ミシマ社の話ミシマ社の話

第103回

ミシマ社10大ニュース(2025年版)

2025.12.26更新

 今年ほど変化の大きい年はなかったのではないか。と書いてみて、近年、とりわけコロナ以降、ほぼ毎年末、同じ感慨を抱いている気がする。ただ、決定的に違うのが、いいほうに変化したことだ。それはなぜ可能だったか?
「ミシマ社10大ニュース」2025年版を記し、その理由を探ってみたい。選考基準は、「初もの」かどうか。つまり、ミシマ社にとって初めての出来事であることを前提とする。また、数字はインパクトや影響力ではなく、あくまでも時系列であることを断っておく。

<目次>
1 『新版』と『新』
2 新卒メンバーから初のリーダー誕生
3 営業ニシカワ君入社
4 システム開発
5 ちゃぶ台フェスティバル
6 MSカレッジ第0回
7 『中年に飽きた夜は』大ヒット
8 創業20周年記念の刊行物
9 ミシマ社本14冊+1
10 ?        * 答えは最後に!

1 『新版』と『新』

 本年最初の刊行物は、万城目学『新版 ザ・万字固め』。2013年刊の『ザ・万字固め』に直木賞受賞にまつわるエッセイなどを増補し、装い新たに発刊した。同じく2013年にミシマ社編著で出していた『仕事のお守り』も新版を出した(7月刊)。こちらは、増補ではなく、8割近く内容を一新しての「新」である。尾崎世界観さんに書き下ろしていただいた小説「とラスト」も収録。共通するのは、どちらの本も「在庫僅少」となっていた点だ。「絶版を出さない」を創業期から掲げてきたが、刊行点数が200を超えた頃から、経営的に難しくなっていた(詳しくは別の機会に)。今後は、これかも「一冊」に入魂しつづけるためにも、必要な新陳代謝ととらえて、絶版もつくっていく。そうした中で、絶版にせず、かといって増刷するわけでもない残し方としての『新版』&『新』。この試みは、出版社として、ひそかに大きな一歩と感じている。

2 新卒メンバーから初めてリーダー誕生

 ミシマ社の社員は、いち現場から始まり、準現場監督、現場監督、リーダー(1、2・・・)と役職があがっていく。過去、新卒メンバーでは一人もリーダーになった人はおらず、現場監督止まりであった。今年、入社8年目ノザキが新卒として初めてリーダーとなった。これは、これまでなかった道を切り拓いたことを意味する。道なき道をいくことのむずかしさは、実際に通った人にしかわからないもの。側から見るより、はるかに困難と言える。その道を手探りであゆみつつ、後輩たちがつづけるよう、今がんばっている。その姿に最大級の敬意を表したい。

3 営業ニシカワ君入社

 昨年の後半時間をかけて採用活動をした。そのなかで、全員一致で来てもらうことになったのがニシカワ君だ。ミシマ社は創業以来、一冊入魂を掲げており、その活動は、本づくりと営業の両方が支えている。出版営業は、地道で、タフな仕事だ。営業先である書店の現場もけっして楽な状況ではない。そこへ日々、元気に、積極的に、訪問する彼の姿勢は、すくなくないエネルギーを会社に与えている。

4 システム開発

 ミシマ社は書店と2007年6月より直取引をおこなっている。いわゆる取次を介さず、一冊入魂して制作した本たちを、ミシマ社倉庫から書店へ直接お送り。そのメリットははかりしれない。業界返品率の半分以下で抑えられているのも、この方法を採用しているからこそ。なにより、現場の書店員さんの「意思」による注文があって初めてお送りしていることが大きい。ひとりの書店員の力があってこそ、書籍は読者のもとに届く。そうした意思が反映されにくい仕組みの上では、売れていいはずのものも届かない。この仮説のもと「直取引」を採用しているのだが、問題はバックヤード方面にあった。言い出せばきりがないが、たとえば、倉庫への伝票作成ひとつとっても、原始時代かと錯覚するような行為を20年近くつづけてきた。A書店から電話やFAXや一冊!取引所などで注文がくる。送り先、商品、注文数などを伝票に明記し、倉庫へその伝票データを送る。当然のこのやりとりが、ずっと困難であった。この作業ができるのは、ミシマ社自由が丘オフィスの一台のパソコンだけ。リモートワークなんて、夢のまた夢。それが偶然、今年のはじめにあるシステム開発の会社と出会い、いっきに開発まで携わってくださり、この11月より運用開始にまで至った。今ではスマホからでも作業ができる。文字通り、世界が変わった。

5 ちゃぶ台フェスティバル

 書店と出版社が共同でおこなうイベントの限界値を超えた。詳しくは、拙連載「共有地よ!」(Re:Ron、第3回)および『ちゃぶ台14』の特集をご高覧いただければ幸いです。社内的には、現場監督のスガ君がはじめてこの規模のプロジェクトの責任者となって、完遂したこと。来年、彼がリーダーになれるかどうか、とても楽しみだ。

6 MSカレッジ第0回

 こちらも「共有地よ!」第4回に詳しく記しました。

7 『中年に飽きた夜は』大ヒット

 最大初版部数でスタートした本書、瞬く間に4刷4万部に。もちろん、弊社最速の記録です。益田ミリさんの描き下ろし作品ですが、圧巻の内容。時代と世代を超えて読み継がれる名作であるのは間違いありません。日々届く読者ハガキの数もすごい!

8 創業20周年記念の刊行物

中年に飽きた夜は』(10月刊)につづけて11月に出たのが、絵本『ゆっくりポック』(作・益田ミリ、絵・平澤一平)。いずれも、ミシマ社創業20周年記念として発刊しております。これから2年かけて、同記念書籍が5冊ほど出る予定。ちなみに、『ポック』は作者お二人にとって「初」となるシリーズ絵本でもあります。

9 ミシマ社本14冊+1

 12月刊の雑誌『ちゃぶ台14』を含めて、今年は14冊を刊行しました。すべての本が「最高」と断言できる内容と形に。加えて、もう一冊、編集した市販本があります。それが、『新米マネージャー、最悪の未来を変える』。倉貫書房という出版社から来年2月5日に発売。その編集を途中段階からですが、ミシマ社が担当。倉貫書房とは、実は、上記4で挙げたミシマ社のシステムをアップデートしてくれた会社ソニックガーデンの出版部門だ。企業内に出版社をつくる。そのお手伝いをするという試みに関われたのは、これからの出版活動においても大きなヒントになった。来年以降、数社の会社とも同様のしごとに携わりたいと思っている。

10 ?

 目次の「?」、なにももったいぶることはない。答えは、「自分たちの強みと弱みがわかったこと」。20年目に入り、後ろをふりかえれば、後続がいなかった。ミシマ社のように社員が10名もいるような独立系の出版社がほぼ見当たらない。書店への納品が取次経由という違いはあるが、ライツ社さん(10年目、約7名)くらいだろうか。この現実に対し、個人的には複雑な思いを抱いている。というのは、創業まもない頃から、「ちいさな小舟がいっぱい浮かぶように」ちいさな出版社がいっぱい生まれる。その必要性を謳ってきた。実際、「ひとり出版社」という概念ができるほど、ちいさな出版社が誕生した。そのこと自体は手放しでうれしく思っている。が、「ひとり出版社」だけでは業界が置かれているきびしい環境を抜け出せない。そう感じているのも事実だ。書き手、デザイナー、校正者、書店員・・・関わる人たち全員が出版業を「商売」にするには、出版社が編集、営業、事務、各仕事を充実させるための「ある規模」がどうしても必要だと思う。出版を商売ととらえ、ある規模をもつ出版社がどうしてこれほど出てきていないのか? この業界では構造的にもう無理だから。そうなのかもしれない。けれど、まだ諦めたくないのだ。具体的には、ふたつの方法を共有財産として使ってもらえるよう、すこしずつ公開していきたい。ひとつは、4で記したシステム開発で見えてきた「直取引」の現代版を「一冊!取引所」と協働して、広く使えるものにしていくつもりだ。もうひとつは、ミシマ社の強みである「チーム編集」のノウハウを、9で述べた企業内出版社はもとより、これから出版社をつくろうという人、編集の仕事に携わりたいと思っている人たちへ、ちょっとずつシェアできればと考えている。なお、チーム編集のひとつの結実が、藤原辰史さん&京大KURAというチームと制作している「京大マガジン」となって、来年3月に出る予定だ。

**

 上記以外にも「初」のことは多かった。とても一回では書ききれないので、来年おいおい。

 この一年をひとことで言えば、激動を乗り切った、という感想がもっともしっくりくる。いいほうに変わることができた。この年末、そう思えていることを素直に喜びたい。
 こうした実感に至ったのは、間違いなく、ミシマ社サポーターの方々がいてくれるからこそ。そして、サポーターにはなってもらっていなくとも、普段からミシマ社の本を買って読んでくださる読者の皆さんのおかげです。いつも本当にありがとうございます。
 来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)、『パルプ・ノンフィクション~出版社つぶれるかもしれない日記』(河出書房新社)、『ここだけのごあいさつ』(ちいさいミシマ社)、新著に『出版という仕事』(ちくまプリマー新書)がある。自分の足元である出版業界のシステムの遅れをなんとしようと、「一冊!取引所」を立ち上げ、奮闘中。 イラスト︰寄藤文平さん

編集部からのお知らせ

ミシマ社サポーターを募集しています

 ただいまミシマ社では、2026年度の出版活動を応援してくださる「ミシマ社サポーター」を募集しています。
 サポーター制度は、「ちいさな総合出版社」として一冊入魂の出版活動を続けるための制度です。皆さまからいただいたご支援は、本をつくり、読者に届ける活動を通して循環していきます。

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 一年間、ミシマ社の出版活動をサポートいただきます。年度ごとの更新で、サポート期間中はミシマ社から毎月ささやかな贈り物(下記参照)をお届けいたします。

【サポート期間】2026年4月1日~2027年3月31日

【サポーターの種類と特典】下記の三種類からお選びください。特典は、2026年4月より毎月に分けて、一年間お届けいたします。(特典の内容は変更になる場合もございます)。

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 2025年度は、サポーターさんとミシマ社メンバーが直接交流する「サポーターDAY」を開催し、特別な時間となりました。当日の模様を、新人のニシカワがミシマガでレポートしております!

 詳細・お申込みについては、下記をご覧くださいませ。
 来年度はミシマ社創業20周年の年でもあります。サポーター制度を通して、多くの読者の方々とお会いできることを心より楽しみにしております。

詳細・お申込み

ミシマ社ラジオで忘年会の様子をお届けしています!

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 ミシマ社のポッドキャスト「ミシマ社ラジオ」。本日(2025年12月26日)、第30回「ミシマ社京都オフィス全員集合!」を公開しました。今年最後ということでミシマ社京都メンバーの忘年会の様子をお届けします。
 今年3月入社の営業ニシカワをゲストにいろいろとお話を聞く予定が、フジモト家の寸劇がはじまったり、なんだかいつもとちがう雰囲気に・・・。
 新刊『ちゃぶ台14 特集:お金、闇夜で元気にまわる』の話もしっかりしております。本誌の制作を通して、ミシマがウィー東城店の佐藤友則さんから学んだ「引き算の経済」とは?

聴きにいく

ミシマ社の本屋さん、久しぶりに限定オープン!

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 出版社・ミシマ社が運営する京都オフィス併設の小さな本屋「ミシマ社の本屋さん」は、2020年4月より休業、2022年7月をもって営業を終了していました。このたび、およそ3年半ぶりに実店舗での営業をします! ぜひお立ち寄りください。

日程:2026年1月30日(金)
時間:13:00〜18:00
住所:〒602-0861 京都市上京区新烏丸頭町164-3

ご利用可能なお支払い方法:現金のみ
駐車・駐輪について:自転車は駐輪スペースがございます。お車は、近隣のコインパーキングをご利用ください。
お問い合わせ:075-746-3438(ミシマ社京都オフィス、平日10:00〜18:00)

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