高橋さん家の次女 第2幕

第18回

農業と土木

2023.03.30更新

 3月頭、松山空港に降り立つと初夏の陽気で、リュックを背負った背中に汗が滲んだ。今回の一番のミッションは、収穫後のサトウキビ畑に豚糞と有機石灰を入れることだ。
 数日後の日曜日、なっちゃん、ぞえ、うらちゃんと畑に集合する。黒糖BOYSの山ぴーおじさんにいろいろ教えてもらうことになっていた。山ぴーさんは、メールもなかなか返ってこんし電話にもデンワな、現場重視の風のような男。心配したけど、道具を持って飄々と現れた。
「石灰をこれに入れて押してみな」
 運動場に白線を引いたあのガラガラを3つ合わせたような道具を貸してくれた。押し歩くと下の連続した穴から石灰が出てくる。おお、これなら腰が痛くない。
 先月、山ぴーさんが一山だけ畑の入り口に盛ってくれていた豚糞も石灰の上にまいていく。ところが、私が家からもってきていた一輪車のうち一台がパンクしていたのだった。空で押したときには気づかなかったが、山盛り豚糞を入れたらぺしゃんと沈んで、全然進まない。
「これじゃ仕事にならん。人間の力は限られておるんだから、道具の良し悪しで仕事の8割が決まるんぞな」
 と叱られる。本当だ。人が集まってくれていても、道具がなければ半分かそれ以下の力になってしまうんだな。特に、私以外のメンバーは土日しか動けないのだから、しっかりせねばなと反省したのだった。

 豚糞が足りなくなったところで、山ぴーさんが、「ほんならそろそろ行こうか!」と自分の軽トラに乗っていきなり走り出した。え! ゾエが、軽トラで追いかける。私達女子3人も、うらちゃんの車に急いで乗り込むが、見失った。なんなんだよー。山ぴーさんは本当に風の又三郎のような男なのだ。男子ってほんとに勝手やなあとゾエに電話してようやく山間の養豚場にたどり着いた。
 ここで高齢のご夫婦が100頭の豚を育てている。私の小説の中ならば、おじいさんが重機を運転し豚糞を運んで、おばあさんが隣で私達に対応してくれる設定にするだろう。でも、リアルは、ユンボを運転して、ゾエの軽トラに豚糞を入れてくれているのはおばあさんだった!! 達者すぎるわ。80歳過ぎてすごい、かっこええ。しかもメイクもしゃんとしてらっしゃるのだ。何か私達より余程ハツラツと働いていて、見習いたいと思った。
 やっぱり、豚糞は全然臭くなかった。
「うちのは籾殻と糠を入れて、普通の何倍もしっかり時間をかけて熟成させているからいい肥料なんだよ」
 農家さんにも喜んでもらっているのよと誇らしげに言った。
「化学肥料を入れたら一気に野菜が大きくなりすぎるけれど、この肥料ならば、野菜がじわじわと大きくなるから、まだうちの白菜は薹が立たずに食べれるんよ」
 重機から颯爽と降りて、「豚舎も見ていく?」と言ってくれたので、私達は長靴を消毒して豚舎の中へ入った。豚糞肥料がいかに上手に発酵しているかが分かる。鼻を突く強い匂いに、この数の生き物を365日世話することの大変さを思った。
 ピンク色の子豚たちが小屋の中で走り回っている。豚はみんな綺麗好きなので、きちんと同じ場所で排泄をして、体はいつも綺麗にしているのだそうだ。母豚の大きいのに驚いた。『もののけ姫』に出てくる獅子神様くらい(いや、それは言い過ぎだろう)はある。
 3ヶ月で大人になり、5ヶ月で出荷されていくのだとおばあさんが言った。もっと早く出す業者もあるそうだ。センチメンタルな気分になっていく中、ゾエは「子豚の丸焼き食べたいなあ」と呟くので笑った。私達はこういう豚たちをいただいているんだねと話した。
 おじいさんおばあさん(お孫さんたちもいた)に大切に育てられ、糞尿は畑へと返って農作物になり、余すことなく循環していくんだな。その現場を見せていただけて、これまで以上に大切に豚糞を使わせてもらおうと思った。
 お礼を言って、お土産の黒糖を渡し、私達は畑に戻り、引き続き豚糞をまいた。

 「道具」、「段取り」。畑をするようになって、よくよく聞かれるこの言葉。いくら頑張っても台風や大雨で一撃で駄目になることも多いが、備えること、予測することが最も大事だということを学んできた。例えば、土地に適した作物を植えるとか、収穫時の動線を考えて田植えするなどなど。効率を考えないと、いくら好きでも毎年毎年は続けられないことも分かった。それで言うと、昨年はサトウキビ畑の草刈りに手を焼いた。無農薬・無化学肥料でやると決めた以上、全て手刈りである。夏場の草刈りを考えると今から憂鬱になる。
 ということで、今回は大量のバカス(はかまの部分)を、畝間に敷き詰めて、除草と肥やしの両方にしてはどうかと、山ぴーさんが提案してくれた(例年は焼いている)。
 バカスは繊維がしっかりしているので完全に土に戻るまで1年以上かかるけれど、それでも落ち葉など腐葉土を敷き込むと思えば、一石二鳥だ。畝間に散らかったバカスを集め、石灰と豚糞をまいたところを山ぴーさんがトラクターで耕してくれ、そこに蓋をするように再びバカスを敷き詰める。日光が当たらなければ草も伸びてくることはない。これがなかなかに大変な作業だったけれど、一日がかりで終えることができた。
 バカスや麦わらを敷き詰めるという除草方法は、手間はかかるが、時間をかけて堆肥になるという点で、マルチシートよりも優れている(マルチシートにも土に戻るものはある)。
 しかし、やまじ風という悪風の吹き荒れる地域ゆえ、水路に詰まって、水利組合にちくちく言われることもあるので気をつけて水路の掃除をするようにと山ぴーさんに言われた。黒糖BOYS経由で借りているサトウキビ畑なので、BOYSたちに迷惑をかけないように気をつけないとな。
 昼からは、地中に保存していたサトウキビを掘り起こし、二芽ずつ切って、枯れてしまった株元へ植えていく。サトウキビは収穫後も5〜7年は新芽を出すので、植え替える必要はないが、枯れてしまう株もあるので、毎年、少しずつ植え替えていくのがベスト。
 一日がかりで、来年のサトウキビ作りに一番大切な土作りが終わったのだった。
 土筆が一本畑に生えているのをゾエが見つけた。探したら辺りにかわいい顔をぽんぽんと出している。ゾエが土筆を食べたことがないと言うので、みんなで大量に土筆を取った。
 その夜、半分寝ながら、母と二人、せっせとはかまをむいて、翌日食べられるように灰汁を抜き卵とじにした。くたくただけど、私も母も食欲が勝ってしまう。みんなに旬の美味しいものを食べさせてあげたいなという気持ちが母の中にはいつもあるのだ。

 翌日は、朝からみんなで里芋を植え、夏野菜の種をまいた。この里芋を巡ってもひと悶着あったのだが、これはまた今度書こう。
 昼からは昨年のサトウキビ作りお疲れBBQをした。奮発してお肉屋さんでお肉をたくさん買った。こういう時間も必要だよね。それから、家で使わなくなったものをそれぞれに持ってきてフリーマーケットをしたりして、親戚の子供達も大フィーバーで愉快な一日だった。

 順調に行きそうに見えたが、やっぱり事件は起こるわけで。
 数日後、畑に行くと猿が、種を植えたばかりの畝を盛大に掘り起こしてしまっていたのだった。種を植えた場所は、昨年の里芋の跡地だった。食べ物のなくなった冬、猿たちはここの里芋を掘って食べたのだ。春になり里芋はもうないのに、まだ何か埋まっているんじゃないかと、寒冷紗を引き剥がして掘ってしまったのだろう。
 種を蒔く以前の話になってくる。前述した「道具」「段取り」が大切とはこれなんだな。
 いつかはネットで天井まで覆ったハウスを作りたいねと話していたけど、種まきと収穫と野生動物対策に追われて後回しになっていた。
 うらちゃんのバイク仲間に、ふくつうさんという建築の地盤のプロがいると聞いてはいた。「その心は」と聞きたくなるニックネームのふくつうさんが、組み方を教えてくれるから、ネットハウスを早急に作ろうということになった。
 翌週、友人が余っている単管5本を譲ってくれることになり、父と軽トラでもらいにいく。昼から噂のふくつうさんが、うらちゃんと同じYAMAHAのSRで松山からやってきてくれた。「前からの知り合いみたいに話しやすい方だね」と母が言った。本当に、親切、丁寧、威圧的でない、素敵な方だった。
 単管が5本では足りないので、まずは、畑の広さを図って、どの寸法で立てるのか、ジョイント部分に何センチ取るのかなどを話し合う。文系の私は、半分くらいしか頭に入ってこないけど、うらちゃんと、おっくんは大体を理解している様子。残りの20本余りを鉄くずの業者に行って買うことになった。近所ではあるが、何となく近寄りがたかった鉄くずの業者さんは、行ってみるとみんなとても親切だった。
 4メートルの単管を数十本、そしてジョイントを100個買った。ダメ元でお願いしてみたら、なんとクレーンのついた車で畑まで運んで下ろしてくださった。一人では絶対にやれないことが、みんなの協力で形になっていく。楽しいや嬉しいが私達を進ませてくれる。

 夕方から、おっくんとうらちゃんとで、父の軽トラを借りてコーナンまでイノシシよけの柵を30枚買いに行く。ネットハウスの低い部分を囲う予定だ。普通のネットだけではイノシシに突進されたら簡単に突破されるからだ。とにかくお金がかかる。
 鉄はどんどん値上がりし、一昨年の1.5倍になっている。さらに、天井まで頑丈なネットを張り巡らせるとなるとプラス10万近くかかる。母が数年前作ってもらったハウスでは、猿が大勢でハウスの上に乗って飛び跳ねるのを見ていたので、ネットも頑丈なのを買わなければ壊れてしまうのだ。
 野菜を育てる前に、設備を作らなくては農業ができない現実。野菜をいくら売ったら採算取れるんだ。家庭菜園レベルでこれだから、猿に見つかってしまった果樹園の方々を思うと離農していくのも仕方ないと思った。
 そこに対しての何か助成はないのかと、うらちゃんと市のHPなどで調べてみるも、何も出てこない。自給率を上げると口で言うのは簡単だが、これはもはや農家がやることではないのではないか。以前私も参加した罠猟の無料講習や、罠の貸し出しはあるけれど、猿を自分の手で殺すというのは、周囲で農業を営むおじいさんおばあさんには、あまり現実的な話ではない。獣害については誰を攻めることもできない。自分たちの暮らしが積み重なって招いたことだからだ。「市が何もしてくれない」と言うのもおかしい話なのかもしれない。だけれど、もう少し第一次産業に税金を割いてくれてもいいのではないだろうか。

 古くなった石垣をイノシシが滑り降りるので、あちこち崩れている。「自分のやっているところなんだから何とかせえよ!」と父にどやされ、いやあ、やること多すぎてもうパンクですわと思う。
 崩れた石垣の大急処置だけでもと、母と溝の草刈りをし、溝を埋めてしまった石を取り除き、以前石垣の真田先生の講習で習ったように中の草や土をかき出して、グリ石を入れて石を積んでみる。うん、なんとなくしばらくはこれで行けそう。本格的に崩れてきたら、真田先生たちに来ていただいて直したいなあ。やること多すぎるな。

 ユーカリ畑も大変なことになっていた。一週間降り続いた雨で、イノシシが耕しまくったたくさんの窪地に水たまりができて、せっかく大きくなったユーカリの葉が赤く枯れてきている。私の見通しが甘かった。「段取り」不足である。もっと水はけのよい土地に植えるべきだったのだ。そして、もっと土を盛り上げて、砂や砂利を中に入れて植えてやればよかったのだろう。4本のユーカリと1本のミモザの周りにぐるりと溝を堀り、水路を作っていく。水を含んだ土の重さが腰に来る。予測して、もっと早くに整えておくべきだったのだ。後手後手になっては、悪循環になるのだな。

 農業とは、その半分が土木であることを思い知った3月だった。シャベルで溝を作りながら、石垣を直しながら、水路の土砂をかき出しながら、続けることの難しさを知る。
「よその人に迷惑をかけんように」「段取りよく」「先のことを考えて」
 耳にタコができるほど父に言われてきた言葉。なるほど、土地を守ることで精一杯だというみんなの気持ちがよくわかる。
 作物を作っている私達は、作物を作るだけで手一杯になっていた。自分の限られた力を「道具」をうまく活用することで広げられるんだな。
 そろそろチームの耕運機を買わねばならんねえ。軽トラも何件かの車屋さんに相談にいき、そろそろ買えそうだよ。いくらアナログな私とて、メカに興味を持ちはじめる春である。

 さて、3月26日に新居浜にある行きつけのコーヒー屋さんで、私達チガヤ倶楽部の初のライブが行われました。翌日、畑に出てみて、畑をしながら言葉やリズムが生まれることは自然なことだなと思った。土地を守るだけが目的ならば、その眼差しは失われるかもしれないとも思った。喜びや、嬉しさ、そういうことで回っていく車輪でありたい。

 チガヤ倶楽部の美味しい美味しい黒糖、残り少なくなりました!
 こちらからどうぞ!

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

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