第27回
さようなら、メルちゃん
2026.07.28更新
公開中の映画「トイ・ストーリー5」を見るのに備えて、過去のシリーズ作品すべてを最初から見返した。
馬鹿に生まれてよかったと思うことの一つは、記憶力がなさすぎるがゆえに、同じ物語を何度でも初見のごとき新鮮さで楽しめる点である。映画でもドラマでも小説でも演劇でも、鑑賞した端から内容を忘れてしまう。自分でも感心するほどである。
しかしおかげで、今回のシリーズ総ざらい鑑賞を心から楽しむことができた。
なんといっても、これほどの世界的な名作を、ほとんど初見に近しい状態で一気見したわけだから、胸につき上げる興奮と感動の総量が半端なものではなかった。
観ていると、おぼろげながら記憶がよみがえってくる。
かつて子どものころ、自分と年齢の近いアンディの挙動を画面越しに見守りながら、しばしば彼の軽薄さ、身勝手さに憤ったような気がする。それによって振り回されるおもちゃたちが不憫でならなかった。
たとえば、アンディ君にはわりとミーハーなところがあって、新しいおもちゃに夢中になりやすい。そのせいで、それまで一番のお気に入りとして愛されていたおもちゃの優先順位はたちまちぐんと降格して、都度おもちゃたちのプライドをひどく傷つけるのである。
それでいうと、子どものころの私自身は極めて一途なタイプで、たった一つのおもちゃで遊び続ける子どもだった。
かの有名な「メルちゃん人形」がそれである。
はじめに手にしたきっかけは忘れてしまった。それくらい古く、物心ついたころにはすでに、いつ何時も、かならず両腕の中にいた。
作中のアンディとウッディさながら、私とメルちゃんは無二の親友であった。
共にごっこ遊びをする時間のみならず、食事のときも、着替えの時も、トイレへ入るときにも、車でどこかへ出かけるときにも、入浴するときにも(メルちゃんは風呂に入るのが大好きという設定を持っており、水を浴びると、驚くべきことに髪の毛がピンク色に変わる)、もちろん眠るときにも、四六時中一緒に生活していた。
当時の自分は、メルちゃんという、言ってしまえば一介の知育人形に対して、かなり強く深い精神的な結びつきを感じていた。
内向的な性質の子どもがしばしばそうであるように、自分の外側にある現実的な事象のことはあまり目に入らず、内側の空想世界にいつまでも閉じこもり、思うさま耽溺し、どこまでもマイワールドを膨らませ続けてゆくことにしか関心のない幼少期だった。
そういう様相は、もちろんまだごく低年齢の、具体的には乳幼児期くらいの子どもが呈す分にはただ微笑ましい限りである。
しかし自分の場合は、標準よりかなり長いあいだ、この「一人遊び」の時代が続いてしまったようだった。
メルちゃんのことをあまりにもディープに愛しすぎていたゆえに、その人形と道を分かつタイミングがいつまでたっても訪れなかったのである。
保育園の級が上がってゆき、やがて小学生になり、二年になり、三年に上がっても、まだメルちゃんが手放せなかった。
もっとも、このころにはさすがに、「メルちゃんと遊ぶのだけが一番の楽しみ」というフェーズからは抜けていた。
ただ、非常に強い義務感を持っていたのだ。「私がいないと」と。
メルちゃんのそばには自分がいなくてはならないといういたいけな妄信を、まだ疑っていなかった。だってあんなに小さいころからいつも一緒にいたのだから、私はメルちゃんのお世話をし続けなければならない役なのだから。
この幻想がはっきりと打ち砕かれた日のことを、実は今でも覚えている。というか、トイ・ストーリーを見ていて思い出した。
通常、おもちゃは「いつの間にか」手を離れ、「気付いたら」遊ばなくなるものらしい。作中でもそのような宿命が繰り返し描かれる。
しかし、私がメルちゃんを手放した瞬間には、明確なきっかけがあった。
たぶん小三くらいにはなっていた夏の、とある週末の昼下がり。
両親と弟の家族四人で、大叔母の家を訪ねた。
当時、父が税務関連の仕事をしていて、身近な人々の納税にかかる事務手続きを手伝うことがしばしばあった。その日も、大叔母夫妻の確定申告かなにかをサポートするために、彼女の邸宅へ車で出向いたのだった。
当然、私はメルちゃんを抱いていた。お留守番なんてかわいそうだから。
背中には、もうとうに対象年齢を過ぎてしまったせいで、とっくにサイズがきつくなったマザーズバッグを背負っていた。
これは大変便利なお世話グッズだった。長方形のリュック型で、外側にはメルちゃんの体型に合うY字のベルトが付いており、おんぶ紐としても使える。かばんを広げると、黄色いタオル地のマットが入っていて、これを広げれば出先でもおむつ替えができた。メインのポーチはゆったりと大きいので、メルちゃんのお着替えやお弁当がたっぷり収容でき、おまけにサイドポケットもついていて、ここに哺乳瓶を入れることができたのだ。
いつもどおりのお出かけスタイルで「お邪魔しまーす」と声を張り上げ、大叔母の家の玄関に上がった、その瞬間。
自慢のリュックのポケットから、哺乳瓶がぽろっと転がり出た。
そしてそれは、こげ茶色のタイルを敷き詰めて作られた三和土の表面に強く衝突し、あっけなく壊れて、見るも無残な粉々に割れてしまったのだった。
びっくりした。もちろんショックだった。
そしてその瞬間、一つの長い夢の世界から、ようやく目が覚めたのだった。
大叔母が「あらあら」と言って、雑巾とちりとりを持ってきてくれた。
父は「すみません、拭きます」といった。床にこぼれたミルクを拭きとり、割れたプラスチック片を拾って塵取りに集めた。
誰もメルちゃんの心配をしなかった。メルちゃんが今日、飲むべきミルクがなくなってしまったことについて、一言の言及もない。
あたりまえだ。だってこれは、本物のミルクではないのだから。
床にこぼれた白い液体を見て、私は呆然としながら、しかし、ようやく理解した。
よちよち歩きの小さいころから、もう何年もずっと、大切に使い続けてきたメルちゃんの哺乳瓶。縦の正位置にすれば七分目くらいまで入っているのだけれど、人形に飲ませるために斜めに傾けると、あら不思議、液体はすっかり見えなくなるのだ。感心な造りの、けれどもこれは、やっぱりおもちゃ。
何年も重宝した偽物のミルクが、ねずみ色の雑巾でたちまち拭き取られて消える。
まだ小さかった弟と一緒に、あとから車を降りてきた母が、ようやくその惨状を見た。そして「あぁ、すみません」と大叔母に謝った。
「恥ずかしい。この子、まだこんなもので遊んでいるんです」
その何気ない一言を聞いた瞬間に、メルちゃんとの長い日々が終わった。
これは恥ずかしいことなのだ。本当は、薄々自分でも気がついていた。別にメルちゃんのお世話なんかしなくていいのだ。だって偽物なんだから。ほかにもっと見るべき現実の世界がある。経験するべき有益な遊びがいくらでもある。仲良くなるべき人がいる。いつまでもメルちゃんとばかり遊んでいるわけにはいかないのだ。
ショックだったのは、メルちゃんが私を必要としているのではなく、私がメルちゃんを必要としていたのだ、と、はっきりわかってしまったことだった。いままではずっと、ままごとの世界に溺れていただけ。
頭の中のお友だちとばかりつるんでいるわけにはいかない。現実の世界では、現実に存在する相手とコミュニケーションを取り、現実に居場所を作っていかねばならないのである。
それから二十年あまりが経ち、誰しもの人生がそうであるように、自分も人並みにはあれこれ経験してきたと思う。
下手なりに、苦手なりに対外折衝を試みるわけだが、別にいまだに全然うまくいっていない。「佐藤はまったく会話ができないな」と、いろいろな人に思われ続けているに違いない。見るからに残念な大人に仕上がった。どこへ行ってなにをしていても、気づいたら周囲に取り残されて、一人でおろおろとうろたえている。三つ子の魂百までとはよく言ったものである。
「読書するなんて賢いんだね」と、明らかに軽蔑の調子で言われることがある。「毎日そんなに丁寧なお弁当を作ってきてすごいね」と、これもどうやら褒め言葉ではないらしい調子で言われることもある。
物語を読んだり、あるいは考えてみたり、日々なるべくおいしそうな料理を作ったり、そういうことは、精神の水平を保ち続けるために、どうしても欠かせない習慣である。
しかし、自分が安心を感じる大切な内面世界は、外から見れば、馬鹿にメルヘンで珍奇なお花畑と蔑まれて仕方ないのかもしれない。
けれども、ここが、この、小さいころから一人で耕し続けた区画こそが、やっぱり大切な場所だと思う。生きていてよかったと思える実感の大半は、この豊饒な、ファンタジーの土の上に芽生える。
そういう場所を作ったのだ。
あの日、哺乳瓶が割れ、ミルクがこぼれ出て、人形を永遠に喪ったあとも。
ここにはいつも絶えず、別のなにかがやってきてくれた。そしてまた去って、また新しいなにかを迎えて、繰り返すたび、土は深く耕され、風は香りを増し、海の青が濃くなって、頭上の空も、ぐんぐん遠くまで広がった。
メルちゃんと建国したこの国を失わず、豊かに暮らし続けることを、恥ずかしいことだとは思わない。
思わないようにする。




