高橋さん家の次女 第2幕

第29回

いざ、石積み学校へ!

2024.02.27更新

 2月のはじめ、徳島県神山町で開かれた石積み学校に二泊三日で参加することにした。

 前から行きたいと思ってFacebookは見ていたけれど、農繁期とかぶっていたりしてなかなか参加できずにいた。今回は四国内だしサトウキビの収穫も終わっていたのでわりかし融通がきく季節でもあった。

 石積み仲間の杉くんにも一応お知らせをしてみる。参加費も宿泊費もかかるし、平日開催だったので、私一人で行くつもりでいたのだが、杉くんは迷いなく「僕もいきます!」と言った。この子も石積みにはまってしもとるわー。

 畑の石積みが壊れかけていたのは二年前からわかっていたのだが、彼が一番石積みに興味を持ってくれた。というより、他の子たちは野菜のことで手いっぱいで、石にまで取り掛かる余裕がなかったのだ。杉くんが入ってから毎週水曜は石積みデイになり、二人で朝から晩まで石を積んだ。せっかく畑に来ているのに野菜も育てることなく、石積みを壊し、土を掘り、ごぼう並の太さになった木や竹の根っこを切り、石を集めて積む。

 お気の毒に・・・。と思っていたが、彼はそれを楽しんでいて自腹だというのに石積み学校にも胸をときめかせている。

 なんて言う私こそ、石積みに熱中していた。めちゃくちゃ面白いではないか。こんなのゲーム好きの子たちは絶対に熱中するはずである。リアルテトリス! 買うのでなく、そこにあるものを集めてきて修復するので、サバイバル的要素もある。

 畑に余裕のある冬の間に習得して、直し始めていかないといかん。この重労働は寒い時期にしかできないだろう。前々回に書いたように、奇跡的に近所のおじいさんにレクチャーしてもらえたこともあり、私達はもう鬼に金棒や! と思っていたのだったのだが・・・石積みのプロフェッショナルである東工大の真田先生のゼミ室に遊びに行かせてもらい石積みの写真を見てもらうと「うーん。一度石積み学校に参加してみるのがいいですよ」ということで、まだまだということだった。

 近所のおじいさん師匠に教えてもらったやり方と、先生たちの方法とではいろいろと違っているようだった。その辺りも、学校へ行ってから見極める必要があると思った。

 朝6時に集合して交代で運転しながら神山をめざす。高速を降りてからは、対向車が来たら終わりやなというぐにゃぐにゃ道を一時間以上走って、山をいくつか越えた。マップで見るよりはるかに神山は遠かった。この分では9時のスタートには遅刻だなあと、石積み学校の金子先生にメールする。

 開催地はWEEK神山という山のふもとにある宿泊施設だった。石積み学校は、場所(壊れた石積み)を提供してくれる現地の人がお昼ごはんなどの準備をしてくれ、生徒の私達が先生から学びながら石積み修復をしていくということになっている。全国各地で開催されているけれど、Facebookのお知らせを見る限りでは四国などの山間部での開催が多い。

 単純に四国に石積みが多いということなのだと思う。だだっ広い関東平野は、段々畑にする必要もないので、石積みを見ることも少ない。もちろん城は石垣が命だが、あれは私達が習得する石積みのレベルを越えている。

 と思っていたら、今回修復予定のWEEK神山の石積みは城かと思うほどに石一つの大きさが大きく、石積みはそびえ立っていた。その上に、私達の宿泊する宿があった。

「とにかく河原へ落ちないように気をつけて作業してください」と先生。

 下は10メートルはありそうな断崖絶壁。落ちたら終わりやなあ・・・。

 あとで町を走ってわかったことだが、神山町は、石積みだらけだ。畑や家々も石積みの上に建っている。山々を切り開き傾斜地に階段状に面積を確保し、それがずれ落ちないように石を積んだのだと思う。そういう目で歩くと、私の住む地域も石積みだらけだ。実際、私の実家も、傾斜地にあり家の一階の眼の前は高い石積みになっていて、その上にお隣さんの家がある。家の二階とお隣さんちの一階が同じ高さだった。

 この地を切り拓き、山や川から石を運び石垣を作った人たちは本当にすごい。石を積んでいると、大きな時代の流れの中に自分がいることを感じた。

 これは初心者が操れるレベルではないなあと慄きながらも、わくわくしている私達だった。うちの畑の石の30倍はある巨大な石を男性たちが何人かで持ち上げて積んでいる。転げ落ちても終わりだけど、指を挟んだらひとたまりもないだろう。いつもは女性の参加が多いそうなんだけれど、今回は私ともう一方だけで、なるほど、そういうことかと思った。役に立てる気がしない。だけど、みんな自分のやれる仕事を探して頑張りつつ技術を習得しようと必死だ。

 こういう力仕事をしていると、それぞれの人となりも見えてくるし、大きな石を持ち上げる男性たちをかっこええわと思う。いくら男女平等といえども、これはなかなか私たちには太刀打ちできない。石積み婚活パーティとかやったら絶対盛り上がるやろなあ。

 石積みだから石を積めばいいわけではない。まず、面となる大きな石を後ろで支えるためのグリ石という小石を集めて、運ぶ作業がある。グリ石はすぐに足りなくなるので、また上に登って石を袋につめて運ぶ。最初は男性がその役割を担ってくれていたが、だんだんみんなが疲れ果てていくのを見て、いや、これは私らもいかないかんわと覚悟をきめ石を詰めて運びはじめた。当たり前だが、石を袋につめたらめちゃくちゃ重い。みかんの収穫で重いものは慣れているかといえば、そうでもない。だって東京にいる一ヶ月は鉛筆くらいしか持っていないもの。ああ、だんだん握力がなくなってきた。

 みんな疲れて喋らなくなっていくが、杉くんは逆にアドレナリンが出てきてめっちゃ喋っている(普段からよく喋るが)。

「初心者のみなさんは、こちらへどうぞ」

 金子先生が初心者コースも作ってくれて、わりと小さい(それでも大きい)石積みを初心者でやることになった。よかったー。先生やベテランの近隣の方々が積み方のポイントを教えてくれる。

 先生たちは、石を見たらすぐにどこが面になるかが見える。普通に考えたらこっちやろーと思うのに「うーん、逆ですね。ひっくり返してみてください」と言う。

 私がひっくり返すと「はい、そこですね」と。

「ええー。収まったとは思えませんけど」

 これだと隙間もあくし、でこぼこになっているけれど、「谷積み」というやり方なので、平らになってしまってはいけないのだ(平らに積むのは布積みという)そうだ。より引っかかりを多くするために、あえて凹凸を作ってそこに次の石を置いていく。

 石がどの形で置かれたがっているか面を見極める。置いては崩して、ときにはトンカチで叩いて角をとって形成しながら積んでいく。石を運ぶことが大変だったので積む時間はとても貴重で、みんな真剣に石と向き合っていた。

 私のように家の石積みが壊れて切羽詰まって来ている人もいれば、石を積むのが趣味になってしまって楽しみで来ているというツワモノもいる。

 またグリ石が足りなくなって、交代でグリを運ぶ。このグリとて、急に集められるものではない。近隣に住んでいる方がボランティアで集めてくれたものだそうだ。石積みは8割が石集めなのだ。人が集まっても石がなくてははじまらないので、その日までに石を用意しておかなくてはならない。

 石積みは人生そのものやなあと、石を運びながら思った。一人でやろうとすれば何年もかかるものが、みんなで力を合わせて4日で終わらせるのだ。人生の中で表の石になることもあれば、グリ石になって誰かを支えることもある。グリ石がなければどんなに大きな石も、風雨で崩れてしまうだろう。でも、たとえ崩れてもまた積み直せばいいのだというのが、石積みの素晴らしいところだ。人生は崩れて終わりではない。また、積み直せばいいのだ。

 表の石は独立で置くのではなく周りの3つの石に接触するように置けば崩れにくい。自分の重さを誰かに支えてもらう。同時に、相手の重さも自分が支えてあげる。人はやっぱり一人では生きていけんのやなあ。一人と思ってることでも必ず誰かが支えてくれてるんやなあと、いちいち感動しながら石を積んだ。

「あー、高橋さんこのあたりちょっと引っ込みすぎましたね。やり直そか」

「ええー!!!」

 みたいなことを繰り返しながら、みんなでやるとあっという間にできていった。

 大きい石垣コースはというと、しまいには単管を立ててチェーンブロックで、ガラガラギリギリと石を上に引っ張って持ち上げている。こりゃあもうプロの現場やなあ。

 石積み甲子園で優勝した愛媛の伊予農業高校の先生もコーチとして来てくれていた。昨年真田先生たちがはじめた高校生たちの石積みの闘いだ。

 主に農業科のある高校の生徒さんが出ているようだ。その美しさや強度などを審査されるみたいだけど、写真を見てびっくり。業者さんじゃないかという腕前だ。いやあ、石積みにはまる子絶対いるだろうなあ。愛媛も徳島も農地だけでなく石積みの上に建っている家も珍しくないから、これからは石積み職人が復活するんとちがうかなあ。今年は愛媛で開催されることになっているそうだから、絶対に見に行こうと思った。

 この石積み学校で何より嬉しかったのは、参加者みんな手を動かして土とか木に向き合っている人だったということだ。へとへとに疲れてはいるけれど、作業を終えた夜に、お酒を飲みながらみんなで様々な話をした。共通言語がある人たちがこんなに集うことは初めてで、とても嬉しかった。どんな道具を使っているか、土中環境をよくするためにどんなことをしているか、水路の話、稲作や畑の話、微生物や生物の話。

 次々にコンクリートに取って代わられているところを、石積みの練習に来る人たちなのだから、私も含めて半歩以上未来を見ている。100年前の技術を学ぶことこそ未来につながると思っている。いや、ただ単純に面白く美しいから、その嗅覚だけかもしれない。

 過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしいって、まさにこのことだなあと思ったりした。

 二日間の特訓を終えて、三日目の朝、神山を出発し愛媛へ帰った。へとへとだけど、感覚が薄れないうちに自分のところの石積みをやっておきたいと思ったからだ。

 でも、改めて見ると石の形が全く違う。薄べったくて小さく、谷積みがやりにくい石の形をしている。土地によって石の形も伝わる石積みの方法も違う。

 石積み学校の金子先生は、私達が教えてもらった近所のおじいさんのやり方も、この土地においては正解なのではないかと言った。石積み学校のやり方も習得しつつ、おじいさんの方法も合わせながらやってみるのはどうだろうと話した。大事なのは、さくさくと積んでいくこと。畑をやりながらその余力で石積みをするというのが畦の石積みの成り立ちだから、グリ石の代わりに土を入れて固めるのも、畑においては間違いではないんですよと言った。石積みは特別な作業ではなく、生活の一部だと思うと、すごく気が楽になった。完璧でなくてもそこにあるもので、できる範囲のベストでいいということだった。

 さっそく石が足りなくなってきて、石集めタイムに入った。疲れたなあ。夕暮れになって、もう今日は無理かもしれないと思っていたところに、伊予農業高校の先生が来てくれた。神山の作業を全て終えて、私達の畑に助けに来てくれたのだった。

 先生はもうベテランなので、迷っている石もすいすいと積んでくれた。そうして、その日に予定していたところは完成したのだった。

 知れば知るほどに迷いが出てくるのもこれまた勉強あるあるだ。

 とにかく、やり続けて経験値を上げていくしかないなあ。あんなにお喋りな杉くんが疲れ果てて喋らなくなっていた。こりゃいかん。また次に私が帰ったときにねーと言って別れた。冬の畑は静かに眠っているようだが、野菜から、ひとつ、また一つと菜の花が咲きはじめていた。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

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