ミシマ社の話ミシマ社の話

第80回

「布マスク2枚」でけっして得られない安定を

2020.04.05更新

 おかげさまで、拙著『パルプ・ノンフィクション』がさる3月18日、河出書房新社より発刊されました。

 「ミシマ社の話」を読んでくださっている方々には、本コーナーの何本かも収録されていますのでご高覧いただけるとたいへんうれしいです。

 すでに、身にあまるありがたい感想をいくつもいただいております。

 『凍った脳みそ』の後藤正文さんからは、こんな推薦のお言葉をいただきました。

熱くて面白いエッセイなのに、新しい時代の優れたビジネス書でもある。
ニヤニヤしながら読み始めて、いつしか夢中になり、最後は真っ赤に燃え上がりながら、誇らしい気持ちで読了しました。
──後藤正文 (ASIAN KUNG-FU GENERATION)

 「優れたビジネス書」と書いていただき、身が引きしまる思いです。

 自分ではまったく、そんなふうに読んでもらえるとは思っていなかったので、後藤さんがそのように「深く」読んでくださった理由を考えてみました。ふつうに読めば、本書に書かれている私の会社運営のどこをとっても「優れている」とは言えません。にもかかわらず、このように書いてくださった。

 かなり想像力をふくらませて、「深読み」してくださったのだろうと思います。

 以下、どんなふうに深読みができるか、自分なりに考えてみました。

「未来をコントロールする」という前提を捨てる

 現在、新型コロナウイルスの感染拡大が猛烈に広まっています。

 個人経営、企業問わず、さまざまな方々が事業継続に不安を隠せません。すでに継続困難と判断された方も少なくない。

 東京五輪の開催延期が発表され、アスリートの方々の調整も大幅に変更せざるをえなくなりました。

 いずれも、火急の事態、人生の一大事。

 とくに、飲食業、観光業、演劇・音楽関係業をはじめとする「自粛」によって収入を断たれた方々への補償は、一刻も早くおこなってほしいです。政府に対し強く求めます。

 その上で、「これから」の会社のあり方、社会のあり方を考えたとき、自分たちの常識、前提を大きく変更せざるをえない。そう痛感せずにはいられません。

 緻密に厳密に計画を立て、それを遂行する。滞りなく実行されること前提で、すべてが動く。お金も人もモノも(株価はその象徴)。

 知らず知らずのうちに、私たちはこのようにあらかじめ設計された、仕組まれた社会のなかで生きることを強いられてきたのではないか。

 今回のコロナの脅威によって、その限界を突きつけられたのでは?

 このように感じているのは私だけではないはずです。

 こうした事態に直面し、「安定」のとらえ方、あり方を根本から変えなくてはいけなくなりました。

 では、これまでの経済の安定は、なにをもって土台としてきたか。

 と考えると、ひとつは、事業計画というものに安定の足場を置きすぎた気がしてなりません。

 向こう一年の月々の予定を綿密につくる。

 2月の売上目標、3月の売上目標、4月の・・・。そしてその根拠を提示(あるいは「捻出」)。

 その数字の達成が絶対的な目標となり、クリアできればgood、未達成であればbad。Good or badの二者択一、白か黒かの「どっちか」しかない世界が前提となっている。事業計画を意味あるものにしようとすれば、そうあらざるをえません。

 これは、未来をコントロールできる、ということが前提です。

 未来をコントロールする。って、そんなことができるのか? そもそも自分たちが生きている地球は人間だけのものではない。にもかかわらず、未来はこんなふうになるのです、と決めつけて、あらゆることを設計してきた。

 言い換えれば、人間の大きな思い上がりを前提に、事業計画はつくられる。

 その思い上がりを捨てるときに来ているのでは?

実感ベースで働くと変化に強い?

 勘違いしてほしくないのですが、その日暮らしを勧めているわけではけっしてありません。

 生活の安定はなんとしても実現する必要があります。

 ただし、そのやり方の前提に、「未来をコントロールする」は採用しない。不確定、先が見えないことが当たり前の状態で、安定をはかる。なにが起こるかわからない。それでもなんとかやってはいける。事業の継続をこうしたことを前提におこなう。

 先のことなどわからぬ前提で、それでも安定する。

 「こっち」をめざす時代にきたのではないでしょうか?

 なるほど、と思う一方で、しかしそんなことは可能なのか? こう思われた方も少なくないかもしれません。

 大丈夫です、と断言できるほどに私も自信があるわけではない。

 ただ、拙著の内容および自社の日々を振り返ると、幾つかのヒントがあると言えなくもない気がしてきます(前向きというか、つくづく自己肯定が強い・・・)。

 たとえば、一貫して、自分たちの安定の足場を自分たちの「実感」に置いています。

 もちろん、私たちも、目標はつくります。来月はこれくらいの売上がほしいね、と。

 ただしそれは、かなりおおざっぱな希望的観測にすぎません。神社仏閣で祈願するのに近いレベルで。

 結果、ほとんど毎月、未達成(笑)。じゃあ、つくるなよ、と言いたくなりますが、そこは「計画と無計画のあいだ」というわけでして。

 そうなんです。事業計画に描かれる目標の数字は、どちらかというと「無計画」より。そして一方で、実感ベースの数字を、事業計画という明示化されないレベルで「計画」する。いや、それは計画するというより、「肌で感じる」というほうが正確ですね。

 大きな望みを掲げたところで、個々の営業メンバーの「実力」が反映した数字にしかならないわけですから(その理由は後述します)。

 ところで、実感ベースで働く、肌で感じて働くとはどういうことか?

 これは、僕自身の「実感」でいえば、「かなり細かく動きつづけること」となります。

 何かに倚りかからず、自分の身体でできるだけ動く。これを実現しようとすれば、必然、普段から細かく変化しつづける、動きつづけることが欠かせない。

 このとき「何か」というのは、大きなシステムや仕組みや組織をさすわけですが、一出版人としては、ある主義・思想に対しても、同様でありたいと心がけています。というのも、あまりにひとつの主義・思想に倚りかかると、結論ありきになってしまいます。そうすると逡巡がなくなる。その分瞬発力が出ますが、実は変化への対応が弱くなってしまいかねない。答えがはっきりしている分、動きが鈍くなることがある。

 答えがない。正解がない。

 普段からそう思って生きるのって、まあまあ、不安です。

 けど、不安があると、そこにどっぷりはまらないように動かざるをえなくなる。ちょろちょろと、どうすればいいか、やたらと足を地面に這わせる。そうして、最大限にセンサーを働かせて、次への動きに備えるようになる。このまま進むと危ないというシグナルを感じやすくなる。

 事業計画がいい加減でも、会社が13年半つづいてきたことの背景には、普段から、細かく動いていることがある。自分ではそう思っています。つまり、かなり早い段階で違和感の芽を摘み、危機に陥らないように対処してきた、と(今回は、徹底して自己肯定モードで書いています。あしからず)。

 思い切っていえばこうなります。

 安定は、不断の不安のために生じる細い動きの集積である。

 いやぁ、お前が言うなよ、ですね。

(ちなみに拙著では、センサーが鈍ったときに訪れた危機を中心に書きました。というのは、どういうときにセンサーは鈍り、組織は危機に陥るか、それを開示することが、もっとも、読んだ方々の役に立つと考えたからです。)

「本が売れる」3つの要素 

 話はすこしずれますが、私たちの仕事である「出版社が本を売る」ということについてすこしだけ説明します。

 本が売れるとき、その要因をおおざっぱに挙げれば、まず第一に本の力があります。なんといっても、本がおもしろい。それがあってこそ、本が売れるという現象が起こります(そうじゃないケースもありますが)。次に、本の力をより生かすために出版社の営業力が問われます。加えて、「システム」があります。大手出版社を中心に、これまでは「取次」という卸業の会社を通して、書籍が配本、流通することが多かった。この仕組みを使うことで、思いもかけぬ部数が出る。そういうことが時おり、現実となります。

 思いっきり簡単にいうとーー。

 ①「本の力」 ②「出版社の営業力」 ③「システム・仕組み」の足し算で本が売れる。これが、足し算(+)から掛け算(×)へと飛躍するときベストセラーが生まれる。

 自社のばあい、①と②だけで運営してきました。書店直取引という営業スタイルを採っているため、取次を通しての配本などは基本ありません。営業メンバーが、取引書店に一冊一冊、案内して、注文をもらい、初めて本が書店に並ぶ。

 目標が必然、実感ベースになるのはこの方法を採っていることも大きいはずです。結局のところ、どれだけ夢のような数字を掲げようとも、自分たちが営業しないことには、本の売れ行きが伸びることはない。案内を怠ったら、どんなに力のある本であっても、本屋さんに置かれない。他社の事業計画を見たことがないので定かなことは言えませんが、③による掛け算が生じた状態を盛り込むようなことはそもそも無理といえます。

 それでも累計9万部、7万部を数える書籍が出てきたのは、本の力によるところが大きいですが、くわえて営業メンバーがコツコツと案内しつづけたことと書店員さんたちが目をかけつづけてくれたことがなければ、叶わなかったことです。

 これが、自社のばあい、実力以上のものには数字がならないと確信できる理由です。

事業計画はときに病となる

 いずれにせよ、自分たちは、こうした実感ベースで「未来」を想定してきました。そして、できるだけ危機を先取りして、早めに動くようにしてきたつもりです。

 くりかえしますが、この実感ベースの働き方のいいところは、変化に対応しやすいことです。

 先ほど、足し算から掛け算になると言いましたが、それは、小石をある地点に置こうというとき、その石をテコの原理を生かしてぽーんと遠くに飛ばすのをイメージすればいいでしょう。レバレッジ、というやつですね。翻って、自社のばあいは、コロコロと手で転がしながら運んでいくようなもの。

 では、なぜコロコロ手転がしのほうが、対応に変化しやすいのか?

 言うまでもないでしょうが、レバレッジは反動を使うことであり、反動を使うにはそこに全体重をかけなければ作用しない。システムを使うと大なり小なりこうした状態を招きます。ましてシステム依存にまでいけば、それがなくなった瞬間、あらゆる活動がストップしてしまう。ネット不通を想像すれば、すぐにご理解いただけるはずです。

 事業計画も、システムに似たところがあり、それを綿密につくりこめばつくりこむほど、できあがったときには、1年先、2年先まで見通せた気になってしまう。

 そして、ここに落とし穴がある。

 ネットであれ、薬であれ、便利で役立つはずのものを過剰に常用し、依存していけば病の一因となります。

 事業計画にも同じような危険性があることは否めません。

 会社であれ、社会であれ、それが生き物であるならば、状況が変わる、非常時に突然入る、こうした変化が訪れたとき、ぱっと動けなければいけないし、何かにしがみついていたら危険が増す。倚りかかりすぎていたら、対応が遅れる(政府に期待しすぎるのも、同じですね)。むしろ、変化が訪れて当たり前。自然界のその当たり前を受け入れるのに時間がかかるようであれば、安定のためにつくる事業計画が不安定の要因になるわけで、本末転倒とさえ言えるかもしれません。

「レバレッジ」より、「助け合い」

 ここまで書いたあと、思わぬ発表が政府からありました。4月1日、エイプリルフールの日に。

 新型コロナウイルス対策として各国、大規模な予算を組んで対応する中、日本政府は、一世帯につき布マスクを2枚配るという驚きの施策を発表。

 しかし、その発表が「エイプリルフールの嘘」でなかったことを翌日、知る。4月2日の夜、私は自身のTwitterにこう書き込みをしました。

 お肉券に続き、布マスク2枚。叶うなら喜劇であってほしいこの悲劇。7年以上にわたり日夜繰り返されてきた実態が誰もがわかる形で可視化されてきました。で、問題はここからです。これから私たちはどうするのか? トップの入れ替えをおこなう。もちろんそれは欠かせない。けど、一番の問題は、1人ひとりが「は?」「何かの冗談?」と感じ、納得できないことが可決され実行されてしまう、その土壌を放置してきたことにある。拙著@pulp_nonficでは、その問題を自産業と重ねて論じ、突破口を探しまくりました。自分たちの足元からそこを変えていかないことには同じ問題が形を変え繰り返されるだけ。火急の事態を前に何を呑気な、と思われるかもしれませんが、これからの日々が非日常モードを基準にしなければいけないなら、急がば回れ、です。そう考えると今は、移動できずともやることだらけ。もちろん、しっかり勉強、研究をしたり、知見を深めることもその一つですね。

 この唖然とするほかない知らせは、結局のところ、庶民ひとりひとりの実感とあまりにかけ離れた案が平然と発表されたことにある。

 こうしたことを二度と起こさせないためには、まず、私たちひとりひとりの日常が変わっていかないことにはむずかしいのではないか。こう書いたわけです。

 実感をベースにした設計に切り替える。事業計画づくりもシステムづくりも、普段の働き方も。

 こうすると、レバレッジが効きにくくなり、「大化け」が少なくなるかもしれない。一攫千金の楽しみがなくなる。

 そういう批判もあろうかと思います。

 けれど75億超もの人間が地球に生きている、これだけで、十分大きなレバレッジを効かせていると言えやしないか。限界ぎりぎり、いや、限界を超えたところまで、効かせてきた。

 その危険から降りるときに来ているのだと思う。つまり、個人や企業や国家が大化けを狙うのではなく、どうにかこうにか、みんなが生きていける。これをめざすこと以外に共存はないだろう。

 そう考えると、「レバレッジ」に代わりこれから求められるのは、助け合いであったり、相互扶助であるのは明らかです。

 そういう思いをこめて、年頭お知らせしたシステムの開発を日々おこなっています。「みんな」でつくる、自分たちの血が通った(実感ベースに基づく)システム。レバレッジは効かないかもしれないが、同じ仕事に従事する現場の人たちが心から便利だと思えるものになればと願っています。

 と、ここまで書いてはたと思った。

 後藤さんは「新しい時代の〜」と書いてくれていた。

 新しい時代。もしやそれは、レバレッジを効かせない時代の、と言い換えられるのではないか。

 なんとなれば、まったく成功していない人間が書いたのが今回の本だからだ。多くのビジネス書がなりたつのは、成功者という高位から、そうでない者へ語る、その落差があるからだ。落差があればあるほど、ビジネス書として成功しているとも言える。

 その点、拙著は対極にある。むしろ、低いところから失敗と迷走の話ばかり繰り広げている。

 それをもって、「新しい時代の」と書いてくれたのではないか。

 と、ふと想像してみた。

 はたして・・・。

*** 

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一冊!取引所HP

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)、『パルプ・ノンフィクション~出版社つぶれるかもしれない日記』(河出書房新社)、新著に『ここだけのごあいさつ』(ちいさいミシマ社)がある。自分の足元である出版業界のシステムの遅れをなんとしようと、「一冊!取引所」を立ち上げ、奮闘中。 イラスト︰寄藤文平さん

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上記のような思いのもと考察と実験と暴走をくりかえした5年分の記録が一冊になりました。
『パルプ・ノンフィクション 〜出版社つぶれるかもしれない日記』
3月18日(予定)、河出書房新社から刊行となりました。三島の約6年ぶりとなる単著です。

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