第83回
「価格破壊」から「価格創造」へ
2020.06.20更新
「価格破壊!」「他店より1円でも安く」・・・いつしか、こうしたキャッチコピーを見ることに慣れてしまった。またか、と思うばかりだ。そうした消費者心理をはかったかのように、近年では、わざわざ強烈なコピーで訴えかけてくることが減った。その代わり、ネット検索をすれば各商品、サービスの「最安値」が出てくる。まるで、最安値は価値であることに疑いをもつ人などいないかのように。それほどに「最安値」は私たちの生活にすっかり浸透してしまった。
だが、価格が低いことを手放しで喜んでいいのだろうか?
私は経済学者ではなく、ものづくりに従事する者である。その立場から実感こめて申したいが、価格を下げれば、何かを削らなければいけない。たとえば、一冊の本の価格を下げるには、原価のうちの何かを削減することになる。原価とは、用紙代、印刷代、製本代、稿料、デザイン費、校正費、などだ。そのどれかを削ろうとすれば当然、一冊の品質は落ちる。あるいは、原価を維持したまま、価格だけを抑えようとすればどうなるか。言うまでもなく、原価率があがり、ものづくり会社の利益が圧迫される。それは最終的に、そこで働く人たちを苦しめることになる。
値段を下げれば、必ず、どこかに、しわ寄せがくる。
誰かが損をする。
思い切っていえば、こうなるだろう。
そして、さらにつけくわえるならば、「こんなことを続けていたら、社会はどんどん劣化する」。
*
反省とともに思う。
自社のこの数年をふりかえり、すこし無理をしすぎたと痛感している。「書店との共存」を謳い、昨年「ちいさいミシマ社」というレーベルをたちあげた。薄利多売から適売適利の構造へ。そういう思いから、卸率を55%とした。一冊2割ほどの利益に対し45%の利益が書店側に残るようにした。
だからといって、品質を下げるようなことはしたくない。原価を削ることなく卸率を下げる。そうすれば当然、自社の利益が減る。わかっていたことだが、実際にそうなった。
また、エンジニアの人たちと別会社をつくって進めている、「一冊!取引所」。6月1日からサービスが本格スタートした。まだまだ改善するところだらけだが、それでも使ってくれている書店さんから「めちゃ使いやすい」「これは便利です」という声がすでに届いている。そのたび、涙が出るほど嬉しくなる。始めてよかったぁ、と実感できるからだ。ただ、率直に申せば、今、こうした声だけが唯一の支えである。
「一冊!取引所」を始めるにあたり、本年の元日に、「自分の足元から少しずつ」と題した文章を書いた。すこし長いが、引用したい。
自分たちにとって本当に必要なシステムを開発していくことしか、中小企業の仕事改革などありえないと思います。
長時間労働の禁止、など法律でしばることで、救われることはもちろんあります。とくに大企業においては、ルールを厳格にすることでしか動かないことも多々あるでしょう。
けれど、中小企業のばあい、そのまま適応させてはただ生産性を下げることになりかねません。結果、自分たちの生活をよけいに苦しめることになります。労働時間の削減。同時に、生産性の向上。これがセットでなければいけない。
法律を遵守した結果、生産性が下がったとしても、その分を誰かが保障してくれるわけではない。待っていても始まらない。ならば、自分たちで手を打つしかない。
きびしい話ですが、いま僕たちが生きているのは、そういう世の中です。
幸い、自分たちは、13年間、なんとかこの仕事をつづけさせてもらってきました。経済的にはあいかわらず汲々としていますが、それでも多大な学びをこの間、得てきました。そうした意味で、13年前とは比べものにならないくらい余裕があります。
これからの世においては、そのすこしできた余裕を少しでも社会に役立てていかなければ、循環はありえません。きびしい時代だからこそ、すみやかに自分のできることを自分の足元へさしだすことが肝要と心得ています。
今回のシステム開発は、育ててもらった業界へのささやかな恩返しになればと思っています。
ちいさな思いをちいさなかたちにする。そういうことを大切に仕事をする人たちが、ちゃんと生きていけるシステムを。自分たちにできることは、ほんのわずかではありますが、13年積み上げてきた知恵や技術や経験知をすべてそこに注ぐつもりです。
(全文はこちらから)
自分の足場からできることをしていく。それはこれからも実践するが、自分たちのキャパ以上のことはできない。その意味で、「ちいさいミシマ社」も「一冊!取引所」も、やや無理をしすぎた。
とりわけ、「一冊!取引所」は、1000万円を超える資金を用意し、開発費の一部とした。また、現在では別会社にもかかわらず、私のみならず、ミシマ社メンバーが営業、広報、あらゆる面で活躍している。むろん、別会社には資金があるわけではないので、無償での関わりだ。実際には、ミシマ社の仕事のひとつと位置づけ、ミシマ社の他の仕事を割いて、取り組んでもらわざるをえない。その分、自社の仕事は滞る。
このような活動を通じて生じた経済的マイナスを、個人でも会社でもかなり補填してきた。だが、言うまでもなく、個人や一社でできることには限界がある。
何かをしようとするとき、わが身を削っておこなうもの。それは今もそう思う。けれど、削りすぎて、削るわが身までなくなってしまってはもともこもない。
と、ここにきてようやく反省をした。
自分だけ、あるいは自社だけで背負いこんではいけないのだ。それはそれで、どこかに負担が偏在するという点で、「最安値」と同じような歪みを生む。
ひとことでいえば、フェアじゃない。
これからは、身を削るのではなく、自分たちも適正なお金をいただきながら、進めていこう。
「ちいさいミシマ社」でいえば、今秋あたりに、卸率を55% から60%にしたいと考えている。
「一冊!取引所」は、参加者出版社の人たちと運営をともにするかたちをもっととりたい。ミシマ社が開発費・運営費を出し、出版社、書店に「使ってもらう」という関係から、自分たちのサービスを自分たちでつくり運営する。そういうかたちへシフトしていければと。そのためにも、一社でも多くの参加を切望するばかりである。現在、すでに参加くださっている出版社の方々にはどれほど感謝してもしきれない。
*
上記のような自社における痛い反省をもとに、今回、「業界最高値」と銘打ったオンライン・マルシェを考案した。
他店より安く、ではなく、どこよりも高く、という逆張りだ。
ものづくりの会社の利益はそのままに、そして場所を運営する私たちもいくらかはいただく。
この試みの背景には、そうしないと自分たちの社会自体がどんどん脆弱になっていくという危機感がある。
出版業界ひとつとっても、オンライン通販で、消費者サービスとして送料負担を書店や出版社がすることがある。が、それが当たり前になってはいけない。「最安値」同様、結局、そのしわ寄せは書店か出版社へと行き、継続的にいい仕事をつづける機会をじわりじわりと奪っていくことになる。
長く、いい商品を届けてくれる、メーカーや小売がありつづける。消費者にとっても、そのほうがずっと大きな利益となるはずだ。送料無料という目先の数百円が安くなることを選択してきた結果、商品そのものが手に入らない。そうした事態を招くより、送料を負担していき、欲しい商品がいいかたちで届きつづける。
こういう流れをつくっていきたい。
そのためには消費の感覚を変えるほかないと思う。
そういう意図もこめての「業界最高値」だ。
価格破壊はもうやめよう。
みなが共存できる価格を創造していこう。
その一歩になれば、と願ってやみません。
ぜひ、ご参加いただければ幸いです。
【6/21(日)】MSマルシェ「業界最高値」第1回(出店:タルマーリー)開催します!
MSマルシェ「業界最高値」、記念すべき第1回のゲストは、タルマーリーさんです!
ご存知の方も多いとは思いますが、タルマーリーさんは、鳥取県智頭町にある、全国からファンが訪れるパン屋さんです。
地域の天然菌と、天然水と、自然栽培原料を使って作られる、こだわりのパンとビールは絶品です!
今回のイベントは、そんなタルマーリーさんのパンとビール付きのチケットと、イベント参加のみのチケットの、2種類ご用意しました。すでにタルマーリーさんのファンの方も、とりあえずお話だけでも聞いてみたい、という方も、ぜひご参加ください。
編集部からのお知らせ
「一冊!取引所」にご参加くださる出版社さま、書店さまを募集しています
「一冊!取引所」のサービスが6月1日から本格スタートしました。
ただいま、ご参加くださる出版社さま、書店さまを募集しています。
ご興味をお持ちの方は、以下フォームよりお気軽にお問い合わせください。折り返し詳細をご連絡差し上げます。
「一冊!スタートアップ・サポーター」募集
「いい本が出なくなる」「街の本屋がなくなる」・・・現在、出版界が抱えるこうした危機を現場の力で乗り切りたく思います。この取り組みは、これからの本の世界を豊かにし、未来へつなげていくためのものです。
本を愛する方々、一冊を大切にする文化が残ってほしい、そう思ってくださる方々、ぜひ、お力添えをいただけないでしょうか。
出版関係者にとどまらず、個人の方から企業の方まで、本取り組みを支えてくださる方々を募集いたします。
率直に申しますと、今回のシステムをしっかりと世に定着させるためには、最初の一年を乗り切れるかどうかが大きなポイントになります。具体的には、半年の間に、少なくとも1500万円を集める必要があると思っております。
お力添えのほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
・個人サポーター 1万円〜
・企業サポーター 10万円〜
<御礼に代えて> 1年以内に、本取り組みについてまとめた書籍をつくる予定をしております。その一冊を御礼に代えて、献本いたします。
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