高橋さん家の次女 第2幕

第6回

きびきびと、サトウキビ

2022.03.25更新

 春は畑の気持ち良い季節だ。空の青と山々の深い緑色のコントラスト。耕したところへ野鳥が下りてきてミミズをついばむ。一年で一番好きな季節かもしれない。
 三月、ついにサトウキビの苗の植え付けのリベンジがはじまった。
 二年前、「猿はサトウキビ食べないから大丈夫だよ」と教わり二〇〇本の苗を植えたが結局全部猿に食べられてしまったという苦い経験があった。私はどうしても諦めきれず黒糖BOYSのOさんに相談していたところ、猿の出ない畑を貸してくれることになり再びチャレンジできることになったのだ。
 愛媛に到着した翌日、Oさんたちと畑で会うことになった。きっと耕運機を使って畑の開墾からしないといけないのだろうと覚悟していたのだが・・・。
「え! ほぼ完成しとるじゃないですか!」
 山ぴーおじさんが、豚糞と苦土石灰を撒いてトラクターで耕し、畝まで完成させてくれていたのだ。
「まあこんくらいは大したことないわい。春は鳥も畑に来るし一番楽しい季節じゃから、高橋さんもちょくちょくここへ来たら気持ちええよ」
 こんなに優しいおじさんがいるって信じられる? 父とのギャップにやられてしまった。山ぴーおじさんも元々農家出身ではないということなので、農業に対しての義務的な意識がないから楽しむ余裕があるのかな。いや、きっとこれは性格だろうなあ。おまけに、サトウキビの苗も二芽ごとに切ってくれて、あとは植えたらいいだけにしてくれている。私がボランティアで黒糖作りを手伝いに行っているからというのもあるかもしれないが、山ぴーさん、今度みんなで肩もみ券を作って渡します。
 しかし、この畑が想像以上に広い。当初は他の団体と半分ずつ分けて使うことになっていたが、「ここ全部使っていいから」とOさん。ええ・・・! 一反はあるんじゃないのかなあ。でも山々に囲まれて(まあ一部太陽光パネルにも囲まれているけど)外で働くってとても気持ちいいなあ。

 東京から主任がやってきた。おっくんに続いての農業仲間、初のフロム東京である。二〇一三年に長野で開催した展覧会のボランティアに参加してくれてからの付き合いだ。主任は看護師さんをしているのだが、とってもてきぱきして気が利く上に誰にも優しいので「主任」というあだ名がついた。もう長い付き合いだし家に泊まればいいじゃないかと、四日ほど我が家に泊まり他の農業も手伝ってくれた。

 朝八時半に一三連勤明けのゾエが来て、三人でサトウキビ畑に向かう。ゾエは早朝にやり残した仕事をしてからサトウキビの植え付けに来たみたいでちょっとテンションが低い。みんな働き盛りの年齢だから、無理になっていないか少し心配になる。なっちゃんは仕事でこられなくなったので、三人で黙々と苗を植えていく。
 五月なみの晴天で、小鳥が畑に下りてきてはミミズを探している。やけに鳥が近くで鳴き始めたなと思ったらなんと主任が鳥の鳴き真似をしているではないか。それが、どう聞いても本物にしか聞こえない上手さなのだ。小鳥が、鳴き声につられてすぐそこまでツンツンと歩いてきた。もうちょっとで主任の手に乗りそうな勢いだ。ナウシカみたいな子やなあと主任の意外な一面を見て驚いていたら、「僕もできますよ」とゾエがカラスと鳩の鳴き真似をする。鳥は逃げていった。ゾエ、これは相当疲れているようだなあ。
 お昼前おっくんも仕事を終えてやってきて四人でラストスパート。一年目のキビはそんなに収量がないので、六年目のサトウキビの株も置いておくのがいいだろうと山ぴーさんが掘り起こさずに残してくれた。サトウキビは五年〜七年は連続して同じ株から収穫することができる。古くなるにつれて真っ直ぐ生えず、曲がったり短かかったりするのだそうだけれど、味には問題がないそうだ。
 木陰で母が作ってくれたお弁当をみんなで食べる。心地よい疲労感で楽しく完了できたのは、下準備をしていてくれた山ぴーさんのお陰だ。山ぴーさんは、若い人たちが農業に興味を持つことを応援したいと、他にもお手伝いをしているそうだ。こういう方がいてくれると、私達は怖がらずにチャレンジしようと思える。子供に、すぐ大人になれと言ったって無理なように、どんなこともすぐ一人前に行うことは難しい。一日、一月、一年・・・と学びながら、失敗しながら成長するしかない。その手助けをしてくれる方がいる心強さといったらない。ありがたいなと思ったし、だからこそがんばって手入れをするぞと思ったのだった。
「六月に草がぐんぐん大きくなってしまうから、そうならんように春のうちに草を手で取ってやったらいい。最初が肝心じゃけんね」
という山ぴー先輩のアドバイスで、昼からは大きすぎる草はできるだけ取っておくことにした。確か抜かないほうがいい草もあったはずと、おっくんが言い出す。そうそう。不耕起栽培だってあるのだから、草を取らない派だっていますよ。ただ、土のポテンシャルが高くないとサトウキビなどのエネルギーが多く必要な植物は草に力をもっていかれて汁が絞れなかったりするようだ。ひとまず、今年は山ぴーさんに教えてもらったように大きな草は取り除くことにした。
 後日、おっくんから「蓮華草は肥料になるそうですよ。種も売っているようです。マメ科の雑草がいいらしいです」とグループラインに連絡があった。農業の先輩でもある妹もそれに反応して「そうだよ。カラスノエンドウのようなマメ科の草は根粒菌があるから抜かず刈った方がいいよ」と書いている。そうそう。そら豆なんかは、収穫後も抜かずに根っこを置いておくと根粒菌が土に良い効果をもたらしてくれるので私もそうしているのだが、なるほど種を蒔いて育てるくらいに土地にいいんだなあ。こうしてみんなが少しずつ土にも目を向けていくようになるといいなあと思う。私ももっと勉強しなければ。
 本当はこの日に耕して畝を作り、翌日に植え付けの予定だったが、完成したので、夕方からは自分たちの畑の世話をすることになった。
 ゾエも、コロナで会わないうちに農業についてかなり詳しくなっているようで、私達の畑にオオバコが生えているのを見ては「オオバコは土が酸性に偏っているから生えるんです。石灰ありましたっけ?」と言う。「石灰切らしてたねえ」と答えたら、「では枯れ草を燃やしましょう」と、一月に刈って置いておいた草を畑で燃やして灰を作って入れることになった。大量に水を用意して小範囲で燃やすようにしないと、この時期の焼き畑から山火事が起こることもあるから、一人のときは絶対にやらない。
 灰は苦土石灰以上に上質な土地改良ができるようだ。ただ、真っ白い灰になってから入れないと黒い炭では良くないのだそう。農業はもちろん経験年数も重要だが、本などで勉強するかどうかでも成長の速度は違ってくるのだとみんなを見ていて思う。
 ゾエは、草を使って堆肥を作っていた場所で、昨年立派なゴボウを作っていたのだけれど、今回土をさらに改良してもう少し広くゴボウを作りはじめた。それぞれに性格が出てきて見ていて面白い。

 私と主任、おっくんは、茅萱がはびこった隣の畑から最後のぶどうを救出すべく延々とぶどうの木と向き合う。ぶどうの木は他の果樹とくらべたら細いが、それでも六年選手になるとかなり深くまで根っこが潜っていてそこに茅萱がからみついて一向に抜けない。
 実は、前日も主任と二メートルあるレモンを二本抜いて移植させていたので私は疲れ切って、サトウキビを植えながら半分魂が抜けていたのだった(主任はけろっとしていた)。 
 六年経ったレモンの木は、職人に移植させてもらうレベルだったのだと、掘り出して二時間して気づいた。それこそゴボウを何本も何本も掘り出すような根気のいる作業で、みかん畑に移植するまでに五時間もかかって、帰ってきたら八時だった。
 もう二人では無理やと、おっくんを巻き込んで七本のぶどう救出大作戦だった。猿が出る上に、茅萱が根っこに絡みついて、成長を阻んでいて多くのぶどうが枯れてしまった。六年前、夫と約八〇本植えていたぶどうの(『いっぴき』参照)最後のがんばり屋さんたちも、これでやっと移し替えてあげることができる。多くは妹の新しい畑や、長野の友人に送って片付いていたが最後の子たちだった。
 五時になりゾエはゴボウが終わったので帰っていった。私達は根気強くぶどうを抜き続け、最後の子が抜けたときには六時になっていた。
 よーし、このついでに、みかん畑に持っていって植えようぜ! と、おっくんの新車のワゴンにぶどうの木やスコップやらをガンガン積み込んで、土まみれにしてしまう。車に乗ると、お! 今日もギター乗ってんねえ。後で曲作ろうやーと盛り上がりながら、最終的にはこれ何埋めてる集団だよ、サスペンスだよっていうくらい真っ暗な中で作業をしていたら、父の雷が落ちたわけだ。だって、もう抜いてしまったものは植えるしかないじゃんねえ。

 夜八時によれよれで帰って三人で母の作ってくれたハンバーグとシチューを食べて、「チガヤガチやな」というラップっぽい曲を作った。もう一曲は猿の曲を作って、お腹がよじれるくらいにげらげら笑って、また明日! と言って解散した。
 そう、また明日がある。土があれば、永遠に。地球がなくならない限り、農業は続く。だからこそ、楽しくないといけないと思う。

 一方、太陽光パネルは、すごい勢いで増えていた。ここ猿が出ん畑やん! という羨ましい畑も、どんどんと支柱が立って準備が整えられていく。電車から見える急斜面の山並みにも、去年の五倍くらいに広がって真っ黒いものが立ち並ぶ。あれほどの急斜面の木々を大量に切り倒し、パネルを設置していくなんて、今後大雨でも果たして耐えられるのか? 誰も窓から外を見る者はいなくて、私は一人不安に思うのだった。

 さて、来月の高橋さんは。「姉さん、みかんの木がピンチです」「罠猟の免許を取る?」「もぐら、ああ、もぐらもぐら」の三本です。来月もまた読んでくださいね〜。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

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