高橋さん家の次女 第2幕

第12回

イノシシと秋の雲

2022.09.30更新

 9月、あっちでもこっちでもイノシシの被害を聞くようになった。イノシシは夏以降めちゃめちゃパワーアップする。柵をしていても踏み倒して収穫前の田んぼに入り、どろんこ遊びをして、ミミズを食べる。柵が突破されたもんだから、我らも続け〜! とそこへ猿の集団が入り、米をめちゃくちゃに食べられてしまったとU子さんが嘆いていた。猿が米まで食べるようになってしまったので、私の畑エリアで米をする人は0になってしまった。かつては全て水田だった地域だ。この頃は、みんなかろうじて里芋とか菊芋とか猿の嫌いなものを育てているが、里芋はイノシシの大好物。ギャングたち、あっちでもこっちでも派手にやってやがるらしい。ほとんどはミミズ狙いだ。チガヤがびっしり生えているところは地面が硬いので掘り起こせないようだが、耕して作物を作っている場所は柔らかいから格好の遊び場になるのだった。私たちの畑も、被害が大きくならないうちに何とかしないといけないよねと相談する。

「この頃、移動販売のトラックが来てくれるようになったのよ」と母が嬉しそうだ。
 高齢化が進んで、周りを見渡すと車に乗れなくなった人やバス停まで歩けなくなった人が半数以上になっていた。そんな中、隣町の大型スーパーが移動トラックの試みをしてくれるようになったそうだ。母はまじめだから特に買うものがなくても、「来る人が少ないともう立ち寄ってくれなくなるかもしれんからね」
と、移動販売に欠かさず出席した。子どもの頃によくスーパーの店内で聴いた懐かしい音楽を流しながら移動販売のトラックが坂の向こうから走ってくる。
 懐かしい方々が乳母車を押して既に待機している。久々に見るお顔もある。
「やあ、あなたは、執筆をしている子だねえ?」
 私を子どもの頃から知ってくれている女性たち。小さなトラックは扉が開くと冷凍庫や冷蔵庫もあって、想像以上に様々なものが積まれている。冷凍庫の中には井村屋のあずきバーがマストで入っている。
「甘酒アイスもおいしいけど、やっぱり小豆がええよねえ」
 そんな会話に参加し、おばあちゃんたちの買ったものを袋に入れるお手伝いをしながら、なるほど移動販売は地域の人とコミュニケーションをとる場としても重要なんだなと思ったのだった。巨大スーパーで品定めし選びぬいて買うこともいいけれど、ミニマムな必要最小限の日用品で暮らしていくのも悪くないと思った。というのも、ここ20年、巨大ショッピングモールの出現によって、地元の商店がことごとく潰れてしまって、母を含め運転をしなくなった高齢者たちは買い物難民になっているのだった。
「潰れたのでなく、私たちが潰してしまったんだ」と母は言う。
 母と同じように、免許を返納した後、小さな商店のありがたさに気づいた人は多かったのではないだろうか。だからこそ、移動販売が少々高くても、今度こそは守らなくてはいけないという意思の人が多いと感じた。
 そして、年をとればこのくらいの量で十分で、歩いて行ける範囲で暮らしていたいのだと、みんなそんなことを言っていた。あと、音楽をかけながら走ってきてくれるトラックって、なんだかワクワクするよ。
「なんかほしいものある? 買ってあげるよ」
「じゃあ、カールと母恵夢(地元の銘菓)買ってもらおうかなー」
 これ、小学生の子どもと親の会話だよね。ということで、私と母は週2回の移動販売に皆勤賞の9月だった。

 くるぞくるぞとは聞いていたが、やつら本当に来やがった! イ・ノ・シ・シ!!!
 トラクターさながら、土を根こそぎ耕していく。草刈りしなくていいから助かるけど、ユーカリの根っこも掘り起こそうとされている。よほどミミズを食べたいのだ。
 里芋を植えていた場所は周りをネットでぐるりと囲っていたので問題なかったのだけれど、山に近い方の畝からだんだんと掘り起こされていく。最初に、はるさんの植えていたコスモスがやられたので、土曜日、チガヤ倶楽部のメンバーが全員集合して、花壇側に杭を立ててネットを張った。
 そしたら、今度は山側のあぜ道まで駆け上がり、ダイブしやがった。
 母のらっきょうが盛大に掘られてしまい、別の場所に植え替える。でも私たちには、エゴマと菊芋ブロッカーがある。イノシシはエゴマやキクイモの匂いが嫌いらしく、それ以上は立ち入らないのだった。来年は、外周をぐるりと菊芋で囲ってみようと思う。

 台風14号の接近で、父はぴりぴりしていた。収穫前の稲が倒れて水につかってしまうのではないかという恐怖は四国という土地柄、毎年の恒例だ。農繁期、男たちはイライラしているので、触らぬ神に祟りなし。女たちは余計なことを喋らない秋である。
 稲穂に実が入って頭が重くなっていると、台風でよけいに倒れやすくなっている。米には早稲と遅稲があって、いつ台風がくるかで、助かる稲、命中する稲が出てくる。隣の早稲の人は早々と収穫を終えているのに、我が家の稲は頭を垂れて台風直撃を免れないだろう。
 やっぱり農業は博打だと感じる。
「M子のところは家の10倍の米作ってるから私はM子の家の方が心配」
と母。そう、農家の彼と結婚した妹は、家の比較にならないほどの米や野菜を育てている。
 夫婦そろって農業一本で食べていっているので、1年の収入がかかっているのだ。妹が専業農家になって改めて、農業というのは決して牧歌的な大自然の恵みだけではなく、大博打であることを実感していた。産まれたばかりの赤ちゃんを交代でみながら、妹たちは真夏でも早朝から畑に出ていた。私たちも夏は5時から作業をするが、目の前の野菜が全部駄目だったとしても、収入が0になることはない。その気持ちの差は大きいのではないか。
 台風が去り、
「お米は遅稲(家よりさらに遅いらしい)だから大丈夫だったよ」
と妹から母に連絡があった。10月に収穫するそうなのでまだ穂が垂れてなかったのだと思う。ほっと胸をなでおろす。
 父の方はというと・・・。
「稲が倒れた・・・」と暗い顔で帰ってきた。
「みんなも倒れたんだからしょうがないよ」と母。
 母いわく、台風のときは「白穂」といって、急に温かい強風に吹かれることで稲の穂先が真っ白になってその後も実が入らない現象があって、そちらの方が怖いということだった。
 こういう一喜一憂を見ていると、農業は心に癒やしをもたらすものとは逆に思えてくる。やっぱり、大博打なのだ。しかも自然相手であり、取り戻すには1年かかってしまう・・・。
 ある日、私は出演していたラジオ番組で「土に触れて心を潤されています」と喋った。
 すると数日後、それを聴いたリスナーからメールがあった。
 ふとカーラジオから私の声が聞こえてきて、農業の話をしていて、健康そうでいいなと思ったそう。毎日仕事に忙殺されている自分はこんな生き方でいいのだろうかと思ったそうだ。仕事をやめて農業をやってみたくなったと書かれていた。
 駄目、駄目! そんなに安易に農業の世界に突入したら駄目よ! あごめんよ、農業は癒やしな一面もあるけれど、凶暴な一面もある。そのことを私はちゃんと話さなければならなかった。もちろん私の知り合いも妹夫婦も農業を心から好きでやっている。だけれど、気候変動の大きいこの時代に農業一本で立つというのは、なかなか覚悟のいることだということを、ちゃんと発信する義務があったと反省した。私のやっていることは農業ではない。農を生業にしていない。これは家庭菜園なんです。

 さて、台風の翌朝、主任と畑に行ってみると、見事にイノシシよけの柵が倒れている。我が街、風速50メートルを記録し、川沿いのなっちゃんの家は揺れていたそうだよ。
 裏の竹やぶの竹も何本かあぜ道に倒れてきている。主任がその竹を切って始末し、細い部分で新しい杭を作って、柵を直していった。サトウキビ畑も見に行きたかったし、みかん畑の草刈りもしたかったけど、その日は1日中畑の復旧作業に費やした。
 愛媛で畑をはじめて1年、お百姓は作物に関わること以外の、名前のない作業が多いことを実感する。ずっと手を動かしている。ゆっくり本を読もうと思ってたくさん持って帰っていたのに、結局1冊も読めなかった。

 さて収穫の話をしましょう。おっくんのバジル、失敗続きでしたが彼はネバーギブアップで6月から植え続け・・・8月末に植えたときには、母も私も「そろそろバジルは薹が立つ季節だから駄目なんじゃないかなあ」と可哀想になってきていた。
 ところが、9月に畑へ行って仰天する。バジルが! バジルが! 畑にいっぱい繁殖している。
「秋ってもしかして野菜にとってすごくいい季節なんじゃないですか?」
とおっくんは目を輝かせピュア100%の発言。
 そうですよ。夏は暑すぎて苗を植えてもすぐ枯れてしまったし、育っても虫に全部食べられ、雑草に養分を取られてすぐ駄目になっていたけれど、草の勢いが弱まった今こそアタックチャンス! ゆけ、野菜たち! おっくんのバジルをいただいてジェノベーゼを作ってみる予定だ。
 ゴーヤも相変わらず豊作だし、ゾエが育てていたごぼうも大量かつ立派にできていて、山分けしてくれた。去年は、土の固いところにまで伸びていって掘るのに一苦労だったので、彼は自分で草を醗酵させて作った腐葉土の山にゴボウの種をまいていた。土がふかふかだから抜きやすいし、栄養も申し分なかったのだ。相変わらず抜け目なく、かしこいやつだぜ。そして、太っ腹に分けてくれた! やわらかくて最高においしい。
 太っ腹と言えば、なっちゃんの大学の恩師の先生がチガヤ倶楽部に電動の草刈り機を寄付してくださった。なっちゃんは大学時代から災害ボランティアを専門とする先生に学び、各地で先生とボランティア活動に参加していた。今の私があるのはその先生のお陰だと言っていて、彼女の原点を知りなるほどと合点がいったし感心したのだった。チガヤ倶楽部にくださったものだが、なっちゃんとのこれまでの信頼関係によるものだ。ありがたく使わせていただきます。
 静か! 軽い! 振動も少ない! 30分で電池が切れてしまうのだけれど、また30分充電すれば使えるようになる。私が父の混合油の草刈り機でいつも刈っているけれど、反対側からなっちゃんか主任が電動で刈ってくれたら、30分だとしてもすごく助かった。

 イノシシの暴れっぷりは止まらなかった。10月中旬から狩猟が解禁になるので、そうなると山に逃げ込んで畑には降りてこないんだと近所のおじさんが言っていた。しかしまだ半月ある。
 新しく種を撒いた辺りも荒らされてしまって、もう許せんぞー!
「髪の毛をまくと効きますよ」
と知人に教えてもらい、早速母の行っている美容院に電話をする。誰のでもいいので髪の毛をください! 同時におっくんがネットを買ってくれて、二人で杭を打って、入れなくした。

 母が髪を切ってきて、日分の髪の毛をもらってきてくれた。茶色や黒や白髪の髪の毛がどっさり・・・こ、こわい・・・。でもイノシシを追っ払うためだ。まくぞ!
「髪の毛はなかなか腐らんから、草を刈ったりしてもからみつくし、なんせ野菜の中に入って、白菜の中の方からも出てきたりするからやめといた方がいい」

 まこうとしたときに、近所のおじさんに忠告される。
 ええーーーー。せっかくもらったのになあ。ひとまず、口にしないユーカリ畑にまいてみることにした。ユーカリの根っこも傷められ、葉っぱが茶色に枯れてきていたので、背に腹はかえられぬ。ふわふわと、人間の髪の毛もこう見るとお猿や犬の毛と同じような感触だ。私たちも動物だなと思った。イノシシくんよ、この匂いが目に入らぬか! あ、鼻に入らぬか!
 野菜畑の方も、あぜ道にまいてみた。
 さあ、効果のほどはまた来月書きたいと思います。
 冬野菜の種も、小松菜、春菊、白菜、大根、ほうれん草、たくさんまきました。自家採種したものの方が圧倒的に発芽率が良いことに驚く。ほぼ100%発芽している。買ったものは6割くらいだ。やっぱり種を取らなきゃ、種を繋ぎたいと思った。

 そうだ、サトウキビは台風でめったうちにされて倒れてしまいました。でも折れてはいないのでこのままそっとあと2ヶ月見守りたいと思います。いろんなことがありすぎてまだ半分も書けていないですけど、眠すぎるので、今日はこのへんで筆を置きます。

 来週の高橋さんは「竹で柵を作りたい」「草花染めすごいぞ!」の2本です! また来週も読んでくださいねー!

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

編集部からのお知らせ

高橋久美子さん 最新エッセイ集『一生のお願い』(筑摩書房)が8月12日に発刊しました!

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『一生のお願い』(筑摩書房)

文筆活動10周年。詩、小説、作詞、絵本翻訳と〈言葉〉の世界で活躍する著書が人気連載他、これまで様々な媒体に書いた文章をまとめた集大成的エッセイ集
(筑摩書房書誌ページより)

※筑摩書房さんの公式サイトにて試し読みが公開中です

筑摩書房公式サイト高橋久美子さん書籍紹介ページ

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