高橋さん家の次女 第2幕

第16回

黒糖への情熱

2023.02.01更新

 全体的に適当な私は、変なところで凝り性だ。ミュージシャン時代、タムやスネアの一音一音に神経を尖らせていたのに比べると大分ましになったとは思うけれど、ここにきて黒糖だ。全力で黒糖の味を追求しはじめたのだ。
 というのも、12月に東京に帰り、初めて作った黒糖を料理人である友人のお店に持っていったところ、友人は「すごいね」と言いつつ、自分が使っている黒糖を厨房から出してきて私に試食させた。黒糖なのに乳白色をしている。「うそだ、これは和三盆糖じゃろ?」と言ってしまうくらいに雑味がなく、けれども温かみのある味だった。胸がざわざわした。
 その黒糖は石灰を入れていなかった。
 スーパー等で販売されている黒糖のほとんどは、サトウキビを絞ったあと、汁を煮詰める段階で食用石灰を入れる。そうすることで土や灰汁といった不純物を沈殿させることができるのだ。沈んだものは入れず綺麗な液体のみを製糖している。確かにいっぺんに汚れなどが取れるので楽な方法だ。十分に美味しいのだから、これでもいいのだけれど、石灰は食品添加物でもあるし、味の変化もあるはずで、私もできるなら入れないものを作りたかった。でも、一窯分を作るのに軽トラ2配分のサトウキビ・・・。チャレンジするにはなかなかの量なのだ。失敗してはもともこもないので、12月に製糖した2窯は黒糖BOYZに習った通りに石灰を入れて作った。とても上手にできて満足だった。でも、友人に出された黒糖を食べてからは、さらに石灰なしを食べてみたいという思いが積もっていった。

 一体、この白い黒糖はどうやって作っているのか。
 私は寝ても冷めても黒糖のことが頭から離れなかった。いろいろと調べたり聞いたりしていくと、一本一本の黒糖を全部洗って、サトウキビのまわりにべったりとついている黒いアクを取り、さらに石灰を入れないことで、滑らかな口溶けの洗練された味になるようだった。理解はできるが、とんでもない労力だ。
 サトウキビの周りにはなぜだか黒い炭のようなものがついている。黒糖BOYZによると、カビだという説もあれば、台風などで倒れたときに土に寝てしまったため、微生物が反応してこうなったのだなど諸説あるようだ。こそぎとって舐めてみるとアクのエグい味がする。絞り機で絞ったときにこの黒いアクも混ざっているはずで、この灰汁や根っこの方についた土を落とすために石灰を入れているのだと思う。さらに、煮詰めていくときに浮かび上がる灰汁は、私も黒糖BOYZたちも丁寧に取っているので、普通の黒糖よりも茶色っぽくて優しい味わいの砂糖が作れている。通常の黒糖の何倍も手間暇をかけて作られたものである。でも、どうせ手間暇かけるならもうひと押し!
 あと6窯製糖できる。全部同じ味になるくらいなら、思い切って灰汁を全部拭き取って、石灰も入れないでやってみたい。私は、軽トラ二杯のサトウキビを全部濡れタオルで拭いてみたいと言った。チガヤ倶楽部のメンバーはたまったもんじゃない。前日は雨の中、一日中刈り取りをしてただでさえ疲れているのに、一本一本汚れを拭き取るだなんて・・・。黒糖は黒糖なんだから、石灰で沈殿させる普通の方法でいいじゃないか・・・失敗したらどうするんだよ。と顔に書いている人もちらほら。そうだよね、真夏の草取り、真冬の刈り取り、全部手作業で、毎回へとへとだ。でも、ここまで丁寧に育ててきたからこそ、味を追求していきたいじゃないか。
 黒糖BOYZのOさんと山ぴーさんも製糖のときはいてくれる。製糖料を払うとはいえ、明らかに時間がかかるし作業場が汚れるし迷惑な話だった。
「石灰なしはできると思いますよ。でもね、一本ずつ洗うのは無理だと思います。私達も数年前に洗ってみたんだけど、5時間かかってそんなに味も違わないので一回やってやめました」
 そうか、黒糖BOYZたちも一度はチャレンジしてみたんだな。
「そこをなんとか。今日はメンバーも5人いるのでチャレンジさせてください」
「そうですか、じゃあやってみたらいいと思いますよ」
 弁当のときに「われわれのやっている全部手作業での黒糖作りっていうのは、黒糖への思いがある人じゃないとずっとは続かないんだよ」とOさんが言った。だから、そういう熱のある人だけお手伝いとして引き受けているようだった。とてもよく分かる。冷静になれば、たかが砂糖。砂糖の味を追求し続けるパワーなんてみんな持っていなくて当然なのだ。でも、どんなことも追求する気持ちがあるからこそ面白いし、飽きずにやってられるんじゃないかな。
 その日、たまたまメンバーが5人いたこともあって、せっせと汚れを拭き取った。サトウキビについた灰汁は何度もこすらないと落ちないので、ひとまず土と酷い灰汁だけはふいて、機械に入れることにした。機械のスピードの方が速いので拭く方は必死だった。腕や腰が痛くなって、翌日はなかなか起き上がれないくらいだった。
 そうして、いつもなら入れる石灰を入れずに煮詰まっていくのを見守った。石灰なしは固まりにくいと言われていたけれど、十分に固まっている。むしろ沖縄のぬちまーすのお塩みたいに粒子が細かくて、ぬったりとしている。色も一段トーンの薄い茶色だ。
 完成した黒糖を食べてみる。うわ、味が全然違う。石灰ありの方は口に入れた瞬間に甘みがダイレクトに来るけれど、石灰なしは優しい甘みと酸味が感じられ何より口当たりが滑らかで優しい。大成功だった。これはすごいことになってきた。

 水曜日、仲間たちはみんな仕事で来られないので、妹が帰ってきてくれた。次は、タワシで洗って全部灰汁を落としたものを作ってみたい。私の腰はばきばきなのに、気持ちはさらに美味しい黒糖に向かってまっしぐらだった。
 二人で朝7時半に製糖場へ行ってタワシでサトウキビを洗った。亀の子たわしでは綺麗に落ちなくて四苦八苦していたら、Oさんがやってきてステンレスだわしの方が簡単に落ちますよと貸してくれた。寒空の下での作業、服もびしょびしょになって冷えてくる。やっぱり絞り機のスピードにすぐに追いつかれて、Oさんも山ぴーさんもイライラしはじめた。すみません・・・。しかも前日に刈り取ったサトウキビが足りなくなってしまって途中で妹が山を降りて刈り取りをしに行った。私は1人洗い続け、いつもならサポート程度だった黒糖BOYZたちにがっつり手伝ってもらうことになったのだった。
 もう、精根尽き果てたわ。と言っても、真夏の草刈りがレベル5だとしたら、これはレベル4やな。できあがった黒糖はさらに滑らかで、和三盆糖のようだ。色は黄土色であの白い黒糖にも近い滑らかな口溶けと優しい甘さ。灰汁を落とすとこんなに味わいが変わるんだなあ。
 妹が、窯から瓶に取り出したまだ液体の段階で、すりこぎでよくよくかき混ぜた方がいいのではないかと言った。妹は長年お菓子屋さんで働いていたので、チョコレートのテンパリングと同じように空気を入れて滑らかにすることが大事だと思ったようだ。なるほど、これまで砂糖の塊が地層のようになっていたのは、重い成分が沈殿していたからなのか。15分ほど、よくよく瓶の中をかき混ぜた2窯目を、木箱に流し入れる。全体に空気が入ってきめ細やかで上品な仕上がりになった。まるでチョコレートのようだ。6窯目にして、今までで最上級の黒糖が作れたのだった。これはもはや黒糖というか、お茶受けにもなる、上品な落雁だなと思った。

 土曜日、うらちゃん、おっくん、ぞえと刈り取り。前日出来上がった黒糖を並べて効き砂糖をしてもらう。妹と全部洗ったものを一番美味しいという人もいれば、拭いただけのものが濃くて美味しいという人もいて、好みはそれぞれだ。あの灰汁が黒糖らしさだといえばそうかもしれない。
 日曜日も、もちろん製糖。石灰は入れず半分は完全に洗って半分は洗わないというのを作ってみた。おっくんがよくよくかき混ぜてくれたので、こちらも滑らかで、なおかつ黒糖らしさが残って、すごくいい砂糖になった。最近はうらちゃんが毎日のように製糖や細々したことを手伝ってくれる。家が一番近いこともあるし、私と同じく味を探求するのが好きなのだと思う。なっちゃんやはるさんは、隣町で黙々とCDのジャケットの切り貼りをしてくれたり、販売用の袋の内職をしてくれて、みんな自分の好みやペースに合わせて活動するようになった。CDといえば、年始はチガヤ倶楽部のCDのブックレットレイアウトを東京で主任とせっせとやっていた。一体、この集団は何をしとるんだ。「楽しいから集まるという単純な理由」とうらちゃんが言っていて、そうだよな、まずはそれでいいんだよなと私も思った。しんどいことが多い農作業で、楽しいとか感動するとか、発見するとか、キラリとする時間は貴重だ。
 この日、うらちゃんと私は昼前に抜けて最後の刈り取り、そして、深めに土を掘って、そこに苗用のサトウキビを埋めていった。寒いとサトウキビは冬を越せないので、温かい土の中で保存してやるのだ。長さ3メートルの大きな穴を掘って、サトウキビを寝かせていく。火サスのようやな。3月、芽を出さなかったところに、これを切って埋めてやるのだ。

 そして、翌週の日曜日が最後の製糖だった。
毎日大量の薪を使うので、周囲の壁はどこも高々と薪が積まれている。持ってきてくれた廃材や剪定をした木を一年寝かし、暇ができれば山ぴーさんはいつも薪を割っていた。薪の美しい積み方を教えてくれたときの言葉が印象的だった。「石垣でも薪でもなんでも面構えが美しいものは崩れんのよ」。一本一本をその薪の形に合わせて凹凸を埋めるように、前上がりに積み上げていく。丁寧に積み上げたものは崩れないということだった。それは人にもたとえられるかもしれない。
 昼、最後のお弁当をみんなで食べた。製糖の日は母が三段の重箱にぎっしりと弁当をつめてくれた。このお弁当にどんなに支えられたことか。「あんたが帰ってきたらこっちもくたくたじゃー」と言いながらも、母はいつも応援してくれた。
 最後の一窯は、糖度が75度になる手前で、糖蜜を取ることにした。糖蜜はヨーグルトやパンにつけて食べると本当においしいのだ。12月にも少し作ったのだけれど、洗ったサトウキビで糖蜜を試してみたかった。でも、半分はより技術の必要な黒糖にしたい。苦肉の策で、途中で大鍋2杯だけ糖蜜で取り出し残りは引き続き熱し続ける。
 徐々に糖度が上がり、かきまぜる粘度が高くなっていく。「温度115です!」うらちゃんが糖度計を窯から出して叫ぶ。火を出さねば!
 この日の山ぴーさんはなかなか厳しかった。私達に独り立ちさせようとしているのだった。「もうわしは手伝わんからな。自分らでせえよ。なんべん通っても、火の扱いを覚えんかったらいつまでも独り立ちはできん。失敗してもいいから自分でやれ!」
 山ぴーさんは釜爺的立ち位置の人で、いつも火を操ってくれていた。それを自分でやる。見ているとできそうなのに、一つ一つの工程に時間がかかって、焦げ付いてしまうのではないかと焦って、頭が上手く回転しない。私は、階段を降りて燃え盛るかまどの蓋を開け、中の火を全部かきだす。熱風で顔が焼けるように熱い。灰が目に入って涙がぼろぼろこぼれる。ホースの先をかまどの中に入れて窯のおしりにミストを吹きかける。「女の子にこれをやらすのは可哀想じゃけど、火を扱えなかったらいつまでも作れんけんな」山ぴーさんの大声を聞きながら私とうらちゃんとおっくんは走り回る。そうして最後の黒糖を自分たちで取り出した。いつかは、おじさんたちがいなくなる。その後を、自分たちで作れるようになっていたい。「まあまあええのができたんじゃないですか」と山ぴーさんが言ってくれた。
 思ったよりいいものができてしまった! 今までで一番おいしいかも! 多分季節も関係しているだろう。最後の収穫のときに「12月よりサトウキビが軽くなってますよね」とうらちゃんが言っていて、勘のいい子だなと思ったのだけれど、その通り、1月後半のサトウキビは水分がとんで、糖度も上がっていくのだ。それがいきすぎると枯れて水分がなくなる。うらちゃんは機械を触るのも得意で、まだ数回しか来ていないのに、製糖場のシステムを覚えるのも速い。それぞれの良いところを持ち寄って、チームというのは積み上がる薪のようだ。

 やっと、やっと製糖が終わった。連日収穫と製糖を続けてきた私とうらちゃん、おっくんはぐったりだった。夕方、二人も家へやってきてしばらく放心状態だった。その日はおっくんの誕生日だったのだけれど、おっくんは目がうつろになってきて床でしばし眠って、母が布団をかけてあげた。なんて誕生日だ! ケーキもなにも買ってなかったけど、おっくんの育てたバジルをペーストにして冷凍していたのを出してきて、ジェノベーゼパスタを作った。楽しい夜だった。

 さて、最後の昼ごはんのときの会話がこちら。
「冬の間に地力を上げとかないと、来年ええサトウキビができんから、今のうちに畑の整地をして元肥を入れてせんといかん」
「え・・・。今日やっと製糖が終わるのに」
「いやいや、作物は冬で差がつくけん、2月中にはトラクターも入れて根切をして、そこへ肥やしを入れてな。私も手伝ってあげますからね」
「は、はい・・・」
 どうやら2月頭には、さとうきび畑に肥料を入れて、私達は次の砂糖の準備をすることになりそうだ。どうしたら山ぴーさんのように70歳を過ぎても屈強な体と精神でやっていけるのだろうか。

 2月中旬より、黒糖の食べ比べセットやCDをチガヤ倶楽部のストアーズで販売しますよ!

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

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