高橋さん家の次女 第2幕

第7回

私は猿を仕留められるのか

2022.04.22更新

 猿、猿、猿、どちらを向いても猿である。作っても作っても食べられる! ということで、隣の地域(といっても1キロ先)のおじさんたちが立ち上がった。もうこれじゃあ手に負えん。罠猟を広めて獣を自分たちで仕留めるしかない! 隣の地域のリーダーが、家の父のところにも昨年からよく来ているなとは思っていたが、仲間を募っていたようだ。そうして、父も隣地域の会に一人参加しながら罠猟の免許を取得したのだった。
 3月、父がくくり罠猟の講習会に行くというので私も見学させてもらうことに。リーダーのお家に県職員が来てくれて、罠の自作方法を教えてくれるという。
 小高い山を登ったてっぺんにリーダーの家はあった。古いものをセンスよく残した家、山につづく美しい庭園に椅子が並べられ十名くらいの男性が座っている。正真正銘の桃源郷だなあ。これは猿が出るという次元でなく、もはや猿の中で暮らしている。ここまでの山でも、昔は猿に作物をやられることがなかったそうだ。
 職員の若い女性が、ワイヤーロープやワッシャーなど道具の入った袋と、作り方を書いた資料を配布している。リーダーがみんなにお茶をふるまってくれ、集まったみなさんはなんだか修学旅行みたいに楽しそう。講師の先生はどなたかなあ。
「はい、では今から講習をはじめたいと思います」
 おお。この若い女性が講師なのだね。もっとごっつい猟師さんを想像していたので驚いてしまった。担当の若い職員さんは、昨年、鳥獣対策の課に配属になったので勉強して罠猟の免許を取り、こうして講習を行っているそうだ。それまでは農業についても獣害についても全く知らなかったんですとはにかんだ。
 みんなで、あーだこーだと言いながら作った罠は、猿や猪が踏むと、ワイヤーが足首にしまって抜けなくなる仕組みだった。できあがったので実験してみたが、「バッチーン!」という音だけで私はビビり上がってしまった。
 作りながら「罠にかかっても、そのあと殺すんがやっぱり気持ち悪いなあ」と、一人が言うと、「そこなんですよ」と、父も含め多くが口ごもった。特に人間に姿かたちの近い猿となると良い気がしないのはみんな同じで、罠猟の免許は持っているけど実際に猿をとっている人は来ていた中の半数くらいだった。
 猿や猪が罠にかかった後どうやって仕留めるかというと、電殺機を使い電気ショックを起こさせることが一番双方のダメージが少ないそうだ。
「それでは、今から電殺機の作り方の講習に移ります」
 ええ! 電殺機も自分で作れるの・・・というか作っていいの? 驚いたことに罠猟には免許が必要なのに、それよりはるかに危険だと思われる電殺機の制作や使用には今のところ特に免許は必要ないという。
「まず、畳用の大きな針を二本と塩ビパイプを使います」
 職員さんも、途中何度か失敗しながらみんなで何とか一つ作り上げた。くくり罠に比べると作り方もかなり難解になるけれど、それでも自作できるんだなあ。
 電殺機が屠殺の主流と言われているが、もしも孫や近所の子が触ってしまったら・・・。誰かに悪用されたら・・・という心配も大きくて、実際に電殺機を使っている人は少ないようだった。他のもっと原始的な、撲殺とか絞殺といった方法も多いそうだ。いずれにしても、とても近距離で動物と対峙するので、もしかしたら狩猟よりも気が滅入る作業ではないだろうか。

 開始から3時間が過ぎてやっと講習会が終了し、すっかり寒くなった山を父と軽トラで下りながら、「やっぱり実際に手を下すのは恐ろしいわなあ」と話した。そして、我が家の田畑の場合は、近所の人や子どもたちが歩くこともあり罠猟は難しいのだと言った。実際、近所の方が、山林に山菜を採りに入り、しかけに気づかず足が罠にかかってしまったそうだ。たまたま長靴をはいていたのでスポッと足を抜くことができて大事には至らなかったけど、そういう危険もあるという。
 帰りに、一人のおじさんが「ハクビシンの肉いるかい?」と聞いてくれたので「はい!食べてみたいです!」と言うと、しばらくして家に綺麗に冷凍したお肉を持ってきてくれた。猪やウサギなど、とれた動物をみんなで捌いて食べているんだそう。ハクビシンは、イタチに似たふさふさした小動物で、うちもみかんやイチジクをよくやられるけど、それでも小さいので持っていく量が知れている。あいつを食べるのだね。
「とったお肉をみんなで食べるって楽しそうですねえ」
「久美子ちゃんも罠猟の免許を取ったらいいよ」
「そうですね。免許かー。考えてみます」
 私、罠ならいくらでも作れそうだけど、かかった動物を仕留められるだろうか。かかったら行ってあげるよとリーダーが言ってくれたけど、毎回そこを人任せにするのもなあ。
 北海道で300キロある蝦夷鹿を仕留めて捌いている中村まやさんは改めてすごいなあと思ったのだった。

 数日後に、ぼかし作りの講習会にも父とともに参加する。黒糖BOYSをはじめ罠猟BOYSに、ぼかしBOYS。二拠点定住を本格的にはじめてみて地域にもおもしろい集団がいることが分かってきた。
 ぼかしとは、米糠や糖蜜にEM菌を混ぜ発酵させて作る有機肥料で、何かと「ぼかしがええ、ぼかしがええ」と聞く。その名前のゆるさとは対象的に、野菜も大きく育つし微生物の力で土地改良ができる凄腕の持ち主なのだ。
 ぼかし作りは手間と時間がかかる上に、失敗も多い。実は私も東京で何度かチャレンジしており成功もしたが、腐敗させたり菌が死滅してしまったこともあった。それを、公民館に集まってみんなで勉強するなんて、とてもいい考えだ。
 ここにもまた、ぼかしの会を主催するぼかしリーダーがいる。定年退職後に農業をはじめたそうだけれど、全員抜きで今や農業のことならあの人に聞いたらええと言われるほどだと聞いた。やっぱり何事も経験だけでなく探究心の賜物なのだなあと思った。
 私は、原液作りも見せてもらいたいなと思って、ぼかしの会の一週間前にも父と公民館へ行き、お湯の中で米糠を絞ったり、糖蜜やEM菌を入れ原液を作る作業も手伝った。副リーダーの親父ギャグが飛びまくる中、原液はあっという間に完成。この甘くて手がつやつやになる原液を、一週間後に、数十キロの籾殻や米糠等と混ぜる。まるで味噌づくりのように酵母の良い匂いがする。ほこほことして酵素風呂みたいだ。きっと中に入ったら気持ちいいだろうねえ。その約100キロをドラム缶にぎゅーぎゅーと押し込み一ヶ月倉庫の中で保温して発酵を促す。集まった人は二十名くらいいただろうか。効率もいいし、こうして一緒に作ると何でも楽しいなあ。野菜を持ってきてくれた人がいて分け合ったり、その後もぼかしリーダーと農業トークをしたりとかなり有意義な時間だった。
 一ヶ月前に作ったものが完成しており、私も少し買わせてもらった。ぼかしには生ゴミなど有機物を分解する力があるので、東京にも持って帰り、コンポストに入れてみる。おお。分解が早くなっている。今までも糠を入れていたし、みみずや地中の微生物で分解はされていたけれど、すでにぼかしに微生物がいるので反応がはやく、どんどんと生ゴミを有機堆肥にしてくれるのだった。
 一日一日、できることや経験が増え、それが知恵になって自分が成長していく。失敗もその倍くらいあるけど、自分の暮らしが実は科学の現場であること、人以外の虫や微生物の存在を感じることなど、同じ農業をしても知ることで目線が変わり、それが面白いに繋がっていく。面白いから続く。だからこそ、面白いを発見していかなくてはいけない。手を動かす中で一番感じたことだ。そういう思いで農業をされている方々に出会えたことは励みになった。

 ある日、庭で作業をしていると、軽トラがやってきた。おじさんが降りてきたので、父を呼びにいったら「違う違う、お父さんでなしに久美ちゃんに用事じゃ」と。
「へ? 私ですか?」
「これな、罠猟の試験の申込書じゃけん。受けるだろ?」
 おじさんは申込用紙を私に手渡した。
「え! 私、受けることになってるんですか?」
「なんか、みんなが久美ちゃん受けるって言うとったよ」
 うわー、早いです。ハクビシンの肉は畑の仲間とバーベキューして食べてしまったしなあ。おいしかったもんなあ。食べるなら、自分でも捕まえなさいということかなあ。
「か、考えておきます!」
 どうしよう。とりあえず試験受けておく? 今まで落ちた人はおらんからまあまあ勉強しとったらまず受かる。と講習会のときもみんな言っていた。が・・・。
 私は何がしたいのか。何がしたかったのか。命を射止めるというのは、やっぱり覚悟のいることだ、とりあえず乗っとこうという波ではない。
 したいことをする上で出てきた障害をどう乗り越えていくのかは人それぞれだ。諦めて土地を手放したり放棄してしまった人もいれば、数百万かけて畑をすっぽり金網で囲った人も、罠猟の免許を取って自ら猿を駆除する人もいる。私はどうするのか・・・。
 私は、数日間考えた。そしてやっぱり断った。動物を自分で討つことはできない。まやさんの仕留めた蝦夷鹿の肉をいただくこともあるし、駆除された命を食べることもとてもいいことだと思う。けど・・・私の手で猿を討つのは無理だ。
 農地を残したいという思いで仲間たちと畑をはじめた。猿は憎たらしい。でも追っ払いながら、これからも猿の嫌いなものを育てたり、網を張ったりと制限ありで生きるくらいでいいのかもしれない。
 それは、私達が本業を持ち生活がかかっていないからで、甘いと言われても仕方ない。だけど、それが今の私の答えだった。

 みかんともぐらのことが書けなくなってしまいました!
 5月に書きますね!また来月も読んでくださいね!

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

編集部からのお知らせ

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