信をもって守備につくのと、「絶対にエラーできない。絶対にミスだけはできない」と不必要なプレッシャーを己に与え、ガチガチに守るのと、どちらがいい動きを生むか。言うまでもないだろう。

 勝てない投手にかぎって、一刻も早くピンチを脱したいと焦る。早く勝負を終えてベンチに戻りたい。その浮き足立った様をバッターに見透かされ、痛打。前日の岩貞がまさにそうだった。ピンチで笑顔さえ見せる西と実に対照的といえる。

 狩野氏は、西の投球術を「若手投手にはぜひ、見習ってほしい」と書いていた。その通りである。ただ、編集者である僕は、梅野にこそ学んでもらいたい、と思ってしまう。

 実績がないためとかくかたくなりがちな若手が、力みなく、のびのびとした投球をする。そのためには、捕手がいいペースメーカーになれるかどうかで、大きく違ってくるだろう。捕手のしごとは、投手をピッチングロボットに仕立てることではなく、投手が気持ち良く最大のパフォーマンスを発揮するために、いいペースをつくる。これに尽きよう。

 おぼえがある。

 いい仕事ができた。つまりは、いい本ができた。かつ、売れるという結果もともなった。そういうとき、振り返ってみると、仕事を進めるペースもいい感じであることが多い。で、それが自分の力かというと、やはりそうではないことに思い至る。

 内田樹先生や益田ミリさん、最相葉月さんら、一流の書き手の方々との本づくりでは、如実に感じる。一冊をつくる、という長い作業のなかで、しっかり「入魂」できるペースを知らず知らずのうちに、著者の方々がつくってくれている。編集者を始めて10年、いや15年くらいは、ずっとそのペースにただ乗っていただけだと思う。

 そうしてご一緒するなかで、いろんなペースの作り方が身体に宿っていった(はずだ)。

 いま、そうしたペースづくりを含めた編集者としての身体(感覚)を、編集者になって10年未満のメンバーたちと、少しずつ共有していっている。

 翌週。結果は2対0で敗戦投手となったものの、岩貞は好投した。その裏には梅野捕手の成長がある。わずか一週間で、捕手は変わる。投手も変わる。

 なんと、可能性に満ち満ちているではないか。

 そんな大きな励みを梅野捕手や若手投手から受け取りつつ、今日も一冊入魂をしていくのだ。阪神ファンを辞められないのも無理はない。

*明日4月28日、岩貞投手が先発するはずです! 楽しみです。

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。「原点回帰」を標榜した出版活動をおこなっている。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)がある。

編集部からのお知らせ

2019年4月28日(日)周防大島にて寄り道バザール vol.11(寄藤文平×三島邦弘「おお!すおうおおしま」会議)が開催されます!

4月28日(日)@周防大島・久賀(八幡生涯学習のむら)
周防大島のこと、創ること、育てること、
そんな1日を島で楽しみたい方、ぜひお越しください!

第1部 「偶然の宴」
森田真生(独立研究者)
13:30 開演 / 15:00終演

事前予約 大人3000円(1ドリンク付)
事前予約 大学生2000円
(当日券は500円増し)
高校生・中学生・小学生 無料(中学生から幼児は必ず保護者同伴してください)

第2部 「おお!すおうおおしま」
寄藤文平、三島邦弘(ミシマ社)
15:30 開演 / 17:30 終演予定 

周防大島町内:無料
周防大島町外: 1000円(第1部ご参加の方は500円)
(当日は500円増し)
高校生・中学生・小学生 無料

0324_e.jpg

詳しくはこちら


おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • 第4弾『しあわせしりとり』PVをつくりました!

    第4弾『しあわせしりとり』PVをつくりました!

    ミシマガ編集部

    本日は『しあわせしりとり』第4弾! 先週土曜日の発刊以降、ご好評いただいていおります『しあわせしりとり』。今回ついに、PVをつくってしまいました・・・なんと、著者の益田ミリさん、装丁家の大島依提亜さん、そして書店員の方々にご出演いただきました! 

  • 数学の贈り物数学の贈り物

    数学の贈り物

    森田 真生

    昨日、二年ぶりに、熊本の長崎書店で「数学ブックトーク」があった。会場の「リトルスターホール」は書店と同じビルの三階にある居心地のいい空間である。窓の外では、クスノキたちが気持ちよさそうに葉を揺らせている。大きな窓から、あたたかな春の光が差し込む。二年前と同じ場所で、同じ光に包まれながら、僕は、公演前最後の準備を進める。

  • 胎児はめちゃくちゃおもしろい! ~増﨑英明先生と最相葉月さん、発刊後初対談(1)

    胎児はめちゃくちゃおもしろい! ~増﨑英明先生と最相葉月さん、発刊後初対談(1)

    ミシマガ編集部

    発売から1カ月半ほど経った『胎児のはなし』、「本当におもしろかった! 知らなかったことがたくさん!」という読者のみなさまの声をたくさんいただいています。そして新聞などメディアでの紹介が続き、おかげさまで3刷大増刷中です!

  • イスラムが効く!

    『イスラムが効く!』刊行直前 内藤正典先生インタビュー(1)

    ミシマガ編集部

    今週末2019年2月23日(土)に『イスラムが効く!』が発売となります。イスラム地域研究者の内藤正典先生と、イスラム法学者でありムスリムである中田考先生による対談本。『となりのイスラム』(内藤正典著)から2年半ぶりに、ミシマ社からは2冊目のイスラムに関する本が登場です。本を書き終えた内藤先生に、とくにこれは日本人に効く!という場面を詳しく教えていただきました。2日にわたってお届けします。

ページトップへ