ミシマ社の話ミシマ社の話

第68回

紙の商業出版は、これから 

2018.09.29更新

 ミシマ社の本をよく読んでくださる方のうちには、まったくネットを使わないという方が多数います。事実、ミシマ社サポーターからときどき、「ミシマガジンはネットで見たことないですが」といった一文を添えたはがきを頂戴することがあります。なので、ここで書く文章がどれほどそういう方々のもとへ届くのか、いささか不安ではありますが、現時点ではほかに手段もなく、口伝えなどで届くことを信じて書く次第であります。

 ネット上には、もう78年くらい前からでしょうか、ツイッターというものがあり、私も利用しています。

 ユーザーの顔写真や好きなイラストなんかをアイコンにして、ツイートする(つぶやく)たびに、そのアイコンとともに文章が表示されます。いってみれば、そのアイコンが発言者の代理の役割をするわけです。ツイッターの世界においては、アイコンこそがそこの住人といえます。

 その自分の分身とも言えるアイコンが、先日、突然変わってしまいました。これまでミシマ社の顔ロゴにゲバラ風の帽子をかぶせたものが、私のアイコンでした。このアイコンは、学生時代にミシマ社で働いてくれていたTさんがつくってくれたものでした。

 そのロゴアイコンが消え、なんだか奇妙なアイコンになってしまったのです。

 ちょうど、『凍った脳みそ』のことでやりとりをしていた後藤正文さんからは、「へんなバイキンかと思った」といわれました。まったくその通りで反論の余地もない。

 ところで、この1週間ほど出版をとりまく状況は騒々しいものでした。ここでそのことそのものに触れるつもりはありません。ただ、気にかかることがあったので、申し上げずにはいられなくなりました。

 声高に、ではなく、おさえた声で、けれど届くひとのところにはしっかり届く、通る声で申し上げたいと思います。

 はい。

 商業出版はまだまだ大丈夫ですよ~、ご心配なく~。

 これだけは言っておきたいと思ったのです。

 というのも、何かが起こるたび、その一点をもって「もうダメだ」「紙の出版の世界は終わりだ」、ひいては「ネットにとって代わる」などのずいぶん乱暴な飛躍した話が飛び交うのを目にするからです。

 そんなに簡単に結論を出さないでくださいよ。そう思わないではいられません。

 そこで身体をはって、誇りをもって、愛を持って、その道を歩んでいる人たちがいるのです。私の知るかぎり、そうした人たちがいっぱいいる。規模の大小を問わず、思いをこめたしごとをしている人たちが大半だと思っています。

 にもかかわらず、そうした人たちの日々を「ない」かのごとく、「紙の出版という媒体そのものが終わり」的な発言が散見されます。

 もちろん、私とて業界の空気がいいとはまったく思っていません。むしろ、かなりやばい、という危機感を募らせています。だからこそ、会社をたちあげ、「これまで」とは違う道を歩むことをしてきたわけです(おかげさまで、今月末でまる12年になります)。

 なんとか、終わりにしないため、次の時代へバトンをつないでいくため、日々地道に淡々と道なき道を歩んでいっている。そんな人たちが私のまわりには少なからずいます。

 その行為は身を挺したものであり、吹けばすぐ飛ぶトタン屋根のようなもの。そこで風雨をしのぎながら、どうにかこうにか、日々のやりくりをする。それでも屈することなく、前を向いていけるのは、自分たちが接する対象(つまり紙の出版物)への愛があるから。そして、それがずっと残っていることを心底願っているから。

 きっと、何か起こるたび、安易に、「もうだめだ」といった発言をする人たちって、ほんとのところでは、紙の出版というものへの愛がないのだろうな。

 というのが本音ですが、そこについてとやかく言うことは控えます。

 読み手であれ作り手であれ届け手であれ、本を愛する人すべてのたちに向けて、どうかそうした言葉に惑わされないでいてほしい、ということだけは申し上げたく思いました。

 これまで通り、自分がおもしろいと思う紙の出版物をつくり、届けていきましょう。そして、それを受け取っていただければと望みます。その先には、もっとおもしろい紙の出版の世界が待っている。きっと、そうにちがいありませんから。

 この4年間、『ミシマ社の雑誌 ちゃぶ台』を通じて毎年お会いしている方が周防大島にいます。農家の宮田正樹さん(52歳)です。宮田さんが農業に向かわれる姿勢に、どれほど支えられてきたかわかりません。今夏お会いしたときうかがった言葉も私の背骨の一部になるような心強いものでありました。

「自分で食べておいしいというものをみなさんに出したいと思っとってですね」(2018/10/19刊行予定の「ちゃぶ台Vol.4」収録)

 「自分がひとりの受け手として「いい」と感じるものを」

 これこそが、食物の栽培・育成やものづくりをはじめ、何かをつくることの「原点」にあるはず。裏を返せば、その原点なきものづくりが横行しているとすれば、それは大いなる問題と言えます。

 私の捉え方でいえば、現状の出版という世界にはびこる問題は、そこにあります。

 つまり、紙の出版という「媒体」の問題ではない。そうではなく、「原点」なき本づくり、雑誌づくりが、おこなわれているのではないか。その問いをせずに、媒体の問題にすり替えてしまってはいけないと思います。

 原点に忠実でいさえすれば、商業出版としてちゃんと成立する。

 この一週間、ずっと考えてきたなかで、そのことをはっきり申し上げることを決意しました。「大丈夫」「なんとかやっていける」といったことは、これまであまり外に向けては言ってきませんでした。その理由のひとつは、自分たちが別に成功しているわけではないという「うしろめたさ」があったからです。たまにインタビューを受けることがあっても、「あくまでも自分たちの場合、たまたまうまくいっているところもあります」といった表現で語るようにしてきました。実際、いまも自分たちのやり方に普遍性があるとは思っていません。特殊解にすぎないと思っています。

 けれど、紙の出版を愛する人たちが不安な思いに陥っている現状を見て、そういう方々へ向けて、少しでも支えになるのなら声を発したいと思いました。原点に忠実であることと紙の商業出版であることには、普遍性があるはずですから。

 技術力も組織の力も微々たるものではありますが、「自分が読んでおもしろいと思う本をお届けする」、その一点だけは貫いてきたつもりです。それも、もっとも自分が愛を込めることのできるかたち、すなわち紙の本というかたちでお届けする。現に、ミシマ社の本はまだ一冊も電子書籍にしていません。紙質、デザイン、文字組など、すべての面においてもっとも伝わるかたちとして紙の本に仕上げているのに、それを劣化した状態である電子書籍にして自社の本を読者のもとへ届けたいとは、いまだにどうしても思えない(ただ、海外の読者の方から、「手に入らないより、劣化した状態であれ読めるほうがいいです」というお便りをいただくたび、揺れ動きますが)。

 その結果(かどうかはわかりませんが)、出版点数を増やすことなく、毎年、ほんとうにすこしずつではありますが伸びています。これまで新卒メンバーを4人、採用することもできました。まだ12年ではありますが、原点を守りつつ、紙の商業出版で、次世代へ継いでいく流れができつつあります。

 もちろん、大きな深い流れのほんの滴(しずく)程度の存在でしかないのは重々承知しています。ただ、こっちの滴が流れる川のほうには、けっこう気持ちのいい空気が流れている。そして、ちゃんとやっていけますよ。このことだけは申し上げたいと思いました。

 近い将来、日本中の本屋さんの空間に、作り手一人ひとりが「自分が読んでおもしろいと思った本や雑誌」で溢れかえっている。そんな光景が訪れることを願ってやみません。

 まあ、こんな姿になった人間の実感と願いではありますが。

mishima_icon.jpg

*このアイコンになった理由は『ちゃぶ台Vol.4』の「編集後記」に記しました。 

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。「原点回帰」を標榜した出版活動をおこなっている。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)がある。

編集部からのお知らせ

【イベント】もっと菌を!? ミシマ社が考えるこれからの10年@東京都・荻窪

『ちゃぶ台Vol.4』の発売日に編集長三島邦弘によるトークイベントを開催します。

開催日:2018年10月19日
場所:本屋Title

詳しくはこちら

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