高橋さん家の次女 第2幕

第8回

みかんの木とモグラの話

2022.05.25更新

 家のみかんの木が、ここ数年元気がない。
 みかんや八朔やはるかを合わせてもともと五〇本はあったけれど、最近の気候変動や虫害に耐えられなくてここ数年で三〇本くらいになってしまった。十五年ほど前から無農薬に切り替えたことも原因の一つだとは思う。老木だからもっと手厚く守ってやらなければいけないのに、幹の消毒以外は、できるだけ自然な育て方をしているので、負荷がかかってしまっているのだろう。
 3月に、NHKラジオの柑橘特集にゲスト出演させてもらったのだが、そこで千葉大学の環境フィールド科学センター助教授の、三輪正幸さんとお話する機会があった。三輪さんは、元ボクサーで、減量中に食べた一房の柑橘に感動し、引退後、柑橘の専門家になったというほどに柑橘愛が深い方だ。
 私は、この日をとても楽しみにしてきていて、番組内でもガチで質問しまくった。そして、枯れてしまっている柑橘をどうやって蘇らせるかという相談もしてみた。柑橘の寿命は七十年くらいだと思っていたが、三輪先生によると上手く育てると百年超えの木もあるという。大切に育てればもっともっと元気に生きられるはずだと。枯れる原因の一つとして、地植えでも根詰まりを起こすことがあるので、春に根本の土を軽く掘り起こして空気を通し、肥料をあげるのがいいと仰った。夏だと根が活発になっていて弱ってしまうので、三月頃がいいとのことだった。
 三月、私はさっそく母と主任とみかんの根本を一本一本掘り起こしていく。でも、土が固くなっているどころか、ぽこぽこと柔らかい。ん・・・ごぼっと土が落ち込んだぞ。
 え!!!!
 空洞です!
 ここにもか・・・。畑でもモグラによって作物が育たないという事件が頻発していたが、ここでもモグラが、地中に縦横無尽にトンネルを掘っていたのだった。みかんを食べるわけではなく、目的はミミズや虫の幼虫だ。除草剤を使っていないから、おいしい虫もたくさんいるのだろう。トンネルは一本ではなく、何層にもなっている。都営大江戸線くらい深いものもあれば、田園都市線や、こっちのは比較的浅いので小田急線でしょうかね。一本の木の根でも多いと四本も乗り入れている。もぐらって、カタツムリくらいのスピードでしか前進できないらしいのに、こつこつ頑張ったんだなあ。私達はトンネルを見つけては穴を埋めていく。
 掘ってみて分かった。みかんの木たちはほぼ天空の城ラピュタのように浮かんでいたのだ。これじゃあ土から養分が吸えなくて枯れるわけだよなあ。去年の春になっちゃんと掘り起こしたジャガイモも、大半がモグラによって落とし穴状態になっていた。この穴に雨が降ったときに雨水がたまり、根っこや幹が腐っていくという悪循環になっていたことが穴を掘ってようやく分かってきた。ちきしょー、もぐらめー!
 その日から朝から晩まで、姿なきモグラとの闘いがはじまったのだった。根を傷つけないように鍬でゆっくり土をはがし、穴を見つけては土を入れて埋めていく。近所のおじさんがチューイングガムを穴に入れるとその匂いでやってきて、もぐらが喉をつまらせると言っていたのでやってみたが、ガムが一体何百個いるんだよ。それに穴を埋めないと意味ないと思ったので、もぐらの嫌いな匂いの液をコメリで買ってきて入れては埋めた。

 途中で主任が東京に帰ってしまって、母と二人で掘って肥料をあげて、消毒のために練った石灰を幹に塗ってを繰り返す。幹にできた丸い穴からは黒い虫が出入りしている。ああ、これは幹がすかすかになるはずだ。穴にノズルを差し入れて殺虫剤を噴霧。こればかりは放置しておくことはできない。
 幹の中を虫たちが巣食って、腐ってボロボロと崩れ落ちる。ひどい木は幹の半分以上が崩れてしまっていた。虫歯とよく似ている。外から見たら綺麗なのに、中の柔らかいところを食べられてしまってすかすかになっていたのだ。上からも下からも、みかんはもうズタボロにやられまくっていたのか。ごめんよ、もっと早く気づいてやればよかった。こんな状態で、しんどかったよなあ。
 自然が自然のままでいるということは、弱くなった木は枯れていくということだった。連日、弱った木々と対峙していると木の痛みが体に伝染していくのを感じる。互いに健やかでいるためにも、頻繁に畑にきて見守ってやらなければ。木は喋れない、そして痛くても逃げることができない。私は傷ついた根や幹に保護剤を塗ったり、肥料をあげて、
「よくがんばったね、ありがとう」
と声をかけてやった。もう少し元気で生きてほしい。そのために、一個づつ問題を解決していこう。

 ある晴れた日、畑の真ん中で子狸が死んでいた。痩せている様子も、苦しんだ様子もなくて、柔らかな毛をそよ風になびかせてすやすやと眠っているようだった。どうしてここで死んでしまったのか分からないけれど、その姿は大地に還っていこうとする健やかなものだった。母と畑に穴を掘って埋めてあげた。ちょうどみかんの木が枯れて広くなっていた場所だった。空が真っ青で美しくて、広い畑の真ん中で狸の子は満足そうに土に還っていった。

 ここで植物や虫や動物に向き合っていると、自分が自然のなかの一部なのだと気付かされる。人間も猿や猪や狸やみかんの木と同じだ。みんなこの町で生きていて、みんな死ぬ。死んだら同じように土に戻っていく。殆どのことが思うようになんていかない。そういうもんなんだということを、狸やみかんの木から教わる。

 連日、指ばかり使っているので、だんだんと手の握力がなくなっていく。こうして、祖父母や母のように焼けて節くれだった手になっていくのだろう。勲章のように。

 5月、帰って草刈りから始める。夕方、
「大変、あみの中に猿が侵入してジャガイモを食べていたらしいです」
 ゾエからのメール。会社帰りによったら、めちゃくちゃになっていたみたい。
 ああ、またやられたなあ。
「それよりも、もぐらの穴の方が深刻ですね。ジャガイモを引いてみると、ほぼ空洞です」
 上からも下からも、やりよるなあ。でも、もう慌てないぞ。
 次の手を考えろ、考えろ。

 気がつけばなっちゃんやゾエと畑をやりはじめて3度目の春だった。畑はみちがえり、ユーモアにあふれ、新しい命で萌えている。春菊の花がマリーゴールド畑より美しく風に揺れている。これ芽なの? 草なの? というのもある。
 おっくん、主任に続き、なっちゃんの幼稚園の先生も二名加わりメンバーは7名になっていた。ひまわりや朝顔などの花部門もできていて、幼稚園の先生らしいなあと微笑ましい。それぞれに、自由に試してみてほしい。きっと、普段の生活では気づかない何かと出合うと思う。

 来月の高橋さんは「太陽光パネル推奨の方達と話をしてみたよ」「畑でピクニック」「種を取る」の三本です。
 来月もまた読んでくださいねー。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

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