高橋さん家の次女 第2幕

第26回

スーパーの謎

2024.01.30更新

 12月、甥っ子の音楽発表会に行ったら、同級生とお母さんに遭遇した。姉について行って、中学校や小学校もうろちょろしているので、この頃は同級生や先輩に会うことも多くなった。懐かしくもあり、少し緊張もする。

「あれー、くみちゃん帰ってきてたの?」

「わー、久しぶり〜。ちょっと、まあ、うん。そうなんよねー」

 くらいで、ごにょごにょ・・・と濁して会話を終える。何人かにはこっちで農業をやってるんだと話したけど、「偉いねえ(変わってるねー)」的な反応で、あまり会話ははずまない。子育て中のみんなにとっては、ハテナな活動だろう。一緒にやらない? と誘ったら虫が嫌いと言う子もいたし、興味を示す人は少ない。学校の行事でしか農作業をしたことがないという子のほうが多いと思う。田舎の子がみんな自然の中で育っているというのは都会の人たちの思い込みである。

 農業法人にしたらいいのにと言われることも多くなってきたけど、こう見えて私はこの街ではハムスター的存在だ。リーダーには向かない。クラスではすみっコぐらしを続けてきた。バンドをやって有名にならなかったら、みんな私のことを覚えていなかったと思う。

 たまに町でクラスの中心人物たちに会ったとき、話しかけてくれるあの緊張感よ。え、昔なら見向きもしてくれなかった人々が・・・。私のことわかります?

 地元に帰ると、中・高時代のヒエラルキーが今も続く世界なんだなと思う。猫背になる。それでも、少しずつ馴染みたいな、馴染まないといけないなと思って、姉について色々なところに顔を出すようになった。

 そう、そんなわけで甥っ子の発表会の帰りの話だ。

「くみちゃん久しぶりー」

 帰ろうと駐車場に出たところで同級生とその子のお母さんに会った。世間話をしたあと、

「あのね、言わないかんと思いよったんだけど、はるかの畑のところに道が通ることに決まったのよ」

「え?」

「あのあたりに、ずっと道が通るの。だから、なにか新しい木を植えていたでしょう? あそこも、全部道になるからねえ・・・」

 今ここで、世間話の最後にさらっと話すことかしら・・・。私は硬直した。

「あの、それは、決定事項ですか?」

「そうなんよねえ。もう街が進めていることだから決まってしまってるのよ」

 私の家のみかん畑は、一部、彼女の家の農地を借りているのだ。

 畑の真ん中に道ができるそうだ。そこにたまたま、はるかの畑がかかってしまうということだった。

 はるかの畑は、彼女たちのおじいさんが高齢で育てられなくなったということで、10年前に畑どうしが隣接する父に任されることになった。全部で10本ほどのはるかの木が植わっている土地は、これからも使うことはないから、好きなように使っていいと言ってくれて、レモンの木やぶどうの木を何本か移植し、新しいみかんの苗木も数本植えたのだった。

 そこも道にかかるので移植しなくちゃいけないという。あまりに急すぎるなあ。

 土地、やっぱり買っておけばよかった。

 はるかは、30年くらいは経つ大きな木なので、移植は難しいだろう。主任と一昨年移植したレモンの木も、8年もので、かなり大きくなったので移植しても定着するかどうかわからない。時々畑で合うおじいさんは「わしもいつまでやれるかわからんなあ」と言っていたが、数年前に亡くなり、息子さんに代替わりした。引き続き、自分たちは作らないから好きにしてくださいと言ってくれていたので安心していたのだけれど・・・。

 私達が受け継いで10年。畑なら一年で作物の循環があるけれど、木は成長し美味しい実が食べられるようになるまでに10年はかかる。

 こうして、家の街では、下の代に引き継がれずにみかんがどんどんなくなっていく現実がある。一時期(私が子どもの頃)よりも、ジュースなどへの出荷の取引額が上がっているし、みかんを出してくれる人が減っているので、もっと出荷してほしいという声も聞かれるようになった。

 農地だらけの場所に道ができるのか・・・。誰かにとっては必要なものなんだろうけど、はるかの畑も、私達にとっては大切な場所だった。草刈りや剪定も父と頑張ってきたのになあ。

 うーむ。土地を借りるということの危うさを知人などには聞いていた。何百本のぶどうの木を伐採せざるを得なかったという人もいた。でも、自分は大丈夫と思っていた。辺りの農地も荒れ果てているので、誰も見向きはしないだろうと高をくくっていた。

 10年愛情を込めて育ててきた木々。すっかり自分の子と思っていたけど、自分たちには権利がなかったということを突きつけられて、一気に力が抜けていった。毎日世話をしていた私達には相談されることなく道の話は進められていたんだな。貸しておくより、街に買ってもらうほうがいいことも多いのかな。もんもんと考えたのだった。

 1月、製糖の話も書かなくちゃ!  今年も美味しい黒糖ができています。今年は、収量は少なかったけれど、いろんな地域から収穫のお手伝いに来てくれて、本当ににぎやかに楽しい収穫と製糖だった。チガヤ農作物店で、食べ比べセット販売中ですので、是非食べてみてね。

 製糖が終わった翌週に、主任が東京からやってきた。彼女は間違いなく雨女で、毎度雨雲を引き連れてくるのだった。翌日から雨がふりはじめた。

 晴れ間をぬって畑に行きストアーズ「チガヤ農作物店」で注文のあった福袋セットを一緒に作る。わけぎ、ブロッコリー、大根、白菜、ルッコラ、小松菜、水菜とかの交配種、菊芋、ハブ茶、とうがらし、銀杏・・・梱包だけで5セット作るのに二人がかりで6時間かかる。

 農家さんに「農協に出さずに自分で販売したらもっと売上が上がるのに」と言うのを聞いたことがあるけど、この発送準備と農作業を並行して行うことの大変さはやったことのある人しかわからないだろう。ノートや本を送るのとはわけが違う。

 畑へ行って発注分の野菜を取り、黄色い葉っぱや汚いところを落とし、根っこの土を洗って、特に菊芋は凸凹しているのでたわしで洗ってふいて、量って一種類ずつ丁寧に包んで・・・。環境を考えてダンボールもスーパーなどでもらってくる。これにかかりっきりで一日が終わる。

 専業農家の妹夫妻は子育て中というのもあって、農協へ出すだけで精一杯で、インターネット販売の準備とか、梱包まで手が回らないということだった。やってみようとは思いつつも毎日が農作業でへとへとで、なかなか手が回らないという。

 いやー、そうだろうな。これはチームで大規模にやる農家さんか、ブランド化をして制限した量を作り高額で配送ということでしか成り立たないのかなあ。今はほとんどの農家さんがマルチシートをひいているので土を落とす手間もはぶけるようになったそうだけど、私はどうしても土が好きなので、マルチはひかずにねばっている。

 妹夫妻は約100メートル×7メートルのハウスを5棟やっている。これだけでなくお米も3町歩(約30反=3000坪)やっている。他にも野菜や里芋も・・・。信じられない大きさ。これを二人で。しかも、できるだけ自然栽培で・・・手間を考えるとやばすぎるだろ。

 数日後、主任の愛媛最終日もやっぱり雨マークだったので、雨でも濡れない場所、ずばり妹のアスパラハウスを手伝いに行った。

 ハウス栽培は、露地栽培より楽だと思っていた。なめていました。

 1月だというのに、ハウスの中の気温はどんどん上がり、1時には41℃に!!!! 汗だくになって、ぼやーっとしてくる。急いでハウスから出ると、今度はめちゃくちゃ寒い。そうや1月やった。汗が冷えてガタガタする。

 ハウスのビニールを完全オープンにして、なんとか1ハウスのスギナをチョキチョキし終えたのだった。

 妹夫妻は、今まではかたくなに無農薬栽培を続けていた。子どもたちにもそういうものを食べさせたいと思った。

「でもね、除草剤をやらずに、一本ずつ草を抜いていたら、子どもと遊ぶ時間が取れない。少しでも一緒に過ごす時間を優先させたいと思うようになったんよね」と妹の夫が言った。

 その言葉はとても重たかった。

 今は、アスパラの伏せ込みの終わった土に、草が伸びないようなコーティングを散布していて、草は休眠状態だそう。そこにアスパラの新芽がぴょっこりと出てき始めて、収穫して農協に出荷している。ただ、そのコーティングが聞かない雑草が一つあり、それがスギナなのだ。やっぱり強いなあ。お茶にしても体にええもんなあ。

 そこで抜きたい気持ちをおさえて(土がはねると、他の草が目覚めるので)出てきたスギナだけを静かにハサミで切っていくのだ。

 めちゃくちゃ地味で、腰が痛い作業。二人がかりで一日やってやっとハウス1つが終わった。「こんなに暑い中でやってるんですね。アスパラをいただくときの気持ちが変わります」

 と主任。ほんまに、私もハウス栽培の大変さを知った。

 しかもこれだけでなく出荷も毎日あるし、田んぼの準備だってそろそろ始まるんだろう。町でトラクターをよく見かけるようになった。

 ところで、このアスパラ、妹の住む町だけで70軒のアスパラ農家がいるそうなんだけど、地元のスーパーで「愛媛産アスパラ」というのをほとんどみかけないと言う。確かに、佐賀県とか熊本とか県外だな。

「前から思いよったけど、配送とか考えたら県内で食べたほうがよくない? だって、配送料っていう手数料も出荷のときに私達から引かれてるんよ。多分、大阪とか首都圏に行ってるんかもしれんけど、あれってどういうシステムなんだろう。ちなみに、地元の産直に並ぶのは規格外だけよ。一番近くの人は真っ直ぐな綺麗な地元のアスパラは手に入らんシステムよ」

 と妹が笑った。

 農協では規格外も取ってくれるんだけど(そもそも、規定の穴ぴったりサイズのものだけが正規品ていうのが日本の悪しき習慣だ)、それが産直に格安で並ぶみたい。

「毎日出荷している一級品は大阪の競りに出てるんやろね」

「それで佐賀や熊本のスーパーに並んでたりして!」と笑った。

 地元でみかんはいっぱい作られているというのに、スーパーには和歌山産、熊本産、宇和島産(宇和島は県内だが、私達の住む東予からは端と端でかなり離れている)のみかんが並ぶ。和歌山では愛媛のみかんが並んでいるそうだ。私は、四国中央市産みかんというのがスーパーに並んでいるのを生まれてこのかた見たことがない。

 もちろん、産直に行くとあるんだけど、それもアスパラといっしょで規格外なのかもしれない。一級品は化粧箱に入れられて都会へ行くのだろう。

 こういう農業のシステムは不思議だ。都会で食べられるのは嬉しいことだけど、愛媛のスーパーにはもっと愛媛の野菜が並ぶべきではないのかなあ。チェーンだから仕方ないのかもしれないけど、そうすると配送コストなんかも下げられたり環境にも良かったりするのではないかなと思ったのだった。

 ということで、今年もよろしくお願いします。1月も終わります。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

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