ミシマ社の話ミシマ社の話

第77回

社内クーデター勃発!?

2019.08.11更新

 あの日、社内でちいさな革命が起こった。

 端的にいえば、僕はいち平社員となった。決裁権を失い、編集チームの方針を考える機会すら奪われた。来期の事業計画を立てるというタイミングにもかかわらず!

 結果、僕抜きで編集チームの目標が決められてしまった。

 それってクーデターが起こったってこと?

 うん、たしかに。実際、表面上の変化だけを追えば、そうとしかいいようがない。

 いったい、なにが起こったというのか。

 自分の整理のためにも、「あの日」を再現してみたい。

 *

 2019年6月16日、場所は静岡県焼津市。

 初めて降り立った焼津駅から歩くこと10分弱。汀やという高級旅館でミシマ社合宿がおこなわれた。

 これまでの合宿先を思えば、ずいぶんなグレードアップだ。8〜10名が同じ部屋でひしめきあって眠る。いや、体を横たえる。雑魚寝そのもの。これが合宿の定番スタイルだった。

 ところが、今回は10名に対し3部屋が割り当てられている。しかも温泉旅館だ。贅沢の極みというほかない。

 むろん、求めてそうなったのではなく、たまたま旅館の社長さんがミシマ社サポーターをしてくださっている。そのご縁で、格安で泊めていただくことになったのだ。

 思えば、宿選びの時点で逆転現象が起きていたのかもしれない。安宿から高級旅館へ。この選択は、すなわちクーデターの流れをよび寄せるもの・・・。

 

 午前11時に宿へ着くやいなや、合宿恒例のミーティングが始まった。

 「10月から始まる14期目の方針を決めよう」「事業計画までつくっちゃおう」。こんなふわっとした通知だけが今回の合宿前にあった。あとは、何をやるのか、現場に行くまでわからない。

 それは僕とて同じだ。その日、その場で何を思いつくか、それは誰にもわからないというものだ。先にやることを決めてしまっていたら、何かを思いついたとしても実行する余地がない。 

 ホットで新鮮な素材が手に入ったのに、あらかじめ用意した素材だけで料理をする。取材でもなんでもそうだが、決め打ちをして臨むと、予定調和の域を出ないことになりかねない。

 それは、「おもんない」だろう。

 出版社の合宿なのだ。プロセス自体がおもしろくなくて、どうしておもしろい本が生まれよう。

 てなわけで、まっさらの気持ちで臨んだ合宿初日の午前11時。気がつけば、手元に一枚の白紙が配られていた。

 「この紙に名前を書いてください」

 しゃかしゃか。

 「書いたら、この袋に入れてください」

 ぽい。

 シャッフルシャッフル。

 「では紙を引いてください」

 言われるがままに、引く。

 「開けてください」

 ぱかっ。

 メンバーひとりひとり、名前の書かれた紙を掲げる。

 最古参ワタナベは「タブチ」と書かれた紙を、かたやタブチは「ノザキ」の紙、入社数ヶ月の新人スガの手には「ワタナベ」が。僕は「イケハタ」、イケハタは「ハセガワ」・・・僕の名は誰の手に? と見渡せば、昨年7月に中途入社したオカダモリがもっている。

 「では、みなさん、パンと手を叩いた瞬間、紙の人になってくださいね」

 「ええーー」と一同驚く間もなく打ち鳴らされたのだった。パン!

 

 営業、編集、仕掛け屋の3チームに分かれてのミーティングがスタートした。

 僕は「イケハタ」として営業チームに参加。リーダーは、新人スガ率いる「ワタナベ」だ。編集ノザキも、「オカダモリ」となって営業チームの一員となった。

 「ワタナベさん、来期はどうしましょう?」とイケハタ。

 「うん、そうだな、みんなはどうしたい?」と衆知を集める名リーダー・ワタナベ。

 「来年こそは攻めていきたいですね」とオカダモリ。

 「うん、そうしよう!」

 いつになく前向きな営業リーダーの姿に現場のテンションも自然とあがる。アイデアもつぎつぎと湧いて出る。

 (いい感じ!)

 

 あっという間に10分が経過。各チームの発表の時間となった。

 オカダモリ演じる代表が、「ええ〜、じゃあ、各チーム発表をやってえや」という京都人が聞いたらひっくり返りそうな似非京都弁で進行をはじめる。

 まずは営業から。新人、ではなく、いまや営業チームリーダーとなったスガワタナベが、全員の前に立つ。

 「営業チーム、来期はやります!」と堂々宣言するところから始まった。全員から拍手! 俄然、営業チームがたのもしい存在に思えてきた。もしかすると、本家ワタナベのこれまでのプレゼンより盛り上がったかもしれない。

 そして仕掛け屋、編集チームと発表がつづく。

 その過程で各チームから出る方針と、具体的アイデア。

 そのひとつひとつに代表となったオカダミシマは、「うん、ええやん」「よし、それ。やろ!」と決済のゴーサインを出していく。

 (おいおい......)

 ちなみに、イケハタ(僕)は「ちょっと編集もやってみたいと思うんです」と言ってみた。

 すると、オカダミシマはちょっと思案めぐらせたのか、一拍おいてから、おもむろに口を開いた。

 「採用!」

 こうして一時間半のミーティングが終了した。

 全員、充実の表情をしている。実際、僕もとてもたのしかった。

 すくなくとも一時間以上、他人が僕を支配していたのだ。僕でいえば、イケハタならどう考えるだろ、こんな表現をするかな、と終始考えながら行動し発言をした。

 もちろん、その間、自分は消さなければいけない。

 自分を消して他者を前面に出す。

 一番、上手だったのは、仕掛け屋ハセガワだ。中途採用で4月に入社したばかりの「タチ」を演じたハセガワは、そこにタチくんがいるのか、と見間違うほどのタチ口調で意見を述べた。

 それを見て思った。

 観察力と描写力。これだな、これ。つまるところ、仕事に必要なのはこのふたつじゃないか。

 ハセガワは、ミシマ社通信やサポーター新聞などにときどき各メンバーの似顔絵を書くが、普段から、よくいろんなことを観察しているのだろう。タチくんのちょっとした特徴、癖を見事に組み込んだ発表だった。

 逆に、他者になりきれなかったメンバーもいた。そういう人たちは、日々の仕事の時間においても「自分」に閉じてしまっている可能性が高い。

 いずれにせよ、自分という枠組みが内外から揺さぶれる時間となった。

 そして、ふだんの自分の檻を破って、他者を組み込んだ自分が内から顔を出したとき、人ってこんなにいきいきとした表情をするんだ、と思った。

 よしよし。

 と企画者である僕は満足気な笑顔を浮かべたのでした。おしまい。

 ・・・・・・。

 おいおい、クーデターとか言っといて、企画者ってことは自分が考えたってこと? 言ってみれば、自作自演。入れ替えミーティングを考案し、紙を配り、シャッフルして配りなおしたのもあんたでしょうが!

 ええ、そうです。私ですとも。

 たしかにそうなのだが、思いついて、「やろう」と思った時点では、まさか決裁権まで奪われるとは思ってもみなかったのだ。

 いやぁ、びっくりびっくり。

 それにしても、代表じゃない時間を得たのって、13年ぶりのこと。自分がまるっと革った感じがしました。

 また、やってみようかしら。けれど、決裁権が悪利用され、その期間に、「代表変更」の決定がくだされるかも。

 ・・・まあ、そのときはそのときだ。いちメンバーとして粛々と働くぞ。

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)、『パルプ・ノンフィクション~出版社つぶれるかもしれない日記』(河出書房新社)、新著に『ここだけのごあいさつ』(ちいさいミシマ社)がある。自分の足元である出版業界のシステムの遅れをなんとしようと、「一冊!取引所」を立ち上げ、奮闘中。 イラスト︰寄藤文平さん

編集部からのお知らせ

2019年9月7日(土)ディスカバー亀の町×ミシマ社 「ちゃぶ台」公開取材!

 福禄寿酒造16代目社長・渡邉康衛さんと、ミシマ社代表・三島邦弘のクロストークが秋田市のディスカバー亀の町にて開催されます!  今回のトークテーマは「ちいさいものづくり」です。
 福禄寿の渡邉康衛さんは、五城目町で330年続く酒蔵「福禄寿」で「一白水成」という今や押しも押されぬ人気のブランドを立ち上げた方です。
 雑誌「ちゃぶ台」vol.5では秋田を取材したミシマ社。そのミシマ社が、2019年7月に始めたたばかりの新しい取り組みが、「ちいさいミシマ社」という新レーベルです。その大きなヒントになったのが、なんと福禄寿の酒造りだったのだというのです。
 当日は「ちいさいミシマ社」はじめ、ミシマ社の本の販売もあります。
 ※なお、今回のディスカバー亀の町の内容は一部が「ちゃぶ台」Vol.5に掲載されます。

●日時 2019年9月7日(SAT) 13:30 会場 14:00 開演 15:45 終了予定
●料金 ¥1,500(1ドリンクつき) ※お席は先着30名となります、それ以上は立ち見となりますのでご了承下さい
●場所 ヤマキウ南倉庫 1F KAMENOCHO HALL KO-EN(秋田市南通亀の町4-15)
※当日、無料駐車場はありません。敷地内の駐車場はご利用いただけませんので、ご了承ください。お車でお越しの方は、近隣のコインパーキングなどをご利用ください。

DiscoverKamenochoとは、秋田市南通亀の町にある「亀の町ストア」に、いろいろなゲストをお呼びして、お酒をのみながらお話を伺う秋田式トークライブです。ご予約お待ちしております。

詳細・ご予約はこちら

「ちいさいミシマ社展」開催!

「ちいさいミシマ社展」

【会期】2019年8月21日(水)〜10月14日(月・祝)

【場所】スーベニアフロムトーキョー(国立新美術館 地下1階 
ミュージアムショップ )

【開館時間】10:00-18:00(金・土曜日は20:00 まで)
火曜日定休(祝日または休日に当たる場合は開館し、翌日休館)

【アクセス】〒106-8558東京都港区六本木7-22-2
東京メトロ千代田線乃木坂駅 青山霊園方面改札6 出口(美術館直結)

※ミュージアムショップへの入場は無料です。

詳細はこちら

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • 斎藤真理子さんインタビュー「韓国文学の中心と周辺にある

    斎藤真理子さんインタビュー「韓国文学の中心と周辺にある"声"のはなし」前編

    ミシマガ編集部

    ハン・ガンさんのノーベル文学賞受賞により、ますます世界的注目を集める韓国文学。その味わい方について、第一線の翻訳者である斎藤真理子さんに教えていただくインタビューをお届けします! キーワードは「声=ソリ」。韓国語と声のおもしろいつながりとは? 私たちが誰かの声を「聞こえない」「うるさい」と思うとき何が起きている? 韓国文学をこれから読みはじめる方も、愛読している方も、ぜひどうぞ。

  • 絵本編集者、担当作品本気レビュー⑤「夢を推奨しない絵本編集者が夢の絵本を作るまで」

    絵本編集者、担当作品本気レビュー⑤「夢を推奨しない絵本編集者が夢の絵本を作るまで」

    筒井大介・ミシマガ編集部

    2024年11月18日、イラストレーターの三好愛さんによる初の絵本『ゆめがきました』をミシマ社より刊行しました。編集は、筒井大介さん、装丁は大島依提亜さんに担当いただきました。恒例となりつつある、絵本編集者の筒井さんによる、「本気レビュー」をお届けいたします。

  • 36年の会社員経験から、今、思うこと

    36年の会社員経験から、今、思うこと

    川島蓉子

    本日より、川島蓉子さんによる新連載がスタートします。大きな会社に、会社員として、36年勤めた川島さん。軽やかに面白い仕事を続けて来られたように見えますが、人間関係、女性であること、ノルマ、家庭との両立、などなど、私たちの多くがぶつかる「会社の壁」を、たくさんくぐり抜けて来られたのでした。少しおっちょこちょいな川島先輩から、悩める会社員のみなさんへ、ヒントを綴っていただきます。

  • 「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    後藤正文

    本日から、後藤正文さんの「凍った脳みそ リターンズ」がスタートします!「コールド・ブレイン・スタジオ」という自身の音楽スタジオづくりを描いたエッセイ『凍った脳みそ』から、6年。後藤さんは今、「共有地」としての新しいスタジオづくりに取り組みはじめました。その模様を、ゴッチのあの文体で綴る、新作連載がここにはじまります。

この記事のバックナンバー

11月15日
第101回 明日の保証はないけれど
――韓国出版交流記(2)
三島 邦弘
08月27日
第100回 おもしろいは止まらない
――韓国出版交流記(1)
三島 邦弘
06月25日
第99回 父からの贈り物
(あるいは、「芸術と組織」考)
三島 邦弘
05月15日
第98回 時間を友だちにする 三島 邦弘
03月04日
第97回 遠くへ 三島 邦弘
01月23日
第96回 雑誌の特集は誰が決める?――読者・著者・編集者をめぐる一考察 三島 邦弘
12月21日
第95回 ここだけの2023年ミシマ社ふりかえり 三島 邦弘
10月05日
第94回 捨てない構想 三島 邦弘
06月24日
第93回 『ここだけのごあいさつ』――自著を告知できなかった理由について 三島 邦弘
04月19日
第92回 ぼけとやさしさとおもしろさと  三島 邦弘
12月22日
第91回 一冊!リトルプレスと定価について 三島 邦弘
08月27日
第90回 那須耕介さん、小田嶋隆さん、二人の遺稿集を編集してみて、今 三島 邦弘
02月21日
第89回 「さびしい」と共有地 三島 邦弘
09月17日
第88回 MIRACLE、ミラクル、みらいくる 三島 邦弘
02月09日
第87回 お金を分解する~「テマヒマかけたものをこの値段で」問題を端緒に 三島 邦弘
01月21日
第86回 遊び・縁・仕事 三島 邦弘
11月30日
第85回 ことばは自分に属さない 〜「生活者のための総合雑誌」を刊行してみて〜 三島 邦弘
07月21日
第84回 こどもも大人も遊ぶように学ぶ 三島 邦弘
06月20日
第83回 「価格破壊」から「価格創造」へ 三島 邦弘
06月08日
第82回 非常時代宣言―「ちゃぶ台Vol.6」を始める前に 三島 邦弘
04月29日
第81回 いま、出版社としてできること 三島 邦弘
04月05日
第80回 「布マスク2枚」でけっして得られない安定を 三島 邦弘
02月26日
第79回 一冊!取引所、はじめます。 三島 邦弘
01月01日
第78回 自分の足元から少しずつーー「思いっきり当事者」として 三島 邦弘
08月11日
第77回 社内クーデター勃発!? 三島 邦弘
05月29日
第76回 「ちいさいミシマ社」と買い切り55%がめざすもの 三島 邦弘
04月27日
第75回 編集者「捕手」論 三島 邦弘
03月28日
第74回 大義名分(笑) 三島 邦弘
02月27日
第73回 これからの出版社とこれからの書店 三島 邦弘
01月30日
第72回 ワタナベ城を落とすのじゃ! 三島 邦弘
12月25日
第71回 2期目の1年目を迎えて 三島 邦弘
11月29日
第70回 意味はわからない。けれど、やる。 三島 邦弘
10月28日
第69回 「これからの雑誌」はまだ誰も見たことがない 三島 邦弘
09月29日
第68回 紙の商業出版は、これから  三島 邦弘
08月18日
第67回 縮小しているのに成長している 三島 邦弘
07月29日
第66回 イベントが減り、営業の時代がやってくる説 三島 邦弘
06月29日
第65回 働く場所があってこそ 三島 邦弘
05月13日
第64回 当社調べ・世界初のシリーズ名 三島 邦弘
04月07日
第63回 得意な「かたち」を発見した日 三島 邦弘
ページトップへ