高橋さん家の次女 第2幕

第22回

方向性と夏の空

2023.07.27更新


 夏、来てしまった! 恐れていた夏! 暑い、暑いわ。暑すぎるわ2023、夏。

 去年までのように「朝6時集合で草引きしようね!」とは言えない雰囲気を感じ取っていた。みんなの家から畑が遠いということもある。車で30分かけてこの猛暑の畑に来るという情熱を今年もワンスモアっていうのは、なんとなく言えなかった。
 理由は様々だけど、おおまかに言えば全部この夏の暑さのせいだ。しんどいし、命の危険を感じるほどに日中の農作業はきつかった。
 他には、わいわいするのは好きだけど、農作業自体にディープにはまれなかったという人もいるかもしれない。逆にはまった人は、自分の家の近くに畑を借りたので、遠くまで来る必要がなくなっていた。毎日観察してこその畑だとも思うから、その感覚は正しい。父や山ぴーさんが言っていたように、いずれは各々が一人で土と向き合うときがくる。最も農作業のしんどい夏にこそ、その真価が問われるということだったのだろう。
 畑は自分のペースでしかやれない。だけれど、夏草も夏野菜の成長も待ってはくれない。人の性格も、体質や、これまでの生活習慣も、人間そのものが出るのが畑だった。
 ある人にとっては、育てた野菜は我が子のようにかわいいが、ある人にとってはスーパーへいけば安価に買えるただの野菜なのだ。後者の場合、私が集合をかけない限り、猛暑の畑へ向かう力は出ないだろう。

 みんな単純に疲れていた。草と猿と夏の暑さに。あぜ道の草刈りなんかは特に進まない。「(あぜ道の草刈りは)あまりしたくない」と正直に言ってくれちゃうメンバーもいて、年齢の差というよりは、置かれた環境の差(私の場合、近隣農家との直接的な関係性がある)を感じる。私も自分の畑をもってみて、夏は、ほぼほぼあぜ道と石垣と共有地、水源地まわりの草刈りばかりしていることに気づいた(そりゃ私とて野菜だけ作ってたい)。
 実際、サトウキビ畑で草刈りをしていたら、近隣農家の方に「軽トラが通るときにまがるけん、ちゃんと草刈りしてよ」と言われてしまった。
 いうほど生えてないのだ。夏の草を憎む近隣農家さんたちは、10センチでも生えたら除草剤をまいたり、草刈りをするので、自分もそのペースに合わせるとなると、毎日どこかの農地の草を刈っていることになった(野菜畑はもうやってない)。
 この夏も、あぜ草刈りや溝掃除を本来ならばメンバー全員集合でやるべきだったのだ。ただ、6月は、私の不在のなか里芋が猿に食べられ、急遽、柵やネットで天井まで作り覆うという、ぞっとするような作業があった。しかも1畝や2畝ではない。半反はあって、それを仕事帰りに一週間かけてやってくれたと思うと、この土地での農作業に誘った私の責任を感じずにはいられなかった。これは農作業ではないのだから。

 ということで、共有地の整備は私が頑張るぞと思いすぎた節があった。連日草刈りや溝掃除をした結果7月後半に入って、熱中症らしきものになってしまった。一週間くらい微熱が続きだるくて起き上がれなかった。体の中がカッカと燃えている。全身の血液がマグマのように感じられた。

 さすがに、サトウキビ畑と里芋畑の草刈りは一人一畝は頑張ってほしい。残りは私がやるのでと連絡したら、夕方なっちゃんやおっくんと頻繁に畑で会うようになった。みんなまじめで、一人一畝でいいと言っておるのに、3畝とか4畝とか頑張ってしまう人々なのだった。
 おっくんは、鉄工所での作業も灼熱だというのに、仕事終わりでサトウキビ畑の草刈りをするようになって、これまた熱中症になってしまった。
 ということで、もうやめよ。草、どうなってもええやん。となった。とりあえず野菜たち、自力でがんばってくれ。

 5月の単管でのネットハウス制作あたりからの、疲れがチーム内に出てきている感じはいなめない。この地域では、まず動物から畑を守るための(前回までに書いてきたようなこと)労力を費やし、やっと野菜を育てることができた。その頃には、私を含め、多くが疲弊している状況だった。他の地域でこの話をすると、「ああ、◯◯地区は、ちょっともう厳しいかもねえ」と言われた。そうかー、よそでも、そういう認識の場所になってきているんだなと驚いたのだった。動物も夏は本格的に食べ物が山にないのだろう。柵を踏み倒して入られ、出荷前のスイカを20個近くイノシシにやられたと、すぐ近所で耳にした。あっちでも、こっちでも、父が田んぼから帰るたびに、被害の様子を話した。次はうちの田んぼに来るかもしれないと恐れていた。

 そんなこんなで、夏は、やることが多すぎて、やっぱり、心から野菜作りとか土に興味を持てなければ、続けていくことは難しいのかなと思う。それを、部活の朝練みたいに強制しいつまでも私が顧問をやり続けることが正しいとは思えなかった。もう、各々の自主性に任せるしかない。喜びや楽しさは、仲間とともに見つけるものでもあるが、根本的には一人で探し、その熱を維持することなのだ。私のように、少年期からずっとミクロを掘ることが好きだった人間は(音楽や執筆も孤独な作業だ)すでにそれを持ち合わせているけれど、そうでない人だっている。そこは、自分で見つけるものなんだろうなと思う。それから、体力の有無ももちろんある。

 じゃがいも事件。
 私は6月は東京だったが、そろそろじゃがいもを掘ってねと、おっくんに伝えて2畝のじゃがいもを掘ったと連絡があった。その後も、きっと自分たちで観察をして掘っていくだろうと思っていたが、じゃがいもはずっと土の中にいたのだと愛媛に帰って知った。
 7月頭、帰省し畑へいくと残りの7割のじゃがいもが掘られておらず、ツルは枯れたどころか跡形もなく土に戻ってしまっていた。通常、ツルが枯れたら収穫の合図だから、これでは掘るのが遅すぎる。嫌な予感しかしない。
 土砂降りの雨だったが、私は、急いでじゃがいもを掘った。
 が、思った通り、半分が腐ってしまっていた。持てばずぶずぶと指が入り、汁気が軍手を通り越した。せっかく実っていたのに酷い悪臭を放ち腐っている。もはや土自体が臭かった。それはとても悲しい光景だった。私は、そういうことに一々傷つき、へこたれてしまう。
 来年またやればいいじゃんと切り替えるまでに時間がかかる人間だ。あと一週間早く掘っていれば。私がもっと早く、じゃがいも掘ってねと言えば良かった。
 でも、そうやってこの先もずっと、指示を出し続けるのか? たとえ腐ったとしても、放っておけばいいんじゃないか。いや、腐らせるなんて悲しいから言った方がいいか。じゃがいもで、もんもんと考えたのだった。

 7月、主任が東京から来て数日間畑を手伝ってくれた。他にも植えていたじゃがいもは、虫には食われているものの砂地だったので無事で、母と三人で全てを掘った。
 昨年、主任と植えたじゃがいもは台風で全部駄目にしてしまっていたので、この収穫は待ちに待ったものだった。何と言っても、私や主任の食にかける欲は半端なかった。美味しいものを育てて食べたかったし、自分の植えた植物への愛情もあった。

 種について。
 当然ながら、チームで続けていくと方向性の違いがではじめる。私は種から植えたい。そして、再び種を自家採種し循環させることを目標にしていた。自家採種した種が翌年芽を出すときが最も感動する瞬間だった。
 ただ、苗を買う方が楽だというメンバーもいるし、種で植えることはしても、種を採るまでは面倒だから種は買えばいいという子もいる。なるほどなあと思う。強制はしないし、むしろそれを正直に話せる環境でよかったとも思う。ただ、この先それぞれが突き詰めていくなら、いつかは分岐点がくるのかもしれない。
 いつだったか、「畑のメンバー集めはバンドメンバー集めのようなものだから慎重に」と教えてくれた畑の先輩がいた。ジャンルが違うというだけで、どれも正解。間違いはないのだ。ただ、ロックをやりたいのにジャズをしたい人が入っても満足できないでしょう? ということだった。
 みんな大人で、それぞれにやりたいことが違っている。それは当然だと思う。うらちゃんのように土木に興味があって入っている人もいる。それはそれでとても助かるし私も勉強になる。今後、新たなメンバー集めをするときに、どうやったらいいだろうなあと考えているところだ。
 『その農地、私が買います』を出版したときは、農家になりたいという人が多く連絡をくださった。そうなると私の実家近くに家を探すところからはじまるし、その子が毎月食べていけるだけの売上を出さねばならない。情熱は嬉しかったけれど、農業をほぼやったことのない人が、いきなり農業一本に絞るというのはかなり険しい道ではないだろうか。特に、自然栽培でとなると軌道に乗るまで時間がかかるだろう。私についていきたい! と思ってくれる方も多いけど、二拠点生活者で、素人に毛が生えたようなものなので、一緒に頑張ることしかできないのだ。
 今のメンバーは私を慕ってくれていた地元の子たちだ。やりたい! というより、私が声をかけて集まってもらった。農業は未経験、未知数だった。よくぞここまでついてきてくれた。そして、よく自分の進みたい方向を見つけてくれた。と思っている。
 これまでは、良いも悪いも、好きも嫌いも分からないから、私の言う通りにやってきてくれた。自我の目覚めとでも言うべき、めでたいことなのだ。

 暑いこと、しんどいことが好きじゃないので、なるべく機械化し単一栽培(一種類だけを広大に育てること)にしたいというメンバーもいる。
 確かに、その子の言っていることは、効率はとてもよいのだ。実際、プロの農家さんの多くは単一栽培だ。一種類の作物のためだけにフェラーリが買えるような値段の農機具を揃えるのだから、その農作物だけを効率よく大量に育てて収益を上げるというのは当然だとも思う。水の引き方、育て方も統一されるので、いろんな作物を育てるより楽だろう。10種類以上を同じ農地で栽培してみて思った。稼ぎたい! とか、効率重視の方向へ行くメンバーは単一栽培へ興味をもつのも分かる。
 でも、様々な草花、虫が混在するのがこの自然界なのだから、同じものばかり育てるというのは、あえて私がやらなくてもいいのではないかと思う。私達は今いろんな夏野菜を育てているので、夏野菜BOXとして15種類の野菜を詰め合わせて販売もできている。確かに大変だけど、楽しみでもある。
 「農業やりたい!」という意欲で集まったメンバーではなくて、「久美子さんのお手伝いを」とか「なんか面白そう」で来てくれている子たちだったことを再確認する。けれども、彼らに支えられてここまできていることも痛感する。
 本当にありがたい存在であり、いてくれたからこそ続けてこられた。

 そして、なんといっても、作物が育っている(明らかに上達している)ということが、この数年間の彼らと畑の関係性の全てである。特に、第一期生であるゾエは見事に、ズッキーニや空芯菜、ディル、とうもろこし、ししとうなどを育て、コンスタントに収穫できている。
 以前なら、15種類もの夏野菜をダンボールに詰めて配送するなんて考えられなかったけれど、母や妹の農園からも助けをもらいながらだが、もう10箱近く送った。

「夏は、自分の仕事と家事するだけでしんどいんよ。だから、畑に来なくても仕方ないんじゃないの?」
と専業農家の妹が言う。
「いや、あんたたちの大変さに比べたら大したことないよ。でも、みんな普通に遊ぶ時間はあるんだよ?」
「まあ、普通の子はそんなもんでしょ。土日しか休みないのに、農業したくないやろ。くみちゃんや私と同じと思ったら駄目よ」
「そうか、私らが変わっとるんかもね」
 そうやな。勝手にしやがれ、ということで、もうそれぞれに任せてみようと思った。

 じゃがいも腐り事件を発端に、おっくんが前から提案していた農地リーダー制度をやってみてはどうかということになっている。現在やっている、サトウキビ畑、里芋畑、野菜畑、じゃがいも畑と、それぞれリーダーを決めて、人手がいるときは招集をかけたり収穫の時期を判断したりする役割だった。基本私がいるときは私が全てやっているのだけれど、私はこれに加えてみかん畑や、新たに開墾している場所もあるので、夏は屍になっていた。
 今回のリーダー制は、私のいないときの代表ということで、それぞれに名乗り出てくれたのだが、すぐにいいですよと言ってくれる子と、返答のない子がいて人間模様が非常に面白い。自治会とかPTAの役員も、こんな感じなんやろうか。結局、責任感が強く頼みやすい子に大きめの役がいってしまうのだった。

 新しく草刈りを手伝ってくれる子も現れたりして、そういった風がこれからも出たり入ったりしていけばいいなと思った。梅雨明けして、私はもうじき東京に帰るが。8月、どうなるのかなあ・・・。ま、健康第一でいこうよね。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

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