第91回
一冊!リトルプレスと定価について
2022.12.22更新
2022年が終わろうとしている。
駆けつづけた一年だった。と過去形で語るには時期尚早で、現在もその渦中にいる。
だからと言って、立ち止まることなく、流されるだけなのは良くない。行動が先走るあまり、自分たちの活動を丁寧に説明することが滞りがちだった。と反省している。本心をいえば、今年中にお伝えしておきたいことが山ほどあるのだ。
今回は、そのうち二つだけに絞ってお話したい。
*
一つ目は、先日12月6日にリリースしたばかりの「一冊!リトルプレス」について。
昨年秋から僕が代表を務めることになった一冊!取引所では、今年、新たなサービスを次々に打ち出した。その一つが、一冊!リトルプレスである。
Zine、個人レーベルの小冊子、リトルプレス。いわゆる出版社の手によらない刊行物が全国各地で出されている。中には、目をみはる出来の冊子や面白さ溢れるものも少なくない。
だが、こうした素晴らしい刊行物を書店で目にする機会は稀であろう。
端的に言えば、一冊!取引所の中にリトルプレス限定の出品ページ(一冊!リトルプレス)を作ったことで、書店さんにとって俄然、仕入れやすくなった。個別に問い合わせたり、やり取りをしていた取引を、一カ所で行うことができる。かつ、一冊!決済というクレジットカードを介した取引限定のサービス(本年1月にリリースした)のため、その場で精算が完了する。払い忘れ、もらい漏れ、いずれも無くなるわけだ。
裏を返せば、これまで書店とリトルプレスの売り買いをつなぐツールは存在しなかった。そのため、「あれ、払ったっけ?」「入金まだだよな。プッシュするの嫌だな」が繰り返されていたわけである。
まずは作り手側から見てみよう。
面白い冊子をつくった。ぜひ読んでほしい。そう思うのはごく自然。で、その思いを胸に書店に案内する。地元のいくつかは扱ってくれる。だが自分が行ける以外の地域には、どうすれば置いてもらえるだろう?
冊子ができてほどなく、作り手たちは、書店に置かれるまでに屹立するいくつもの壁にぶち当たる。
どうやって案内すればいいのか? 一店一店歩いて回るには限界がある・・・。
仮に置いてもらうことになったとして、精算はどうすればいいのか? 請求書を送る必要がある? その場合、どのタイミングで? 追加で注文をもらうのはどうすればいいのだろう? その時の精算は??
つくることはできる。が、届けるところまで想像が及んでいなかった・・・。リトルプレスを手掛けた人たちの多くが経験してきたにちがいない。
次に書店側から。
リトルプレスを扱ってほしい。そう頼まれたので置いてみた。がその後、請求書も届かない。支払いはいつ、どうすればいいのか? 売れ行き好調で、追加注文を頼みたい。と思うが、最初仕入れた本の精算も終わってないし、躊躇する・・・。
本屋さんでこうした経験をされた人は多いのではないか。
僕自身がそうだった。もうかれこれ11年前、「ミシマ社の本屋さん」を立ち上げ、知り合いの出版社さんから仕入れさせてもらい、オープンした。売上もたかがしれている不定期開店の店だったが、やがて、いくつかのリトルプレスから「置いてほしい」と声がかかるようになった。中には、注文もしてないのに勝手に10冊送りつけてこられ、「精算は完売してからでいいです」と一筆があるだけのこともあった。残念ながら、ほとんど(全て)の場合において、完売することはなかった。
困るなぁ。
そのたび困ったものだ。いや、お金を払わなくていいのだから、困らなくていいだろう。そう思われるかもしれない。が、事業としておこなっている以上、毎年、決算がある。そのたび、あの在庫はどう計上するのか? 支払いはいつするのか? 等々などなどの調整が必要となる。はっきりいって、かなり面倒である。
この面倒さが理由で、双方ともに、次の機会を逸することが少なくない。
(作り手)次回も仕入れてほしいけど、まだ最初の精算が終わっていないしなぁ。
(売り手)本当は仕入れたいけれど、事務作業が面倒すぎる・・・。
こうしたミスマッチによって、いったいどれくらいの本や冊子が憂き目にあってきただろう。
精算は、速やかに、わかりやすく、明朗に。
そうすることで、つくる方はつくることに、売る方は売ることに、より集中できる。最終的には、いい本、いい冊子が増え、店頭での売れ行きもよくなる。
こうした循環が、出版の事業に長年求められてきた。
これを現実にする具体が、一冊!リトルプレスでようやく叶った。
少し構えて言えば、出版界の多様性に貢献するツールなのではないか、と思えてならず、素直に喜んでいる。
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もう一つは、定価について。
ミシマ社では今年、意識的に定価を上げるようにしてきました。
たとえば、森田真生さんの本でいえば、『数学の贈り物』(2019年)の本体価格が、1600円だったの対し、『偶然の散歩』は2000円。土井善晴・中島岳志『料理と利他』(2020)は1500円、同両著者の『ええかげん論』は1800円。10月に出た絵本(みなはむ『よるにおばけと』)は2200円をつけた。
もちろん、仕様(紙などの種類、品質)がよりいいものを使ったり、『偶然』『ええかげん』ともに、前著よりページ数が増えていたり、その分、原価自体が上がるのは当然である。
また、ウクライナ戦争以降、あらゆる原材料費が高騰しているように、印刷代、資材代も例外ではない。この煽りを少なからず受けている。
ただ、それだけが理由ではない。それだけだと、いずれも、あと100円ほど価格は下がっていた可能性がある。
実際にはその選択をとらなかった。
その理由はいたってシンプルである。
少しでも安く、をつづけている限り、僕たちは自分たちの首を緩やかに締めつづけている。そのことに気づいたからだ。
思い返せば、出版業界に身を置いて20年以上たつが、本の定価はほとんど変わっていない。編集者としても、「このような類の本は、市場の相場価格はこのくらい」と、無意識のうちに計算して、それに合わす形で価格決定をしてきた。その市場感覚がずっと一定である。そのおかしさに不覚にも気づいてこなかった。
このことは何を意味するか?
端的に言えば、その産業に関わる人たちの給料が上がらない。少し考えればわかることだろう。
そうでなくても、市場はシュリンクしているのだ。売れる冊数は減っている。にもかかわらず、給料を上げようとすれば、何かを削る以外にない。たとえば、紙の仕様を下げる、校正費をなくす、こうした判断をしてきた出版社は少なくないと思われる。
ミシマ社の場合、一冊のクオリティを下げることは絶対にしたくない。ので、そこには手をつけずに済んでいる。一方、給料も僅かであれ、毎年上がるようにしてきた。しかし、内部でなんとかやりくりしていくにも、限界がある。
そもそも、ミシマ社では書店直取引で書籍を卸している。取次を使わないため、送料や振込手数料などが別途かかっていた。その分、同著者の大手出版社からの刊行物と比べると、以前から、100〜200円ほど高い値付けとなっているだろう。だが、それは実費分であり、会社の利幅を増やしていたわけではない。
本は安い。
そうした市場の価格感覚を変えていかないかぎり、自分たちの産業はジリ貧なのだ。
一版元としてできることは、少しでも自社の本の価格を上げていくこと。これは欠かせないはずだ。
これは、何も出版社内の話だけではない。つまり、自分たちが苦しむだけではない。
価格決定権を持たない書店の首を絞めることでもある。
出版社の一つの判断は、そのまま書店に影響を及ぼす。
数カ月前、本屋Titleの辻山さんが一冊あたりの単価が上がったとツイートされていた。それを見て、少しほっとした。
今日は棚卸だったのですが、店にある本の総冊数は四冊減っただけなのに(動的平衡がなされてよい)、金額では10万ほど増えている(総額では1,200万くらいあり〼)。
-- Title(タイトル) (@Title_books) October 18, 2022
業者さんには高額本が増えたからねなどと話したが、今考えると一冊が少しずつ値上がりしたのだと思う。冊数がほぼ同じだからの実感。
ただ、価格の市場感覚という壮大な流れを変えるには、ちいさな版元たちの努力と試みだけでは限界がありすぎる。
大手出版社ならびに先行優位の条件をもつ出版社の方々には、切に望む。
ぜひ、価格を上げていって、市場の感覚を変えていっていただきたい。
むろん、各社値上げするなか、一社だけ超廉価にするなど逆張りをすれば、一人勝ちするだろう。競争至上主義のビジネス社会では、それが正しいのかもしれない。
だが、それでは多様性は損なわれ、最終的には、業界全体の活力が奪われることになる。と思えてならない。
一冊!リトルプレスの紹介の最後にも多様性という言葉を使ってしまった(ふだんであれば、できるだけ使いたくない、あまり好まない言葉だ。それを使わずにいられないほど危機感がある)。大資本があったり、好条件で取引できる先行者だけしか生き残ることのできない世界は、しんどいと思う。新しい血がどんどん入ってきてこそ、昔からある会社も活性化する。そうした出版界であってほしい(その一助になれればと、一冊!取引所を運営している)。
それに、出生数が80万人を切ったと今朝(12/21)の新聞にもあった。超少子高齢化の波の中にすでに私たちはいるのだ。これからの時代にふさわしい価格。関係者全員でそれを探り、動いていく必要があるだろう。
もちろん、関係者の中には、読者の皆さんも含まれる。積極的にご理解いただけると幸いです。
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今年一年もミシマ社の刊行物ならびに出版活動を応援いただき、ありがとうございました。来年も何卒よろしくお願い申し上げます。
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