第11回
畑の声を聴け
2022.08.28更新
少しずつ秋めいてきて、鈴虫の音も聞こえるようになってきた。毎日、シャワーをあびたように汗だくになりながら、草刈りに励んだ夏も終わるんだな。ほっとしている。
そんな、農繁期の忙しい中、密かに畑の曲を作ってきた私たちチガヤ倶楽部。
「お前達のやっていることは遊びだ。しんどいことを一人黙ってやるのが農業」
と、もっともなことを言う父は、みんなで集まって作業をしたり、終わったあとに家で曲を作ったりしている私たちを白々しい目で見ている。
みんな仕事帰り等にそれぞれに畑に立ち寄り一人で作物を作っている。
そんな中で、一ヶ月に一回か二回、全員で集まって作業をし、一緒に弁当を食べ、近況を報告しあい、時に曲を作ったりもしてきた。これは真剣な遊びだ。自分もしんどかったからお前達もしんどくないと認めないという部活の慣習みたいなのは、そろそろ廃止にしてほしい。楽しくないことは続かない。その結果が今の地域の荒れ果てた田畑なんじゃないかな。
4曲もできてるんだと行きつけのカフェで話したら、「秋に投げ銭ライブをしてよ」という流れになってしまった。じゃあ、そこめがけてCD作ればええよねと盛り上がり、地元のジャンドールというライブハウスでレコーディングをすることになった。ジャンドールは昔チャットモンチーもライブをやったことがあったし、バンドをやっているなっちゃんもお世話になっている箱だ。
なっちゃんはバンドでギターボーカルをしていて、伸びやかなとてもいい声をしている。一曲はなっちゃんソロ曲を入れたいなと思っていた。ある日、母の持ってきてくれたまん丸の揚げドーナツを主任がサーターアンダギーだと言ったことから、ふざけておっくんが「サーターアンダギー、サーターアンダギー」と歌ったところ、そのメロディーがとってもよくて、私がみんなの言葉を集めて即興で歌詞を作り、なっちゃんが帰って残りのメロディーを完成させ「サーターアンダギー」という曲ができた。真っ直ぐな本当にいい曲だ。
趣味でギターをしているおっくんが歌う曲もある。当たり前だけど、人の声には、心が乗っているなと思う。おっくんは決して上手くはないけれど、とてもいい歌を歌う。おっくんそのもののようで、なぜか惹かれるのだ。
ゾエも、最初は嫌だと言っていたけれど、ラップの歌詞を一緒に作って、歌詞作るの上手いなあ。歌ってみたら? と言って、本当に歌ってしまった。でも、ライブに出るのは何が何でも嫌だと言っているので、お面を作ろうかななどと、なっちゃんと水面下で考えている。男性二人が交互に歌う、雑草とソウルをかけた「The Soul」は、おっくんとゾエの歌い方が対局で面白い。
「チガヤガチヤナ」という曲は、チガヤがいかに土の中でスナイパーのように他の作物に影響を及ぼすかをみんなのコーラスに乗せて私が朗読するコミカルな曲だ。
これから新たなコーラスラインを増やすから、プラスでレコーディングしようねと誘っているのが新メンバーはるさん。なっちゃんの幼稚園の先生友達である。
はるさんは、車で45分くらい走ったところに住んでいて、ちょっと遠いので、全員集合の草刈りなどのときに来てくれる。でも、はるさんはチガヤ倶楽部に参加したことで農業にはまって、お父さんの家庭菜園を一緒にやりはじめたそうだ。この間は、にんじんの種まきをしたと嬉しそうに話した。楽しいから続くし、しんどいことも乗り越えられるんじゃないのかな。
私は学校の先生になった気持ちだった。相手はみんな空気をよんで本当の気持ちを言わなかったりする大人だ。それぞれに仕事があって、性格もさまざまで、東京からときどき来る主任のような子もいる。いろいろでいいんだと思う。私だって、高校の部活一色の時代は畑には全く目が向いてなかったものね。
おっくんのソロからはじまる「畑という名のステージ」は、そんなそれぞれが集まって畑というステージに立ち、はじまる物語を書いた曲だ。
みんなプロではないけれど、だからこそいい歌だなとも思う。この畑から自然に生まれた曲だなと感じている。
さて、これだけ麗しき話の後に、現実を書きます。
一昨年の、自治会での一件のあと(詳しくは『その農地、私が買います』の最後を読んでくださいまし)うちの田んぼへいくあぜ道を全て塞がれてしまった事件、ありましたね。読者を震撼させた例の事件、2年経った今もばっちり通れない。歩いては入れるけれど、トラクターとかコンバイン等の農機具は3箇所とも入れないので、田んぼをするのが難しく何も育てていないのだ。
ずっと昔、祖父の代に、明らかに警察に言ったらよかったやんっていう出来事があったようなのだ。もはや書けないけれども。その35年後、自治会での私の意見により、再びスイッチが入ってしまったのだろう。
まあそういうわけで、2枚の田んぼは何も植わっていない状態なのだ。
そこに父はずっと除草剤をやり続けていた。真っ赤に焼けただれた草。生命力がなくなり、表面にはカビのような苔のようなものがへばりついていた土。久々に行ったその場所は恐ろしい光景が広がっていた。
「ここにユーカリとミモザを植えてもええかな?」
と父に訪ねたのは2月のことだった。2枚は広すぎるので、まずは、1枚でやってみようと思った。木々や野草花を植えてガーデンにしてはどうだろう。東京でもユーカリ4本、ミモザ1本を育てていて、2階の屋根まで達している。成長が早くすぐ大きくなるのだ。剪定は必須になるが、ユーカリはドライにしてもかわいいので販売してもいいなと思った。それなら機械が入らなくても一輪車だけでどうにでもできるだろう。
畑をあけておくよりいい。猿もユーカリの匂いは嫌いだろからイタズラされることもないだろう。しかし、父になかなか許してもらえない。爆弾娘のやることにはとりあえず全て反対なのだった。
でも、しぶといのが私の取り柄。暇してるのを見つけてはお願いし続けた。そうして、3月になんとかユーカリの苗木を4本と、ミモザの苗木を1本植えた。
2年以上、除草剤をまきつづけた土だからか、春になっても初夏になってもなかなか成長しなかった。それでも、少しずつ少しずつ伸びていった。
ある程度草の根があった方が保水性もあるし微生物も育つので、「草を少しは伸ばしたいから除草剤をまかないでね」と言った。たくさん草が伸びたら私が草刈りをするからと。
ユーカリは除草剤に弱いので、風向きによっては木が枯れてしまうこともあるし、これから花も植えたいので、土を健康な状態に(10年はかかるが)戻したいと思ったのだ。
父は「わかった」と言った。
5月末・・・土が真っ赤にやけている。何で? あんなにお願いして、了承してくれたのに。尋ねるも不都合になると完全シカトを決め込む。やはり、ユーカリも元気がない・・・。明らかに除草剤に打撃を受けているのがわかる。私は怒りをこらえて、「お願いだから絶対に除草剤はやめてね」と言った。「わかった」と父。
ここまでこの親子を追いかけてくれた人は、もう分かったと思います。そうです、そうは問屋が卸しません。
7月、やっぱり真っ赤に焼けている。この男の「わかった」は1日限りの約束だということがわかった。父は「とにかく草が嫌いなんじゃ。少しも伸ばしたくない」と捨て台詞を吐いて去っていった。草にボコボコにされた経験でもあるというのか。確かに放置したらえらいことになるのは分かるけど、それは一年放置した場合だ。父は、10センチ伸びようものなら、除草剤をまいた。
猿と知恵比べをするように、私は父が生きている限り、我慢比べをしなくてはいけない。
この土地に帰ってくるという選択は、本当に正しかったのだろうかと頭を抱えた。
私のことを誰も知らない、父や親族のいない土地で0からスタートする方が良かったのではないかとさえ思った。
「今頃気づいたん!?」と母は呆れている。
「でも、ユーカリにはまいてないね」と姉が言った。かろうじて、木のすぐそばはまいていない。子育てをしているからか姉は気が長くなっていた。できるようになったことを見てあげよう、ということなのかな。
まいたところは真っ赤に枯れて、まかないところは異常なほどに根っこの太い巨大な草が生えている。ビッグライトを当てたみたいな草! うちの畑でもよく見かけるオヒシバだが、こんなでかいの見たことない。
除草剤を巻き続けた土には、かなり進化した強靭な草が生えると、農家の友人が言っていたが、まさにこれなんだ。根っこを枯らされた草は命を残していくために、薬に負けないさらに強い形態に進化する。まるでドラゴンボールの世界だが、生命力のすごさを知った。
8月頭「除草剤まくな」の看板を作ってペンキをぬり、ユーカリの間に立てて東京へ帰った。
東京に帰って1週間後、なっちゃんから「大変です! イノシシが出たようです」と連絡があった。幸いうちの畑は里芋のまわりを柵で覆っているので、柵の外に植えていたのだけしかやられなかったけれど、近所ではやられてしまったところも(父の畑も)あったみたいだ。イノシシは里芋が大好きなので、これからまた何度も襲撃があるんだろうなあ。頭が痛い。
レコーディングをしたり、音楽を一緒に作ってからというもの、なっちゃんの農業熱が再加熱している! 朝活にはまってよく早朝に畑に来てくれているようだ。楽しかったから、その分がんばれるんだとも思うし、本質的な面白さに気づき始めたのだとも思う。もしこの倶楽部がなくなったとしても、彼女もおっくんも、他の畑で作物を作り続けるだろう。私が目指したいのはそこだ。この先、ずっと一緒ではないかもしれないけれど、どこで暮らしてもこうして種をまき、育てるという選択を選べる人になってくれたらな。いや、みんなそうなってきているなと思うのだ。
竹細工の話も書きたかったけど、満杯になってしまいました! 主任と我が家の竹林に行って、10年もののめちゃくちゃでかい竹を切って、分割して持ち帰り、いろいろな竹細工品を作っている。主任は手先がめちゃくちゃ器用で、普段からスプーンなんかを木で作っていて、一つもらったんだけど、販売できるくらいのクオリティーで驚いた。仕事が終わったらご飯のあと、夜な夜な駐車場で竹細工を作った夏だった。竹のバターナイフ、水筒、タオルかけ、やりだしたら面白くてとまらない。
細い竹では火吹き竹を何本も作ってみた。素晴らしい出来栄えで、火起こしに役立っている。それぞれの個性が見えるようになり、畑で繋がっていたメンバーが、人同士として繋がって、面白さも何倍にもなってきた! よーし、いい感じだ。
そして、その影にはいつも母がいてくれた。だまって作物の様子を見に行ってくれお弁当を作ってくれた。時に黒糖ボーイズの山ピーさんや、姉や妹がいて私たちをサポートしてくれた。感謝の気持ちを忘れずにいよう。
さて、来月の高橋さんです。「石垣の里を守りたい人々」「草刈機のプレゼント!?」の2本です。それでは、来月もまた読んでくださいねー。
編集部からのお知らせ
高橋久美子さん 最新エッセイ集『一生のお願い』(筑摩書房)が8月12日に発刊しました!
文筆活動10周年。詩、小説、作詞、絵本翻訳と〈言葉〉の世界で活躍する著書が人気連載他、これまで様々な媒体に書いた文章をまとめた集大成的エッセイ集
(筑摩書房書誌ページより)
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