ミシマ社の話ミシマ社の話

第74回

大義名分(笑)

2019.03.28更新

 早いもので、この4月よりサポーター制度が7年目を迎える。

 「ちいさな出版社の運営をいっしょにお願いします」

 2013年4月、新卒第1号のアライ入社のタイミングで、こう謳った。自分で言うのもなんだが、あまりに愚直なお願いである。

 たしかに、不安はあった。

 会社、ちゃんと維持できるのかしら・・・?

 それまで「勘」だけで出版社を運営してきた。5、6人のメンバーのときはそれでよかった。編集者としての自分の働きと会社の実績が連動していたからだ。一冊一冊つくりこみ、そうした本が年に5、6冊出れば、まあ、大丈夫だろ。そう、根拠のない仮説をたてて、「間違いない」と断定することにした。

 ふしぎなもので、断定すると、「そんなものか」という気になり、実際、「そんなもん」となる(このあたりご興味ある方は拙著『計画と無計画のあいだ』をご高覧いただければ幸いです)。

 ところが、メンバーが7、8人になると、「自分の手」を完全に離れてくる。アライの入社は、まさにそのようなタイミングだった。

 しかも、新卒である。

 これまでは中途採用ばかりだった。中途入社組を見ても、学生から最初に入った会社に色濃く影響を受けているのがわかる。自身を鑑みても、同じことがいえる。裏をかえせば、新卒にとって、自分たちが「社会」のすべてとなる。すくなくとも一時期そうなるのは必定だ。

 責任重大である。

 その責任をおまえは背負っていけるのか? 威勢よく、「新卒採用します」なんて謳っといて、即解散なんてことは許されないぞ。若い子の人生がかかってるんだ。わかってんのか、おい! と誰に言われるわけでもなく、自分がいちばんわかっていたつもりだ。

 今から思えば、その不安を目一杯抱えた状態で、起死回生、土俵際のうっちゃり、とばかりに思いついたのが、サポーター制度だった。

 「わたくし、これまで勘で会社運営をしてまいりました。が、さすがに限界がきたようです。これからは、ちょっと無理そうであります。それで、厚かましくも、みなさまに頼りたく思いました。ぜひ、出版社の運営をともに支えていただければ幸いです」

 こうしてサポーター制度は始まった。

 大義名分は、「若いひとを育てる」。高齢化が進み、若手の門戸が閉ざされがちな業界にあって、新たな血がめぐることはこの産業の継続・維持には欠かせない。新卒採用にふみきった理由のひとつに、こういう思いがあった。

 もうひとつあげれば、東京一極集中はげしい出版業界にちがう可能性を見出したかったことがある。自分たちのばあい、京都という地で、専門出版社ではなく「ちいさな総合出版社」をめざした。

 出版界の継続・発展のための一矢。

 ずいぶんデカイ大義名分を掲げたものだ。もちろん、その思いにいっさい嘘はない。その通りである。が、その思いを声高に叫んだのは、不安の裏返しにほかならない。それだけ不安も大きかったからだろう。

 ・・・とは、すでに克服した者のコメントといえる。

 いやあ、あの頃、余裕がなかったね。あんなに、大きなこと謳っちゃったりしてさ。けどまあ、みなさんのおかげで、けっこう実現した気がする。京都を中心に会社がまわるようになったし。新卒も6年間で4人採用したし。その全員がすばらしい活躍をしているし。去年はいった新人ノザキは、『胎児のはなし』、『数学の贈り物』の制作でもとてもいい仕事をしたし。

 なーんてふうに自画自賛、全面肯定したくなるのは、きっと、大義名分を掲げた6年前と似た心境が再来しているからだ。

 そう、あらたな不安の渦中に私は今いる。

 なんとなれば、週明けには未踏の世界に踏み込むのだ。

 ひとつ、新卒採用メンバーの入社。ひとつ、中途採用メンバーの入社。ひとつ、自由が丘と京都合わせて13名の所帯に・・・。

 同日にふたりのメンバーが加わる。13名になる。ともに、ミシマ社史上初のことだ。

 だ、だいじょうぶか? ほんとうに大丈夫なのか?

 もし、経営コンサルタントみたいなひとに相談したらどう言うだろう。

 「えー、ひとを増やすということは、事業が拡大する前提ですよね? どんなふうに拡大するご予定ですか? それもですよ、2名増ですよね。2人増やすには、売上ベースでいくらのアップを考えたのでしょう?」

 ・・・沈黙。絶対的沈黙。なぜなら、いずれの問いにおいても答えようがないからだ。ただ、直感が働いた。ここで採用するほうがいい! という声にしたがったのみ。確固たる計算のもと動いたわけではないのだ。

 うちの方針を良心的にとらえてくださるコンサルタントの方であれば、こう言うかもしれない。

 「きっと、若手メンバーの成長を見込んでの採用ですよね。彼ら・彼女たちがこのまま力をつければ、自然の摂理のごとく、会社の業績もあがる。その上がった分でメンバーを増やす。そういうことですよね?」

 もし、そんなふうに言ってくれる方がいれば、両手を包み込んで、「ありがとう。ありがとう」と述べたい。なるほど、たしかにそうだ、という気になって、「はい、そのとおりです」と言ってしまいそうだ。だが、実際はちがう。そんなことを考えていたわけではないのだ。

 その代わり、というわけではないが、最近になって、すごい大義名分を思いついた。

 それは、こうだ。「どっちのゴールに入れてもいいサッカー」。

 いや、いたって真剣である。出版の仕事をサッカーに例えた瞬間、突如出てきた結論がこれだった。

 よく、仕事を野球やサッカーにたとえるおじさんがいるだろう。かく言う私も例外ではない。

 つい先日、スカイプをつないでの全体ミーティングをおこなっていたときのことだ。気づけばホワイトボードに縦長の長方形を書いていた。真ん中に横線を引き、中央に円を描く。縦長の長方形の上と下に小さめの横長の長方形をつける。むろん、サッカーのフィールドにおけるセンターサークルとゴールである。

 このとき、4月に中途入社するTくんの役割について話すつもりでいた。彼のミシマ社におけるしごとを説明するのに、サッカーに置き換えて話そうとした。くりかえすが、「気づけば」そうしていた。

 Tくんの採用は、「日本仕事百貨」を通じておこなった。その際、職務内容に「営業事務・経理」と明記した。そうして入ることになったTくん。当然、仕事内容は営業事務・経理である。ということは、全員全チームとはいえ、うっすらとあるミシマ社のチーム分けでいえば、「営業チーム」所属となる。すくなくともこの12年間、そうだった。

 だが。

 とふと考えたのだ。

 彼には重大な任務が待っている。詳しくは「ワタナベ城を落とすのじゃ!」を読んでいただきたいが、要点をいえば、請求業務をはじめとする営業事務のやり方は、現時点では化石時代のものといえる。そうしたいっさいを「現代」にまで引き上げてほしい。12年間、ワタナベさんのマンパワーによって対応してきたその業務は、建て増しにつぐ建て増し住宅、つまりは、ひとたび踏み入れれば二度とは出られぬ不気味な城と化してしまっている。そこには魔物が棲んでいるという噂さえある。むろん、ワタナベさんの意思を離れて、そうなったのだ。本来得意ではない仕事を彼が引き受けやってくれた結果、いつしか城が人格をもって機能するようになった。

 まさか。とわたしも思う。なにが、魔物だよ・・・。だが、万一、を考えざるをえない。

 万一、二カ月を費やして入社してもらうことになったTくんが魔物にやられてしまったら!?

 その痛みが会社に大きなダメージを与えるのは火を見るよりも明らかだ。

 それを避けるにはどうすればいいか? そう考えたとき、思いついたのだ。

 「よし、Tくんは編集チーム配属としよう!」

 営業事務という職務にもかかわらず、編集チームに属する。なるほど、こうすることで、まったく新しい空気のなかで、まったくあたらしい営業事務のあり方を築けるのではないか。13年前、出版の中心地からすこし離れた自由が丘という場所でミシマ社をはじめたように。8年前、さらに遠くの地、京都で出版社を営もうと思ったように。

 そのことを発表しようと思ってホワイトボードに向き合ったのだった。

 「編集の現場が、ここ。フォワードとしよう。前線にいて、点をとる。僕たち編集者はこういう動きをしているわけだけど、Tくんには、このあたりにいてもらいたい」

 そう言って、センターサークル付近にTと書いた。

 「ポジションでいえば・・・」

 と言ったとたん、言葉に詰まった。ポジション? そこまで考えていなかった。なぜならサッカーにたとえる予定などこの瞬間まで皆無だったからだ。

 (どうしよ、どうしよ、みんなじっと見てる。俺のひとことを待ってくれている)

 困った。

 と冷や汗が流れそうになったとき、口が先に動いていた。

 「ぼ、ぼ、ボランチ!」

 ええ〜、という声とともに笑いが起こった。まあ、言った本人もなんだかおかしかった。こいつ何言ってんだ、と思いながら出てきたひとことだった。

 「で、営業は・・・」と言ったものの、また困った。

 編集を前線に置いてしまっていたからだ。編集3人がフォワードでTくんがボランチだとすれば、営業と仕掛け屋メンバーは、必然、ミッドフィルダー、ディフェンダーとなる。けれど、どう考えても、営業こそ点取り屋であろう。とすれば、この絵は根本から間違っていることになる。

 困った、困った。

 とそのとき、今度は口ではなく、ペンをもった手が勝手に動いた。○を四つ描く。長方形の下半分の位置に。つまりは、それはディフェンダーということか。

 「営業メンバーは、ここ。ここでフォワード」

 そして、その○からシュートの線を引いた。長方形の一番下にくっついた横長の長方形ゴールに向かって。

 「こっちにシュートを決めるんや!」

 「えええ〜」。たしかに、むちゃくちゃだ。「オウンゴールじゃないですか」と誰かが言った。

 なるほど、2019年3月某日現時点では、これをオウンゴールと呼ぶ。紛れもなくそうだろう。

 しかし。

 私は、即座に否定して言った。「いや、こっちがゴールやねん」

 「えええええ!」。先ほどよりはるかに長い「えええ」が起こった。その声を耳に入れつつ、私は自分の言葉に触発されていた。

 「そうか、なるほど」とうなずいた後、「どっちに決めてもいいんや」と言い放った。

 「というか、なんでこっち(上のゴール)に決めなあかんの。敵がいるから? 敵ってなに? 敵なんかほんとうはいない。いると思い込んでいるだけで!」

 この瞬間、「どっちのゴールに入れてもいいサッカー」が誕生した。それは近代サッカー史の歴史を塗り替える瞬間でもあった。

 ちなみに昨年入社のモリくんは、スポーツというスポーツをまったく知らない。このミーティングのあと、「ところでボランチってなんですか?」と訊いてきた。うむ。それはね、と答えてみたものの、フォワードとミッドフィルダーとディフェンダーの違いすら知らなかった。

 なるほど。大発見のように語ったこの発表のすべてが理解されていなかったことが判明した。

 けど。

 それでいいのだ。

 なぜなら、僕たちのしごとはサッカーじゃない。出版なのだ。

 営業事務と言われる仕事を編集チームのボランチに据える。同時に、「どっちのゴールに入れてもいいサッカー」を始める。このような大義(*注)を掲げて、まもなく4月を迎える。かなりの大義名分であることは間違いない。笑って迎えようと思う。

 注:この大義に多少の不安をおぼえられたサポーターご検討の皆さまへ。先日、「これからの出版社とこれからの書店」で宣言したように、地に足ついたかたちでのあたらしい出版活動もおこなう予定です。何卒お力添え賜れば幸いです。よろしくお願い申し上げます。 

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。「原点回帰」を標榜した出版活動をおこなっている。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)がある。

編集部からのお知らせ

2019年度ミシマ社サポーター、募集中です。

 ミシマ社では、日々の出版活動を応援してくださるサポーターを募集しております。2013年に「サポーター制度」が始まって以来、サポーターのみなさまといろんな活動をご一緒してきました。「サポーター制度」についての考え方は、下記をご一読いただけますと幸いです。

サポーター制度について

 また、サポーター制度の具体的な活動について知りたい方は、こちらをご覧ください。

具体的な活動をもっと知る

 現在、2019年度のサポーターを募集しております。サポーター期間は2019年4月1日〜2020年3月31日です。ミシマ社メンバー一同、これからもっとおもしろいことを、サポーターのみなさまとご一緒できたらうれしく思います。お力添えをいただけましたら幸いです。

イベント情報

4月にミシマ社代表 三島邦弘が登壇するイベントが開催されます。ぜひ足をお運びください。

大人のための数学講座 番外編「おくればせながら『数学の贈り物』刊行記念講座」

◾️講師:森田真生/スペシャルゲスト:三島邦弘(ミシマ社代表)
◾️日時:2019年4月21日(日)
 開場・受付・物販 12:00~、講座13:00‐17:30 途中休憩あり
◾️場所:ピアノバー クラブアドリアーナ
名古屋市中区葵1-27-37
◾️参加費:大人 5,000円、学生 2,500円
◾️定員:50~60名
◾️主催:一本ゲタ大使館

詳しくはこちら


寄り道バザール vol.11

今回は『数学の贈り物』を出版したばかりの森田真生さん、『数学の贈り物』をはじめ数々のミシマ社本の装丁をしてくださっている寄藤文平さん、そしてミシマが登壇するという、ミシマ社とご縁の深いイベントです。

第1部 「偶然の宴」森田真生
第2部 「おお! すおうおおしま」寄藤文平×三島邦弘
「島の人たちがつくったガイドマップ」を一緒に作ります。寄藤文平さんがイメージのイラストを作ってくださいました!

◾️日時:2019年4月28日(日)
◾️場所:周防大島・八幡生涯学習のむら
山口県周防大島町久賀1102-1
◾️主催:YORIMICHI BAZAR

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