第19回
ハチミツと春草と単管
2023.04.25更新
先日、長野の友人の家に行ったら、
「WHOが発表してたけど、世界的に家の中が寒くて危険な地域っていうのにくみちゃんの住んでる四国の山間部あたりが挙げられていたよ」
と言った。冬の死亡率が20%も高いとか・・・。
「ほれみろ。四国の古い家は断熱が入ってないけん寒いと言っていただろう。ようやく気づいたかい」
愛媛に暮らしていると言うと、みんな「温かくていいですね」と返してくる。
そりゃあ外気温は長野に比べると氷点下になることは少ない。でもね、だからこそ油断して家は断熱が全然できていないのだ。朝起きて台所のヒーターをつけると「2℃」と表示されている日もある。長野の冬は寒いというより痛いレベル。でも、中へ入ると驚くほど家全体が温かい。四国も最近の家は断熱も入っていて温かいと思うのだけれど、我が家のような昭和中期に建てられた木造家屋の寒さたるや。夜はニット帽を被らないと寒すぎて眠れないし、お風呂に入るときは命の危険を感じるほどだ。近年は、異常な寒さ、暑さになることが多いのでこういった昔ながらの家屋も改良が必要だと思ったのだった。
そんなわけで、桜の開花も東京から遅れること2週間後、山間にあるうちの地域は4月に入ってから満開になり春風で一気に散っていった。菜の花たちは、小松菜、白菜、水菜、高菜と植えた順番に案外と順々に咲くので黄色い花で覆われた畑を、一ヶ月半くらい楽しむことができた。
養蜂をしている近所のおじさんは、蜂の巣箱を畑の近くに移していた。山の方で、何度か箱ごと盗まれたのだそうだ。「猿なら巣箱は置いておいてくれるが、人間は箱ごとだから敵わない」と言った。みかんの苗木も盗まれたそうで、買った苗の品種のタグは取って植えた方がいいとアドバイスをくれた。ニュースで見聞きする事件が意外と近くでも頻発していて、それを特に警察に言うでもなく粛々と暮らしている人が大半なのだった。
ミツバチがぷんぷんと菜の花畑と木樽とを行き来している。黒糖の次は養蜂もしてみたいけれど、初心者は蜂が入ってくれるまでにかなり時間がかかるのだそう。でも、おじさんの蜂軍団が近くにいるってことは、私達の方へも分蜂するんじゃないかなあ。へっへっへ。
「あんたが、あのー、なんやったかな北海道の花を育てはじめたじゃろ。アカシアの。それでアカシアのハチミツしたらぴったりと思ってなあ」
とおじさんは、ガハハと笑った。なるほど。治安もあるし、このアカシアを狙ってるのね。
「ああ、ミモザの花、パールアカシアの木ですね」
このミモザも、東京の家では2月末から咲き始めたが、愛媛の畑では4月頭になってようやく咲いた。圧倒的に夜の畑は寒かった。
「そうそう。わしも、友達にもろてきてそのアカシアを挿してみた」
おじさんの苗用のビニールハウスには実にいろいろな果樹や樹木の枝が挿されている。
おじさんは、実験好きで私達にもいろんなことを教えてくれた。いや、私たちが自分で実験を繰り返しそれでも駄目だったときに限り教えてくれた。
「自分で考えて失敗をせんと、なんべん教えたっていかん」
と言った。こうしていつも背中を見せてくれる貴重な年の離れた友人だった。私達の草もしゃもしゃの畑に対しても、徐々に(ほんとに徐々にではあるが)理解を示そうとしはじめた。
草があると虫がよってくるので、草抜きをきっちりとするというのがおじさんの考えだ。何より草に養分を吸われて野菜が大きくならないということだった。
私は春の草はある程度伸ばしておくことで、夏草の勢いを弱められると思っている。殆どの生き物には太陽が必要不可欠。その太陽をやわらかな春草でシャットアウトしてやることで、凶暴な夏草は伸びにくくなる。それに草がないと虫が野菜に集中してしまうので去年は全部野菜の苗を食べられた。なので、カラスノエンドウとかイヌフグリのような春一番の草は刈らずに置いておく。特にマメ科の草は地力を上げてくれるので一石三鳥!
サトウキビを育ててみて太陽との関係が分かった。サトウキビが太く背が高くなると草に光が当たらなくなり光合成ができないので勢いが弱まる。ここまでくればあとは放ったらかしでもいい(10月くらい)。でも、それまではサトウキビに太陽が当たるようにアメリカセンダンソウのような背の高い強い草は刈っていく。そしておじさんの言うように養分も持っていかれるので、球根のような強い草はところどころ引いたりもした。
草といえば、おじさんの養蜂の木樽の近くには太陽光パネルがずらりと立っていて、業者の人が定期的に除草剤をまきにくると言うのだ・・・。これでは蜜蜂が死んでしまったり、逃げてしまったりしてハチミツが台無しになってしまう。そのことを業者の人には伝えて、風向きを考えて散布してほしいと伝えてはいるが毎回いろんな人が来るので伝わってないときもあり、すごく心配だと言った。畑には鍵もなければ壁もない。互いを気遣い合うこと、理解しようと努力することが大切だと思う。
春は草も美しい。ナズナ、土筆、オオバコ、スズメノエンドウ、クローバー、イヌフグリ、よもぎ、春の草は特に柔らかくてかわいい。
うおー、そこに混ざってチガヤもぐんぐん迫ってきてるなあ。
ある日、「チガヤ畑にカラスノエンドウが生えてますよ!」
と、おっくんが報告してくれた。
「去年まではチガヤしか生えてなかったですよね」
確かにそうだった。本当だ。チガヤに混ざってカラスノエンドウが盛大に生えている! 私達の畑から、種が飛んでいったのだろう。チガヤ畑におっくんが畝を作って自分の畑にしたいというので、チャレンジャーやなあと思った。チガヤは土の上からも下からも作物を攻めて痛めるので、数年前に植えたぶどうは全て他に移動させたのだった。
チガヤ畑の半分を開墾したと言うおっくん。数週間後に見てみると、カラスノエンドウも引いて綺麗に畝を作ったところは、チガヤの背がすごく高くなってしまっている。
対して、そのまま残していた半分はチガヤはそこまで伸びてない。やっぱりカラスノエンドウの影になるからなんだなあ。おお! 春草を放置する作戦は、今のところ功を奏しているようだ。こうして、日々観察していると見えてくるものがあるなあ。
日曜日、ついに単管を立てた。一本5キロ近くある鉄の単管が地震や大雨でも倒れないようにしっかりと土の中に埋める。斜めに筋交いを入れクランプで止めていく。
名前も覚えたぞ。クランプっていう単管と単管をがっちり固定する部品には、直角の単管同士を止める「直結」と、どんな角度でも止められる「自在」とがある。直結は、鉄くず屋さんで安く買うことができた。
私一人だったら絶対にここまではやれていなかったなあ。やりましょうと提案し、実現までの段取りを計画してくれたうらちゃんや、みんなの協力のお陰だ。
天井にまでかけるネットは、ゴルフ場のをもらえないかなどと思案し、いろいろ探したのだけれどなかなか廃材は見つからなかった。ネット・・・ネットを一番使う職業といえば漁師さんじゃないか!
ダメ元で北海道の漁師の友人にメールしてみると、「おお!ちょうど始末しようとしていた網があるよ」と返事がきた。なんと、マグロ漁で使っていた網を送ってくれることになったのだ。あの重たいマグロを取っていた網なのだから、猿もきっと破ることはできまい! 海のものが、今度は山で再利用されるという! すごいよね。
「ついでにオットセイとか畳サイズのマンボウを釣り上げた実績のある網も入れとくね」と返ってきた。一体どんなんが届くんやろうか。
ただ、ハウスの上に猿が必ず乗って、飛び跳ねる。そしてネットをたわませてスキあらば侵入してくるだろう。やつらは頭が良いのだ。母のハウスも他の人のもそうして壊されたり突破されたりした。
なので、たわむことのないように、天井に竹を切って十文字に入れるようにした。これは私が東京に帰ったあとで、うらちゃんとおっくんが中心でやってくれたのだった。
どうだろう。ここまでして山間部で野菜を育てるか? と聞かれたら、ほとんどの人が諦めてしまうのではないか。スーパーへ行けばいくらでも野菜は売られているのだから、専業農家さんにおまかせしますとなるのも仕方ないことだと思う。
野生動物を山へ返すための根本解決は、まずは山へ広葉樹を植えて木の実を作り...近隣の雑木林を伐採し、隠れる場所を徹底的になくすことなのだ。ここは人間のエリアなんだよと。けれども全てにおいて均衡が崩れてしまった今、さらに大きな連携が必要だろうと思う。
近隣の人々が農業をやめていく理由の第一位が野生動物の被害だ。みんながやめていけば、作っている人のところへ余計に被害が集中する、という悪循環だった。
他にも、お米の収穫期にすずめに食べられるという問題もある。我が家は4月に植える早稲と5月末に植える遅稲と分けて作ってみた時期があった。しかし、近隣の農家さんがみんな遅稲なので、すずめの被害が一軒に集中するようになってしまった。そういうことは他の地域でも起こったそうだ。そこで、エリアが同じ田んぼの地域はみんな合わせて遅稲(もしくは早稲)にするようになったと聞いた。
どこそこの地域は早稲だ。どこそこは遅稲だ。というのを地域の特性なのかなとばかり思っていたけど、なるほどすずめの被害を分散させるための対策・・・というか痛み分けの意味もあるのだと知ったのだった。
さあ、来月は単管ハウスの仕上げ、マグロの網を張りますよ!
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