高橋さん家の次女 第2幕

第4回

全国の農業仲間 前編

2022.02.26更新

 一月、一ヶ月ほど愛媛に帰った。父についに『その農地、私が買います』の存在を知られてしまったと聞いていたので、覚悟して最寄り駅に降り立つ。あれ、姉がいる。母と父、姉の三人の子どもたちも、みんなで迎えにきてくれていた。私が父にこっぴどく叱られることを心配した姉が子ども達も連れて来てくれたのだ。姉は昔から、二人目の母のような存在だ。子どもたちがいたお陰か、車内はずっと和やかだった。
 家に着いてからも父は一度も本の話をしない。どうなってるんだ。「もう忘れたんかもね」と母が首をかしげる。物忘れ万歳である。
 翌日、畑に行くとK太さんたちの農地だった場所にずらりと太陽光パネルが並んでいた。こんなに早く設置されるとは。納屋も、植木も、芝生もなくなって、風景は一変してしまった。私の阻止した一反の畑と、パネルの立った一反、隣り合う2つの光景は今の農を象徴しているようだ。

 地元に帰る前に、松山に寄って久万高原で大規模に農業や林業をしている友人に会った。J君は家業である林業も農業も受け継ぎ、さらには近所の人ができなくなった農地の管理も請け負っている。「家族が山や畑が好きだったから僕も好きになったと思うんよね。やけん、畑やお墓掃除にはなるべく息子たちを連れていくようにしとる」と言った。
 私の農地の相談をすると

「久美ちゃんが一人で全部やろうと思ったらいかんよ」
と言って、左手の薬指から手のひらにかけて残る傷跡を見せてくれた。数年前にチェーンソーで切って大怪我をしたそうだ。
「小さい頃から山に入っとる人間でもこうなることがあるんよ。もっとひどい怪我を負った知り合いもおる。人にはそれぞれの役目があるんよ。書いて伝えることは久美ちゃんにしかできん。今からチェーンソーの勉強をするのは久美ちゃんの役目ではないよ。お金で頼めることは、絶対にプロに頼み」
 私が一人、雑木林の開墾をどうにかしようとしているのをTwitterで見て、心配してくれたんだと思う。J君の傷跡を見て目が覚めた。私は、コロナで二年近く帰れなかった罪悪感のあまり、自分の手でやらないといけないと思いすぎていたんだな。その後、友人の便利屋さんにお願いしてものすごく綺麗に切ってもらった。
 別の友人が、「松山でも耕作放棄地を借りて大規模に農業をしている若者集団がいるよ。しかも、地元のバンドマンたちだよ。会ってみたら何かヒントになるんやないかな?」と言った。なぬ! バンドマンが! さらに、彼らはFM愛媛で番組を持っているから出してもらえばいいよと、あれよあれよという間に、出演の日程が決まり、東京に帰る前日に前乗りして農業トークをすることになった。

 本を出してからというもの、じわじわと全国に農業仲間ができていた。現在長野県上田市で開催している詩と絵の展覧会に、「高橋さんの他の活動は全然知らないけど一言ありがとうと言いたくて」と移住者の農家ご夫婦が来てくれたり、一月にリモート開催した「新春みかんの会」でも、静岡に住みながら長野との二拠点定住で農業を続けているご夫婦が参加してくれたりした。地元の人との関係や、動物被害、栽培方法などいろんなことを話せて、いろんな場所で同じ状況の中頑張っている人がいるんだなと思うと、本当に励みになった。

 そして、私達のチームにもついに新しいメンバーが入ってくれた。行きつけのカフェで知り合ったおっくんは、物腰柔らかでフットワークが軽く、さらに音楽好きなので、なっちゃん達とも仲間になれそうだ。次誘う人は彼がいいなと思って狙いを定めていたのだった。早速カフェに行き店長さんに話すと、「絶対いいと思う!」と、すぐに連絡を取ってくれ、数日後に会うことになった。
「面白そう! やってみたいです」
わー! 嬉しい。
「でも、僕、鍬も鎌も持ったことありませんよ」
「誰だって最初は初心者やもん。母も私もおるし大丈夫よ」
こうして、おっくんが仲間に入ってくれた。

 さて、現在やっている畑の上の段が全く使えていないと前回書いた。十一月に草刈りを終えたその畑に、今年こそ種を植えるぞ! ということは農閑期の今耕しておく方がいいかな。
 父に農機具を貸してもらい使い方を教えてもらいたいが、相変わらず、こっちに移住してこないと私を認めないと頑なである。
「二拠点を行き来するということは、とにかく通常の何倍もの時間をかけないと地元の人に認めてもらえないですよ。私も声をかけてもらえるまで五年以上かかりました」と前述した静岡−長野間を行き来するご夫婦も言っていたのを思い出し、私は諦めず父に相談し、畝を作れる耕運機を貸してもらえることに。
 なっちゃんが来て、ちょっとお洒落な長靴を履いたおっくんもやってきた。機械を教わるということで、無愛想な父もいる。短気な父は初心者集団にイライラしまくっている。おっくんは「え、いつもあんななんですか?」とびびっている。おっくん、とんだ農業デビューである。私は他の機械も使ったことがあるので、何回か教わると飲み込めてきた。
 でも、数メートル進む度に、土を耕す爪の部分に草がからまるのでニュートラルにして外さないといけない。
「ほら! 草が爪にまきついてしもうて前に進まんだろう。こうなるとトラクターじゃないとどうにもならんのじゃ。一回原野に戻ってしまったら、元に戻すまでに何倍も時間がかかるのが分かっただろ。じゃからずっと言ってきたのに!」
 大きな草の根っこは鍬で掘って抜いておく。初めはおっくんには鍬作業だけをしてもらっていたが、せっかくだから農機具にも触ってみる? ということで耕運機を代わってみる。父が横についてどやすので、おっくんはさらにパニックになって間違ってしまう。わかる。隣で監督されたら怖くて間違ってしまうよな。
「そんな、初心者なんやけん一回で覚えれるわけないだろう!」と私が父に言う。
「じゃあ、お前がやれ!」
 こうして、できる人だけが機械を使うから、父以外は農機具を使えない現在があるわけで、みんな少しずつ触って覚えた方が私のいない時も効率がいいと思うんだけどなあ。
「お前、事故になってからでは遅いんぞ!」
 今日イチの怒号が飛んで、私はおっくんのところへ駆け寄った。あちゃ、爪を回転させたまま機械をバックさせてしまったようだね。ふいに機械が持ち上がって内臓をえぐられて亡くなる事故は、私も聞いたことがあった。やっぱり機械は便利な分だけ危ないよね。なるべく機械は使わないでいようと思ったのだった。
 そんな疲れた空気の中、母がロハスの黒糖で黒糖蒸しパンを作って持ってきてくれて「おやつにしましょう」と声をかけてくれた。母が来たらみんなほっとしているのが分かる。父は「休憩なんてしてたら日が暮れるぞ!」と、一人で進めている。でも、一旦休憩しないとみんなのテンションも下がっているよ。
 父が休まないとみんなも休めない。確かに日は暮れてしまうかもしれないが、まあ暮れたら明日でいいではないか。二人を呼んでおやつにする。黒糖蒸しパンのおいしいこと!
 母は、全く機械を使わない。自分の畑もずっと不耕起栽培をしている人なので、「そんなに耕さなくても、植えるとこだけちょこちょこっと鍬で耕したらいけると思うけどなあ・・・」と言っている。でも、二年の間に草の根っこが相当に太くなってしまっているので、一旦耕すことは必要だと思うけどどうかな。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

編集部からのお知らせ

祝増刷決定!『その農地、私が買います』4刷累計1万部突破!!

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『その農地、私が買います』書誌ページ

【3/13まで】高橋久美子×渡邉麻里子 「怒られの二人 ~それでも今、行動する理由」アーカイブ動画を期間限定配信中です!

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