ミシマ社の話ミシマ社の話

第65回

働く場所があってこそ

2018.06.29更新

 のっけからこんな話もどうかと思いましたが、現時点で、僕の頭を占めているのがこればかりなのでしかたありません。

 いったい全体、ミシマ社京都オフィスはこれからどこでどんなふうに運営していけばいいのか?

 いえ、なにも大きなトラブルを起こしたわけではありません。

 まして事業として行き詰まったわけでもまったくない。仕事はある。本作りは、控えめにいっても順調といっていい。営業活動だって、わるくない。一階で週一オープンする「ミシマ社の本屋さん」も、いい感じ。仕掛け屋は、爆発的活躍をしている。日本全国からサポーターの方々に支えてもらってもいる。どこからどうみても、仕事そのものに、問題はない。

 にもかかわらず、このままいけば、仕事ができなくなる・・・?

 つい2日前のこと。

 不動産屋から連絡がありました。

「あの〜、いま借りておられる物件ですが、再契約はありません。ほんとは契約が切れるこの6月で出ていってもらわなければいけない。けど、それは殺生と私たちががんばって交渉した結果、大家さんから猶予をもらいましたよ。あと半年。なんと、あと半年いていいんですよ。いやあ、いい仕事するでしょ、わたしら」

 という趣旨の連絡があったのです。

 むろん、口調は違うし、「いい仕事するでしょ、わたしら」なんて発言はこれっぽっちもありません。けれど、「こう」はならないよう、早めの交渉を希望してきた私たちには、こんなふうに聞こえたのでした。

 京都オフィスのある一軒家は、もともと定期借家契約です。契約年が過ぎれば出ていかなければいけない物件です。通常の賃貸と違って、自動更新にはならない。基本は期限が来たら「出る」。これが定期借家の契約です。それは私も十分認識していました。認識していればこそ、半年前という早い段階から問い合わせをしたのです。

「できれば、そのままここで事業をしたいので、再契約させてもらえませんか?」

 これに対し、不動産屋の担当者は、「はーい、わかりました。たぶん大丈夫じゃないっすか」とえらく軽い感じでのたもうたそうです。その時点で問い合わせは総務担当のミシマA(女性)がおこなっていました。

 それから数カ月が経過。この間、音沙汰なし。

 しびれをきらしたAがプッシュの連絡を入れると、「まだ問い合わせ中です」との返答。

 それからまた連絡なし。再度のプッシュ。すると、「再契約できる物件ではありません」と軽くあしらうような応答。

 さんざん待たした挙句、それはないだろ! と京都オフィスの現場をまとめている最古参ワタナベが、交渉に出ることに。

「こっちは事業をやっているのです。ずっと連絡なく、その結果が再契約なしはないでしょう」

「では、もう一度交渉します」と担当者はふたたび持ちかえる。

 しかし、それからも何週間も連絡は来ず、こちらから電話を入れると、「退去期間を3カ月延ばしてもらいました〜」といかにも軽い調子で答えてきた。

 は? 空いた口が塞がらないとはこのことです。

 不動産屋とすれば、3カ月も猶予があるからその間に引っ越し先見つければいいでしょ、ということなのでしょう。

 けれど、「そういうこと」ではありません。

 私たちは、この場所で事業をおこなっているのです。いうまでもありませんが、ここで遊びをしてるわけでも、サークル活動をしているわけでもない。

 今年初めの時点で、はっきりとした答えをもらわないかぎり、事業に大きな差し支えが出るのは当然のことでした。6月以降退去せねばいけないのと、そのまま借りられるのとでは、状況がまるで違う。再契約の保証が得られないことには、仕事がたちどころに滞ってしまう。たとえば、益田ミリさんの「今日の人生」かもがわおさんぽ展というのが、4月20日から約1カ月ありましたが、このような展開は場所があってこそ可能。まさに「きんじよ」な、いしいしんじさんの本の発刊を控えていたり、この地ならではの展開・展示が増えるのは明らか。そんな状況下、再契約できなければ、すべての前提が崩れてしまう。

 1年後はおろか半年後、そこで事業ができる保証がないなかで、いったいどんな事業ができるというのか。いくら「計画と無計画のあいだ」で生きているとはいえ・・・。というか、あくまでも「あいだ」であって、半年後の事業場所は未定です、なんてのは無計画でしかない。そしてそれを「よし」とする代表であれば、とっととその代表は辞任するべきだ。そいつぁ、無計画を通り越して「無責任」というものだ。と僕とて考えた。

 ところが・・・。さんざ待たされた挙句の最終通告が、「年内まで」だったのです。

 不動産屋さん、ちゃんと仕事をしましょうよ。

 他社の事業を支えているという意識をもっと持ってくださいね。

 今回のことを通して、こう思わないではいられませんでした。

 が、きっとこの言葉はそのまま自分たちに返ってくるはずです。ブーメランのような旋回を経て、自分たちの胸元にズバッ、と。

 いい仕事をしなきゃ。自分たちのひとつの判断や行動が、かかわる人たちの生活や事業を支えているのだーー。

 そして同時に強く思いました。

 とはいえ、場所が確保されていないといい仕事だってできないよ!

 昨日の朝、京都オフィス退去のことをツイッターで報告しました。

 そうしたら、ツイッター上で多くの方々に心配してもらいました。また、ご近所からも「ええ〜」「近くにいてください」と声をかけてもらったりもしました。

 ありがたい・・。

 その日の夕方。バッキー井上さんから電話がありました。京都オフィス退去の報を受け、心配してくださったのでしょう。と思って電話に出ると、

「物件、どのあたりがいいの?」

「(家賃の)上限は?」

「おん、わかった。聞いてみるわ」

 といきなりバッキーさんは「次」を見据えた話をします。

 15分後。

「街中でもいい? 」

 え? も、もう当たってくださったんですか?

「ミシマ社、プライオリティ高いわ」

「三島くんが日本に帰ってくるまでに、ええとこ、いくつか見つけとくわ」

 実は、いま私はパリ行きの飛行機内でこれを書いています。約10日後に帰国するのですが、それまでにいくつか見つけてくださるというのです!

(バッキーさん、ありがとうございます・・・)

 最近、バッキーさんが「歴史に残るフレーズ」を見つけたそうなのですが、それがこれ。

「ラッキーよりハッピー」

 はあ、なんだか奥深い。意味はわかるようでよくわからないものの、そう感じていましたが、その電話をもらい僕は確信しました。

「バッキーがラッキー」

 きっと幸運が待っている。京都オフィスの先行きは現時点ではわからぬものの、きっとラッキーが訪れるにちがいない。そしてその先にはハッピーがあるだろう。なんだか不思議とそんなふうになる気がします。まあ、まったく根拠はありませんけれど。

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)、『パルプ・ノンフィクション~出版社つぶれるかもしれない日記』(河出書房新社)、新著に『ここだけのごあいさつ』(ちいさいミシマ社)がある。自分の足元である出版業界のシステムの遅れをなんとしようと、「一冊!取引所」を立ち上げ、奮闘中。 イラスト︰寄藤文平さん

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