高橋さん家の次女 第2幕

第25回

0から1へ

2023.10.18更新

 香川県の山間部の町でトークイベントをすることになった。誘ってくれたのは、サイトウコーヒーというカフェの齋藤さんだ。冷房がないので夏はお休み、というちょっと尖った感じがいいなと思った。というのも、私も畑が忙しくてまだ行けていないのだった。

 齋藤さんは『その農地、私が買います』を出した直後、HPに熱いメールをくださった。ミシマ社にも、全国から熱いメッセージはたくさん届いていたけれど、今は都会に住んでいる人だったり、農地を手放してしまった人・・・つまり、息苦しさを感じて外へ出てしまった人が多かった。

 田舎に住む人からの反応は、なかなか厳しいものが散見された。私も、田舎に住み始めた今なら書けなかっただろう。小さくて大きな村社会の一員として生きるということは、ともに大笑いしつつ、時に息をひそめることでもある。

 そういうわけで、少々へこみ気味だった出版直後に、自分の町の近くで暮らす齋藤さんからの応援メッセージはとても心強かった。齋藤さんは関東からの移住者で、田舎での暮らしに癒やされつつも、この本で書いているような空気感を多少なりとも感じているようだった。また、高齢化で手放されていく畑が多いことや、それをどうにかできないかと思っていること、食べている作物がどのように口に届いているのかを知ることの大切さ、自分も仲間と畑をやってみようと思っているとも書いてくれていた。

 本を出した後のもう一つの現象としては、朗読会などに来るお客さんが明らかに変わったということだった。麻の服を着たヒッピーっぽい方々が、私の朗読を聞いている。イベント後「もっと強そうな方だと思った」とおっしゃる方も多かった。実際の私があまりに牧歌的だから拍子抜けしているようだった。

 農や食のイベントにも、そういう方が参加してくれることも増えた。けれど、元々その土地で農業をしている人が来ることは殆どなかった。農業者でも、都会からの移住者や、2拠点生活者、一度都会に出て戻ってきて、みたいな人ばかりだった。地元の人としては、またそういうのか・・・と思われているのかもしれないし、そもそも農業とか食に興味があるのは都会に住んでいる人のことが多かった。

 サイトウコーヒーでの農のトークイベントも開催間近というのに集客は芳しくない。そうなのです、農地のない都会でのほうがこういうイベントに興味を持つ方がたくさんいるジレンマ。

 東京の友達の多くは、無農薬野菜を求め、水筒を持ち歩き、使い捨て生活をやめ、表示成分を気にし、プランタで野菜を育てていたりする。意識高い系と言われるとまあそうなのかもしれないけど、今できることを実践しようとしている。でも、土のない都会に住んでいる。歩調を揃えないといけない田舎の空気に馴染めなさそうと言う。もちろん田舎にもそういう方々はいる。そういう方たちは、私が誘わなくても畑をやっていたり、上記のようなことを実践されている。

 私の農業チームのメンバーたちは、そういう子は殆どいなかった。ペットボトルのお茶を飲み、コンビニのおやつを買い、無農薬かどうかを意識した食材選びもしないだろうし、添加物の有無も気にしない。私が誘わなければ、畑をしなかった人たちだ。福岡正信の『わら一本の革命』も読んでないだろうし、私の『その農地、私が買います』を未だに読んでない子も多いんじゃないかな。この連載も読んでないだろうから、安心して書けちゃう。

 実際、最近も、「激安スーパーで冷凍ポテトたくさん買ったんでじゃがいもいらないっす!」と平気で言う子もいる。正直で良い。私はそういうのを全く否定しない。私は私の考えがあるように、みんなも自分が生きやすいように生きたらいいと思う。

 農業チームと聞くとさぞかし、エコ! 全部自給自足のナチュラルチーム! と思うかもしれないが、そんなこともないのだ。

 こんなこともあった。この夏に主任が東京から来たのでみんなでどっかに遊びに行こうということになり、普段どこ行ってる? と聞くと「イオン」とタイムラインにすぐ返ってきた。リアリティありすぎるわ。わざわざ東京から来た主任とイオン行くん? まあそれもええけどと、私はあえて話し合いに参加せず、若い衆のタイムライン上での会話を見ていた。そうして、主任の希望もあって地元の商店街を歩いてみることになった。「なにもありませんよ」と皆一様に言う。確かに、立派なアーケードは、ほぼシャッター街だった。

「やっぱりクーラー効いたイオンに行きたいなあ」

 そんなことを言うやつも引き連れて、港までぶらぶらと歩いた夏の思い出。その街は、私以外の殆どのメンバーが生まれ育った街だった。子どもの頃の思い出、お祭りの話、お世話になった子ども病院、制服はここで揃えるんですというお店だけは今もやっていた。何もなくないじゃないか。君たちを育ててくれたいろんなものが、ここには詰まっていて、そして今はなくなったんだ。

 私は、はじめメンバーを集めるとき、「自然栽培での農業に興味がある人」という枠で募集しようかとも思った。でも、そういうことに興味のある人たちは放っておいても自力で土へ辿り着くだろう。食や農のイベントをしても、本当に知ってほしい人たちは来ない。来てくれるのはもう既にそういう生活を実践している人だ。まだ0地点にいる人を1にすることこそ私がやるべきことじゃないかなと思った。

 別に、無農薬野菜が偉いとは思わない。私もスナック菓子を食べるし、スーパーにもコンビニも行く。水筒を忘れたら自販機の水も買う。第一に、メンバーの中で私は自分が一番いびつでずるいと思っている。3.11のあと、東京で生活することにあれだけ疑問を感じ悩んだのに、未だに去れずにいるのだから。

 畑に来る理由は様々でいいんだろうと思っている。

 ただ、一つ。齋藤さんもメールに書いてくれたように、自分の口にする野菜がどう育つのか知って選ぶのと知らずに買うのとは違う。育てた野菜が美味しいことに感動して、自分でも家の近くに畑をやりはじめたメンバーがいたのは嬉しい出来事だった。みんな、知る機会や農地との出会いがなかっただけで、やってみれば、仕事をしながらでも畑はできる。

 最近入った愛媛くんに、種まきをしませんか? とメールしたら、「これからどんな野菜ができるかわからないです」とメールが返ってきた。そうよねえ、スーパーに行けば冬でもきゅうりが並んでいるのだから、無理もない。そして、祭があるから10月は行けませんとな。そうやなあ、20歳やもん、太鼓の音聞きよったらうずうずして種まきどころやないよなあ。焦らず、ゆっくり育てていくのだ、彼が1になる日まで。

 私が半分愛媛で暮らすようになって、すごい人との出会いもあった。それはすぐ近くに暮らす鉄工所のおじさんだった。この連載にもよく登場してくるが、このあたりではちょっと変わり者として知られていたので、近所にいたのに(奥さんとは仲はいいけど)おじさんとはあまり話したことがなかった。

 おじさんは頑固だし、本音しか言わないから、ちょっと怖そうと思っていた。もちろん自治会なんていう空気の塊みたいなもんは抜けているパンクな人だ。私がバンドをやってテレビに出て、近所の人がひゃーひゃー言っていたときも、おじさんだけは孫を連れてサイン色紙なんかもってこなかった。

 おじさんの倉庫には、瓶がずらりと並んでいて、在来種の種が何十種類とある。

 まあまあ仲良くなってきた今「これ、私に引き継がせてもらえませんか?」と言ってみるが、分けてくれない。まだ1、2年、しかも草ぼーぼーの畑の私は信頼するには足りないのだ。

 おじさんの鉄工所は、誰か写真集にしてくれないかと思うくらい魅力的な、生活のためのアジトだった。風通しの良いところには玉ねぎやにんにく、麦が美しく干され、もろぶた(長方形の木製の箱)には、丁寧により分けられた黒胡麻や金胡麻がびっしり輝く。使い込んだ道具が、古道具屋のように美しく木箱に並んだ。焼きごてを自作し、木の道具には屋号が押されている。輪切りにした幹の中をくり抜いて蜂の巣箱をいくつも作って設置して、蜂蜜を採取し、砂糖は一切使わない生活をしている。もちろん野菜も味噌もお手製。仲間と山へ入って、山菜やわさびなんかを採っているらしいけど、山へは同行させてくれない。川へ魚をつりにいくのも、海へカニをつかまえにいくのも、連れて行ってはくれない。

 おじさんの弟子だったのは私の妹だけだ。妹はサラリーマンをやめてから結婚するまでの数年間、一人で農業をしていて、おじさんに様々なことを学んだ。種を分けてもらっていたり、山や川へも連れて行ってもらうようになった。本気でやっていることが伝わったからだろう。

 たくさん蜂蜜を採取しても、なかなか蜂蜜をくれないおじさんが、妹の結婚祝いで大きな瓶にいっぱいの蜂蜜をくれた。それも一番にとれる(蜂蜜は七番くらいまでとれます)一番良質な蜂蜜を。

 福岡正信みたいな人がすぐ隣にいたのに気づかずにいたのだ。80歳を超えたおじさんから、あとどのくらい学べるのだろうかと思ってしまう。

 おじさんは携帯をもっていない。

 先日、じゃがいもの芽がなかなか出ないから、深く埋めすぎただろうか? と尋ねたら、

「秋でも今年はこれだけ暑いから、深く埋めて正解よ。浅いと、太陽の熱で腐ってしまう。深いほうが温度が変わりにくいから、それで正解」

と言った。予言通り、遅れて芽は出てきた。

「あんたらスマホで何でも調べるだろ? 野菜の育て方だって、本にもスマホにも出てるんだろ? でもな、同じ条件ということはまずない。今年みたいにものすごく暑い年、雨の多い年、少ない年、そこの土質、条件は違う。それを知って種を蒔く時期を決めたり水をやったりせんといかん。ように観察して一年一年経験して身につく。最近の子はぼーっとして、タケノコだってワラビだって、そこに見えてるのに気づかん。便利になりよるんかもしれんけど、どんどん野生の勘が鈍くなりよる」

 まさにまさに。帰ってきたばかりの頃は、私も妹や姉とタケノコ堀りや栗拾いに行くと、二人の半分くらいしか取れなかった。それに今年は暑すぎて、夏野菜ができはじめたのは9月中頃からだった。暑すぎて虫が飛ばなかったから受粉しなかったのが原因のようだ。

「勘が働かんでも、野菜が枯れたら、スーパーで買えるからみんな必死にはならんのだろうなあ」

 これもまさにだ。これを逃したらもう食べるものがない! みたいな状況じゃないもの。

 おじさんは少年期までを山で過ごしている。年に1回、町(といってもうちの田舎町です)の市場までなんと片道40キロ歩いて必要なものを買い、それ以外は全部山で自給自足をして暮らしたそうだ。反動で現代的な生活に憧れそうだけど、その後集団就職で大阪や名古屋で暮らした時代があったそうだから、やっぱり山の生活の良さへ還ったのだろうか。

 廃棄された機械をもらってきては、溶接して何でも作ってしまう。現役時代は腕のいい鉄工職人だったと母からきいた。友人が取り切れなかったライ麦を、なっちゃんに頼んで収穫してもらったのは6月のこと。一ヶ月干し、私が一週間かけてゴムとんかちで叩いて脱穀し、最後の製粉をおじさんにお願いした。おじさんも一年分の小麦を作っているので、製粉機を自作している。その機械のかっこいいこと!

「円錐形を溶接するのはなかなか技術がいるんぞな」

 工場の話を聞きながら、時間をかけてゆっくり製粉されるライ麦。

 ふすまを入れたままで、母のレシピで、うらちゃんや主任とさっそくパンを焼いた。驚くほどおいしくできて、おじさんにも持っていったら、えらく感動してくれた。

 ああ、母もおじさんも、同世代ならば、ないものを持ち寄ってこの場所を何倍にも面白い土地にできるのにな。見渡せば、周辺は殆どが空き家だ。十年後、達人たちが去ったあと、私はもぬけの殻になったこの場所でどうするのだろうかと、不安な気持ちになるときがある。

「あれだけの人数をまとめるいうたら大変じゃろう?」

 よけいな話をしないおじさんとそんな話をするようになるとは思わなかった。

「そうですねえ、みんなそれぞれに性格が違うからね。まあ、それぞれに楽しんでくれてたらいいんですけどね」

 おじさんが、はじめて私に蜂蜜をくれた。一番採取のではないらしかったけど、少しずつ理解してくれはじめたのかもしれない。わからないけれどね。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

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